黒白鳥の愉快な遊び

ぜろ

第1話

 部屋に敷いたビニールシートに彼女がきょとんとすると同時に、俺はその背中をナイフで突き刺していた。


 満月の夜はいつもそうだ。あの女が、母親が出て行ったのが満月の日だったからだろう。綺麗に化粧をして、付けた口紅はチェリーレッド。父は何も言わなかった。ただ、母さんは何処、と訊いた時、好きな男の所だよ、と言われたのを覚えている。だからあんなに綺麗にお化粧をしていたのかと、スンッと心が納得するのが解った。母の好きな人は俺や父じゃなかった。毒々しいチェリーレッドの口紅が妙に目に起き付いて。だから俺が初めて人を殺したのは十九歳の頃だった。


 家を出て大学に通って、そんな時に出会った女。スクールカーストで言うなら女王バチのそいつは、遊びに俺を誘った。その口紅はチェリーレッド。彼女の部屋に誘われて、そして持っていた護身用のバタフライナイフでぐさり。そしてその口をより美しく見せるために、俺は口唇の両脇を裂いた。『口裂き魔』と呼ばれる殺人鬼の誕生だった。

 院に進んでも月に一人の殺人は止まらず、繁華街でチェリーレッドの口紅を見付けては、名前も知らない女たちを殺して口を裂いて来た。工事現場から拝借したビニールシートで血の痕が出ないように部屋を覆った。今日もそうだ。訝られる前に軍手で手を覆い、背中から突き刺す。そして彼女が倒れるのは、天井に付いた窓から入る月光の真下。この家を借りているのは天井に巨大な窓が開いているからだ。月光に照らされた死体は神聖なものに見える。と、視線を感じた気がして上を見上げた。しかし隣の家の窓はすべてカーテンが掛かっている。気のせいか、と思って俺はぐるぐると女の死体をブルーシートにくるみ、車で適当な場所に捨てに行く。


 隣に家がある事だけがこの部屋の欠点だな、と俺は思った。でなければサンシェードがあれば良いのに。隣はずっと空き家だったが、三人の兄妹が引っ越して来てからやりづらくなった。長兄は出稼ぎか何かでいることは少ないが、学校に行っていない弟妹はいつも家に居るのだ。

 大家に夏の直射日光がきついとでも言ってサンシェードを作ってもらおうか。しかし貯金は少ないから、俺に勝手につけろと言われたら困る。それに月光が届かなくなるのは本末転倒だった。俺はこの部屋の、この月光の入り方が気に入って住んでいるんだから。


 まあ良い、警察に通報されたことは無いし鑑識が来たって血は見付からない。春巻きのようにくるくると包んだ死体を車に運び、俺はしょっちゅう使っている山に向かった。まだ見つかっていない死体もある。警戒はしなくて良い、持ち主も知れない里山だった。

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