第四十話 断豪作戦 4
最初に異変に気付いたのは艦隊左舷側を航行していた駆逐艦マディソンだった。
見張り員が水中を疾走する魚雷に気がついたのは偶然だった。
時刻は17時7分、夏のため夕日が水面に照り付けて反射する眩しい中で、航跡を残さない酸素魚雷に気づけたのは見張り員が優秀であるからだった。
だが既に魚雷はマディソンの前方を通過しており艦隊中央の主力艦に向かって邁進していた。
「左舷より魚雷接近!無線封鎖解除、艦隊全体へ打電!」
「取り舵いっぱい!」
「魚雷、前方通過します!数は四本!」
「対潜戦闘!付近に潜水艦あり!」
艦長は、すぐさま対潜戦闘に移った。潜水艦が魚雷を発射する時の音は捉えることはできなかったが、それでも魚雷のコースからある程度潜水艦の位置を割り出すことは可能だった。あとはソナーで潜水艦を探し出して攻撃すればいい。基本的に日本の潜水艦は単独での襲撃が基本であるからとマディソンの艦長は考えていた。
だが最初の魚雷とは別に新たな報告が通信室からもたらされた。
「新たな推進音!魚雷、右舷を通過していきます!数不明!」
「見張りからは確認できません!」
「複数いるのか?」
マディソンの指揮系統が困惑を始めているタイミングで、艦隊司令部は騒ぎになっていた。
最初の魚雷発見の報告の際、ハルゼーはそこまで慌てていなかった。距離が近すぎて回避するには時間が足りない状況だったが、四本の魚雷で艦隊全体が危機に陥ることはまずないからだ。
確率的にいえば一本か二本が当たる程度、そして巡洋艦ならいざ知らず魚雷の進路上にいたのは戦艦テネシーだった。
旧式戦艦であるが腐っても戦艦。水雷防御も強靭であり一本か二本の魚雷で轟沈することはまずない。
むしろ速力が低下したりツリムが狂って砲戦能力が低下する事の方が問題だったがそれは些細な問題だった。
「新たな魚雷接近中!」
だが次の報告が上がると流石のハルゼー達も顔色を変えた。
複数の潜水艦による同時攻撃。その可能性が高くなった。
そしてそれはテネシーの左舷に魚雷が命中したのと前後して上がった報告で決定的になった。
「駆逐艦アンダーソンより入電!魚雷複数接近中!」
駆逐艦アンダーソンは艦隊右舷側にいる。左舷側から攻撃していた潜水艦がそちらから攻撃するなんて事はまずないのだ。
「群狼戦術か!くそ、しくった!」
「駆逐艦アンダーソン被雷! 重巡クインシーにも水柱が上がってます!」
「軽巡サバンナに複数の水柱!」
「最大戦速!駆逐艦八隻を残して主力艦は全速でこの海域を離脱するんだ!」
潜水艦の弱点はその足の遅さだった。そのためハルゼーは軍艦だからこそできる荒技で攻撃を振り切る事にしたのだった。
既にこの時点で駆逐艦アンダーソンは船体中央部に受けた魚雷で真っ二つになり艦首をあげながら沈んでいた。
海に投げ出された者達が重油まみれになりながら波間に浮いていた。残った駆逐艦が彼らを回収しつつ、潜水艦狩りを始めていたが、既に伊400達は戦果確認もせずに海域からの離脱を図っていた。
伊400型が上げた戦果は駆逐艦一隻、軽巡洋艦一隻撃沈。重巡洋艦一隻中破、戦艦一隻小破だった。
重巡洋艦クインシーは艦尾に魚雷が命中し左舷側のスクリュー一基が吹き飛び軸が折り曲げられ、舵も破壊された事で一時的に操舵不能になっていた。
最も悲劇的だった軽巡洋艦サバンナは三本の魚雷を船体の右舷側に均等に浴びて横転。弾薬庫誘爆により轟沈と言っていい沈み方だった。そのため生存者も二十二名と少なくアメリカ海軍は日本艦隊と戦う前から戦力を削られていた。
だが速度を上げて通過したため伊404は雷撃を行うタイミングを逃し、被害がこれだけで済んだのはハルゼーの判断力の高さの表れでもあった。
「クソジャップめ、だがこちらだって潜水艦は展開しているんだ。同じ目に遭うはずだ」
頭の血が上りながらも冷静に状況を見極めようとするハルゼー。彼の脳裏にはこちらが受けた損害と同様の損害が日本軍にも発生するだろうと考えていた。
だがアメリカの潜水艦は日本に比べて劣勢に立たされていた。
第一次大戦に最後まで参戦しなかったアメリカはドイツが第一次大戦で運用していた群狼戦術そして潜水艦についての情報を得る事が出来ていなかった。それでもなんとか彼らは彼らなりの潜水艦運用のノウハウを持っていた。
それは先行して偵察する潜水艦が位置情報を送信し、それを受けて予想会敵位置に潜水艦隊を持っていくという奇しくも日本やドイツが行う群狼戦術とほぼ同じものであった。
だがその戦闘は日本が波状攻撃を仕掛けるものに対してアメリカのそれは第一次大戦の時と同じく包囲殲滅に主眼が置かれたものだった。
そしてその手の対策は英日が最も得意とする、むしろ第一次大戦の教訓を真っ先に反映させて対策した方法に当てはまってしまっていた。
包囲殲滅を行うためには潜水艦が張った罠に艦隊が入りきらないといけない。そのため潜水艦の一部は艦艇が絶好の攻撃位置に居ても素通りさせなければならない上に司令となる潜水艦からの無線による合図が必要となる。
無線による綿密な計画で艦隊を動かすのだがそれ故に無線を傍受されやすいという問題があった。
その問題を嫌った日本軍は無線を使わない波状攻撃を行っていたのだった。
さらに言えば潜水艦用の魚雷の欠陥もまたアメリカ側を不利にしていた。
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