第三十五話 パナマ運河破壊作戦 3
パナマ運河、攻撃される。
その一報はホワイトハウスと太平洋艦隊司令部に同時にもたらされた。
ハワイ沖海戦で惨敗したばかりのキンメルにその凶報は追撃と言わんばかりにもたらされたのだった。
大破した戦艦インディアナで辛うじて負傷することはなかったキンメルだったがそのメンタルはすでにボロボロだった。
ハワイが取り返されるくらいならまだよかった。あそこはアメリカの土地ではないしまた奪取すればいい。そして情報統制もしやすい。確かにキンメルの軍歴の汚点にはなるが致命傷ではない。
だがパナマは違う。あそこはアメリカの生命線である大事な場所なのだ。
そしてアメリカ本土攻撃でもある。それをみすみす許した責任は誰かが取らなければならない。その最有力候補者がキンメルだった。
太平洋艦隊指揮官と言う椅子にいまだに座り続ける彼だったが既にその椅子が脆く空虚なものだと感じていた。
「だから早すぎると言ったんだ……今更どうすることもできないが」
例え早すぎる開戦でも日本軍に同程度の損害を与えていれば話は違った。
工業能力の差から同じ損害ならアメリカが圧倒的有利だからだ。だが結果はアメリカだけが一方的に損害を受けただけだった。
執務室の椅子に力なく項垂れているキンメルもまた自身の責任を痛感していたのだった。
アメリカの工業生産力の多くは五大湖周辺に集中している。軍事物資だけでなく鉄鋼や生活必需品など大量生産が頭につくようなものであれば大抵は五大湖から大都市が密集する東海岸に向けて輸送される。
そしてアメリカは東西南北に広い。故に大量輸送は意外なことに船舶によるものが大部分を締めていた。特に西海岸向けの製品はパナマ運河を通り輸送されている。
無論大陸横断鉄道もあるが船舶の比ではなかった。
そこを奇襲されたのだから衝撃は凄まじい。
飛び込んできた第一報はルーズヴェルト大統領にとっては頭をぶん殴られたような衝撃だった。
報告にあがった国防長官は眼鏡をかけ直す彼の手が震えているのに気がついた。
「悪い悪夢だと思いたいよ」
「残念ですが現実です」
早すぎる開戦だったがアメリカにとって望んだ戦いだったはずだ。だが結果は開戦から二週間足らずで太平洋艦隊は半壊しパナマが襲撃されたのだ。
力なく椅子の背もたれにもたれ掛かった彼は国防長官に尋ねた。
「被害はどうなっているのだ?」
「まだ詳しくは分かりませんが現在わかっているのはガトゥン閘門の二つある水路は完全に破壊されています」
詳しくない第一報でも完全にパナマ運河は使い物にならなくなったという最悪の状態だった。
「ひどいな。復旧は可能なのか?」
おそらく被害そのものはこれからもっと悪くなると素人でも予想ができた。
パナマ運河はスエズ運河のように水路を掘り直せば済むと言う話ではないからだ。
高低差があり水上エレベーターで船を上げ下げしている。構造上複雑で破壊されると復旧に時間がかかるのだ。
「おそらくガトゥン湖の水も大部分が流出していますので復旧には一年以上必要かと」
仮に門を直したとしても流出した水を戻すまでにはそれなりの時間が必要だった。
「直ちに取り掛かってくれ……私はこれからパナマ運河が使えなくなったことに対する損失を協議しなければならない。幕領会議を行うが海軍は攻撃した日本軍を追撃してくれ」
「すでに追撃に入っています」
パナマ運河が爆撃された直後から陸軍航空隊に続き海軍も動いていた。
パナマ運河周辺に展開していた駆逐艦四隻が緊急展開を開始していた。しかし駆逐艦で航空機を追尾することはレーダーを載せていない駆逐艦では不可能だった。
周辺基地のレーダーもようやくフル稼働し始めて日本軍機の行方を負ったが、フルスロットルで戦場を離脱する晴嵐を捉えることは出来なかった。
だが航空機の爆撃であることは確かであるから付近の海域に母船がいるはずであると駆逐隊の司令官は考え海上の捜索を開始していた。
しかし彼らが展開をする前からすでに日本軍は撤退に移っていた。
母艦との合流地点は何もない海上だった。目印のない場所であるから頼りになるのは航法員席に設けられた新型のジャイロスコープと航法支援装置が搭載されている。魚塚は後ろから送られてくる情報だけが生きて帰るための道標だった。
「まもなく回収地点です!」
フロートを取り付けていない晴嵐は空身で560km/hの高速飛行が可能である。
そのため予定よりもやや速く集合地点に到着していた。
「艦影は見えるか?」
すでに日が登っているため海面は遠くまで見渡せる。その上上からなら浅深度の潜水艦も見つけやすいはずだった。
「あ、3時方向に潜水艦の影!」
ようやく魚塚もその影を視認した。かと思えば海面に一筋の白い帯が生まれた。潜望鏡をあげているのだ。
少しして潜水艦の黒い影が浮上してきた。アメリカが運用する潜水艦よりも二回りも大柄な潜水空母の姿だった。
「よし!近くに着水するぞ!」
すでに燃料計はゼロを示している。機体が降下を開始してすぐにエンジンが止まった。プロペラが停止して風防の前で虚しく風をきっている。
フラップを展開して滑り込むように海水に着水。洋上では波があるため着水してもひっくり返ってしまう可能性がある。また水といっても100キロを超える速度での接触ではコンクリートに当たるのと衝撃としては変わりはない。
機体が大きく跳ね上がりながら水飛沫を風防やエンジンカウルに浴び、普段より早い段階で機体は止まった。
着水し機体が止まってすぐにコクピット内部に海水が流れ込んできた。
すぐに座席のベルトを外し今回の作戦で専用に渡された小型の浮袋を座席後方から引き出して彼らは機外へ脱出した。周囲を見渡すとすでに全ての機体が着水していた。どの機体も機首を海面に沈めて沈み始めていた。
同時に潜水艦から発進した小型の内火艇が沈みゆく機体から搭乗員を回収していた。
それでも間に合わない搭乗員は海に飛び込んで小型浮き輪を使い漂流していた。
浮上しているのはどの潜水艦だろうか。
潜水艦の艦橋には識別のために艦の番号が書かれている。だが戦時となればこの番号は消されてしまう。伊400型も例外ではなく外見からどの艦何かを見分けることは出来なかった。
回収された我々はすぐに甲板に上がった。ハッチは甲板上の一箇所のみが開けられていて、乗員がすぐに入れと怒鳴るように叫んでいた。
催促されるがままに素早く艦内に続くタラップを降りると、何やら艦内は騒がしかった。
その原因を知ろうにも収容された航空要員はそのまま艦載機を載せていた格納庫で待機を命じられていたから詳細を誰かに悠長に聞くことはできなかった。
だが艦内に響く号令と命令から察するにどうやら駆逐艦が近づいているらしい事だけはわかった。
内火艇は収容が間に合わないため投棄され、すぐに急速潜航の号令がかけられたのか足元から響くディーゼルの振動が止んで、船体が前のめりに傾斜し始めた。
1分以上そうしていただろうか。不意に船体の傾斜が戻り、水中で完全に静止したのだった。
外の景色が見れず何が起こっているのかわからない。その恐怖と苛立ちが積もる時間が戻ってきたと言うわけだった。
だが潜水艦が致命的損害を受ける事はなかった。駆逐艦もどこに行ったのかその存在を感じ取ることはなかった。そこからは何度か遠くで爆雷が爆発する音が響いたりしたが、1時間もすると潜水艦の警戒体制は解除されたのか通常配備に戻っていた。
その頃になってようやく本艦が伊402だと言うことを知ったのだった。
後で知ったことだったが、我々と入れ違うように多くの潜水艦がアメリカ西海岸に静かに忍び寄っていたのだった。
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