第二十三話 アメリカの現状

 1941年6月のアメリカはいまだ平時であり、イギリスを多少物資面で手助けしていただけで、対岸の火事を見ているだけに過ぎなかった。

国民の多くが、「今のアメリカ」が戦争に参加する理由がないとして参戦に否定的だったからだ。


合衆国の政治中枢とも言えるホワイトハウスでは、大統領であるルーズベルトが長官らを集めて日夜会議に勤しんでいた。

無論その議題の多くは対独、対日参戦についてだった。

「では、今からの準備なら開戦時期は1943年が良いと言うことなのだな?」

彼の問いに細顔の商務省長官が答えた。

「その通りです大統領、現状我々の持つ工業力は偉大なものがありますが、その全てが常に使われているわけではありません」

 

 実際に最盛時と比べると現状のアメリカでは精々7割程度のGDPだった。それすなわち最盛期のころに稼働していた生産力よりも下がっていることを指している。しかし投資した工場や生産設備は不動の資産であり存在する。そのため余剰生産力が大量に存在したことは間違いない。最もその原因は1920年代の野放図な設備投資と浪費の結果であり、世界恐慌の負債でもあった。


「今からの準備で二年かかると言うのは些か長すぎるように思えるのだが、そこのところ詳しく教えてくれないか?」


「はい、まず現状の工業力から戦時体制に移行するには大規模な人員の動員が必要です。これは軍だけでなく民間も同じです。それが終わり生産力を発揮できるようになるまでは工員の練度、機械の点検などもありますから少なく見積もっても二年はかかります」



「よく分かった。しかし事は流動的だ。イギリスがそれまで保たなければ我々が参戦する意味が失われてしまう」

そこに国防総省が横から入り込む形で語り出した。

「国防総省としては現有戦力で時間を稼ぐとしても一年が限度です。ですので開戦の時期は来年がよろしいかと」

軍としては現状の戦力で日独を相手にするのは厳しいと言わざるおえなかった。どちらの国もすでに戦争状態で総力戦に突入しているのだ。


「確約は厳しいだろう。なにせ、向こうの出方次第になってしまうからな」

誘導しているのは貴方でしょうと言う苦言を飲み込んで国防省長官は下がった。

 

 アメリカ政府は、既に枢軸各国の挑発に出ている。相手から攻撃されれば、アメリカ国民の戦意も昂揚すること間違いないからだ。

イエロージャーナリズムも使えば国民など幾らでも誘導できる。その点で言えばどの国も変わらなかった。

 レンドリース法はその挑発行為の象徴であり、既に大西洋ではアイスランドにまでアメリカ艦船が出向き、ドイツ軍のUボートへの攻撃すら行った。しかしドイツは挑発には乗らず、イギリスの窮地は続いた。



 そこで日本への挑発が行われる。

 満州事変や上海事変のせいでアメリカは日本を酷く嫌っていた。何より、日本は新興の有色人種国家だった。

成り上がりの有色人種を叩くのは、白人文明国の崇高な義務ですらあるという、幼稚な考えが白人国家であるアメリカには横たわっていた。


 元々日本との関係悪化は戦中どころか戦前、上海事変以降から続いている。

 戦闘が終わった後も何かと何癖をつけては関係改善を遅らせてきたアメリカ。そして日本が第二世界大戦に参戦すると、アメリカは自らの中立法を理由にして、日本に対する多くの品目に対する貿易停止を通告。

 だが、日本は半ばアメリカを無視した。アメリカが中立国のままなら、取りあえず今の日本では無視ができたからだ。

 そして日本は快進撃を続け、インド洋からイギリスを追い払うにまで至ってしまった。

この間日本は、アメリカをほとんど存在しないかのように振る舞った。アメリカが日本への輸出を停止した中で最も必要だった高純度ガソリンについては、インドネシアの油田と精製所を奪取したことで補った。

 それ以外では、日本がアメリカからどうしても必要な資源や製品もほとんどなかった。

だから日本は、取りあえずではあったがアメリカを無視することが出来たのだ。


これに対し1941年の1月の段階でアメリカは国内の日本資産の凍結を開始、日本も呼応するように国内の米資本を凍結したことで国交は断絶一歩手前の状態になっていた。


 しかし、現状はアメリカの期待を裏切り続けていた。

 

 ドイツが戦争を始めた当初は、アメリカ中枢は向こうから経済停滞を打開する千載一遇の機会が訪れようとしていると考えた。

 しかしドイツの攻勢により、フランスが呆気なく瓦解。イギリスも窮地に陥った。


ようやくアメリカは、高純度ガソリンや工業部品、船舶などをイギリスに提供するなど、初めて戦争に荷担する行動に出る。

 イギリス本土は、アメリカがヨーロッパに乗り込むために必要な橋頭堡だからだ。そこが陥落すればアメリカはヨーロッパへの足がかりを失ってしまう。

 そして1941年3月にはレンドリース法が成立し、アメリカの参戦に向けた下準備は十分に整ったと言えた。


 しかし事態はアメリカにとってすでに悪化していた。

日本がまるで防備されていない東南アジアを席巻するのは予測済みだったが、勢いのままに東アジアとインド洋のほぼ全域から、イギリスの勢力が駆逐されてしまう。


 しかも日本は、占領した地域に次々に民族自治政府を作り、それらの地域では半年もすると独立宣言が出される予定であった。

「私としては曲がりなりにも独立宣言をしている場所に責めいる計画は国民の理解を得られるかどうかが心配です」

国務長官だけに外交に敏感な男の言葉はルーズベルトには届かなかった。

「ただの傀儡政府だ。日本によって都合よく作られた国家になど配慮する必要はない」

最も日本も善意から独立させているわけではない。単純に占領地として運営する費用をどうにか抑えたいが故に占領地ではなく国として独立させているだけだった。

そのため資源に関しても国家間貿易という形で格安ではあるが代金を支払っての輸出入と言う形に落ち着いていた。

当然日本が輸出するものは武器だった。



加えて大東亜宣言と呼ばれる戦争方針を示し、政治的対向も画策した。この結果、安易にアジア地域に攻め込めば、攻め込んだ側が侵略者とされる恐れが出てきてしまう。

 それを心配しての発言だったがルーズベルトからすれば有色人種の国などどうと言うことはないと言う考だった。


 しかし現状の軍備ではアメリカにとって都合が悪いのは事実だった。日本、ドイツとイギリス、アメリカを合わせた海軍力の比較だと、枢軸側の方が有利に傾いているからだった。


イギリス海軍の特に大型艦艇群は、既にそれほど減少していた。

 そのためアメリカは、イギリスへの側面援護とドイツへの警戒を兼ねて大西洋艦隊を手抜きにすることが出来なかった。その上で太平洋艦隊も急ぎ増強しなければならなかった。

 

 この時点でアメリカ中枢の一部は、イギリスを救うため一日も早くアメリカが戦争に加わるための行動が取るべきだと考えた。

それが故の参戦に関する会議だったが、交戦国の全てがアメリカを無視し、アメリカ市民が戦争を否定している以上どうにもならなかった。

 


 

 

 ドイツも日本も、自分たちの戦争が終わるまでアメリカを無視し続ける方針を堅持するのは、戦略上も外交上も確実だった。

 アメリカに出来ることは、難癖を付けてそれをアメリカ国民に対して都合の良い部分だけを誇張して伝え、自ら宣戦布告する形で強引に参戦するしか道はなかった。

アメリカは八方塞がりになっていたのだった。

 

「やむおえん、1942年の6月を目処に開戦をする。それまでイギリスには持ち堪えてもらわなければならないが」


「イギリスが持ち鍛えられることに期待しましょう」

 どのように参戦し、どの戦線を重視するかはもうすでに決まっていた。


 アメリカの外交戦略上の基本は、日本を挑発して裏口からの参戦を果たし、ヨーロッパをドイツの脅威から開放するというものだった。

 日本が有色人種国家であるから叩く際の心理的障壁が少なくアメリカ国民の戦意も煽りやすいと考えられた。


 検討案の中には、中立国であるハワイ王国を開戦第一撃で電撃的に占領して橋頭堡を確保。

 その前後に電撃的に日本本土に直進して、星条旗を東京に立ててしまえと言う乱暴な意見もあった。


 しかし、アメリカの民意を必要とするアメリカ政府にとって、日本に先に手を出させるなければ意味がなかった。

 そのため国防省や国務省は用意周到に練られた対日開戦用作戦を考案していた。

 この作戦は白人優位の考え方と、日本人という有色人種に対する強い嫉妬と嫌悪、恨みが積もったものでもあった。

 このため日本の国力や経済力をまともに評価せず、軍事力や兵器に関しても異常なほど低く評価していた。

 イギリスが一方的に日本に叩かれたのも、日本が相手を圧倒する数を揃えた為と、戦ったのがイギリスなどの植民地軍だからと考えていた。

 故にアメリカの基本的な戦争計画では、2年で日本を降伏に追いやり、その後全ての力をドイツに投入し、世界の覇権をアメリカの手に握るというかなり安易なものであった。

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