第三十八話 断豪作戦 2
オーストラリアを放っておけば良い、ニミッツはどう考えていたがそれは現場に近い太平洋艦隊司令長官としての考えだった。だが完全に見捨てるわけではない。対日戦略として考えた際に重要度が低いため現有戦力での作戦を考えた場合放っておくことしか出来ないというものだった。
しかし政治を絡めるとこの戦略上重要度が低いオーストラリアが意外と問題になってきていた。
政府は日本に対する圧力をかけられると言うことで奪取したばかりで戦力化がまだのハワイよりオーストラリアを当てにしている節があった。元々そのような戦争計画は対日攻撃作戦…プランオレンジには無かった。
だがハワイで予想以上の反撃を受けた上にハワイの基地化は時間がかかるとなれば第二の拠点が必要となる。政府は早急な対日攻略を望んでいた。その焦りがオーストラリアへの軍事進出と第二の拠点化だった。
「戦争が政治に振り回されてたら勝てる戦も勝てないぞ」
ニミッツがペンタゴンから引き抜いて連れて来た参謀は彼の言葉に同意しつつも、戦争は政治と切り離せないと暗に伝えた。
「ですが戦争も政治の延長線です。私もオーストラリアを防衛する意義は薄いと感じますが…」
元々は対日反抗の拠点はフィリピンと攻略したハワイの二つだった。
ニミッツが研究したオレンジプランではフィリピンで日本軍を食い止め、最前線拠点として半年の持久戦を展開。その合間にハワイを攻略し、中継補給基地とすることで中部太平洋を前進。反撃をするフィリピン側との挟撃で日本本土へ直接攻撃を行うと言うものだった。
そのためフィリピンには潜水艦による通商破壊作戦の前線基地とするべくアメリカが保有する潜水艦用魚雷の大半を送り込んでいた。
だがフィリピンは初戦で大打撃を受けかき集めていた弾薬や燃料を吹き飛ばされ基地としての機能はほぼ消失していた。復旧しようにも前線に近すぎるために補給は思うように進んでいなかった。
そしてハワイについても中継基地化として不可欠な後方支援部隊を壊滅させられていた。
特に持ち込んだ非自走式浮きドッグや給油艦、補給艦、揚重機を備えた工作艦が軒並み焼き払われてしまったのだ。
そのせいでいまだにハワイの基地機能は回復せず太平洋艦隊の拠点にすることは不可能だった。
そして半壊した太平洋艦隊の戦力回復もろくに出来ないままにオーストラリアの防衛だ。
今は耐える時だと言うのは政治家には伝わらないようだった。
「しかし日本も戦力は相当消耗しているはずです。オーストラリア防衛に絞れば互角かと」
勿論日本軍がオーストラリア方面でのみ攻勢をかけるのならなんとかなったはずだった。
「だが奴らはついにフィリピンにも攻勢をかける。ハワイで太平洋を横断する大型輸送船を多数失ったのは痛いな」
それらがあれば陸軍の増援を行えたのだがな。
それが出来ないからこそアメリカはアジア艦隊をオーストラリアからフィリピンに向かわせなければならなかった。
それを知ってか知らずか、日本軍は行動を開始した。
戦艦扶桑を旗艦とした戦艦二隻、軽空母二隻、重巡洋艦六隻、軽巡洋艦四隻、駆逐艦二十四隻と今までと比べれば小規模な艦隊だった。
空母は艦隊に配備され習熟訓練を終えたばかりの軽空母大鷹、雲鷹だった。
これらは軍艦としては低速小柄な客船改造空母であるが、搭載する機体のほとんどを戦闘機に絞り防空に徹することでこの不利を克服していた。
偵察や対潜哨戒のために二隻合計で一二機の九七式艦攻を搭載しているが合計で四十機にのぼる直掩の戦闘機は強力なものだった。
「しかし空母はもう少し欲しかったな。インド洋にいる軽空母を後二隻こっちに寄越してくれれば良かったのだがな」
扶桑の艦橋に響く山本五十六司令長官の言葉に参謀の1人である宇垣の声が答えた。
「インド洋もイギリス海軍の動きが再び活発化しています。戦力の増強はあれど引き抜きは難しいかと」
インド洋は今だ日本の制海権の内側だったが、イギリスはアメリカ参戦と同時に奪回をしようと戦力を送り込んでいた。
その戦力は元々アメリカからのレンドリースや支援物資輸送の護衛に当てていた大西洋の部隊である。
それらをイギリスが押し出せた理由は言わずもがなアメリカが直接輸送部隊を護衛するようになったためであるが、それ故にアメリカは大西洋にも力を入れなくてはならず太平洋への戦力再配置は書類上でも実情でも上手くいっていない状態だった。
「その代わりに空母は戦闘機主体の編成にして艦隊の防空能力をあげている。豪州の航空戦力は北はポートモレスビーから南はメルボルンまで各地に広く薄く展開している状況だ」
最もオーストラリアにとってブリスベンやシドニー、それにメルボルンは人口の大半が集まる都市部だ。
迎撃の戦闘機も新型が用意されているのは想像に容易い。
「問題は基地の航空機だけではない。米英も豪州を失いたくはないだろうから艦隊を出してくるのは目に見えている。どこまで出てくるかによるがこの艦隊陣営では少し重い気がするな」
部下の参謀のやりとりを黙って聞いてい新堀だったが、自らと同じ心配をしている相手がいてどこか安心していた。
「いずれにしても我が国には時間が無いのだ。元の計画ではラバウルを陥とし、ポートモレスビーを攻略した後で米豪遮断をするというが、いつになったら豪州が音を上げるのか。ポートモレスビーのようなところで米豪遮断を目的とした航空撃滅戦を延々とやるなど兵站が保たない」
「全くです。今回の作戦が承認されて清々しています」
山本五十六の言う通りで日本には時間が無いのだった。
あと三年もすれば米軍は一〇隻の新型空母と一〇〇〇機の艦載機でもって太平洋を縦横無尽に暴れまわるだろう。
四年だと二〇隻の空母に二〇〇〇機の艦載機が出てくると試算されていた。まだ戦時体制に移行できていないだけでアメリカという国は途方もないほど強大なのだ。
日本にとって時間は毒だった。
そして当初の断豪作戦では北部近辺でちまちまと米豪遮断で航空殲滅を行うだけだった。そんなものでオーストラリアが単独講和などしてくれるはずもないだろう。
そして講和するまでの持久戦や消耗戦を戦えるだけの力は日本には無いのだ。
やるなら心臓を一突きにしなければならない。
だからこその首都を中心とした大都市への攻撃だったのだ。
しかしアメリカが日本以上に苦しい立場であると言うのを知る者はその場にはいなかった。
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