第4話
一週間。
一週間しか、もたなかった。
一発で殺してそれから口を綺麗に裂く。それが俺のやり方だったはずなのに、今の俺は女をめった刺しにしてただ印のように口を裂くだけだった。レンタカー屋は毎度変えているが、さすがにこれほどの頻度で借りるのは不自然だろう。一週間。一か月で抑え込まれていたものが、たったの一週間しかもたなくなっている。
何でだ? この一か月、俺に何があったって言うんだ? 頭を抱えるとぐちゃぐちゃの臓物を出した死体がこっちを見ているようで、さっさと片付けてしまう。と、隣の家を見た。明かりは点いていない。夜更けだからかだろう。彼女もきっと眠っている。
彼女――玄霞ちゃんのことを考えると、ちょっと気分が落ち着いた。あの独特の雰囲気、少女であると言う現実。彼女は殺さなくて良い。口紅なんかしていないし、俺にいつも優しい笑みをくれる。成績だって優秀だ。文系は殆ど出来るし、数学はちょっと躓くことがあるけれど、悪いわけじゃない。理数系はほんのちょっとだけ苦手な、可愛い、女の子。
だがあの兄――靂巳と言ったか、あいつが来てからは近所の茶会にも俺の所にも来なくなってしまった。あの時の嫌そうな顔を思い出すと、兄に殺意は向かう。もう一人いて出張が多いと言うのなら、一人ぐらい減ったって良いんじゃないだろうか? 一人ぐらい殺したって、良いんじゃないだろうか。
げらげらげらげら。俺は月に向かって笑う。三日月ほどになっている月は痩せ細っていて、光が足りない。満月でなきゃいけないはずだったのに。俺のポリシーがどんどん壊れて行く。とりあえず死体を山に埋めよう。最近は昔の死体が見つかることが増えている。口裂き魔。その名前は周知されている。
そうだ、俺は口裂き魔だ。口を裂いてやる。真っ赤なチェリーレッドでなくても良い。その口を。無防備に夜を遊ぶその口を。ああでも、その前にあの口を裂きたい。
靂巳。あいつの口を裂けば、玄霞ちゃんは俺のものだ。清楚で可愛らしく、不貞など知らない頭の良い子。まだゴミ箱に残っている鉛筆の削りカスの匂いを嗅いで、俺はすーはーと深呼吸をする。ウッディな香水の匂いにも思えて、彼女の清楚さを思い出させる。可愛いあの子の邪魔をするなら。俺の邪魔をするなら。
家族だろうと殺してやる。
俺は古いセダンに包んだ死体を乗せて、ギアを入れて走り出す。今どき珍しいマニュアル車だ。電気自動車でもない。場末のレンタカー屋ではそんなのしかないから、別に良いだろう。ギアチェンジは小さい頃に親父の手を見て覚えた。だからオートマ限定の免許証しか持ってない俺でも操作できる。これも捜査攪乱だ。
父がいて母がいて、そんな頃が懐かしい。感傷に浸っている暇はない。はやくこれを捨てて来なければ。
そうしたら次のターゲットはお前だ。黒鳥靂巳。
そうすればきっと、俺のこの殺意の暴走は消えるだろう。
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