第四話 戦艦扶桑 3

 戦艦扶桑を建造するにあたり問題となったのが火力であった。

三つの案でそれぞれ主砲数を6基から4基までとしたのも火力の問題があったからだ。

この火力は一度に撃てる砲弾数ではなく一定時間内にどれほどの砲弾を撃つことが出来るかであった。

三号戦艦建造計画時、戦艦の持つ主砲の駐退復座機は基本的に封入された液体により中退機復座機を動作させる。

これは今でも変わっておらず主砲の動力源は水圧である。主砲の旋回から砲の上げ下げ、発射時に後退する砲を元の位置に戻すのもこの大きさとなれば全て水圧駆動だ。

しかしこの動作用の水圧ポンプの能力が不足していたのだ。

これはこの時代のイギリスでも問題になっていた時期があったほどに深刻で、特に技術的にまだ発達途上だった日本ではどうすることもできなかった。

特に連装砲でも斉射を行い左右同時に発砲してしまうと復座機の動作で2分以上もかかってしまう欠点があった。

このような性能ではたとえアメリカのように三連装にしたところで装填速度は遅くなるばかりであり、更に出力を必要とする上下作動式の尾栓を作ることは不可能であった。

そのため運用側で当時編み出されたのが交互撃ちという手法だった。

これは各主砲一門づつ交互に撃つものであり見かけにおける時間あたりの投射量を増やすには多砲塔化が有利となるものだった。


確かに当初の考えでは交互撃ちでも問題はなくそれであれば三連装4基12門よりも連装6基12門の方が一度に撃ち出せる砲弾の数も多くなる。

主砲6基搭載を押していた海軍連合艦隊幕僚もこの運用側に立っての合理的判断をしていたのだった。

 

そんな中で出たのがあらかじめ主砲の交換を想定して艦を設計しておくという発想だった。

主砲を納めるターレットの直径、バーベットなどの防御力と強度設計さえあらかじめ換装を見越して作っておけば砲の交換そのものは可能である。という奇策だった。

既にイギリスでは15インチ砲が設計されており近い将来戦艦の主砲として搭載されるのはわかり切った事だったのだ。

さらに時代に合わせて装甲や機関も交換可能とするように構造の一部を換装前提で設計するなどの手法も取られていた。


特に水圧ポンプの出力不足は後に高性能なポンプが完成する事から問題は自然的に解決すると考えられていた。


 装甲強化改装を受けた後も戦艦扶桑と姉妹艦の山城、伊勢、日向はひたすらにそれらの実態を秘匿され続けていた。

金剛型よりもやけに広いターレットリンクや船体幅が不審がられるのではないかと就役時に不安に襲われていた艦政本部の造船技官らは、しかし諸外国からの反応も何もなかった事からその奇策に密かに味をしめていたそうだ。


海外も有色人種の日本が作った戦艦が無駄が多いとしても技術力が劣っているからとしか考えなかったのだ。

その扶桑は早い段階で主砲の換装を兼ねた大規模な改修を行う予定であった。

その計画が立ち上がったのは八八艦隊計画によるものだった。

 

 軍隊とは、基本的に国家防衛が主な任務である。そして主な仮想敵国を定め、そこに向けて軍備を整えることを心がける。

その中でも海軍と言うのを揃えるのは金と時間のかかる事であり、可能な限り目標と方針を定めて効率的、合理的に行わねばならない。

 

それゆえに海軍で最大戦力を持つ戦艦は平時において戦略兵器級の誇示能力を持つのだ。

 そして日本は第一次世界大戦までは、仮想敵を決めることに不自由しなかったのだ。陸軍で言えばロシア、海軍はロシアとドイツを仮想敵にしていたが大戦後俄に怪しくなる。兵部省、陸軍、海軍それぞれの主張が食い違っていたからだ。

 兵部省は明確な相手を決めず、全ての国に対する対抗措置と協調時の行動方針を定め、最も効率的な軍備建設を目指すべきだとした。

 

そして大陸の満州国がソ連に対する緩衝国として機能するようになると陸軍もまた兵部省に追従する事になる。

海軍においてもロシアが潰えた事で明確な仮想敵の制定に立ち戻る事になるが、アメリカおよびイギリスは共に友好国並びに軍事的な協調関係にあり仮想的にする事は難しいものだった。

特に一斉近代化で扶桑型戦艦と金剛型巡洋戦艦を中心とした艦隊で十分という認識が全体にあった。

 

 しかし海軍は納得がいかず、第一次世界大戦時にドイツ海軍への対向という側面と、既存艦艇の更新という二つの要素を満足させるべく、「八八艦隊計画」を政府に認可させる事に成功した。

特にユトランド沖海戦で金剛型二隻を損失した埋め合わせというのもあり計画は既存艦艇を利用した極めて現実的なものとして兵部省と政府も認識していた。

 計画の概要は、戦艦8隻、巡洋戦艦8隻を基幹とした大規模な外洋海軍の建設。8年以内に全ての戦艦もしくは巡洋戦艦を建造し、また艦齢8年以上のものは近代改装を施し、さらに多くの補助艦艇を揃えることで、あらゆる事態、任務に対応できる海上戦力を整備するものとした。

この戦艦8隻には扶桑型四隻を含む関係で新規建造だけでは戦艦四隻、巡洋戦艦六隻。

それらを基幹とし新たに八個水雷艦隊。二個潜水戦隊、そして第一次大戦で顕著な進化を遂げている航空機を運用する二個航空隊。それらの一大整備計画であった。

 

 そして計画が本格的に提出された1917年ごろでは、まだ戦艦の排水量が建造中のものでも3万トンに達したばかりだった。先進国と言われる国も同クラスかやや旧型の準弩級戦艦を多数保有しまた建造している時期であった。そのため戦艦の運用数としてはそれほど法外な要求ともいえなかった。

 問題は海軍の予算内で達成可能であるかと言う問題だった。勿論これに関しては相当な無理をする必要があると結論は出ていた。もちろん維持費は考えてすらいなかった。元々海軍側もこれが全て通るとは考えてもいなかった。

半分程度通れば御の字と考えていた節すらあったほどだ。

 

 だがそれでも詳細内容を軍事機密として秘匿していた海軍だったが、八八艦隊計画で設計中の新世代の戦艦は、どれも4万トンを越える巨大戦艦であり、その性能も一段階も二段階も先に進んだものだった。建造費も大幅に上昇していた。

 

特に新造計画の戦艦、巡洋戦艦はどちらも16インチ砲を搭載する計画で進められており、これに合わせる形で扶桑型も16インチ砲への換装が計画されていた。

もとより対16インチ砲防御のための防御力はあったのだ。事は主砲換装で収まる予定だった。

 

しかしそう簡単にはいかなかった。改装に向けての歯車が狂い出したのは1916年に発生したユトランド沖海戦からだった。この海戦で大損害を受けた金剛型二隻とイギリス沖で魚雷によって轟沈した戦艦薩摩を急ぎ調べ上げた海軍は一定の答えを見出していた。

 

 第一に主砲性能並びに砲弾の性能向上により従来よりも想定交戦距離が伸び砲弾の命中位置が上甲板の水平装甲側に移り始めていること。

 第二に今までの砲弾の材質強度ではある程度の厚みのある装甲があれば砲弾自体が砕けてしまい貫通されなかったが、材質の進歩によって従来よりも貫通力が上がっていること。

 第三に喫水線より下への魚雷攻撃が潜水艦などの出現や魚雷自体の進歩により従来よりも脅威になっていること。

 そして第四に塗料の可燃性、消化設備の不足による火災被害の拡大。


そうして八八艦隊計画の戦艦らは当初予定されていたものから主砲塔構造、主にバーベットを含む砲塔下部の揚弾塔部分と主砲天板の装甲の抜本的改良と構造変更。

水平装甲と水雷防御のためのバルジ等の設置、そうした重量増加に対応した浮力と速力の付与、化学消火設備とスプリンクラーの設置、難燃塗料の使用と設計変更をすることとなった。

 

 

そのため全体として建造の遅れが発生した。

 ただでさえ大戦終了による建造ラッシュの落ち込みと軍拡の大幅縮小が迫っている海軍は新造艦の建造に力を入れて既存艦の改装を後に回す事にした。

 

そのため1918年の予算によって極秘裏に改装する予定だったものの、その予算全てで新造艦の建造が行われることとなった。

これら戦艦と巡洋戦艦は建造の遅れを取り戻すために扶桑型戦艦選定時の案を極力手本として建造されることとなった。そのため船体に関しては非常によく似ていると言える。ただし実際には垂直装甲がややテーパーがつけられ傾斜装甲となっていることと水平装甲のうち中甲板に設けられた装甲は舷側で角度をつけて垂直装甲に接続されるなど傾斜装甲の概念を取り込むなどの発展を見せている。

特に速力は戦艦は扶桑型に合わせるために速力26ノット、巡洋戦艦で金剛型に合わせるため27ノットから28ノットを基準としていた。

それらは世界基準で見ても高速戦艦と呼びうる新世代のものであり、戦艦、巡洋戦艦という垣根を取り払うほど高性能が与えられる予定だった。

 

これら戦艦と巡洋戦艦が完成したのちに扶桑型の改修を行う予定が組まれていたが、日本海軍の大軍拡は、世界大戦の終了と共に大きく減退し、1920年に日本政府によって否定され、「八八艦隊計画」も大幅に縮小される事が決まってしまう。

 計画はほぼ半分の規模となり、建造ペースも落とされた。

 日本政府は、今以上の背伸びを否定する、賢明な判断を下したのだと言えるだろう。

 少なくとも正常な判断だと新堀はその当時考えていた。海軍を作って国が傾くなんて阿呆としか言いようがないからだ。国あってこその海軍である。

なおこの段階で建造に入っていたのは戦艦長門、陸奥。巡洋戦艦天城、赤城、高雄、愛宕の六隻だった。

これら六隻と既存主力艦の改装、四個水雷戦隊、二個潜水艦隊が八八艦隊の最終的な計画となった。

 

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