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 夏休みが始まった。人生で最後の夏休みである。かつて昆虫を追いかけ水遊びに夢中になった夏は、連日三十五度を超える世界へと変貌した。今の小学生は大変だなと心から思う。

「ただいま」

 実家に着くとひんやりとした空気が体を包む。しっかりと効いた冷房は、サウナのような外から帰ってくるとオアシスに思える。

「おかえり」

「おかえりー」

 母と妹が出迎えた。

「外暑かったでしょ、麦茶飲む?」

「いや、大丈夫。ペットボトルまだ飲み干してないから」

 部屋の冷たさとは違い、出迎えは温かみがある。今日はカレーが食べたいと涼哉は思った。

 実家には今、両親と弟と妹が住んでいる。父親は仕事で不在だが、母は今日休みだったらしい。高校生の妹、茜は今年の正月に帰省した時よりも少し背が伸び、高校生らしくチャラついている。

「夕斗は?」

 弟の姿は見えない。彼も大学生なのだから休みに入ったはずだ。

「部屋でゲームしてるよ。家にいる時はずっとゲームしてる」

 茜はそう言ってうんざりといった顔をした。

 正月に帰ってきた時は受験勉強に勤しんでいたが、今はゲームにハマっているとは思わなかった。夕斗は子供の頃からあまりゲームをしてこなかった。

「反動ね」

 茜はそう呟いた。


 その日の夜、久しぶりに家族が揃った。両親は涼哉に色々質問をした。就職が決まった話はしていたから、社会人になったらという話が多かった。こういうことはしてはいけない、こういうことは進んでやりなさい、というアドバイスは全て父親からだった。

 ようやく顔を合わせた夕斗は眠そうな目でおかえり、と言った。正月に見た時より顔色が良いように見えた。それほど受験勉強で追い込まれていたのだと思った。茜はそんな夕斗をどこか避けながら涼哉に話しかけていた。

 一家団欒だった。なんだか遠い昔を思い出した気がする。小学生までこういう光景が当たり前だったのだから不思議だ。恵まれていたのだと思うことができる。


「コンビニ行きたい」

 茜が言った。アイスが冷凍庫になかったのだという。夜なので当然高校生の茜を一人で歩かせるわけにもいかず、涼哉が同伴することになった。

 駅前のコンビニに行くのかと思ったら、茜は別方向に歩き始めた。

「おい、コンビニあっちだぞ」

「違う違う。そっちじゃなくて、公園通った先のコンビニ」

「なんでわざわざそっち行くんだ。遠いだろ」

「あっちの方がアイスの品揃えいいし、店員さんがイケメンなの」

 茜はすたすたと夜の道を歩いていく。飲食店が多いこの街は夜でも人通りはそれなりに多く、少しでも目を離すと人混みに紛れてしまう。涼哉は早足で茜を追いかけた。

 河川に沿った遊歩道がある公園を茜は慣れた足取りでてくてくと歩いていく。その少し後ろで涼哉は懐かしさを覚えていた。

 この公園はよく小学生の頃の課外活動で来た。もう少し先にある池では網を持って魚を狙ったこともある。夏休みには自由研究のために虫を捕りに来たこともあったのではないだろうか。

 そこで涼哉はふと思い出す。なんだか最近は本当に昔のことを思い出すことが多い。秋成の初恋から始まってここまで続くとは、巨大な力が働いてでもいるのだろうか。

 今は真っ暗で見えないものも多いが、昼間ならばより多くのものが見えて色々思い出すかもしれない。明日あたりに来てみようかと思った。

「涼哉ー、ちゃんと私のボディガードしてよね」

 気づけば茜は五メートルほど先にいた。涼哉は慌てて茜に追いつく。公園内は街中よりも灯りが少ないのだ。

 夜になっても暑い外からコンビニに入れば、寒いと感じるほどに冷えていた。アイスを買った茜は満足気だった。イケメン店員が担当するレジに当たったからだ。単純なやつ、と思った。頭をわしわしと撫でたら、嫌そうな顔をされた。

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