第6話「ハルと結婚する!」


一週間後 




「ハルは本当に可愛いね!

 大好きだよ!

 絶対に話さないからね!」


拾ってきた仔犬をお風呂に入れ、ご飯を食べさせ、獣医に見せた。


その結果お腹が空きすぎて少し痩せていたけど、仔犬の健康状態に以上はないことがわかった。


それから私は毎日、仔犬のブラッシングして、ソファーで一緒にゴロゴロして、お揃いの首輪(チョーカーを付けて)一緒にお散歩して、お庭で一緒に遊んで、夜は一緒にお風呂に入って、一緒のベットで寝ている。


「そうして一人と一匹でいると、まるで恋人同士だな」


私が自室のソファーでゴロゴロしながら、ハルとイチャイチャしていると、兄が部屋に入ってきた。


「フィオナ、お前人間の婚約者を探すのはやめて犬に乗り換えたのか?」」


兄は部屋でだらだらしている私を見て、ため息をついた。


実際、お見合いを辞め、他家のお茶会に参加していないから、暇なのは事実だ。


その時間を全部ハルとの時間に当てている。


「ハルが私の婚約者?

 それもいいかもね」


私はハルの額にチュッとキスをした。


「嫌味で言ったのがわかんないのか?

 お前、そんなんだと行き遅れるぞ。

 ペットを飼うと婚期を逃すって本当だな」


「行き遅れてもいいもん。

 ハルと暮らすから」


「駄目だ……手遅れだったか。

 というかその犬の名前『ハル』にしたのか?」


「ハルとハグしたとき、ハルとの未来が見えたんだよ。

 未来の私は『ハルが大好きだよ』って言って、ハルとキスしてた」


ハルとラブラブな未来を視てしまった。


「お前の未来視って、人間の恋愛限定じゃなかったのか?」


「そう言われるとそうだね」


恋愛に関係ない未来が見えたのは初めてだ。


「きっと、ハルが私の運命の相手なんだよ。

 それでハルとの幸せな未来が視えたんだよ」


私はそう思い込むことにした。


「犬が義弟になるなんて嫌だぞ」


「うるさいなぁ。

 婚約者候補が浮気する未来を視るのも、お茶会に参加して令嬢達の恋の行方を視るのももう嫌なの、疲れたの。

 今の私には癒しが必要なの。

 癒し=ハルなの」


お見合い嫌だよ〜。お茶会もパーティーも疲れたよ〜。ハルと日向でだらだらしてたいよ〜。


「婚期を逃した妹が、実家に居候しながら『犬が婚約者です』とか言ってる未来とか笑える」


兄が皮肉を込めて言った。


「実家に居候なんかしない。

 自立するんだから!」


「世間知らずなお前がどうやって自立するんだよ?

 しかも犬込みで。

 王都のアパートは犬と暮らす為には貸し出してないぜ」


兄の言いたいこともわかる。


アパートは賃料が安い代わりに、ペット不可のところが多い。


ハルと暮らすなら一軒家を借りなくてはいけない。


一軒家はアパートと違って、賃料が高い。


一軒家での暮らしを維持するならそれなりに稼ぎが必要だ。


「ちゃんとプランはあるよ。

 時々占いを装って貴族令嬢の恋の行方を視てあげるの。

 そうすれば占いの稼ぎだけで暮らしていけるわ。

 ハル一匹ぐらい私の稼ぎでも養えるんだから!

 ハルの為に高級シャンプーとトリートメントと、骨付きのお肉と、ふかふかのソファーを買えるぐらい稼げるんだから!」


ハルと一緒に一生だらだらラブラブ暮らす為なら、私はなんだってやるわ。


「もう勝手にしろ。

 実家に泣きついてきても助けてやらないからな」


兄はそう言って部屋を出ていった。


「勝手にするよ〜〜!」


兄の言いたいこともわかるのだ。


それでももうお見合いはしたくないのだ。


これ以上、お見合い相手の浮気シーンを見たら、人間不信を通り越して、心を病んでしまう。


今の私には癒やしが必要なの。


「私はハルがいれば何もいらないよ。

 ハルが大好きだよ。

 ハルは私とずっと一緒にいてくれるよね?」


あれ? これじゃあまるでプロポーズしてるみたい?


ハルは「ワン」と鳴いて私の口にキスをした。


私にはハルが「YES」と言ったように聞こえた。


「よしよし、いい子いい子」


私はハルをぎゅっと抱きしめて、彼の頭をよしよしと撫でた。


そうそう言い忘れてたけど、ハルはオスだ。


私が頭を撫でると、ハルは嬉しそうに黒い尻尾をビュンビュンと振っていた。


「フィオナ、ちょっといいかい?」


四回ノックがあった後、扉が開いた。


今度は父と母が部屋に入ってきた。


「なんですかお父様、お母様。

 ハルを抱き枕にしたいというお願いならお断りしますよ。

 ハルは私専用の抱き枕なので」


私はソファーから起き上がり、姿勢を正し、ハルを私の膝の上に乗せた。


兄への対応はソファーでゴロゴロしたままでも構わないけど、両親が相手ではそうはいかない。


あまりにもだらしない姿を見せて、幼少期に習うマナーから再教育されたのではたまらない。


「いや、そういう話ではなくてね。

 新聞に書いてあったんだ。

 獣耳族(ケモミミゾク)の犬族の王子がこの国を訪問しているんだ。

 犬族の王子は十四歳で未婚。

 噂では花嫁探しを兼ねた来臨らしい。

 どうだろう?

 来週のパーティーにお前も参加してみては?」


「王子の側近の方の中にも未婚の殿方がいるみたいよ。

 この国の殿方が駄目でも、異国にまで目を向ければ、フィオナの運命の相手も見つかるかもしれないわ」


なるほど、今度は両親揃ってパーティーに出ろと圧をかけに来たわけか。


「行きません。

 パーティーに参加するぐらいならハルと一緒にいます」


「フィオナ、もう一度考え直してくれないか?」


「そんなこと言わないでフィオナ」


「私もその記事を読みました。

 パーティーに参加できるのは侯爵家以上の家格の未婚の女子だけのはずですが?」


王子様の婚約者探しともなると、それなりの家格が要求されるようだ。


「そこはほら、お父様の力でなんとかするよ。

 お前一人ねじ込むくらい訳が無い」


お父様も娘の怠惰な生活を見て、このままではいけないと思ったのかもしれない。


「パーティーには、公爵家や侯爵家の令嬢方が大勢いるのです。

 伯爵令嬢に過ぎない私が参加しても、悪目立ちするだけです」


今はただでさえメンタルが弱っているのだ。これ以上の面倒事はゴメンだ。


「王子様は今、体調不良で寝込んでいるそうではありませんか?

 王子様の体調がよくなるまで、パーティーは延期されると新聞に書いてありましたよ」


私だって伯爵家の端くれとして、新聞記事に目を通すぐらいはしているのだ。


「いや、そうなんだが……」


「みんなパーティーの為に、今からドレスやアクセサリーを注文しているのよ。

 このままではデザイナーを全て抑えられてしまうわ。

 せめてドレスだけでも見に行かない?」


父が言い淀んだところに、母のアシストが入った。


「その通りだ。

 オートクチュールのドレスが嫌なら、せめて既製品のドレスを見に行かないか?

 それだって早くしないと売り切れてしまうぞ」


この国の令嬢は犬族の王子様の婚約者になろうと必死な訳だ。


そんなに王子様ってかっこいいのかな?


新聞には王子様の絵姿が載っていなかったから、想像するしかできない。


確か王子様の名前はハルヴァート・レインウッド。


歳は私と同じ十四歳。


その他、身体的な特徴については何も書かれていなかった。


「ハルの新しい首輪と、お揃いのチョーカーを作りになら出かけます」


ハルの髪と瞳の色と同じ黒水晶を嵌めた首輪を作りたい。


首輪とお揃いのチョーカーを作って、私が身に着けるの。


ハルと外を散歩するときに使用しているのは、メイドにとりあえず買ってこさせた間に合わせ。


オーダーメイドで世界に一つしかない首輪と、お揃いのチョーカーを作りたい!


「ハルとお揃いの服もほしいです」


ハルの黒い毛には何色の服が似合うかな?


白かな? 水色かな? 赤かな? 黄色かな?


考えてるだけでわくわくしてきた。

  

「フィオナ、お前と言う子はドレスより犬とお揃いの首輪とチョーカーがほしいだなんて……」


父が頭を抱えた。


「そんなことでは素敵な殿方は全て売り切れて、行き遅れてしまうわよ!」


母はプンスカと怒っている。


両親の言う通りにお見合いしても、浮気男しかいなかったじゃない。


何が悲しくて、見合い相手が他の女とイチャイチャチュッチュッして未来を覗き見なければならない?


「私の婚約者候補達は未来で、怖い顔で私を睨み『お前との婚約は破棄だ!』と叫んでいました。 

 もしくは他の女に腕に抱き愛を囁いていました。

 もうそんな未来を視るのはたくさんなんです!」


数々のお見合いを経験した私は、男性の未来を視ることに辟易していた。


「そんな中、ハルだけは違いました。

 ハルとキスしてる未来が視えました。

 私の運命の相手はハルです!

 ハルと結婚します!」


私はなかばヤケクソで叫んだ。


ハルの鼻には毎日キスしてるから、未来視というよりは、現実なんだけど。


それでも私とラブラブしてる未来が視えたのが、ハルだけと言うのは事実だ。


「フィオナなんてことを……!」


「ハルは犬じゃない……!」


父は天を仰ぎ、母は胸に手を当て涙ぐんでいた。


ちょっと言い過ぎたかな?


「二人共、用が済んだら出ていってください!

 私はお見合いとお茶会のしすぎで疲れているんです!

 私の心はズタズタなんです!

 この傷を癒せるのはハルだけなんです!」


「ワン! ワン!」


ハルの加勢もあり、私は両親を部屋から追い出すことに成功した。


部屋に鍵をかけソファーに戻る。


「心がズタズタ」というのは少しオーバーだったかもしれない。


でも私が人間不信なのと、お見合いに疲れているのは事実だ。


「人間は汚いよね、ハル。

 口では『愛してる、理想の女性だ、運命の人だ』と言いながら、実際は私とは真逆のタイプの女の子と恋をしてるんだから」


彼らが私に愛を囁いたのは、当家の財産目当て。当家との縁を作りたかっただけ。


私はそのオマケみたいなものだ。


私はソファーにうつ伏せに寝転がった。


「いっそ未来視なんて能力がなければなぁ……」


いや、そうなると浮気男と婚約、最悪結婚することになる。


その後、愛人だの隠し子だの離婚だのの騒動に発展する方が面倒だ。


となると駄目男との婚約を避けられたので、未来視の能力があって良かったということになる。


ハルがソファーに飛び乗ってきて「きゅ〜ん」と悲しげな声で鳴き、頬を舐めてくれた。


「ありがとう。

 慰めてくれるの?

 ハルは優しいね」


私はハルの背中を撫で撫でした。


ハルだけいればいい。


ハル以外なんにもいらない。


そのままうたた寝してしまった私は、ハルの為にウェディングドレスを選ぶ夢を見た。


ハルの姿は見えなかったけど、夢の中の私はウェディングドレスを体に当て、「ねぇ、ハル? このドレスはどうかな?」と尋ねていた。


夢の中の私はとても幸せそうだった。


これも未来視なのかな?


未来視だったら現実になればいいのになぁ。


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