第十九話 衝1号作戦 3


インドミダブルはイラストリアス級航空母艦の第二グループと呼ばれる分類に属する。

イラストリアスで問題になった艦載機数を増やすために従来の格納庫の下にもう一段格納庫を設けた二段格納庫になっているのだ。それでも二段目は大きさが小さいため艦載機の搭載数は排水量が翔鶴型並なのにも関わらず蒼龍程度しかない。

しかしそれでも格納庫の防御性能は捨てがたい能力であった。


そしてそれは飛龍艦爆隊の三機が急降下爆撃を強行した時も遺憾無く発揮された。

投下された三発の爆弾のうち一発は艦橋脇に逸れて水柱をあげた。残る二発は丁度装甲化された甲板部分にあたり跳ね返ってしまい甲板から4mの位置で爆発した。飛行甲板は多少の凹みと傷を負ったが想定されていた攻撃をしっかりと耐え切ったのだ。

しかし甲板上で爆発した爆弾の破片で機銃手や艦橋の見張り員はズタズタに引き裂かれ、血を撒き散らして艦の防空能力と見張り能力に支障をきたしていた。



問題はそのあとだった。

急降下爆撃と同じタイミングで雷撃を仕掛けた九七式艦攻が左から六機、右から三機それぞれ殺到していた。

これらは全てが飛龍所属の雷撃隊であり、事前の打ち合わせ通りに一隻に狙いを絞っての雷爆同時攻撃を行ったものだった。

急降下爆撃機が少なかったのは他の攻撃隊のための活路を見出すために駆逐艦や重巡洋艦など輪形陣外縁を切り崩すために攻撃していたからだった。


だからこそインドミダブルへの雷撃点に飛龍艦攻隊総勢九機が取り付けたのだった。

左右からの同時雷撃に、残されたインドミダブルの火力が指向される。だがその弾幕は爆撃機相手よりも些か心許ない。


艦橋前に搭載している40mm機関砲と艦中央部の20mm機銃の大半が未だ射撃できる状態ではなかったのだ。


それでも高角砲の弾幕によって左舷から突入する九七艦攻のうちの一機が粉砕され、一機が発動機をやられて海面に水飛沫を上げた。

それでも残る機体は臆する様子もなく突入していく。

不意に九七艦攻が機首を振った。右に旋回し攻撃を避けようとしたインドミダブルの動きを正確に読んでいる者にしか分からない動作だった。


魚雷が解き放たれ、海面に白い航跡が生まれていく。

スロットルを最大限にして魚雷を投下した艦攻達がインドミダブルの前後をすり抜けるようにして退避していく。


インドミダブルは旋回中でこれ以上の動きができない中、最初に到達したのは左舷側からの魚雷だった。右旋回を正確に読んで放たれた魚雷は搭乗員の執念が乗り移ったかのように性格にその土手っ腹に三本が命中した。

遅れて右舷側の艦尾付近にも水柱が一本。


装甲化された格納庫と違いそこまで装甲はない。

特に左舷の三発は揃って機関部を直撃していた。

爆発で外板が破壊され、その奥のバラストタンクや隔壁が次々と破壊されていく。機関室の天井部分は十分な装甲が貼られていたが、側壁にはそのようなものはなく衝撃と押し込まれてくる海水を防ぐには厚みが足りなかった。


たちまち左舷側のアドミラルティ式過熱器付3胴型水管缶2基とパーソンズ式ギヤード・タービン1基が衝撃で破壊され遅れてきた海水によって機関室で作業をしていた機関員を飲み込んでいく。

そこに二発目が右舷から突入した。

突入位置はやや後方だったこの一本は右舷側の機械室を直撃しタービンを致命的なまでに破壊した。壊れたパイプから高圧蒸気が吹き出し、歯車の破片が殺戮を繰り返す光景は、すぐに流れ込んできた海水によって全てが流されて行った。

甲板上では別の地獄が広がっていた。


左舷側に集中して被雷したことによりトップヘビー気味だったインドミダブルは急速に傾いていた。

高角砲や機銃への給弾は完全に止まり、傾斜復旧のために右舷側に注水をしても傾斜は戻らないままだった。

左舷側が飲み込んだ海水はそれだけ膨大なものであったのだ。

右舷側のバラストタンクはたちまち満水になってしまい艦内では男達がダメージコントロールのために傾いた艦内をかけずり回っていた。

しかし傾斜した状態はどうにもならず、格納庫ではソードフィッシュの一機がついに固定していたワイヤーを引きちぎり、傾斜に沿って格納庫甲板を滑って行った。

エンジン部分から格納庫壁にぶつかった機体はプロペラを潰しながら横転し、機体に吊るしていた魚雷の信管がどういうわけか作動してしまったのだった。


格納庫の誘爆は装甲で囲われた格納庫の中で出口を求めて暴れ狂い、そこにあった物全てを破壊しながら最も強度の弱いエレベーターを目指して突き進んだ。

最後の魚雷が命中してから4分後、運に見放されたインドミダブルは格納庫の誘爆で大火災を起こした。


三軸あるうちの真ん中の一軸は辛うじて動いていたが、それでもインドミダブルが戦力を損失したのは明らかだった。


結局この戦いでイギリス海軍は戦艦バーラムに魚雷一発。重巡ロンドンに爆弾二発が命中し空母ハーミーズとイラストリアス、そして駆逐艦二隻は日没までに波間に没する事になった。




第二部隊の奇襲が完全に失敗したことで、第一部隊は撤退か後退かどちらかを選ばなければならなかった。

手元に残された第一部隊は戦艦二隻、空母二隻、重巡二隻、軽巡二隻、駆逐艦一二隻だった。

しかしソマヴィルは易々とセイロン島に撤退する気にはなれなかった。いずれにしてもここで敵艦隊に損害を与えなければセイロン島に退避したところで港湾ですり潰されるのは分かりきっていることだった。いや艦隊を叩かずとも嫌いを港に撒かれればそれだけで東洋艦隊は向こうしばらくの合間逃げることができなくなる。そうなれば袋の鼠同然だ。



「敵艦隊は空母と最大でも巡洋艦のみです。全速力で迎えば夜間のうちに接敵することができるはずです」

そして現状確認されている日本艦隊に巡洋艦以上の水上戦闘艦がいないことが挙げられた。夜間なら空母の艦載機は使えない。一撃離脱に徹すれば希望はあるかもしれない。

「幸い彼らは我々を見つけているわけではない。第一部隊単独で空母を叩く。それ以外に取れる手はないだろう」



しかし日本軍が第一部隊を見落としていたようにイギリス海軍もまた、日本が戦艦部隊を分離させている事を見落としていた。


そして山口中将率いる航空艦隊よりも南西を進んでいた水上打撃艦隊とイギリス第一部隊の距離はそう遠くなかった。






 それは想定外の事態だった。突如として扶桑の逆探がレーダー波を捉えたのだ。

周囲は既に闇に包まれ、月明かり以外の照明が存在しない海は不気味なほどに暗く足元に広がっている。まるで奈落が常に口を開けているような光景が広がっていようとも人の争いごとには何も関係がないのだった。

レーダー或いは電波探信儀と呼ばれるもの自体はすでに実用化されていたが、同時にその弱点というのも存在する。

それは電子ビームの照射であることからそれを探知することもまた可能なことだ。その理屈によって作られたのが電波探知機こと逆探であった。これらは1940年の時点ですでに実用化されており艦載型の電波探信儀の搭載が遅れる中小型、簡易化が容易な事から日本海軍の殆どの艦艇に搭載されていた。

その逆探がイギリス海軍の水上捜索レーダーの電波を捉えるのと同時に前方を進む筑波からも発光信号が送られてきた。見張り員が必死に解読を行なっている。

「逆探ニ感、方位0-6-8、距離42000」

敵方の距離42kmこれは最も高い大和の艦橋トップでも水平線の向こう側に目標が存在し直接目視することは不可能な距離だ。咄嗟に新堀は水上機を使う命令を下した。


「全艦戦闘配備!水観は準備でき次第発艦」

新堀の咄嗟の命令に警戒体制に入っていた艦内が途端に騒がしくなった。

兵員待機室から飛び出すように乗員が持ち場に駆け抜けていく。甲板にもそれは波及しており狭い艦内の通路のような光景が広がっていた。


真っ先に動いたのは後部のカタパルトだった。

 扶桑の水上機カタパルトは延長された艦尾に増設されていた。

そこに乗せられていた零式水上観測機に整備員と操縦士が取り付いて素早く点検と発進準備を整えていた。

カタパルトが乗せられていた複葉機が向かい風になるように旋回していく。

同時に発動機が息を吹いて起動しレシプロ機特有の音を響かせていく。


「敵艦隊が正面に現れるとは」

夜間である現在水上打撃艦隊は前衛警戒として駆逐艦を傘型にして前方に出しその後方に二列の縦隊で軽巡洋艦、重巡洋艦、戦艦が並んでいた。

それが敵艦隊の出現に大慌てで陣形を変えていた。

軽巡洋艦が全速力で前方に出て、縦隊に変更していく駆逐艦を率いる体制にはいる。

逆に重巡洋艦はその水雷戦隊の左舷側に躍り出ては砲戦支援の構えをとっていく。

しかしそうしている合間にも敵艦隊との距離はどんどん近づいていく。


「艦隊は戦艦二隻、空母二隻を含んだ艦隊の模様!現在空母二隻を含む駆逐艦四隻が離脱中!」

空に上がった直後から水上観測機はしきりに情報を伝えていた。しかし空母まで含んでいる上にそれが離脱を図っているとなるとどうやら向こうは奇襲をしにきたわけではなかったらしい。

新堀は少しばかり思考した。

「向こうも偶然の遭遇なのだろうか?」


「そのようですね、でなければ我が艦隊を攻撃するのに空母を引き連れたまま夜戦など突入するはずがありません」

副長がそう答えるのを聞きながら、いずれにしてもすることは変わらないと陣形を必死になって整える艦艇に混ざって扶桑を単縦陣の最後尾につけた。


「そもそも空母がいる時点であれは昼間航空艦隊が叩いたものじゃないな。おそらく別働隊なのだろう」

ここで取り逃すのはインド洋の制海権を奪う目的の中では不確定要素になりかねない、排除するべきだ。

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