第二十六話 空襲
台湾空襲される。
その一報が飛び込んで来たのは、扶桑が浦賀水道を抜けて少ししてからだった。
フィリピンの在比米軍の爆撃機だろう。
あそこはイギリスとの先端が開かれる前から戦闘機や爆撃機が増強されていた。
特に爆撃機はB-17を配備していたはずだった。頑丈な空の要塞と言われるB-17に迎撃機は手こずったのではないか。
だがフィリピンが真っ先に攻撃を仕掛けたのはそこが日本に近すぎるが故に直ぐに奪われてしまうと米軍は考えていたのだろう。
フィリピンに我々が時間を取られている合間に別方面から攻める。
アメリカも太平洋戦線においては短期決戦を望んでいる節があるのではないか?少なくとも司令部はその考えに至るだけの根拠を持っているはずだ。なにせ我々の行き先はハワイ沖なのだから。
台湾、というよりフィリピンの攻略も当然平時の作戦立案で行われていた。その作戦は大きく分けて二つとなっていた。
一つが比1号と呼ばれるものでこれはフィリピンに対する積極的攻勢案。連合艦隊と陸軍兵力をもってフィリピンに上陸、当地を占領するもの。
もう一つが比2号、消極的攻勢。フィリピンを海上封鎖し兵糧攻めにして攻撃不可にする方法。
こちらは時間がかかるがその分損害で言えば少なくて済む上に他の戦線に戦力を回しやすいということが利点だった。
いずれにしてもすぐにできるのは2号の方だった。日本海軍は全力を持って米海軍を撃滅しに出撃しているのだ。残された現有戦力を有効に使うには2号作戦しかなかった。陸軍は現在断豪作戦の準備に全力を期すため回せる兵力がないのだ。
それでも正規空母八隻、戦艦九隻がこの場にいた。米海軍相手にこれほどの戦力を揃えられたのだ。誇っていいと思っている。たとえそれが亡国への一歩だとしてもだった。
少なくとも私はこの椅子で采配を振い続けるしかない。
「駆逐艦五月雨より入電!敵潜と思われる反応、方位0-5-0。攻撃に移るそうです」
日本の駆逐艦は耳がいい、イギリスと同じでUボートに苦渋を舐めさせられたからか対潜能力に力を入れてきていた。最近では探査音波を放つものも装備され始めたそうだ。
そう簡単に潜水艦が近づいて攻撃する事は難しいと言わざるおえない。
遠くに上がった水柱を見ながら新堀は哀れな潜水艦の最後を考えていた。
1人しかいない戦闘機のコクピットにいると地上にいるよりも気が楽だ。
台南海軍航空隊の他に人が嫌いというわけではないが、気質としてウチはそこまで人と関わるのが好きじゃなかった。
五十嵐 十文字少尉は15分前に初めて実戦で空に上がった。
小隊長として二機のウィングマンを引き連れての出撃だった。
目の前で高速回転するプロペラと轟音を放つ発動機越しに見える景色は雲の多い空。だがその空にポツポツと黒い点がいくつもでていた。
あれが敵機か。
この距離であの大きさなら大型の爆撃機やな。
どうにも九六式重攻と似てるなぁ、きっとB-17か。
あっちの双発は…なんだあのコブダイみたいな機首。確か識別表だとB-10とか言うてたな。
見た感じはざっと三十機。こっちと同数、でも護衛の戦闘機がおらんか。舐めてるな。ようし、先頭のやつをやるか。
だいたい先頭を飛んでいるのが隊長機だからな。
「第二小隊、目標先頭のB-17!編隊を維持して上から被せる!」
無線機に話しかけると雑音が混ざりながらも了解という返事が聞こえてきた。
愛機の零式艦上戦闘機三五型のスロットルを一気に開いて爆撃機の編隊よりも高度を稼ぐ。
列機もそれに追従していく。正面上方からの撃ち下ろし、射撃時間は短いが防護機銃に狙われる時間も短いしコクピットやエンジンを狙うならこの位置が最も適している。
機首を押し下げて照準器に爆撃機を捉えた。
カーキ色に近い緑色で塗られた四発の爆撃機がだんだんと照準器から溢れ出す。
デカい爆撃機は距離感が掴みにくいってのは本当やな。
機体上部の防護機銃が閃光を放つ。弾丸が機体の側を通り抜けていくが命中する弾丸はない。
そろそろ、この距離だ。引き金を引いた。翼に備えられた20mm機銃四丁が火を吹いた。
プロペラの左右を曳光弾が通り抜けていくのが時々見えた。20mmは反動が大きくて機体が小刻みに揺れる。
照準器の中でいっぱいに広がったB-17の上部に小さな光が散った。
20mmが着弾した証拠だ。
上部の銃座が沈黙して左のエンジンが一基止まった。
機体をひねって爆撃機の横をすり抜ける。
続く二番機の福澤准尉と三番機の江口軍曹の機体が攻撃を開始した。
バックミラーに炎がうつった。先頭のB-17は左の翼から盛大に炎をあげて高度を下げて行った。撃墜確定だった。
だが敵はまだまだ沢山いた。丁度爆撃隊よりも低い高度だったが目の前にコブダイみたいなB-10が見えた。咄嗟にヘッドオンで正面から20mmを浴びせる。
コブの部分にあった銃座が反撃する間も無く沈黙した。双発で小さいから20mmも数発当たれば致命傷になったらしい。横をすり抜ける時には片方のエンジンが止まり高度が下がり始めていた。
墜落するかどうかはわからないがあれじゃあ爆撃は無理だろうな。
ちょうど爆撃隊の真後ろに出たところで旋回して背後に回った。爆撃機はまだまだおった。だが戦闘機に纏わりつかれて苦しそうに皆悶えていた。時々赤い炎を吹き出して落ちていく機体が見えた。
その爆撃隊の最後尾にまだ元気そうなB-17が見えた。
残弾は少ないがやってやるか。
愛機は調子良く唸りをあげた。
後部銃座が反撃のために発砲していた。咄嗟に操縦棒を左、ラダーを右に倒して機体を横滑りさせる。
ウチに攻撃が集中しているところに、福澤の機体が前に出た。そのまま攻撃したのだろう。曳光弾が何発かB-17の機体後部に当たった。おそらく弾丸はもっと当たっているだろう。
後部銃座が沈黙するも頑丈な機体は墜落の気配を見せない。丁度照準器にB-17の左翼が入った。
間髪入れずに一連射。フラップや翼の外板がジュラルミンの破片になって飛び散る。
これでも落ちないか!やっぱりえらい頑丈や。
再び福澤機が攻撃したがすぐに射撃が止まった。
無線で弾切れと言う声が聞こえた。
江口が上から被せるようにB-17に一連射して下に抜けて行くのが見えた。胴体に数発、被弾した様子だったけどそれでも落ちる様子はなかった。
だが何かにトラブルがあったのか、B-17は爆弾を急に投下し始めた。そのまま旋回し退避に移った。
「逃すか!」
残弾は後24発、こうなったらエンジンかコクピットにぶち込んでやる!
スロットルを押し込んで無理やり機体を上昇させ反転させる。無理な動きに翼が軋んでいる気がするが関係ない。逃げた敵は牙を研ぎ直して再び襲いかかってくる。
その時に死なないなんてことはないのだ。
B-17の上面が風防の上に見えて、それが照準器に収まる。
操縦桿の右側にある射撃ボタンを押し込んだ。
翼の機関砲が4秒で全弾を使い切った。
B-17の爆撃手席からコクピットまで被弾の火花が散って、風貌が赤く染まった気がした。
機体が大きく傾いて操り人形の糸がきてたかのように機体は高度を下げていった。
「第二小隊五十嵐、福澤、残弾なし。補充のために帰投する」
見れば迎撃は下火になっていた。地面から上がる黒煙の数は十を超えたくらいだったが、まだ戦いは始まったばかりだ。
「こりゃ先が思いやられる……」
こんな大物爆撃機ばかりが相手じゃ20mmでも力不足や。
台湾に対する攻撃は空中哨戒に当たっていた陸軍九七式重爆によって台湾本島手前の洋上から迎撃機に見舞われた。この時米陸軍は護衛の戦闘機を随伴しない爆撃機三十八機で襲来した。
元々フィリピンに展開していた米軍は主に陸軍とその航空隊が主体でありマニラ湾に米海軍軽巡洋艦二隻を基幹とする駆逐艦八隻、掃海艇十隻、補給艦二隻、潜水艦十八隻だった。
主に台湾への攻撃は先陣として陸軍航空隊が行ったが、各航空基地に配備されている機体の総数はB-17Eが五十二機、B-10が五十機、戦闘機に至っては旧式のP-35が四十機とP-40が三十機でしかなかった。
そのうち戦闘機隊は日本軍の攻撃を防ぐために全機が邀撃に当たることとされ、重武装、重防御のB-17を主力とする爆撃隊はその高性能を生かして戦闘機と対抗できるとして司令官は爆撃機のみでの出撃を行った。
しかし爆撃機不要論はすでに日本では重慶爆撃で否定された論調であり、先陣の爆撃隊は大損害を被った。
出撃した機体のうち爆撃を行えたのはそのうちの三分の二程度であり、その爆撃の多くも隊長機などがやられたことで精度を欠いてしまい多くが目標とした飛行場や工廠から外れた。
最終的に米航空隊はB-17Eを八機B-10を十機失い、それぞれ四機が修復不能と判断された。一度の出撃で三分の二が失われたのだからたまったものではなかった。
しかし本当の地獄はそれからだった。間をおかずに今度は日本軍の空襲が行われたのだった。
台湾への空襲は先手こそアメリカに奪われたものの、日本側の対応は早かった。
各地の無事だった空港から一斉に九六式重攻、九七式重爆を含む重爆撃機四十八機と九九式軽爆撃機二十四機、護衛の一式軽戦闘機二型、零式艦上戦闘機三五型がそれぞれ二十七機づつ上がっていた。
目標はイバ基地とクラーク基地だった。
各基地の直掩機は途中の監視所からの通報で日本軍接近を知ると直ちに温存していた戦闘機隊を空にあげた。流石に整備中などで全機が上がるのは無理であったがそれでもP-35三十二機、P-40二十五機を上げることができた。
しかし結果は悲惨なものだった。機体の数に差がない上にP-35では零戦や一式相手ではエンジンの出力で絶対的に負けていたし性能面では言わずもがなだった。ほぼ同数の戦闘機に抑えられ五分経たずに半数が撃墜される始末だった。
P-40も似たようなもので、旋回性能で遅れを取る上に速度に差がないため一撃離脱をするのも難しいとあってはどうすることもできなかった。瞬く間に米軍の戦闘機は数を減らしていった。
それぞれが目標としている飛行場にたどり着くまでに戦闘機によって撃墜された爆撃機は無かった。
結果的にイバ基地とクラーク基地は滑走路を全て破壊され、格納庫やバンカーにも被害が出て壊滅状態に陥った。
地上に残っていた多くの機体も破壊されフィリピンの制空権は日本に移った。
しかし空襲というのはそれ一回だけではない。
日本は使える機体を本土から回し、戦力を回復させながら爆撃を繰り返した。
上陸作戦に備えていた地上戦力の一部も爆撃によって被害を受けていた。しかし大半の装備は無事であり日本軍を迎え撃つ準備を整えていた。
しかし日本軍はフィリピンに対する上陸をするつもりは一切なかった。
飛行場だけでなくマニラ湾のキャビテ米海軍基地にも爆撃を敢行した。
攻撃を行ったのは鹵獲したばかりの空母ユニコーンだった。エレベータのサイズの問題で運用できるのが零戦と九九艦爆のみだったが、飛行甲板にまで駐機し航空攻撃を実施した。
そこに米海軍アジア艦隊の姿は無かった。
アメリカ参戦と同時にアジア艦隊は洋上に退避をしていたのだ。
しかし軍艦がいないからと言って爆撃が軽くなるわけではなかった。
ユニコーンから発艦した零戦六機と九九艦爆十五機は軍港の至る所に攻撃を仕掛けた。
クレーンが爆撃で吹き飛ばされ、停泊してた潜水艦が零戦の機銃攻撃で穴だらけにされる。
基地の防衛を行う機銃座にも手持ち無沙汰の零戦が機銃を撃ち込み沈黙させた。
その隙をついて九九艦爆が高度三千から急降下で目標とした物を破壊していく。
倉庫に九九艦爆の250kg爆弾が飛び込んだ時、破局は生まれた。
ただの250kg爆弾では起こり得ない爆発が九九艦爆の背後で発生した。隣接する倉庫が何棟も巻き込まれる形で吹き飛んだ。
爆発のキノコ雲が高く登っている。
九九艦爆の航法員は何かの弾薬庫を誘爆させたのだろうと思いそれを打電した。
だが誘爆させたのは米海軍にとって深刻な事態を引き起こすものだった。
空襲直前、マニラ湾には二隻の貨物船が入港していた。
それらから慎重に下されていた積荷は、本来防備が固まっている弾火薬庫に運搬される予定であった。しかし本数が多く輸送に時間がかかるため一時保管として倉庫に入れられていたのだった。その積荷は潜水艦用魚雷Mk14。
開戦直後には潜水艦魚雷自体の在庫が数百発しかなく、Mk.14の月産量は60発が限界という状態であったため運び込まれた200本はアメリカがもつ潜水艦用魚雷の在庫の半分以上ということになる。それだけフィリピンは日本への通商破壊作戦の基地として重要視されていた。
一応この魚雷は生産拡大計画も持ち上がっていたものの、空気魚雷用の気室生産がなかなか進まず、急速に生産増加も図れない状態であった。
そのためこの200本はアメリカの潜水艦にとってなくてはならないものだった。
それら全てが日本の商船に穴を開ける前に誘爆により倉庫群を巻き込んで吹き飛んだのだった。
最終的にキャビテ軍港に停泊していた貨物船二隻が爆弾の直撃で大破、潜水艦一隻が沈没と港湾設備の三割が破壊される損害をアメリカは負うことになった。
しかしフィリピンと違いハワイはそうはいかなかった。
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