第二十話 衝1号作戦 4

ソマヴィルにとってそれは想定外に出来事だった。


突如として前衛として先行していた軽巡洋艦アキリーズの水上レーダーが大規模な艦隊を捕捉したのだった。

すぐさま電波管制が解除されレーダーを搭載する戦艦と巡洋艦が一斉にその電子の目を起動させた。

「攻撃目標にしては近すぎないか?」


「おっしゃる通りです。相手が30ノットで進んだとしても会敵予想時刻より遥かに早いです」


「つまり別働隊か。哨戒から漏れていたということか」

しかし、いずれにしてもこうして遭遇してしまったからには戦わなければならない。

「空母を退避させます」

「そうしてくれ、砲戦をするとなれば空母は的でしかない」

特に明朝の攻撃に備えていたとは言え今から爆装をして艦載機を飛ばすには時間がかかりすぎる。


「敵艦、こちらに向かってきます!反航戦!」


「空母が退避する時間を稼ぐ、面舵いっぱい進路0-9-5」


しかしレーダーだけでは敵がどのような陣営なのかは分からない。事実この時艦隊に突進しているのは戦艦五隻と自分たちの倍以上の戦力だった。

最もそれに気付いたところで逃げるという手段を取ることはソマヴィルにはできなかった。





水上打撃艦隊は各艦隊からの主力艦の増援と第一水上打撃艦隊の主力艦をもって構成されていた。当然その連合艦隊の司令部は第一水上打撃艦隊の司令ということになる。

 

山本五十六中将は戦艦五隻に対して指示を飛ばしていた。

「大和と浅間は先頭の敵戦艦、筑波と山城、扶桑は二番艦を叩く」


目標を振り分けたあとは各艦が与えられた目標に対して各自の判断で砲撃を行う。

同型艦で組んでいる場合は信号や短距離無線で統制射撃を行うが、今回は性能などが全く異なる艦同士が集まっているため統制射撃は不可能であった。

すでにイギリス艦隊との距離は28000を切っていた。夜戦を行うにはやや遠い距離だが、五十六は攻撃開始を指示した。

「水雷戦隊、突撃を開始しました!」

重巡洋艦を含んだ水雷戦隊がイギリス海軍の水雷戦隊に向かって突撃を開始した。同時に戦艦もその火蓋を切った。



扶桑の夜戦艦橋は昼戦艦橋よりも数階下がった位置にある。それでも艦橋内部の設備自体は全く変わりはない。ただ視界が低い分周囲の光景を把握しづらいという問題があった。

新堀は夜戦艦橋がどうにも好きになれなかった。ここにいるくらいなら装甲に覆われた司令塔の方か防空指揮所の方が良いのではないかと砲撃が始まる直前まで考えていたくらいだ。


「筑波、山城より発光信号!砲撃はじめ」


「宜候、砲術長聞いていた通りだ。砲撃はじめ」

有線電話を常に射撃指揮所と繋いでいたため新堀の号令はすぐさま射撃指揮所に伝えられた。

左舷を向いて仰角をつけていた砲が火を吹いた。普段より近い位置で感じる衝撃。

「敵艦発砲!」


「こちらが撃ってきたから慌てて撃ち返したな」


この五隻の中で誰を1番に狙うか。最後尾にいる私の艦か、あるいは先頭の巨大戦艦か。


最も新堀にそれがわかる前に、敵艦を包み込むように着弾の水柱が上がった。


緑色、朱色、紫色と色とりどりの水柱が上がっていく。

各艦の着弾観測をしやすくするため砲弾には染料が入れられているのだ。扶桑は紫色を振り分けられていた。

「観測機から入電、全弾近200!方位角良し!」


弾着は標的の手前200mの位置、ただし幅自体は問題ない。最初からこの位置に砲弾を持ってくれるのは単に法術長の腕が良いからだ。

同時に扶桑周辺に水柱が上がった。狙われたのは最後尾の扶桑だった。


「全弾遠弾です!」

砲弾は扶桑を飛び越えて反対側の海面に落下したようだった。水柱も衝撃も扶桑には届いていない。

「怯むな、そう簡単には当たらん」


測的を修正した第二射が扶桑から放たれる。

今度はより近い位置で水柱が上がったような気がした。

「観測機より入電、扶桑、近50!」


その報告が上がる最中にも山城と筑波から放たれた砲弾が交互に水柱をあげて敵艦を隠していく。しかしその火力と戦闘力が衰えた様子はない。


第三射が扶桑から放たれた直後、敵の第二射が落下してきた。

「近いな……向こうもいい腕をしているようだ」

第二射は先ほどよりも近い位置に落下していたのを新堀は肌で感じた。

 しかしこちらの第三射も良い位置にいったのではないか。ああこの待っている時間が焦ったい。


「弾着、今!」


「観測機より!夾叉しました!」


それは待ち望んでいた報告だった。扶桑はこの日一番乗りで敵艦を散布界にとらえたのだった。

「よし次から斉射に移行する」


扶桑の主砲が沈黙し、30秒ほどして全ての砲身が上を向いた。


艦内電話から発射の一言が響いて、船体が大きく揺れた。同時に敵の砲弾が扶桑の周囲に水柱をあげた。



 扶桑から放たれた8発の砲弾のうち、戦艦ウォースパイトに命中したのは二発だった。

一発は艦首に飛び込み第一砲塔前の中甲板で炸裂した。炸裂したエネルギーが砲弾の突入口を大きくめくるようにしてこじ開けながら隔壁や床、天井を吹き飛ばした。


続いて艦中央部に砲弾が飛び込んだ。この砲弾は角度が悪く水平装甲の上を滑るようにして艦にめり込み、甲板から上を吹き飛ばした。高角砲や機銃と探照灯が幾つか吹き飛び、木製の甲板だったものや高角砲があたりに散乱した。


しかし砲撃を辞めるほどの損害ではなかった。

ウォースパイトの砲弾はこの時扶桑を一歩遅れて夾叉していた。ここからは戦艦同士の殴り合いであった。

しかし数が違いすぎた。ウォースパイトが斉射を放つ前に新たな水柱が上がり、煙突後方の艦載機格納庫に直撃弾が炸裂した。

水上機格納庫は一瞬で破壊され、その上に乗せられていたボートは三艇とも吹き飛ばされて残骸になっていた。

間髪入れずに今度は至近弾の炸裂で船体が大きく揺さぶられる。


それでも斉射を行うウォースパイト。しかしそれに応えるかのように今度は三隻から合計で26発の40センチ砲が飛んできた。同時に5発が命中し艦橋脇の中甲板に備え付けられていた副砲がまとめて吹き飛び、クレーンが倒壊し、甲板は至る所で引き裂かれ火災が発生していた。

既に敵を向けている左舷側は鉄屑の山になっていた。

それでも扶桑の艦上に直撃の閃光が上がればウォースパイトの乗員は歓喜に沸いた。

お返しにと放たれた砲弾がウォースパイトの装甲を貫いて艦内に飛び込んでも、彼らは諦めなかった。



扶桑が二発の15インチ砲弾を被弾した時、ウォースパイトは三隻から10倍以上の砲弾を叩きつけられていた。

艦の至る所で火災が発生し、四番砲塔は吹き飛んだのか砲身が一本千切れていた。機関に被弾したのか目に見えて速度が遅くなり、測的が狂ったのかウォースパイトの斉射弾は扶桑の後方に落下していた。


「敵艦速度低下、誤差修正急げ」


「被害報告!煙突右舷側に被弾するも損害は3番高角砲の全損と探照灯、機銃座二基呑みで機関に以上無し」


よし、さっきの1番砲付近の被弾と合わせてもまだ損害は軽い。砲戦に支障はないな。


新堀がそう考えている合間にも扶桑は定められた行動を的確に行うかのように砲弾を放った。

他の艦も同じだった。同時に水柱といくつもの爆炎が敵艦の艦上にあがり、それが収まった時敵艦は大きく姿を変えていた。どれの砲弾が致命傷になったのかは分からない。

だが敵艦の箱型の艦橋は上がごっそりと抉り取られるようにして消失しており、二番主砲も四番主砲と同じように破壊されたのか火を激しく吹いていた。

残された砲は沈黙を保ったままだった。明らかに敵艦は戦力を損失していた。


「砲撃止め」

一瞬手元に目線がいき、新堀は腕時計を見た。

なんということだ。まだ会敵してから1時間しか経っていないぞ。

 その頃には大和が担当している先頭の敵戦艦はすでに波間に没していた。大和の46センチ砲弾は15インチ砲への防御しか持たず、第一次世界大戦時に就役した戦艦には到底耐え切れるものではなかった。一発の被弾で弾薬庫を誘爆させ二番砲塔より前方をごっそりと抉られたクイーン・エリザベスは乗員の脱出も間に合わずに呆気なく轟沈していた。そこに名誉も人の意思も思いも関係ない。完璧な鉄の暴力とも言える光景だった。そしてそれは海軍が求めて止まなかった圧倒的火力に表れでもあった。

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