第2話
ピンポン、と音が鳴って、論文を英語で書いていた俺はPCから顔を上げた。モニターを見ると知らない女子高生ぐらいの女の子が黒いワンピースで立っている。もじもじした様子が可愛い。ドアを開けると、小さなトートバッグを持った少女が俺を見上げて来た。化粧もしていない子供だ。それはどこか俺をホッとさせた。このぐらいの子供なら、殺人衝動も湧かない。
「あの、隣に引っ越してきた黒鳥です。
「いや、良いよ。俺は
「頭の良い人だとご近所の噂で聞いていたので、安心しました。あの、それで、不躾なお願いがあるのですが」
「何だい?」
「暇な時で良いので、私に高校レベルの勉強を教えて頂けないでしょうか。事情があって行けないんです。でも勉強はしたくて」
「お安い御用だよ、そのぐらい。なんなら今日から始めようか? 俺は論文書いてるから、分からなくなった時だけ呼んでくれればいい」
「ありがとうございます」
ほっと明るい笑顔で笑った彼女に、どきりとする。可愛い女の子だった。ロリコンじゃあないと思っていたが、高校生なんてもう成熟している頃合いなんだろう。だが彼女は黒いワンピースがそう見せるのかほっそりしている。ひざ丈で下品な感じじゃないのも良い。母親とは正反対だな、なんて思って、俺は慌てて首を振る。比べるな。失礼だ。この子に対して。
「槇野さん?」
「あーうん、ちょっと論文の新しい表現がね……さ、上がって」
「失礼いたします」
ぺこりと頭を下げて入って来る少女のペンケースからは、鉛筆が転がる音がした。
「珍しいね、今どき鉛筆使ってるの?」
しょりしょりと専用カッターで鉛筆を削る彼女に、俺は声を掛ける。鉛筆研ぎ専用カッターなんて俺の時代でも見なかったものだ。所々に鉛筆の線が入っていて、愛用しているものだと知れる。指を傷付けないように反対側が丸くなっているそれは、まだ売っているのかと俺に思わせるのに十分だった。PCだってタブレットに押されている時代である。そこでこんなものを見るとは思わなかった。くす、っと色の薄い口唇が笑う。女子の笑顔を綺麗だな、と素直に思ったのは何年ぶりだろう。同級生は段々化粧を覚えて行く。チェリーレッドも。
でもまだ幼い感じのある彼女には似合わないな。白粉やチークだって早いだろう。高校生ぐらいの勉強、と言っていたから十六・七だと思うが、素顔の方がまだ可愛い年頃だ。くふっと笑って、彼女は鋭利に尖った鉛筆の先端を見る。
「兄譲りなんです。出張が多い人なので、少しでも思い出せたらッて」
「ブラコンなんだな」
「そうかもしれません」
くふくふ笑いながら、俺はPCに向かい、かたかたと専門用語を打ち込んでいく。
彼女は数学の分からない箇所を二つ訊いただけだった。
優秀な生徒が出来たことに、俺は少し笑った。
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