第三十一話 ハワイ沖海戦 4

旗艦である戦艦大和の艦橋に、報告が入ったのは扶桑を中心とした奇襲部隊が真珠湾に突入する二時間前だった。


すでに上空に上がった着弾観測機から敵艦隊が接近しているのは分かっていた。アメリカ側も戦艦同士の砲戦で決着をつけたいのか日本側と同じように同航戦を挑んでいた。

「戦艦五、当艦隊と並航中!」

報告では前方の二隻はレキシントン級戦艦だ。

艦の前後に備えられた籠マストが特徴的だ。その後方の三隻はいずれも籠マストではない。煙突と前楼が一体になったようなコンパクトで近代的な外観を持つ新鋭戦艦だった。

「前方はサラトガ級巡洋戦艦、ついでサウスダコタ級戦艦!」

建造時期で言えばサウスダコタは浅間型戦艦と大和型戦艦と同時期である。その船体設計や使用されている材質にそこまでの違いはない。目に見えないところでの性能差は大きく開いているわけではなかった。サラトガ級に関しても、長門型戦艦と同時期の艦であるからこちらも元の性能差以上の違いというのは出なかった。人員の練度を考えてもそこまで差が出るわけではなかった。


「砲戦用意!左同航戦!」


「重巡羽黒より通信!敵水雷戦隊と交戦に入りました!」

既に先行した水雷戦隊は重巡洋艦と共にアメリカの水雷戦隊との先頭に入っていた。遠くから微かに雷鳴のような砲撃音が聞こえてきていた。

どちらが優勢なのかは大和艦橋にいる山本五十六にはわからない。

しかし巡洋艦や駆逐艦は数で勝るこちらが優位であろうと彼は確信していた。だからこそ落ち着いて砲戦に専念することができたのだった。


 アメリカの戦力と我が艦隊の戦力に差はそこまでない。

であれば一隻あたりの性能が戦闘に占める重要度は非常に大きくなる。

この点で言えば戦艦大和は対戦艦においてはこの時点で抜きん出て並ぶものなしだった。


「敵航空機近づきます!」





 そして負けるはずがないと考えているのはアメリカ側も同じであった。上空にあげた観測機はその任務を全うするために日本艦隊上空に向けて進出していた。

「敵の陣形は前方から新鋭戦艦、後ろは長門型と浅間型です」


「イギリスから報告があった新戦艦か、サウスダコタ級より大きいな」

サウスダコタ級を全長を伸ばして主砲を一基増やしたような見た目の大和を見てキンメルはつぶやいた。

戦前から巨大戦艦を建造しているとの情報は入っていたしその規模などもある程度は知らされていたが同じ16インチ砲戦艦であるから戦闘力が突出しているわけでもない。

「イギリスからの情報ではかなり火力が高い砲弾を使用している可能性があると言うことだから日本側もSHSに相当する重い砲弾を使用しているのだろう」

だとすれば厄介ではある。接近戦に持ち込めば苦戦は免れない。

 「しかし金剛の代わりとして建造された浅間型は14インチ砲搭載艦です。戦闘力はややこちらが有意と言ったところでしょう」

当初浅間型は通達数値を36センチ、14インチとしていた。ご丁寧に1番艦浅間は廃艦にする榛名と霧島から主砲の砲身を流用すると言う発表まで行ってだ。

実際には輸入する資材の動きなどからどのような規模の艦か、実際に建造されている艦の数などはある程度予測が建てられてしまうものだ。

しかしアメリカやイギリスは日本に対して劣等国家と言う考えを払拭出来ていなかった。それが白人ではない黄色人種の国家が相手では尚更だった。軍人にさえ飛行機が木造とか紙製だとか言うものや軍艦の骨格に木材が使われていると考えるような人は少なくなかった。それゆえに性能を見誤っていた。

だがキンメルはどちらかといえばその中でも慎重な男だった。

「だが油断は禁物だ。全艦合戦用意、距離25000ヤードで砲撃開始だ」

夜戦でこの距離を砲撃するには大口径砲の方が圧倒的有利だ。

五隻のうち二隻は格下な艦隊に対してはむしろ十分な慎重策と言えるだろう。

しかし先手を打ったのはわずかな差で日本艦隊の最前列を航行する新型戦艦だった。



 夜間、それも25000mと言う距離は砲戦を行うにはやや遠い。初弾は先頭を進むサラトガの前方300mの位置の海面に水柱を上げた。水柱が暗闇からもよく見えた。


「着弾修正、第二射撃ちます」


次弾発射までの大和は見た目の静かさとは裏腹に喧騒に包まれていた。

初弾がどの程度目標からずれて着弾したのかを観測し、その情報を素早く計算機に送り込み主砲の旋回角、仰角の誤差の情報を出す。

それらは艦橋最上部の射撃指揮所に送られて、砲術長の操作で主砲が僅かに動く。

それらが終わりようやく第二射が行われるのだ。

そして大抵はこの作業を五、六回ほど行わなければ散布界に敵艦を捉えることはできない。

大和にやや遅れて先頭のサラトガ級が発砲した。

「弾着、今!」


大和の第二射が落下する前にサラトガの第一射が落下した。やや遠い位置ながらも偏差の修正は上手いようだった。砲弾は大和を飛び越えて300mほど右舷側の海面に水柱を立てた。


 大和は第二射目でその修正をほとんど終わらせていた。上空に上がった着弾観測機と46センチの大口径故の遠距離での砲弾の散布界の狭さがそれを可能としていた。

それでも今度はサラトガを水柱が隠すだけに終わった。

「極めて至近、修正射!」

至近ではあったが夾叉とまでは行かなかった。


第三射目は先頭のサラトガ級の手前と奥にそれぞれ水柱を作り出した。夾叉の瞬間だった。

同時にサラトガの砲弾が大和周辺に立ち上った。

「……!」

山本長官は今までにない揺れに大和の至近の砲弾が落下したのを感じ取った。

「報告!本艦、夾叉されました!」

大和は第三射で、サラトガは第二射でそれぞれ夾叉を得たのだ。

「怯むな!」


しかしそれはサラトガにとって終わりを意味しているものだと山本は考えていた。


大和とサラトガが同時に発砲した。全砲門が一斉に火を拭いて船体を暗闇に中に一瞬だけ浮かび上がらせる。

砲撃の振動で艦が大きく揺さぶられる。


着弾はほぼ同時だった。24000に縮んだ距離は戦艦同士が砲戦を行うにはやや近めの距離だった。

 サラトガは2発、大和は3発を被弾した。




大和が放った46センチ砲弾は1.5tと言う重量と貫通力にものを言わせてサラトガに襲いかかった。

サラトガは巡洋戦艦として建造されその設計コンセプトは優速を持って敵艦隊の前衛を強行偵察する。或いは通商破壊作戦を行うと言うものだった。それゆえに求められたのは速力であり、船体の装甲は重巡洋艦搭載の8インチ砲弾の直撃に耐え切れる程度でしかなかった。当然戦艦同士の戦闘では致命的な防御力の低さだが、これはサラトガが全体防御方式と艦全体の細分化した区画分けと内部に儲けた装甲隔壁を用いて耐える設計思想だったからである。


似たような設計思想ではドイツのビスマルク級などと近い構造であるがいずれにしても第一次世界大戦時代の古い設計であると言わざるおえなかった。それでも機関部の改良を含めて速力は32ノットと破格であった。


だが装甲を改良しなかった結果は46センチと言う世界最大の艦砲の持つ破壊力によって裏目に出た。


最初の一発は船体後部の後部マスト基部に命中した。浅い角度で突入した砲弾は薄い装甲を突き破って艦内を破壊し、ボイラーで発生した蒸気をタービンで回転動力に変える機械室に飛び込んだところで信管を作動させた。

瞬く間に左舷側の二つの機械室が吹き飛ばされ、左のスクリュー二基が停止した。遅れて飛び込んだ二発目は艦が急減速したことで第一主砲側に飛び込んだ。

甲板を貫き、弾薬庫上部の主砲バーベットに命中した砲弾はそれをあっさりと突き破って揚弾筒に飛び込んだ。第一砲塔に向かって伸びていたコンベアに載せられていた十発の徹甲弾を巻き込んで砲弾が炸裂、誘爆により第一砲塔は砲座から高く持ち上げられ、大爆発の炎が前甲板に巻き上がった。引きちぎれた16インチ砲の砲身が甲板を転がって海に落下し、最も分厚い装甲を持つ砲自体もひっくり返って第二砲塔を押し潰していた。

幸いにも弾薬庫の誘爆は起きなかったものの、第一砲塔から前は完全に破壊されたのだった。

一瞬にして艦は危機的存亡を迎えていた。


大和も無傷だったわけではない。サラトガから放たれた砲弾は大和の後部艦橋を直撃しそこに詰めていた測距儀要員と後部艦橋要員十二名の命を一瞬で奪い去り、マストを薙ぎ倒した。


もう一発は三番砲前面の防楯に弾かれてそこに傷と凹みを作っただけだった。

最後の一発は艦首に落下し、兵員室がある非装甲区画を破壊した。艦首に大きな穴が開いたものの、戦闘に支障はなかった。


被弾数は大和が多いにも関わらず結果はサラトガの惨敗だった。

すかさず放たれた次弾はサラトガのものも大和のものも全弾とも海面を叩く結果に終わった。

サラトガが急減速し左舷側のスクリューが停止した事で左舷に緩く回頭をしてしまっていたことでどちらも諸元が狂っていたのだ。

しかし最初に修正を行ったのは日本側だった。

大和の次の砲撃はサラトガに一発が命中した。

それは舷側に命中し、そこに破口を作ってから中甲板で炸裂した。周囲の装甲が内側から捲れ上がり、喫水線の下まで広がる破口が出来上がった。そこから大量の海水が流れ込み、さらに行き足を奪っていた。

その頃になって二番手を進んでいたレキシントンがサラトガを回避しようと右に舵をとり追い越した。


すでにサラトガは艦隊から落後していた。

サラトガは浸水によりトリムが狂い正確な射撃ができない状態だった。最早戦闘能力は失われたも当然だった。ここにきてサラトガ艦長は艦の保全に務めるため戦線を離脱する判断を下した。


サラトガの戦闘は実質終了したが戦闘はまだ続いているのだった。

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