第十四話 マレー沖航空攻撃

マレー沖海戦と名付けられる一連の戦闘は第二幕に突入しようとしていた。


輸送船団と橋頭堡への攻撃に失敗したイギリス海軍は残存する戦力を集めて遁走に移っていた。同時に合流予定であった空母二隻との集結を急ぎつつシンガポール基地への退避を急いでいた。

しかし山城の砲弾を艦首に被弾した巡洋戦艦レパルスの足は思うように早くならなかった。

山城が放った砲弾のうち最終的にレパルスに命中したのは三発であった。このうち二発は後部艦橋に命中し死者24名、負傷者41名を出していた。

しかし最も彼女にとって深刻だったのは三発目であった。これは装甲が施されていない艦首喫水付近に命中。非装甲かつ細くなっている艦首への被弾であったことから砲弾は反対側に抜け海中でその信管を起爆させた。

艦首には砲弾が貫通したことと爆圧によって直径2メートル近い破口が生まれ浸水を発生させていた。

応急処置をしたとしてもレパルスが出せる速力は23ノットが限界だった。それ以上の速力では破口から流入する海水で隔壁が破られる可能性があった。


そして現在最も必要としている航空機の援護は空母二隻とシンガポール周辺の航空隊に限られていた。だが配備されているハリケーン戦闘機では航続距離が足りず十分なエアカバーを展開できない。イギリスは開戦直前にアメリカからフィリピンに配備されている一部の機体を即決で購入していたがそれがマレー半島に展開をする前に開戦が始まってしまい機の移動は遅れていた。

それを逃すはずもなかった。

この時追撃に移っていたのは第二航空艦隊だった。旗艦を伊勢にしているこの航空艦隊はワシントン海軍軍縮条約の制限の中作られた航空母艦、蒼龍と飛龍を中心にした航空打撃艦隊だった。第一航空艦隊の赤城や天城より艦載機数では劣るものの、深手を負った巡洋戦艦と僅かな護衛相手なら十分と判断されたのだった。




 茂庭智蔵大尉は蒼龍の飛行甲板を蹴った愛機に明確には言い表せない調子の良さを感じた。

こう言う時は毎回発動機の吹け上がりが良く加速が良い。

それは体感程度のものであったが、初の実戦でこの感覚が得られたのはまさしく運に恵まれていると彼は考えていた。

元々海軍に入隊したのは東北の次男坊としての長男や実家に対する反骨精神からだったが、今となってはその反骨精神が自分を今の地位に持っていったのだと思うと悪い気はしていなかった。

「爆撃隊全機発艦、続いて雷撃隊が上がります」

後方をみていた偵察員の吉田拓哉中尉が蒼龍の甲板にあった九九式艦上爆撃機全機が飛び上がったのを報告した。

一瞬だけ後ろを振り返ると最後に飛び上がった九九式艦爆が脚を引き込んでいるところだった。


それからものの十分もしないうちに甲板に挙げられていた第一次攻撃隊は全機が発艦したのだった。


「よし、目標。英国艦隊。指揮官機に続け」






 イギリス海軍は空から襲いかかる凶鳥の群れを目視する前から捉えていた。しかしその正確な位置はうまく掴めていなかった。

扶桑と山城の砲撃戦を演じたレパルスは、艦橋トップに備えていたレーダーに支障が出ていた。砲撃と被弾の衝撃で台座が歪んでしまい正確に距離を測るためのアンテナが曲がっていたのだ。そのため接近してくる日本海軍機の方位角の測定が出来ていなかった。

しかし必要な防空援護が得られないレパルスにとって方位角を掴むことが意味のあるものだったのかは分からなかった。



「我が軍の空母はどこにいるのだ?」

イギリス海軍Z部隊司令官のウィリアム・テナントは黒い粒のように空に広がる日本軍機を双眼鏡で覗きながらつぶやいた。

旗艦プリンス・オブ・ウェールズと共にZ部隊の司令部要員がまとめて戦死と行方不明になったため本来なら巡洋戦艦の艦長でしかない彼が臨時で艦隊の指揮をとっていたのだ。

艦隊の参謀として、本来なら連絡将校だったトーマス・エリントン空軍少佐が答えた。

「インドミタブルとハーミーズが現在急行中です。ですがあの攻撃隊は我々だけで対処せねばなりません」


「空軍への要請は?」


「近くの基地は別で日本軍の空襲を受けており使えません。1番近くであと1時間はこのままの進路で向かわなければエアカバーを展開してもらえないそうです」


1時間。それだけと思うが実際にはそれは現在の艦隊速度でまっすぐ進めばの話である。

実際には対空戦闘などで大きく左右に蛇行や迂回をするし潜水艦対策で之字運動と呼ばれるジグザグに舵をきって航路欺瞞を行わなければいけない。

そして凶鳥の群れは無傷でレパルスを逃すほどお人よしではなかった。


「我々だけか。よろしい、合戦準備だ」

覚悟を決めたウィリアムは自らを鼓舞するためにも芝居がかった口調でそう言った。




艦隊上空まで、護衛の戦闘機が空戦を行うことはなかった。

上空から艦隊の直掩機が襲いかかってくる悪夢は、艦隊が目視できる状態になっても全く起こることはなかった。


「艦隊上空に直掩機はなし!蒼龍艦爆隊はレパルスを叩く。飛龍艦爆隊は駆逐艦を叩け」


空に上がる前に行われた事前の打ち合わせ通りに、茂庭大尉は艦爆隊に指示を出していった。全てが予定通り。まるで演習でもしているかのような気分に彼はなっていた。違うのは敵がはっきりと実弾を発砲していて、こちらも抱えているのが実弾であると言うことだけだった。


茂庭大尉は操縦桿を軽く引き、スロットルを開いて機体を強引に上昇させ始めた。

 現在の高度3500、5000まで上昇。目標はレパルス。うん、よく見える。


段々と機体の周囲に黒い花火のようなものが生まれ、機体が揺さぶられ始めた。対空砲火が弾幕を張っている。だがそれに絡め取られる機体はいない。

前方では早くも先に前進した飛龍艦爆隊が急降下を開始しているのが見えた。相手は戦艦より小柄で速度も旋回性も桁違いの駆逐艦相手だ。だがその駆逐艦の火砲は自信を狙う爆撃機に向けられてこちらには志向されていない。


間も無くレパルス上空。流石にこの高さじゃ巨大な巡洋戦艦も豆粒のように見える。


「いくぞ!」


「宜候!」


操縦桿が前に押し倒され、機体が下を向いた。スロットルを半分まで戻してダイブブレーキのレバーに手を添えていた。全てが無意識のうちに行われて、彼の意識のほとんどは射爆照準器に移る小さな戦艦と座席に押し付けてくる荷重を堪える事だけに使われていた。

速度計を見ずとも、彼はどこでダイブブレーキを開いて速度を落とせば機体が分解しないか体に染み込んでいた。

それ通りにダイブブレーキに添えていた手に力が込められて、機体がガクンと減速した。

機銃から放たれた栄光弾が機体のそばを通り抜けていく。

高度450、ここだ、投下!


爆弾を投下すると同時に操縦桿を引き上げる。ほぼ同時にダイブブレーキを戻してスロットルを押し込む。

愛機の火星11型空冷エンジンが唸りをあげて低空の濃い空気を吸い込んで出力をあげていく。

対空砲を逃れるために左右に機体を横滑りさせながら、低空を駆けていく九九艦爆の後方で、発動機の音に負けないくらいの爆発音が響いた。同時に風防がオレンジ色に染まるのを茂庭大尉はみていた。

「レパルス艦上に爆発5!」

蒼龍は9機の九九艦爆を出撃させていたからこの命中率は大体6割行くか行かないかだな。初めての実戦にしては上的なのかな?

どこか冷めたような、冷静になった頭でそんなことを考えながら何人があれで死んだのだろうとふと彼は思った。

攻撃すると言うことは味方も敵も死ぬことである。その事実が今になって心にのしかかってきたのだった。


レパルスに襲いかかった九九艦爆のうち投弾前に対空砲火で撃墜できた機体はいなかった。放たれた250kg対艦徹甲爆弾はその弾頭を甲板の五箇所にめり込ませて深くまで飛び込んで行った。

改装を重ねて水平装甲を厚くしていたレパルスだったが、装甲を食い破り艦の深くで爆発することを念頭に作られた徹甲爆弾の全てを防ぎ切ることはできなかった。


最初に茂庭大尉の機体から放たれた爆弾はレパルスの第二煙突左舷に設けられていた水上機格納庫に命中。その上部に乗せられていた内火艇を粉砕し空っぽの格納庫を突き破って中甲板に飛び込んだところで炸裂した。

水平装甲が歪み耐えきれなくなった装甲に亀裂が入り煙炉に爆風が侵入。直結しているボイラーのうち二つを内側から破壊した。

続いて命中した二発は艦橋基部、装甲を張り巡らされた司令塔に命中した。

流石に司令塔の天蓋152mm装甲はこの二発を弾いたものの一発は弾かれた後に司令塔上部の測距儀を破壊し炸裂。もう一発は司令塔上部で爆発して航海艦橋を破壊していた。そこに詰めていた副長以下12名は即死だった。


航海艦橋が破壊されたレパルスはさらに二発を第一煙突に直撃され煙突が完全に破壊されていた。破壊された煙突から漏れ出た煙により甲板の後半分は視界が著しく制限されていた。

そこに飛龍、蒼龍隊の九七式艦上攻撃機全12機が左右から殺到していた。

魚雷を投弾するまでに一機が運悪く高角砲の被害半径に捉えられて炎をあげて海面に飛び込んだが残る11機は恐れることなく魚雷を投下しレパルスの前後を通過していった。

航海艦橋が破壊され艦トップの射撃指揮所と見張り所からの情報で司令塔から緊急操艦を行ったものの、左右近距離から放たれた魚雷を全て回避することは出来なかった。


レパルスの左舷中央部分に水柱が上がったのを皮切りに右舷に3個所、合計4本が命中した。

そのうち一発は艦首に命中しており砲撃の被害で空いていた破口をさらに広げ、応急修理班が命懸けで塞いだ隔壁を最も簡単に突き破って浸水を再開させた。バルジを破壊されて海水を大量に飲み込んだレパルスは右舷に傾斜しつつ動きを完全に止めていた。

すでに甲板までが波に攫われており傾斜復旧は困難なのは誰がみても明らかだった。

ウィリアムはすぐさま総員退艦を命じた。すでに足元の傾斜は20度に迫っていた。

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