7.お父さんとお社へ
じいちゃんが倒れてから三日目、今日はスポ少がない日だ。僕はお父さんと一緒にお社に行くために、朝食や歯磨きなんかを済ませて、出かける準備をする。
じいちゃんの体調はすぐに回復したらしい。でもおじさんとおばさんが外出を許してくれないとかで、お社に来ることができなくなっていた。その分、僕ががんばってお社の掃除をしないといけない。
「お父さん、虫除けスプレー持った?」
「ああ、あるよ」
早めのお盆休みに入ったお父さんが一緒で、気分がうきうきしてくる。「今日は
あの急な階段の下で虫除けスプレーを体に吹き付けると、僕はさっそく階段を上り始めた。お父さんも一緒だけど、途中で少し休んだりして大変そうだ。僕はもう息切れしないで上れるから「先に行くね」と言い残して足を動かす。
「あ、天狐様と
「おお、待っていたぞ」
「ガット、来てくれたんだ」
「うん」と答えると、瑞雲が足元にまとわりつくようにちょこちょこと歩き始めた。かわいいポメ……狐だなと、自然と顔がゆるんでしまう。天狐様はお社の上でふよふよ浮いているけれど、気のせいか、いつもより体が少し小さく見える。
「今日はお父さんも一緒に来ました」
「そうか」
「天狐様は、ここに人間が来るのはうれしいですか?」
「ああ、とてもうれしい。私は人間が好きだから」
「じゃあもっときれいにして、みんなに来てもらわなくちゃ。……あ、じいちゃんはまだ外出したらだめって言われてるから……」
上を向いて天狐様との会話を楽しんでいると、後ろからお父さんの荒い息遣いが聞こえてきた。
「はあ、はあ……あ、天狐様、こん、に、ちは……」
「大丈夫か? ここは涼しいから少し休むといい」
「ほ、とうに、涼しい、ですね……はあ、はあ……」
「お父さん、僕草むしりするね。終わったらランニング行くから」
持参したゴミ袋をがさがさ広げながらお父さんに声をかける。すぐに後ろから「ああ、わかった」とお父さんの声がしたと思ったら、またその直後に「……あれ、ポメラニアンが……迷い犬か?」という声が聞こえてきた。
「あっ、あのね、瑞雲はどう見てもポメラニアンなんだけど、本当は狐で、その、前に話した神様のお使いだよ」
「……どう見ても……? ガット、顔は狐だって前に言ってくれたじゃないか」
「えっ……と、……うん、そうだよ」
「へぇ、神様のお使い! 確かに顔は狐ですね、すみません」
お父さんが明るい声で謝って、瑞雲の機嫌は直ったようだ。「ふふん」なんて顔を上げている。後ろ姿もポメラニアンそっくりでふさふさの尻尾の毛が背中の上まで乗っているから、顔しか狐に見えないんだけど。
「よし、
「休むといいと言っているのに。水道は奥にあるぞ。一応ちゃんと水は出るはずだ」
くくく、と細い目を和らげて天狐様が笑う。
「ガット、この間は驚いただろう。すまなかったな」
「あ、いえ、その……じいちゃんを助けることができたので……天狐様、ありがとうございました」
急に謝られてちょっとびっくりしながら僕は返事をした。すると天狐様は声を落として話し始めた。
「……実はな、あの時ここ以外で姿を見せるために力を使ってしまったから、体が小さくなってしまっているんだ」
「力を使って……確かに、ちょっと小さいと思ってました。力って、どうしたら戻るんですか?」
「もっと多くの人間がお参りに来てくれると、だんだん力が戻るはずだ。ああ、お社を掃除してもらうことでも力は蓄えられる」
「……でも、僕とお父さんだけじゃ、足りない……?」
「お参りに来る人間が少ないと、どうしても少しずつになる。昔はもっと多くの人がお参りに来てくれて人間の姿にもなれていたんだが、
人間の姿に、と聞いて、僕はびっくりしてしまった。お父さんも雑巾を手に持ったまま立ちすくんでいる。
「天狐様、人間になれるんですか?」
「人間の姿を借りるだけだが、なれるぞ」
「すごい、さすが神様!」
「天狐様だけじゃないよ、僕もなれるよ」
僕が大きな声で言うと、天狐様は照れたように横を向いてしまった。代わりに瑞雲が口を挟む。
「瑞雲も? ……って、いや、そんなことより草むしりしないと」
「……そんなこと……。僕も人間の姿になれれば草むしりとかできるんだけどね」
「ああ、そうか、だからあんなに草が伸びちゃってたんだね」
天狐様が小さくなってしまったことが気になる。そのためにできることは、やっぱり草むしり。この姿勢はお腹や腰あたりが鍛えられる。
「よし、これで終わりかな」
邪魔な草をあらかた抜いてゴミ袋に詰め込んでから、僕はランニングへと出発することにした。お父さんはお社の拭き掃除を終えてしゃがみこんでいる。
「お父さん、行ってくるね」
「車に気を付けるんだぞ」
「はーい」と返事をして階段を下り、いつもの道へ出る。すると、スポ少のコーチに目をかけられている
「ん? 伊田?」
「偶然会うの珍しいね。この近くに住んでるんだっけ」
僕より十センチくらい身長が低い槇原くんは、「ああ、まあ」と曖昧にもごもご言いながら、僕をじろじろ見ている。
「なんか、おまえ変わったな」
「そう? どこが?」
「……どこが、って、うーん……やせた……いや……、引き締まった感じになったような」
「本当? よく走ってるからかな。あ、日焼けしてそう見えるだけかも」
「それだけで? ……ま、どうせおまえフォワードにはなれないだろうし、どうでもいいけどな」
そう言うと槇原くんは、くるりと向きを変えて走って行ってしまった。
「……何だよ、それ……」
槇原くんが去って行った方向は、いつものランニングコースだった。仕方なく僕は、コースを変えていつもと違う方向へ走り始めなければいけなかった。
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