第四十四話 断豪作戦 8
連合艦隊司令部は思いつきで作戦をしているのではないのだろうか?
伊400の発令所で桜庭はそんな事を考えていた。
米艦隊への攻撃の後、魚雷や燃料の補給のため後方へ下がっていた彼らだったが、日が暮れる頃には再び米艦隊へ接近することになっていた。
水上機が運んできた命令書の予定ではかなり急がなければならなかったが、伊400を旗艦とした戦隊は途中で合流した伊168と伊58を加えた七隻の臨時戦隊となり海域に展開していた。
昼間のほとんどを水上航行することになった彼らだったが幸運なことにオーストラリア空軍も米海軍も彼らを発見することはなかった。
どうやら水上打撃艦隊に注意が行っているようだった。
それでも海域に展開したのは攻撃開始の僅か十分前だったから本当にギリギリだったのだ。
桜庭が一息つくよりも先に電信員が小さめの声で新たに入った情報を伝えた。
「偵察機より入電、敵艦隊見ゆ」
現在伊400は連合艦隊の水上打撃部隊に合わせて搭載している晴嵐を偵察機として展開していた。その晴嵐からの通信だった。
「艦隊陣形はそうなっている?」
「2列の縦隊。水雷戦隊と思わしき艦艇が艦隊左側に展開中とのことです」
「なら戦艦や重巡洋艦は右の列か。連合艦隊は?」
浮上状態の伊400とは言え潜水艦であるが故に水上を見渡せる距離は他の軍艦よりも狭い。
必然的に司令部は発令所での指揮に専念することになっていた。
「水雷戦隊が2列になって打撃部隊前方で突撃中です。まだ双方距離があるため砲戦にはなっていないようですが戦艦は引き続き前進して敵打撃部隊に向かうようです」
「先回りする。艦長、進路0-7-5。敵艦隊右舷側から攻撃を行う!」
一瞬の思考ののちに桜庭は指揮下の潜水艦全てで戦艦部隊を横合いから攻撃することにした。
敵艦隊の目は連合艦隊に向かっているため浮上して移動していても潜水艦であれば気が付かれないのだった。
「宜候!」
そうして船が水上を素早く移動すれば十分ほどで所定の位置に到着。各艦艇が展開を終えたのだった。
「潜航して待機する」
船体が傾くと同時に艦の外に出ていた乗員たちが一斉に艦内に引き上げてきた。
「この位置なら砲撃が始まる直前に攻撃が可能ですね」
参謀の言葉に桜庭は静かに頷いた。
桜庭達は米艦隊と連合艦隊の合間に位置することになる。
潜水艦だと気づいて駆逐艦を派遣しようとしても戦艦同士の撃ち合いの中に入ることになるから潜水艦狩りは難しくなる。艦の保全を考えるのなら打ってつけの位置取りだった。
「敵が進路を変えなければな」
「敵は駆逐艦を伴っていません。水偵に発見された様子もなかったですからこちらに気づくことはないです」
「まさか潜水艦をこんなことに使うとはな」
本来潜水艦は通商破壊に使うと言うのが連合艦隊の方針だった。だが実際には艦隊決戦にも容赦なく導入している。連合艦隊が開戦前には否定していた戦術を実戦で使用する事になるとはなんとも言えない皮肉だった。
「敵艦見ゆ!」
潜望鏡をのぞいていた艦長が敵艦を見つけた。
「駆逐艦はいないな?次弾も装填し攻撃する。魚雷発射後直ちに装填作業に移れるよう準備してくれ」
戦艦扶桑からも敵艦隊の姿は捉えられていた。しかしそれは見張り員ではなく水上電探によるものだった。
「水雷戦隊より入電、攻撃始まりました」
「敵艦との距離二万三千!」
「もう少し近づける。砲撃距離二万だ」
「砲撃距離二万宜候」
上空では双方の水上偵察機が飛び交い、互いが敵と判断する艦隊の情報を逐一送っていた。
ここまでくれば互いに互角、ノースカロライナが最新鋭艦だから有利であるとハルゼーは考えていた。むしろ重巡を引き連れていない日本の扶桑型二隻には火力的に圧倒的に有利な状態だった。
その代わり重巡洋艦を伴う水雷戦隊と戦う事になった味方の水雷戦隊の方が苦戦を強いられるのではないかとさえ考えていた。
だが米水上偵察機OS2Uに果敢に挑む複葉機がいた。
零式水上観測機。高い格闘戦能力と370km/hと言う速度で米軍の水上機を攻撃していたのだった。
機種に武装が搭載され一応の対空戦闘ができるアメリカのSOC-1がそれらを追い払おうとするが、SOC-1よりも80km/h以上も有速な上に高い格闘戦により逆に返り討ちにされていた。
それにより戦艦ノースカロライナは水上機による修正射撃の情報を得られるかどうか怪しかった。
足の遅いテネシーに速度を合わせているためノースカロライナも21ノットでの航行しかできずハルゼーが思っているよりも日本艦隊に対して不利だった。
「もう少し引きつけようってか。ならこちらから攻撃する。砲戦は先手を打った方が有利なんだ。各艦に伝えろ!攻撃開始だ!」
その不利を覆そうとしたハルゼーは距離二万二千で攻撃開始を指示した。
偶然にも海中に潜む伊400型達が四千と言う至近に迫っている中での事だった。
「敵艦隊発砲!」
潜望鏡に映る敵艦が明るく輝いたのを艦長は見逃さなかった。
「しめた!海面も海中も騒音に包まれるはずだ!魚雷発射始め!」
同時に桜庭も攻撃指示を出した。必中を期待してもう少し近づきたかったが四千五百と言う距離は酸素魚雷には十分至近距離だった。
「宜候!攻撃始め!魚雷発射後は直ちに再装填急げ!」
伊400が魚雷を発射した音を聞きつけたのか僚艦も一斉に魚雷を発射していた。
酸素魚雷である九五式魚雷は有効射程が五千から二万五千に迫る。
その魚雷にとって四千と言う距離はかなりの至近であった。雷速50ノットを超える高速で突き進んだ魚雷は至近攻撃であることからほとんど外れることなく一斉に艦隊を襲った。
艦隊は戦艦テネシー、ノースカロライナ、重巡洋艦アストリア、ミネアポリス、サンフランシスコ、そして被雷後に応急処置をしてなんとか戦列に復帰したクインシーの順で隊列を組んでいた。
最初に被弾したのは先頭をいく戦艦テネシーだった。
最初に被雷した箇所に再び魚雷が命中すればテネシーは今度こそ耐えられなかっただろう。だが幸いにもテネシーは運に恵まれていた。
それでも伊400が放った四本の魚雷のうち三本が立て続けに命中したのだ。
艦中央部分に二本と第一主砲直下に魚雷が突き刺さり、隔壁を吹き飛ばして大量の海水を送り込んだ。甲板に置かれていたエリコン20mm機銃やボフォース40mm機関砲が台座ごと吹き飛ばされ、5インチ砲の砲身が折れる光景が立て続けに起こり、艦長が被害を把握する前にさらなる衝撃が艦全体を襲った。
伊168の放った魚雷のうちの二本が命中し新たな破口が船体に刻まれた。右舷に立て続けに強力な魚雷を食らったテネシーは右舷側のタービン室が魚雷の直撃を受けて破壊され、狭い艦内を濁流のように襲う海水によってボイラーの半数が水没。水蒸気爆発こそ起こらなかったものの、大きく右に傾斜していた。速力も10ノットまで落ち戦闘ができる状態ではなかった。
しかしテネシーはまだマシな方だった。
後続の重巡洋艦アストリアは魚雷四本が第一主砲直下から艦尾に満遍なく命中し、濁流となって艦内に押し寄せてきた海水によってあっという間に転覆した。
横を向いていた主砲がさらに真横を向いてしまい金属の軋む音が水柱がまだ収まっていない中に不気味に響いていた。
艦橋が横倒しで海面に叩きつけられ、固定具が外れた砲弾が弾薬庫で誘爆を起こし大爆発を起こしてあっという間に波間に沈んだ。典型的な轟沈だった。当然生存者はいなかった。
重巡洋艦ミネアポリスも艦尾に魚雷が三本命中し四本あったスクリューシャフトが破壊されて後部艦橋から後ろが千切れてしまった。
破壊された断面から海水が流れ込み三番砲塔を含んだ艦尾はすぐに沈んでいった。一方切り離された前半分はなんとか浮いていたが動力が損失し身動きをとることもできなくなっていた。
最初の魚雷が命中してから五分の合間に米艦隊はノースカロライナと重巡サンフランシスコ、クインシーを残して壊滅状態になっていた。
そのノースカロライナもサンフランシスコも艦首に魚雷を一発被雷しており素早い隔壁閉鎖で戦闘力の損失は最低限に留められている状態だった。
無論それを日本海軍が逃すわけもなかった。
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