第三十二話 ハワイ沖海戦 5
サラトガが戦線を離脱した段階で後続のレキシントン、サウスダコタは目標を大和に変更していた。
それぞれ二隻の長門型を相手にしていたが、サラトガが短時間で戦闘能力を失ったことから大和を相当な脅威と捉えたのだろう。
あるいは数の不利を覆すためにも一隻でもいいから短時間に無力化しようという魂胆があったのだろう。
そうして大和が目標をレキシントンに変更している合間にサウスダコタは大和に対して主砲を向けた。
流石に目標を変更してからの砲撃は修正を行うための交互射撃となる。
しかし二隻の戦艦が大和に集中したことで長門と陸奥の射撃精度はみるみるうちに増して行った。
撃たれながら相手を狙うのとそうでない状態とでは乗員の気の持ち用から着弾時の微細な振動やズレがない分一般的に射撃精度は上がるのだった。
そしてそれはサウスダコタに不運を呼び寄せていた。
大和がレキシントンに砲撃を行っているのをみて二隻の艦長は残るサウスダコタを拘束する方法を取ったのだ。
いかに20年ほど建造時期に差がある最新鋭戦艦といえど二隻同時に相手取るのは辛いのだろう。ましてや一隻あたりの砲門数すら上回っているのだ。長門の第三射がサウスダコタの甲板で炸裂した。
長門艦長の持つ双眼鏡からは木材と機銃らしきものが炸裂の爆炎の中で巻き上げられているのが一瞬だけ見えた。
夾叉しつつ命中弾も出たのだ。すでに両者の距離は18000まで近づいていた。主砲ではほぼ水平射撃に近い距離だ。
遅れて陸奥の第四射が着弾した。こちらは命中こそないがサウスダコタの左舷と右舷両方に水柱を上げた。夾叉だった。
流石のサウスダコタも長門と陸奥に同時に夾叉を取られたらひとたまりもなかった。
それから十分の合間にサウスダコタは合計で十四発の41センチ砲を被弾し、完全に沈黙していた。
16インチ砲の至近距離での直撃にも耐えるバイタルパートはよく持ち堪えたが、バイタルパートの外側にある部分や上部構造物はそうはいかなかった。
前楼と一体化した煙突は二発の砲弾の直撃で破壊され、排煙が艦の後部を覆い尽くしていた。マストはへし折られ高角砲は軒並み破壊され至る所から火災を発生させていた。
射撃指揮装置も前楼のものは破壊されて、後部の予備の射撃指揮所がなんとか長門を捉えようとしていた。だがそれも火災と破壊された煙突から漏れる排煙によりうまくいっていないようだった。
それでも反撃で長門に一発の16インチ砲弾を叩き込んでいたのだから侮れなかった。
その一発は長門の電路を破壊し、一時的に艦全体を停電させていた。予備回路で復旧するまでの合間長門は無防備で危険な状態であったが、流石に陸奥からも砲撃を受けている中では有効打を叩き込めなかった。
最終的に砲弾が後部艦橋を破壊してサウスダコタは完全に戦闘力を失った。
その頃のにはキンメルが座乗するワシントンも浅間の砲撃を受け、司令塔を砲弾が直撃したことで指揮能力が完全に途絶えていた。
元々浅間型を14インチ砲搭載艦としかみていなかった彼らにとっては不幸以外の何物でもなかった。浅間型戦艦、その実態がサウスダコタとほぼ性能が拮抗した戦艦だったという事を知っていれば油断はなかっただろう。
だが現状はインディアナもワシントンも不用意に接近したことで16インチ砲弾の応酬を受けていた。
初弾発射がインディアナとワシントンだけ遅れていたのも浅間型に接近してから確実に仕留める狙いがあったからだ。
しかし気づけば先手を打たれており、特に最後尾のワシントンは集中砲火をくらい大損害を受けていた。
前方の艦も酷い状況だという知らせを受けてキンメルは事態の収束を計ろうとするが、運悪くワシントンは浅間の砲弾がマストを直撃し通信アンテナが軒並み破壊されてしまった。
このため一時的に無線の送受信が行えず指揮系統が乱れてしまっていた。
砲弾が浅間のものか筑波のものか、それは分からない。
だが司令塔を直撃した砲弾は通信を復旧させようとしていた一部艦隊参謀ら士官を巻き込んで炸裂した。
流石に司令塔はその直撃によく耐えた。だが周囲の航海艦橋や露天式の指揮所など艦橋設備は甚大な被害を受けた。司令塔内部も衝撃と破損した窓から入ってきた破片で一部士官らが負傷や死亡していた。
この時点でまともに戦闘力を残していたのは戦艦インディアナだけであった。
そのインディアナにも長門、陸奥の砲弾が落下するようになりその命は風前の灯だった。
それでもなお筑波に二発の16インチ砲を叩き込み、陸奥の三番砲を破壊したのだから孤軍奮闘したのだと言えるだろう。
それでも海戦開始から二時間後には静寂が訪れていた。
この戦いでアメリカは戦艦レキシントン、サウスダコタを失いサラトガ、ワシントン、インディアナが大破していた。
ハワイへの撤退中に戦艦による奇襲攻撃を受けたという知らせを受けたキンメルは残存艦艇を一時的にハワイから西海岸まで撤退させる事にしたのだった。
そのうち損傷が激しいサラトガは西海岸までの撤退は不可能とされ破壊されたハワイ真珠湾に座礁する形で放棄された。
対する日本は大和、長門、陸奥、筑波が中破と下される程度の損傷を受けたがいずれにしても戦闘は可能な状態であり浅間に至っては至近弾による多少の損傷こそあれど健在そのものだった。
そこにハワイ奇襲を済ませた扶桑型が四隻加わるのだから依然として日本軍は大戦力を保持していた。
水雷戦隊同士の戦闘はどちらも一進一退で決着がつかず、主力の撤退に合わせて双方退却する形となった。
最終的に日本側は駆逐艦二隻を失い軽巡洋艦一隻、駆逐艦二隻が中破。
アメリカ側は最大で重巡ニューオーリンズが艦首に被雷し第一主砲より前方が分離してしまう被害を負っていた。
駆逐艦同士戦闘も遠距離砲戦に終始したため損害そのものは日本側と変わらなかった。
海戦の結果で言えば戦艦三隻、空母二隻を失いハワイ上陸部隊は主要港を失い上陸したばかりの重装備の半分を失ったアメリカの戦術的負けであった。
それでもハワイに上陸した米海兵隊は八割が健在であり油断はできない状況となっていたしこの部隊を撃破してハワイを奪還することは日本側の戦力だけでは不可能であった。
このことからハワイ沖海戦自体は日本側の戦術的勝利、戦略的引き分けと言われているが元々この作戦にハワイ奪還が含まれていないため日本側からすれば戦略においては納得していた。
そしてこれ以上のアメリカ軍の追撃も不可能だった。日本側はすでに燃料が限界であった。
保有する艦隊戦力のほぼ全てを全力出撃させているのだ。国内に蓄積していた量で艦隊を出撃するために即応で準備した分だけではたりず占領したばかりのインドネシアから直接高速輸送艦二隻を使い艦隊への給油を行う始末だった。
それでもアメリカを初戦で撃破できたことはそれ以降の戦争に大きな影響を与えるのだった。
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