第二十五話 新顔

 アメリカが参戦したとはいえこの国が何もしていなかったかと言われたらそうではない。

艦橋から慌ただしく物資の積み込みを行っている扶桑の甲板を見下ろしながら新堀はぼんやりとそんなことを考えていた。

港に泊まっているにも関わらず昼食として出されたのは戦闘食のおむすびと沢庵ふた切れだった。

それを5分とかからず平らげた彼は満腹感からくる眠気を防止するためにも連合艦隊の編成表に目を落としていた。


 ④計画は駆逐艦や潜水艦ばかりの白けた内容だったがそうであるが、それ故に開戦までに揃えることができた。

少なくとも新堀はそう考えていた。そして目の前に広がる横須賀工廠はほとんどの造船設備が終夜問わずで稼働し続けていた。


 ④計画の建造が終わった造船所では間髪入れずにその後の戦時補充計画である⑤計画艦が建造に入っていた。この計画も実質的に量産しやすい軽空母主体の建造計画だった。

その中でも6月の段階で新たに連合艦隊に加わったのが空母祥鳳、瑞鳳。そして潜水母船大鯨から改装された空母龍鳳の三隻だった。


これらは全て小型空母であったが、海軍にとっては貴重な航空戦力だった。

これらはすぐにインド洋に投入され鳳翔、軽巡洋艦古鷹、加古と共に通商破壊作戦やセイロン島への爆撃に従事していた。

これにより艦隊主力の大型空母や戦艦などを太平洋に回すことができると言うわけだった。

他にも⑤計画は大型装甲空母G16一隻が建造予定で、それを除けば軽巡洋艦と戦時量産の駆逐艦が一挙に三十九隻も建造されている。そのうちの十隻は既に艦隊に編入されているから確実に増強されていた。

ただし戦時量産の駆逐艦は通称破壊に対する防衛を目的とした艦であるからその全てが護衛艦隊に編入されていた。


 さらに特設空母として新田丸級貨客船三隻を改造した艦が間も無く就役。建造中だった一部貨客船と潜水母船が空母へ改装中だった。

さらに修正⑤計画で秋から正規空母六隻が一挙に建造される予定ときた。

そして潜水艦に輸送船や貨物船もまた大量に発注されていた。

この国は確実に戦力を整えつつある。

 しかしアメリカ相手には些細なものでしかない。あの国を相手にするには限定的戦争で勝ちを拾うしかない。それでようやく負けない戦が出来ると彼は考えていた。


 特に⑤計画の次に慌ただしく⑥計画が控えていたがそこで戦時量産の正規空母が一挙に六隻を建造するのではと噂が流れていた。しかしいくら戦時量産としてもアメリカとの戦争に間に合うのか、新堀はあまり当てにしないようにしていた。



扶桑は出撃準備を整えつつ、臨戦体制に入っていた。

西海岸の主要な港から太平洋艦隊が姿を消したと報告が入っていたからだ。

何処を狙うのかは新堀には分からなかったがアメリカが大まかに三つの案を取れると言うことだけはわかっていた。


一つは北太平洋、アラスカ沖やアリューシャン列島付近を経由して日本沿岸を直接攻撃する作戦。

もう一つはハワイ王国を攻撃、占領し橋頭堡として中部太平洋を進撃する作戦。

最後の一つは連合国の一員であるオーストラリアを経由してフィリピン、台湾と日本占領地を南方から侵攻していく作戦。


しかしどれをとってもアメリカには責めづらいのではないか、いくらあの国といえど本土を直接叩くのは難しい。それはこの国も同様だ。つまり宣戦布告されたとして少しは時間の猶予がある。それまでにどれだけ防備を固められるかが勝敗を分けるだろう。

うん、少なくとも私なら奇策で本土を奇襲するより最初はハワイか南方に向かうだろう。

南方資源一帯を抑えれば日本はそれだけで日上がって戦争どころではなくなるからな。


そしてアメリカから宣戦布告されても日本はすぐには動けなかった。

特に直前までインド洋に展開していた第三機動艦隊は整備と補給を行わなければならない。


「新堀艦長、艦隊司令部より呼び出しです」

伝令の曹長が艦橋に上がってきた。

どうやら次の作戦が決まったのだろう。なるべく準備を早める必要があるな。




 横須賀、呉、佐世保、大神と各地の鎮守府が蜂の巣を突いたような騒ぎに包まれる中で五隻の潜水艦が密かに日本を発っていた。

それは潜水艦と呼ぶには些か巨大な図体をしていた。しかし潜水艦であるが故にその存在は海軍でもほとんどの者が知らない秘匿された存在だった。


その潜水艦たちの先頭に立つ艦の小さく低い艦橋に書かれた識別番号はイ400。

伊号潜水艦の中でも特殊な存在だった。


その発令所で特務潜水戦隊司令の桜庭 真二少将は潜水艦隊司令部から送られてきた作戦書を何度も見返していた。


今まで乗ってきた潜水艦より大型の発令所は幾分か余裕がある。

日本海軍の伊号潜水艦は海大こと海軍大型潜水艦、巡潜こと巡洋潜水艦の二種類に分けられていた。

しかしこの400型はそれらに含まれない。新たな艦種である航潜、航空潜水艦であった。


事の経緯は③計画以前に遡る。

海軍の作戦立案を行う軍令部では対米戦争が発生した際何処を攻撃するのがアメリカにとって最も打撃になるかを探っていた。その中で上がった一つの答えがアメリカ大陸の中間部にあるパナマ運河だった。

アメリカの工業力の大半は五大湖周辺にありここで生産された資材や兵器群はパナマ運河を通り太平洋に送られてくる。無論鉄道を使っての輸送もあるが大量輸送となれば船舶の比ではない。

特に西海岸の造船所などで建造される艦艇の鉄鋼資材などは五大湖で製造されて送られる量が半分を占めていると言われていた。


このパナマ運河はアメリカのアキレス腱でもあった。そこを攻撃するために計画、建造されたのが航空潜水艦だった。


一隻あたり特殊攻撃機三機を保有し潜水艦の隠密性を生かしてパナマに接近、航空攻撃を実行しパナマ運河を破壊する。まさしく奇想兵器だった。

本来であれば十隻で戦隊を組む予定であったが対米戦が開始されたことにより完成していた五隻を急遽出撃させることにしたのだった。

残る五隻のうち三隻は建造が中止され、二隻の建造資材に当てられることになったが、当然このパナマ運河攻撃には間に合うはずがなかった。

予定の半分の戦力でパナマへ攻撃することになった桜庭だったが、その事を悲観してばかりはいられなかった。

「我々は必ずパナマを攻撃し、帰投する。皇国の荒廃この一戦に有りだ」








太平洋の海は静かだった。

しかしだからと言って船が安定していたわけではない。時折り思い出したかのように、或いは気まぐれに海は牙を向いたように時化ては激しく艦を揺らしていた。太平洋艦隊司令長官ハズバンド・キンメル大将は旗艦サウスダコタの艦橋ではるか先にある島の事を考えていた。


すでに開戦と同時にフィリピンの航空戦力は日本領に対して攻撃を開始しているはずだ。

そこにアメリカ合衆国の太平洋艦隊が総力を挙げての出撃だ。流石にこれを止められる者はいないだろうと言う自負があった。そして南国の小さな島は鉄の暴力で手中に収まる。


 参戦時のアメリカ海軍は戦時建造艦艇と呼ぶべきヴィンソン計画、両用艦隊法の艦艇が、続々と就役しつつあった。

 そうした主要艦艇の中でアメリカ西海岸のシアトル、サンフランシスコ、サンディエゴにいた主要艦艇は新鋭戦艦サウスダコタ、インディアナ、ノースカロライナ、ワシントン。旧式戦艦カリフォルニア、テネシー。巡洋戦艦サラトガ、レキシントン。航空母艦コロラド、ウェストバージニア、エンタープライズ、ホーネット

重巡洋艦ペンサコーラ級二隻、ニューオーリンズ級七隻。

軽巡洋艦ブルックリン級四隻。

駆逐艦が四十八隻の四個水雷戦隊。

これに給油艦、補給艦、工作艦、浮ドッグなどの後方部隊が入る堂々たる艦隊だった。


 この中でハワイ王国攻略に乗り出したのは整備中だった空母ホーネットと戦艦ノースカロライナ、西海岸防衛に残ったテネシーなどをのぞいた戦艦三隻、巡洋戦艦二隻、航空母艦三隻、重巡洋艦四隻、軽巡洋艦三隻、二個水雷戦隊と後方支援部隊だった。

止められるものなら止めて見せよ。

キンメル大将は未だ見えない敵に対して闘争心を隠しきれないでいた。それは艦橋要員を通して艦全体に、そして艦隊全体に広がっていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る