第二十九話 ハワイ沖海戦 2

アメリカが不運だったのは艦隊の航空戦力のうちすでに半分を失っているという事だろう。

六隻の空母から上がった攻撃隊の数はそれぞれ空母保有機の半分程度だったが裕に百二十機を超えていた。

その上艦載機もF4Fを保有していたのはエンタープライズの航空隊のみであり空母ウェストバージニアに搭載されていたのはF2Aだった。

機材更新が済んでいなかったのだが旧式化していた機体では零戦の護衛を突破するのは難しかったのだ。

そしてそのほかの航空戦力であった陸軍航空隊はハワイ王国の港湾施設が想像以上に破壊されてしまっており輸送船から航空機を下ろすことすらできていなかった。


結果として艦隊は大打撃を受けたものの損害は空母と護衛の駆逐艦や巡洋艦に留まっており砲戦能力は以前として健在だった。



しかしこれ以上の攻撃は看破できなかった。残された航空母艦コロラドはその甲板の短さゆえに戦闘機のみの運用であったため対艦戦闘が可能な空母は一隻もいないことになる。現状の航空隊で日本艦隊を相手にするのはほとんど不可能だった。


少なくとも先程の攻撃から推測して日本は四隻から八隻の空母を投入してくると予想されていた。

日本の艦載機が劣っていると考えるアメリカと言えど倍以上の戦力差は無視できない。

キンメルとしては日本の主戦場は現状インド洋であり主力をそちらに拘束されると読んでいたのだろうがアテは外れたようだ。

しかしだからと言って手をこまねいているわけにはいかなかった。

水上機を動員した送り狼でようやく日本艦隊の位置が特定できた事から、キンメルは分離していた艦隊二つを合流させるために全速力で自身の艦を北上させていた。


「敵は空母が六隻、戦艦が五隻を中心とした大艦隊か」

日本は海軍戦力のほぼ全てを一つにまとめて全力で投入してきているようだ。

我々のように太平洋と大西洋の二つに分ける必要がない分初期の投入戦力が多いのはわかっていたことだ。

 本来であれば大西洋やカリブ海で展開している戦艦と空母を回して欲しかったが、ドイツ艦隊とイタリア艦隊が無視できない上にイギリスが予想以上に疲弊していることから簡単に引き抜いて大西洋側の戦力を低下させる事が出来なかったのだった。

「航空参謀としてはどう考える?」

航空機は戦艦には敵わないといえ、数が多ければ損害が積み重なりあわやということもあるかもしれない。

故にキンメルは艦隊の航空参謀に尋ねたのだった。

「こちらの空母がコロラド一隻のみですので航空攻撃をかけるのはお勧め出来ません。ここは艦隊防空に徹するのが先決です」

ウェストバージニアと違いコロラドの艦載機は新型のF4Fに全て更新されている。全機を上げれば約五十機のエアカバーが期待できる。

主力の艦戦であるF4Fは爆装することも可能だったが爆撃機や攻撃機のような専用の照準装置があるわけでもないため効果は見込めない。その上爆装出来るにしても爆弾のサイズは小柄なものしかできない。

それで敵艦隊を攻撃するのは不可能だった。

「そうだな、決着をつけるのなら戦艦同士ということになるか。幸いにも戦艦の数は同数だ」

そして戦艦は無傷で残っている。一隻が爆弾一発を受けたとはいえその損害はほぼ軽微だ。かすり傷程度でしかない。これを使い日本艦隊に夜戦を挑めば勝機はあるとキンメルは考えていた。

日本の戦艦は最新鋭の戦艦こそ脅威だが一隻しかいない。長門型や新型の浅間型が相手でもこちらも最新鋭の戦艦を保有しているし全艦が16インチ砲だ。互角以上の戦いができると彼は信じていた。

確かに航空攻撃で先手を取られたのは痛かったがしかし彼は自軍の勝利を疑ってはいなかった。




 戻ってくる機体は多くが被弾していた。

艦隊は旗艦を天城に定めていたため山本艦隊司令長官は防空指揮所に上がり戻ってくる航空機を確認していた。

当然というべきか出撃した時よりも戻ってくる機体の数は少なかった。

そして戻ってきた機体も至る所に被弾痕が生まれ、酷いものでは尾翼が半分以上吹き飛ばされたものや甲板にオイルやガソリンを盛大に漏らしている機体もあった。


それらの機体からは健全に降りてくるものだけでなく血まみれで運び出される搭乗員や既に事切れて白い布を被せられ担架で運ばれていく者も混ざっていた。

飛行甲板は思った以上に騒然としていた。

「損害が大きいな」

一回の航空攻撃に山本は六隻合計で百十八機の攻撃隊を送り込んでいた。

そのうち未帰還は二十八機だった。

「報告では軽巡一隻撃破、駆逐艦三隻撃破、一隻撃沈、空母二隻を大破ないしは撃沈していると言っています」

航空参謀が敵に与えた被害を搭乗員や攻撃隊の指揮官の報告などを集計し彼に伝えた。


彼が言った報告は流石に戦果誤認もあるから話半分として少なくとも空母二隻になんらかの損害を与えたのは確実だった。


その代償が零戦四機、九九艦爆十機、九七艦攻十四機の未帰還と三十一機の修理不能機だった。実に半分の航空機を一回の戦闘で失ったことになる。

損害判定で言えば部隊の壊滅を意味する。

確かに航空機の威力は壮大で万能なのかもしれないがその消耗は恐ろしく早いものだった。

そしてそれを操る搭乗員は育成に何年と時間がかかる。一年足らずでベテランが底をつき若年隊員が戦場に立たざる終えなくなる。

アメリカと同じように使い続ければ真っ先に息切れする事間違い無しだった。


この時点で海軍の航空機に対する考えは決まったも同然だった。しかし現在そのことを議論する暇はなかった。目の前の米艦隊を撃滅するか撤退させるかしなければならないのだった。


少なくとも今のところは先手を取って有利に事を運んでいるがいつアメリカの攻撃隊が襲いかかってくるかわからない。

「想定される敵の数より少ないな、やはり別動隊がいると見て間違いないか」

「だとすれば手負の艦隊にトドメを刺した方がよろしいのでは?」

「いや、既に別働隊がすぐに合流してくるはずだ。おそらく相互に連携がしやすい位置にいるはずだ」

分かれていた艦隊が合流すれば現状の航空戦力で叩き切れるか分からない。航空機のことをよく知る山本だからこそ航空機の消耗性を考えればこれ以上の攻撃は躊躇せざる終えないのだった。

「それに敵にはまだ空母が残っている。送り狼もされているようだからこちらの位置は露呈しているはずだ」

攻撃隊を準備している合間に攻撃をくらえばひとたまりもない。それだけは避けなければならなかった。

「では攻撃は?」

防空網を突破できるだけの速度と防御性能をもった攻撃機があれば少し無理をしてでも山本は航空機を送り出す決断をしただろうが、九九艦爆と九七艦攻ではすでに役不足だと彼は考えていた。

「今日の攻撃は取りやめる。代わりに米艦隊への対処は戦艦を持って行う。空母は艦隊の防空と明日の攻撃の準備だ」

海軍きっての航空屋と知られる山本から艦隊決戦の言葉が出たことに天城の防空指揮所はざわめいた。

「日が暮れたら空母は護衛と共に艦隊から分離させる。艦隊司令部も合わせて座乗艦を変更する」


「了解しました。各艦に伝えます!」

ここに日米の思惑が奇妙な一致をし、戦艦同士の艦隊戦がハワイを舞台にして勃発しようとしていた。

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