第三十七話 断豪作戦 1

アメリカに対する攻撃は水上で行われる派手な海戦とは打って変わって素人目には何がおこているのかわかりづらい潜水艦による通商破壊作戦に移っていたが、だからと言って扶桑の出撃がないわけではなかった。


戦艦扶桑は8月の殆どをドッグでの定期整備と小改良につぎ込んでいたが、その間にも軍令部、ひいては兵部省は次の作戦を進めていた。

電撃戦も真っ青な頻度の出撃に、どこかこの戦艦が使い勝手の良い存在だとみられているような気がした。



 扶桑へ降った命令は、山城と護衛の艦艇とともにオーストラリアへの攻撃を行うというものだった。

戦前から幾度か計画されていた断豪作戦の発動でもあった。


しかし余裕がない我が国は扶桑と山城の二隻を中心とした艦隊で精一杯だった。

いまだに大和を中心とした戦艦はドッグから出ることができないでいたし航空隊は搭乗員の消耗が想定よりも多いらしく搭乗員と機体の補充に躍起になっていた。



問題だったのはフィリピンへの同時攻撃作戦であったことだ。

戦力分散の愚を犯しているようにも素人目には見える。実際大和を中心とした主力艦がドッグ入りや長期修理を行う中での攻勢だから戦力が薄くなっているのは否めない。


しかしそれは上層部も認識していることだった。

だからこそフィリピンは主力を陸軍とし、海軍は上陸支援と以降の侵攻支援に専念することとなっていた。


その代わりにオーストラリアへの攻撃は海軍が主体となる。

元々の断豪作戦は英連邦のオーストラリアを海上封鎖することでの単独講和、あるいは停戦を行い東南アジアへの南東からの脅威を避ける計画であった。

だがこれはほとんど机上の空論であり海上封鎖のみで講和まで持っていけるほど甘くはないのは既に末端の兵に至るまで周知の事実だった。


そこでオーストラリアの都市部を攻撃する事で早期講和を計る作戦に変更されていた。

オーストラリアは大陸国家であるがその人口の大半は沿岸部の三大都市に集中している特徴があった。この三か所を叩かれるとオーストラリアは国として大打撃を受けることになる。


問題があるとすれば海軍の風潮がオーストラリアへの攻撃ではなく出てくる敵艦隊への攻撃に主眼が移っているというところだろうか。


彼にとって艦隊決戦などというのは戦略上必要である場合をのぞいて極力避けたいものだった。

 戦いを避けられるのならなるべく避けて目標を達成した方が良い。そもそも艦隊戦に固執して作戦目標が達成できないとなったら本末転倒だ。だが日本海軍は艦隊戦こそ本望という風潮が強い。

それが新堀には困る原因だった。

無論敵も馬鹿ではないからオーストラリアをみすみす明け渡すなどという事はしないだろう。


というよりも敵は積極的に艦隊戦を挑んでくるはずだった。

それが新堀には憂鬱だった。

扶桑の執務室で今回の作戦に必要な燃料、食料、水の総量と積載可能な了解を主計科からもらいつつ、頭の隅で新堀は嘆いていた。


確かに彼自身も艦隊戦は興奮する。大砲を持つ艦同士の戦いというのは男にとってそれだけの価値があるものだ。だが彼は同時に戦争屋である。艦隊戦は手段であって目的には必ずしもなり得ない。それがわかっているからこそ手段を目的としてしまう日本海軍の風潮に困っていたのだ。

時代は航空戦力へと変わりつつある中で日本海軍軍人は逆を進んでいるような気がしてならなかった。



しかし困っていたのはアメリカも同じだった。


ハワイ沖海戦の惨敗とパナマ奇襲の責任を取らされる形でキンメルは左遷された。その後釜に収まったチェスター・ウィリアム・ニミッツ海軍大将は送られてきた作戦書類をみて頭を痛めていた。


ウィリアム・パイ中将の方が適任だとして太平洋艦隊司令長官を断った彼だったが、大統領の強引な人事により結局は艦隊司令長官の座に座ることになってしまった。その過程で少将から中将を飛ばして大将に昇進された彼だったが、その最初の作戦はオーストラリアへ進撃する日本艦隊の迎撃だった。

暗号解読で判明した日本軍の次の攻撃目標は政治的に連合軍を揺さぶっていた。

それが彼の頭を悩ませる問題だった。

合衆国政府としてはオーストラリアの脱落は英連邦へのお膳立てもありなんとしてでも阻止しなければならなかった。

オーストラリアは英連邦国の中でも最も多くイギリスへの防衛に派兵を行っている。地理的な要点でいえば日本の実効支配地域に近く反応作戦の拠点にもできると政府は踏んでいた。


しかしオーストラリアの実態を知るニミッツや現場の兵士はオーストラリアを起点とした反抗作戦など机上の空論にしかならないと思っていた。まだ占領したハワイを拠点に中部太平洋を突っ切る方が理にかなっていると考えていた。


「悩んでいますね」

「日本への反抗作戦は当たり前だが海軍が主体となる。だがオーストラリアの海軍設備も港の設備もアメリカ海軍を支えるのは不可能だ」


「それに日本の実効支配地域からの距離を考えれば我々が進撃すればオーストラリアの手前で迎撃を受けることになります」


「そうだ。まだハワイから中部を通った方が日本本土に近いし周辺には島が少ない分迎撃は限られてくる」


しかし政府にも譲れないものだった。オーストラリアをアメリカが見捨てたと見なされれば連合の関係性にヒビが入りかねない。

特にイギリスとアメリカは仲が良いわけではない。アメリカは戦場になり荒廃するヨーロッパを、復興の名目の元に資本経済の枠組みに収め超大国へ上り詰める野心から開戦を決めていた。別にイギリスを救済するのは方便でしかない。

 しかし国内はモンロー主義が根強いため欧州に直接首を突っ込むのは当時では不可能だった。だからこそ心理的ハードルが低い黄色人種の実家である日本をダシにして裏口参戦を考えていたのだ。


その目論見は外れた上に日本の予想以上の戦闘力の高さに初戦で太平洋戦線はジリ貧になっているのだ。

ハワイ沖海戦である程度損害を相手に与えていると言ってもその倍以上の損害を受けている上にパナマ運河は使えず大西洋からの増援はこない。

現有戦力で手を打つしかないがニミッツにとってオーストラリアなど現状では放置し戦力を回復させるべきだと考えていた。

これ以上余計な戦力を浪費するのは避けなければならない。それが政治的要件で出来ないことに彼は不満だった。

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