第三十話 ハワイ沖海戦 3

全くもって奇妙な話であった。

新堀はやや低い位置にある夜戦艦橋の窓から外を見ていた。流石に灯火管制もされて星のあかりくらいしか照らすものがない世界では敵の船どころか島影すら見えない。

それでも航海長と進路を定めるもの達は素晴らしい働きをして扶桑を一寸の狂いもなくハワイ本島の側まで接近させていた。

戦艦扶桑は、他の姉妹艦らと隊列を組み護衛の駆逐艦を八隻ばかり連れてハワイ本島に突入しようとしていた。


米海軍がハワイ諸島南西から北西に展開しているということから北側を大きく周り迂回するようにしてオワフ島の真珠湾に突入しようというのだ。


そんな大回りを戦艦が隊列を組んで移動していれば見つかるようなものだと考えていた。少なくとも偵察機の哨戒ラインに引っかかり別働隊として処理されてしまうだろう。そしてその考えは間違いとなった。

 結果としてアメリカ軍の目は迫り来る本隊にばかり向けられており我々は発見される事なく日暮れを迎えたのだった。

意外にもアメリカは西から北にかけての防御を重視する一方で東側の防備を手薄にしていたようだった。


多少潜水艦らしき反応があったものの、接近されることもなく電波を発されることもなく無事に目標までやってくることが出来たのだった


「間も無くハワイです」


ホノルル港。真珠湾と呼ばれる天然の湾に作られたハワイ一の港だ。ただし湾の大きさに逆らうようにして港湾設備は小規模だった。

それでもハワイ王国の経済規模からすれば十分な大きさだったようだ。


アメリカ軍の輸送船は数が多く、一部は真珠湾内で停泊しているものもあった。

輸送船以外にも浮ドッグのようなものや様々な船がいた。そのほとんどは分類で言えば支援船と呼ばれるものだった。

「鹵獲したいな」

日本にはあの工作船や浮ドッグが一つあるだけでも相当な戦力なる。あれがあるのとないのでは作戦行動に雲泥の差が生まれるのだ。

だからこそ新堀はそれがほしいと思った。けれどそんなことは戦争ではなかなか不可能であると言うのは分かりきったことであった。

ある意味でこの作戦がハワイ奪還ではなくてハワイに展開する米輸送船団と米艦隊の撃滅でしかないという現実を映しているようであった。いや日本の限界でもあった。ハワイで泥沼の戦争合戦を繰り広げられるほど補給線は強くできない。インド洋でイギリス相手に通商破壊作戦を行っている状態では尚更だった。

「まるで海賊のような行動ですね」

副長である板倉慶介中佐が新堀に茶々を入れた。

「カリブの海賊を調べるといい、海の男なら多少なりとも憧れを抱くものだ」


「それが許されるのは子供までですよ。我々は海賊だとしても全てを破壊する方の海賊でしょう」


「それは海賊ではなくクラーケンや白鯨であろう」

破壊を専門にするような海賊はいないからな。そのような存在は海賊ではなく軍隊であろう。ああだとすれば我々は今最も海軍らしいことをしているわけではないか。


しかし我々には海賊が必要なのだ。この国にとってあそこにいる船舶は近海に匹敵する存在だ。


「右舷砲戦用意!」

真珠湾は静かだったが、それが俄に騒がしくなった気がした。

どうやら敵も気づいたらしい。しかしアメリカはここに十分な防備をしていなかったようだ。

「正面より急速接近する艦影多数!」

船団を護衛していた艦艇たちだろう。畜生、夜戦では駆逐艦もバカにはできないぞ。

見張り員の報告が矢継ぎ早次に送られてきた。


「駆逐艦の数は多くはない。せいぜい八隻ほどか、軽巡洋艦すら連れていないようだな」

だがこちらの駆逐艦と同じ数では抑えきれない可能性がある。ならばここは勿体ぶらない方が良いだろう。

どうせこの分隊の最高指揮権限は私なのだからな。

新堀はそう考えて、日向に発光信号を送った。

最後尾にいる日向から了解の返信が来たのはそれから五分後だった。

「駆逐艦の対処は第四駆逐艦隊と日向が行う。そのほかは進路、目標変わらず!」

足元から響く機関の振動を感じ取りながら、新堀は心が跳ね回るように踊っていることに気づいた。

今から起こることは史上稀に見る虐殺になるだろう。歴史に虐殺者として名を刻むことになるかもしれない。

それなのにどうしてこうも手が震えるのだろうか。ああ私はこの状況に興奮しているのだ。力が及ばない位置から圧倒的な火力で蹂躙する。それを楽しいと心から思っているのだ。

ああどうしてだ。私はここまで外道であったというのか!畜生だったのか!

今から一体何人の命が消えていくのか。奪っていくのか。

そして我々は反撃すらできない位置から高みの見物というわけだ。

「撃ち方……初め!」

主砲だけではない、高角砲が、機銃が次々に火を吹いた。


ああ、なんという、なんという狂気なんだ。これが戦争というのか。この殺戮が、戦争なのだ!

「私は、戦争が好きなんだ」

その事実が薄寒く、しかしどこか心地よさがあった。

輸送船が一隻吹き飛んだ。主砲弾の直撃で粉々に吹っ飛んだのだ。41センチ砲の破壊力は半端ではない。輸送船など一撃で粉砕してしまう。

手法だけではない。高角砲が短時間のうちに何発も砲弾を送り込んでたちまち一隻を血祭りにあげ、機銃が船の外殻を貫通し甲板の木の板や布、人を引き裂いて穴だらけにしていく。


殺戮の嵐だった。彼らを守るための駆逐艦はこちらの駆逐艦と日向が押さえ込んでいた。

戦艦一隻を含んだ水雷戦隊がそう簡単に突破できるはずもなく、後の戦闘報告では三十分足らずで八隻が洋上に松明となって浮かんでいた。


砲撃が繰り広げられるたびに船が吹き飛び、血飛沫が爆風に乗って飛び散り戦場に殺戮の匂いが立ちこめていく。

三十分もしないうちに真珠湾は地獄が広がっていた。


新堀がほしいと望んだ工作船は転覆し赤い腹を見せていた。

それだけで造船所がどれほど楽になるのか分かったものではない浮ドッグは砲撃で抉り取られ、連結部分が破壊されていくつもの塊になって崩壊していた。

しかしそれだけでは足りなかった。

まだ徹底しきれていなかった。ここにいるのはあくまで船であり、船はアメリカの造船能力が本格化すれば一ヶ月も行かないうちに回復してしまうだろう。

「目標ホノルル港、軍港設備、造船設備を叩く」

新堀の言葉に板倉中佐は驚いた。

「よろしいのですか?ハワイ王国は同盟国ではありませんが永世中立国、宣戦布告も無しにここで攻撃すれば国際問題になりかねませんよ」


「今ここでハワイの港を奴らに抑えられるのはまずい。米軍の侵攻作戦を半年でも遅らせるためにはここで叩くしかないのだ」


そしてその許可はこの艦隊が分離した際、山本五十六連合艦隊司令長官から受けていた。ハワイから脱出した皇太子にも話を通したらしい。 次期に日本に発足するであろうハワイの臨時政府は日本の一連の行動を咎めることはできないだろうと。

だが日本の攻撃で現地民に不用意に死傷者が出るのは非常に不味い。だから彼は免罪符を作ることにした。

「無線封鎖を一時解除、平文で良い、全周波数でホノルル港からの退避を呼びかけろ。砲撃開始は十分後だ」


「わかりました」


それからきっかり十分後、最初の砲弾がホノルル港を揺さぶった。

41センチ砲弾が岸壁を抉り取り、クレーンを粉砕し、倉庫をまとめて吹き飛ばした。近くに停められていた米軍の軍用車が、トラックがまとめて吹き飛びガラクタに置き換わる。

軽巡洋艦が横転していたドッグも砲撃に晒されてコンクリートは穴だらけにされ、軽巡は叩き壊され、備え付けられた設備が丸ごと吹き飛んだ。

それでも砲撃を緩めず、ついに砲弾は海軍の燃料貯蔵庫を直撃した。

発火性が低く引火しにくい重油が破壊されたタンクから溢れ出す。いくら引火しづらいといえど砲弾が溢れ出た重油に直撃すればそんな性質など程度問題でしかなかった。

そして溢れ出した重油は真珠湾に流れ込み、すでにいくつもの船が燃え上がり沈んでいる地獄を文字通り火の海地獄に変えようとしていた。


わずか二十分で地上に向けての砲撃は終わった。真珠湾に滞在していた時間は一時間にも満たなかった。

「再集結。これをもって作戦を終了し撤退する」

日が昇るまでにハワイの西側に抜け出たい新堀は艦隊最大戦速で離脱を指示した。それに違を唱える者はいなかった。

「朝になれば米軍が必ず追跡してくる。生きて帰れるかどうかは我々の足に速さにかかっているのだ」


舳先を一時的に東にとって扶桑の鋭い艦首が何を切った。闇に溶ける白波を後ろ髪のようにしてハワイ奇襲を成功させた艦隊は一目散に撤退していった。まるでその逃げ足はどちらが勝ったのか分からなくなりそうだったが、結果を見ればどちらが勝者なのかというのは分かりきったものであった。

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