第十八話 衝1号作戦 2
七つの海を制し日の落ちない帝国を作り上げていたイギリスも今やインド亜大陸が無ければたち行かなくなるほど追い詰められていた。
そしてそのインドも我が祖国が不用意に日本を刺激したが故に今危機に瀕していた。
戦死したフィリップに次いで東洋艦隊の司令長官に指名されたジェームズ・ソマヴィルは眼下に広がる大艦隊を見ながらも憂鬱であった。
戦艦二隻を失っても増援された東洋艦隊は緒戦より圧倒的な戦力になっていた。しかし、相手はその倍近い戦力を有している。
こちらの圧倒的不利は否めないがままに彼は万の単位を数える将兵を不利な中に連れて行こうとしている。
しかしその絶望の中でも勝機を見出すのが栄光の女王陛下の海軍だ。
ソマヴィルの手元にある兵力で最も使い勝手が良いのが航空母艦であった。
これらはセイロン島を出航した段階でイラストリアス、ハーミーズを中心とした第一部隊とインドミダブル、ユニコーンを中心とした第二部隊に分けて運用していた。
それぞれに戦艦を含む各艦艇を配備し貴重な航空戦力を守り切る算段であった。特に空母を分けたことでどちらかが攻撃にさらされても被害を極小できる意図があった。
しかしこの組み分けの結果空母の対艦能力には大きな偏りが生じていた。
イラストリアス級航空母艦は格納庫を装甲ボックス化した代わりに搭載機数が少ない。
インドミダブル以降で格納庫を二段にしており搭載機数を増やしてはいるが、イラストリアスは一段格納庫で搭載機数は36機しかない。そのためイラストリアスは飛行甲板に露天駐機を行いシーハリケーンを52機搭載することになった。
その代わり対艦戦闘能力は皆無だった。ただし艦隊上空にあげることができる防空戦闘機の数が多いためソマヴィル提督はイラストリアスを含む第一部隊を第二部隊よりも前進させていた。
潜水艦の情報から日本軍がすでにインド洋に到達しているのは確定していた。そこで彼は日本海軍を先手で見つける事と暗号解読によって得られた大まかな作戦航路を計算して第二部隊を日本艦隊の後方から接近させる事にしていた。
当然索敵の大半をこの艦隊が担っていた。
インドミダブルから発艦したソードフィッシュ雷撃機のうちの一機が日本艦隊を発見したのは5月2日の14時36分だった。
詳細を伝える前にソードフィッシュは交信を絶った。
しかし空母を含む艦隊であるというのはなんとか通信士が読み取ることができたため、ソマヴィルはそれが日本軍の主力艦隊だと確信した。
「距離は約700kmか、遠いな」
イギリス東洋艦隊が保有していた航空機はイラストリアスに、急増で作られたスピットファイアの艦載機版シーファイア。
インドミダブルとユニコーン、ハーミーズがフルマー戦闘機、ソードフィッシュ艦上攻撃機だった。しかしこのうちシーファイアは戦闘行動半径は260kmでありフルマーとソードフィッシュでも400kmに届くかどうかだ。
「距離を詰めても航空攻撃は一回が限界だな」
攻撃機の攻撃半径に収めるには距離を詰めなければならないがそれを可能とする場合航空攻撃ができる時間は限られてしまう。
無理をすれば2回行うことができるかもしれないが、攻撃隊の帰投には日が暮れてしまう。夜間の着艦は危険が伴うためソマヴィルは難色を示した。
「ここは昼間の航空攻撃を控えて夜間攻撃に切り替えますか?」
「いや、タラントのような港に泊まっている相手ならともかく夜間に作戦行動中の艦隊を攻撃するのは攻撃隊の収納も考えたらパイロットの危険が高い。攻撃をするにしても黎明を待ったほうがいいだろう」
黎明ならば日が登る直前の薄明るい状態での戦闘だから完全な夜間より幾分も視界は良好で、帰投時には日が登っているから危険も少ない。
航空攻撃の要は反復攻撃だと考えているソマヴィルは戦闘以外での機体と人員の損耗を嫌っていたのだった。
そのため彼は第二部隊、第一部隊ともに一度距離を取る行動に出ていた。特に第一部隊は南西方向に向けて移動して日本艦隊の南方側から接近する方針でいた。
日が暮れるまでに日本海軍の偵察機が第一部隊上空に現れることはなかった。
しかし第二部隊は第一部隊よりも幸運ではなかった。
第二部隊のソードフィッシュが日本艦隊を見つけていたのとほぼ同じタイミングで第二部隊の上空に日の丸をつけた機体が出現していた。
この時彼らの上空に出現したのは航空艦隊に所属していた重巡洋艦蔵王から発進した零式水偵の一気機だった。この機体は日本が放った偵察機の中で最も東側を飛行していたものであった。
雲の隙間から確認できた艦艇を報告した水偵は哨戒中だったシーファイアの攻撃を受けながらも帰還することに成功していた。
当然日本海軍は総力をもって攻撃に移った。
イギリスの艦載機と違い日本の艦載機は脚が長く1時間足らずで攻撃圏内にイギリス艦隊を収めることが出来たからだ。
すぐさま進路を変えた空母の艦内では攻撃隊の準備が急ピッチで勧められていた。
時間的に一回しか出来ないがその分全ての攻撃隊を送り込む算段だった。
第二航空艦隊司令でありこの航空艦隊の総司令官となっていた山口多聞中将は時間的に午後になるのであればその日の航空攻撃は一回しか行わないつもりだった。
それは航空機が航空機であるが故の欠点を彼が熟知していたからだ。
航空機はその攻撃力と攻撃距離の代わりにパイロットの負担が大きく疲労が溜まりやすいことと損耗が激しい点が挙げられる。
一度の攻撃に全力を尽くすことと夜間に近くなる時間帯に、空母への着艦がどれだけ危険かを考えれば自ずとこの日は一度だけにするというのは軍事的に考えても納得のいくものだった。
日英それぞれの空母から攻撃隊が発進して行ったが、航続距離の違いから攻撃は1時間ほど日本軍が早かった。
その時間差は皮肉なことにイギリス側が攻撃隊を準備している最中に空襲を受けることを意味していた。
茂庭智蔵大尉の駆る九九式艦上爆撃機が英艦隊を視認したのは、護衛の零戦が襲いかかるイギリス軍戦闘機と交戦を開始した直後だった。
眼科に広がる艦隊は空母が二隻とその前方に一隻の戦艦。それらを駆逐艦や巡洋艦で取り囲んだ輪形陣を組んでいた。
イギリス海軍の最新鋭空母は甲板が装甲甲板になっており急降下爆撃にめっぽう強いと出撃前に指揮官から言われていたことを思い出した。
「空母はでかいのが一、ちっこいのが一か、小さいのをやるぞ!」
蒼龍攻撃隊のうち茂庭大尉を含めた6機がインドミダブル後方のハーミーズに狙いを定めた。
外縁部の駆逐艦と軽巡洋艦が空母を守るために機銃を撃ちあげるが、駆逐艦の主砲は平射砲であり対空戦闘はできない。機体の周りを叩く高角砲の爆発はその大半が重巡に積まれた四基の高角砲と空母自身のものだった。
その重巡に向かって目の前を一瞬日の丸をつけた白い機体が通り抜けて降りて行った。重巡に向かって急降下していく九九艦爆だった。それがどこの部隊のものか彼には分からなかった。部下のものかもしれないし違う空母のものかもしれない。
茂庭大尉の視界をオレンジ色の光が照らした。ついてきている部下の一機がやられたのだろう。
だがそれを振り返って確認する暇はない。高度6000m、ハーミーズは左に回頭して爆撃を回避しようとしていた。
先ほど狙われていた重巡が爆撃を受けたのだろう。下方で黒煙が噴き上がった。
一度機体を傾かせて真下を確認した茂庭大尉は下で円を描く航跡を見てから急降下に入った。一万トンそこそこの小柄な空母故に舵の効きは早いのだろう。だが行動が早すぎた。茂庭大尉が機体を修正して、旋回中のハーミーズの未来位置に投弾出来るように持っていく。
ハーミーズの甲板左右にいくつもの発泡炎が上がるが回避行動中なのと急降下が既に始まっている状態ではまともに狙いをつけることもままならない。
速度が出たところでダイブブレーキが作動し空中分解を抑えていく。
「投下!」
体が座席に押さえつけられながらも茂庭大尉は投下レバーを引いて250kgの爆弾を切り離した。
同時に操縦桿をいっぱいにひっぱり、対空砲火を避けるために右にラダーを踏み操縦桿を左に倒した。
引き上げと同時に機体が横滑りをして海面近くを疾走していく。
爆発音が響いた。
ハーミーズを狙った六機のうち投弾一まで辿り着けたのは五機だった。旋回中だった事もあり実際に命中したのは二発だけだったが、小柄なハーミーズにはそれで致命傷になり得た。
ハーミーズは最初から航空母艦として設計、建造されたイギリス初の航空母艦であった。だがその船体は大きさが一万トンしかなく、艦載機も24機しか積めなかった。当然飛行甲板の長さも200mもないため他の空母と違いシーファイアなどの新鋭艦上戦闘機を搭載出来なかった。
だからと言って今更複葉戦闘機を搭載わけにもいかず、艦載機は全て複葉雷撃機のソードフィッシュであった。これらは日本軍へ向けて攻撃準備をしていた。航空燃料だけは飛行甲板で給油されるが主兵装の魚雷は格納庫で装着と調整などを行い準備をしていた。
その格納庫に向かって二発の250kg爆弾は飛び込んだのだった。
ほとんど同時に甲板を突き破り飛び込んだ250kg爆弾はそのまま四機のソードフィッシュを直撃して格納庫甲板の上で炸裂した。
格納庫内に作り上げられた炸薬の爆風と熱線が瞬時に周囲の機体をガラクタに変え、そこで作業をしていた人々を殺傷しながら惨劇を広げていった。
だが本当の惨劇はその後に起こった。衝撃と爆風で機体から剥がされ甲板に叩きつけられた魚雷がその弾頭に込められた炸薬を起爆させた。それは格納庫の至る所で同時に発生し、連鎖爆発で250kg爆弾の炸裂の何倍もの破壊を格納庫にもたらした。
炎が飛行甲板に開けられた穴から吹き上がるが、エネルギーの本流は逃げ場を失い前後に設けられたT字の航空機用エレベーターを吹き飛ばした。それでも収まらないエネルギーは逃げ場を求めて格納庫甲板にも受けられた弾薬庫に直結するエレベーターに入り込んだ。
持ち上げられていたエレベーターが真下に叩きつけられ、破口が広がっていく。
弾薬庫の誘爆こそ起こらなかったものの、格納庫甲板から上は火の海となっておりハーミーズは炎にのたうつように海上を彷徨い始めた。
だがインドミダブルを襲った悲劇はある意味ではもっと悲劇的なものだった。
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