第六話 改装
戦艦扶桑の近代化改装は多岐に渡っていた。他の姉妹たちも同様の改装を受けることになっているが最も重要な点はやはり主砲と装甲、機関の取り替えであった。
だがその膨大な改装に反して意外にも新堀の仕事は多くはなかった。結局彼が行うのは部下に対する指示と作業の進捗状況に応じた人員の割り当てくらいであり個々の改装に関しては事前に造船所の技師によって細部まで取り決められていた。それでも発生する齟齬と艤装の誤差修正の時くらいが彼の中で最も目立つ指揮の場であった。
元々改装というのは元あったものを切り刻み作り直していくものであるから多少なりとも新堀は出番があるだろうと思っていたが最大の難航時であるはずの機関改装ですら意外にもすんなりと工事は進んでいた。
本来船体の奥底にある機関を交換するためには一度船体そのものを切り離すか、あるいは側面に大きな穴を開けて機関を取り出す大改装が必要となる。当然その分労力も時間もかかるが、扶桑の場合はそれが幾分か軽減されていた。
建造時からこれらを見越して設計がなされ、さらに機関部の交換が可能なように機関部の上部と側面の舷側装甲を外した内側は独特な作りになっていた。
戦艦扶桑の構造材の接合はボルトとリベットで基本行われている。現在主流になりつつある電気溶接などは扶桑の頃にはまだ見られなかった。
接合された区画のうち機関部周りに当たるそこだけは取り外しが行いやすいように工夫がなされていた。そのために竜骨意外にも中甲板にはそこの部分のみ左右に太い梁のような構造物が船体の前後を貫く形で何本か通されていた。
船体の一部を切り離して機関部を交換するときにこの部材が船体全体を繋ぎ止め歪みや船体の変形を抑える役割を果たすのだそうだ。
しかしそのような構造ゆえに皺寄せで艦首尾の一部区画が極端に狭くなっている場所などが点在していた。
扶桑は新堀が艦長に着任してすぐに横須賀の第二ドライドッグに入渠した。二日をかけてドッグ内の水抜きと船体を木で作られた台の上に乗せ、横転を防ぐために左右の壁から同じく木製の抑え棒が組み込まれ、工事が可能になるまで五日を要した。
そうして彼が艤装員長として指揮をとることになって、真っ先に取り掛かったのが時間のかかる機関の換装だった。
宮原式石炭・重油混焼缶とブラウン・カーチス式直結タービンの国内ライセンス生産品。これが扶桑の心臓部に収められている動力、人で言う心臓だった。
これで扶桑は26ノットの快速性を誇っていた。
しかしすでにこれらは旧式であり現在主流となっている艦本式のタービンとロ号艦本式重油専焼缶に置き換えられる予定だった。
特にタービンは一軸あたり3万4千500馬力、四軸で13万8千馬力を叩き出す。今まで搭載していたものの二倍の出力になるのだ。それに合わせて24基搭載していた物を12基に削減することに成功していた。それで得られる速力は28ノット。
装甲と主砲の換装で重量が増えながらも改装前よりも速力は向上していた。名実ともに高速戦艦の地位に返り咲いた形になる扶桑。しかしその外見を変える改装が待っていた。
奇妙だったのはこのボイラーなどを設置するための台座なども扶桑にはあらかじめ設置されていた物を流用している点だった。元々搭載していた物とは別に台座を用意しておくのは普通ならば無駄であるしその後開発されたものがその台座に合うものなのかは分からないのだ。
新堀もこの点を不審に思っていたが、逆に台座に合わせてボイラーなりタービンなり設計しているのだとしたら辻褄は合うように思えた。実際にはそのようなことをすれば生産性に影響が出そうなものであるが実際に多少の誤差で台座が流用できているのだからそう考えざるおえなかった。
機関と並行して主砲の交換が行われていたが、甲板上でも改装は続いていた。砲身が外され、主砲塔構築しているところで最も目立つ装甲板が撤去され、砲塔内部の駐退器が顕になったところで、艦橋にも煙突にも手が加えられていった。
扶桑型戦艦建造時には対16インチ砲防御と砲換装までは計画の範囲にあった。だが、その問題は長門型戦艦建造の段階で顕になった。射撃指揮所や観測所が入る前楼が16インチ……正確には41センチ砲の主砲発射の爆風で大きく振動してしまい射撃指揮や距離の測定に影響が出ると計算されたのだ。
これはユトランド沖海戦において、イギリスの巡洋戦艦で多発していた事例である。当然扶桑の三脚楼は金剛型の設計をそのまま使っておりその当時では16インチクラスでも十分耐えうると考えられていた。
現にほぼ14インチ、12インチ砲時代から大して構造が変わらない前楼をイギリスは15インチ砲を戦艦に採用していた。
実際長門型の初期案でも三脚楼のままだった。
振動による射撃精度低下を防ぐために設計変更が間に合った長門は主脚を囲うように六本の副脚を保つ構造に変更されていた。
この振動の問題を解決するために、扶桑型では二つの方法が当初検討されていた。
一つは長門型と同じく七脚楼に作り直すこと。もう一つは三脚楼を極力流用しつつ、箱型の構造物で再構築を行うと言うものだった。
最終的には工期短縮のため三脚のうち副脚の2本を撤去し、残った主脚を囲う形で複数の箱型の指揮所がいくつも乗せられていった。
イギリスで近代化改修を受けた戦艦や新造艦の箱型と呼ばれる艦橋を日本風にアレンジしたモノだと言える存在だった。これにより艦橋が密閉されたことにより精密機器の保護や艦橋内部の居住性の改善、内部面積の増加などの副次効果があった。
また2本あった煙突は一本化することになり改装で取り付けられた逆流防止用のキャップを取り付けたままデリックに持ち上げられて取り外されていた。
新たに煙路を上甲板で一つにまとめるために一部の部屋は潰されることになっていた。それらの工事のため一部上甲板の装甲もそのまま撤去していた。
副砲も大幅に手を加えられていた。元々扶桑には艦橋を囲む形で中甲板の装甲部外側に14センチ砲を左右8門づつ搭載していた。
このほかにも後から三年式四〇口径7.62cm単装高角砲がと三年式6.5mmの機銃が4基づつ搭載されていた。
しかし航空機の高性能化に合わせてこれらもすでに時代遅れとなっていた。特に水雷艇を追い払う目的で搭載されていた14cm副砲は早々に役目を失っていたと言っても過言ではない。
全て撤去し、新たに九八式四五口径12.7センチ連装高角砲を六基搭載して対空機銃として八九式37mm連装機関砲と25mm機銃を三連装と単装型で複数機搭載となっていた。これは海軍の主力が航空機に移り変わっている中で戦艦の大きな船体と安定した砲撃プラットホームとしての成功を防空に使用する戦術からきていた。
特に八九式37mm機関砲は12.7cm高角砲と機銃の合間を埋める中距離対空砲として開発されたものだ。砲身こそ陸軍で使用されている対戦車砲と共通ながら、機関部を持った機関砲となっている。扶桑に搭載される事になったのは砲身冷却のために砲側面に冷却水を通す覆いをつけた二型だった。
これら防空火力の増強は扶桑の防衛だけでなく艦隊の防衛に寄与するためだと新堀には伝えられていた。
特に改装後の扶桑は新たな戦術のために空母の護衛として運用されることが決まっていた。そのための防空能力強化と高速化だった。
日本海軍は伝統的に複数の艦隊、戦隊を作戦時にまとめ上げて連合艦隊として運用する方針をとっていた。
この運用にも今回手が加えられることになっていた。
航空母艦とそれを補助する護衛艦艇で構成された航空艦隊と戦艦を中心とした水上打撃艦隊。船団護衛や航路の安全確保などを主任務とする海上護衛艦隊。そして潜水艦を中心とし偵察、通商破壊などを行う潜水艦隊。大きく分けてこれらに分類されることになった。
またそれら全ての階級や地位なども全て同一とすることで従来まで連合艦隊に集中していた人材を各方面に送り全体の練度引き上げを測るとともに各勢力の台頭を抑える目的があった。
特に先の大戦で海軍を振り回し続けたUボートによる通商破壊は海洋輸送が国の生命線である日本にとっては天敵と言っても良い。
だから海上護衛艦隊として対戦火器や探知能力の向上だけでなく人材の面でも強化する必要があった。
そんな中で海軍きっての取り回しがいい戦艦であった扶桑は水上打撃戦力ではなくて空母の護衛任務を与えられていた。
確かに改装で41センチ砲への更新がなされていても扶桑の船体は大正時代の設計だ。条約明けに建造される各国の新型戦艦には遠く及ばない。ゆえに水上打撃戦力として必要な時は派遣として扶桑型と少数の護衛が水上打撃艦隊に合流する形とされていた。
艦隊護衛の任務を主に行っていた新堀が艦長となるのも納得であった。
同時に新堀は海軍内部での派閥競争に戦艦派、大砲屋が敗れたのだと推察していた。
事実条約明けの新造艦建造計画は戦艦が一隻だった。元の原案では戦艦二隻と空母二隻の計画であったから一隻減った分は空母二隻、つまり空母四隻を中心とした建造計画となる。
続く建造計画は案の上ではやはり同じで戦艦一隻と空母二隻。そのほかに巡洋艦と駆逐艦の建造を中心としていた。
このような歪な建造計画が出ている時点で新堀の予想はほぼ正しかった。
そんな海軍の内情をそっちのけで改装工事は勧められて行った。
扶桑は改装予定期間を一ヶ月繰り上げてドッグを後にした。そのまま所属を第一航空艦隊第三戦隊に変更となり、第一航空戦隊、第二航空戦隊の合計四隻の空母の直掩艦兼艦隊旗艦として運用されることとなる。
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