第7話「視線……」
次の日、私はハルと一緒に森林公園に散歩に行った。
家にいるとお茶会やパーティーに参加しろと、家族が煩いのだ。
いつもは護衛もしくは使用人と一緒に出かけるのだが、彼らの給料を払っているのは両親な訳で……。
彼らも隙を見つけては、「お嬢様、気分転換にお茶会用のドレスを仕立てるのはいかがですか?」と言ってくるのでうっとおしいのだ。
とは言え、正門には門番がいるので正面から家を出るのは難しい。
そんなとき、ハルが庭の隅に人が一人通れる隙間を見つけてくれたのだ。
やはりハルは頼れるし、賢い子だ。
家から脱出した私は、通りに出て馬車を拾い森林公園までやってきた。
私だってその気になれば、一人で外出ぐらい出来てしまうのだ。
家にいると両親や兄が「婚約相手を見つけろ」「パーティーに出ろ」「見合いしろ」と煩いし、このまま自立してもいいかも?
その前にもっと外出する機会を増やして、世界に慣れておかないとね。
占いを仕事にするにしても太いパイプはほしいし、一人暮らしするなら洗濯、お掃除、お料理を覚えなくてはならない。
洗濯、お掃除、お料理を覚えるのは大変なので、できれば通いの使用人を雇えるぐらいには稼ぎたい。
ハルと暮らすなら一軒家を買いたい。
婚約は家と家との結びつきだし、結婚は一生に一度のことだし、相手を貴族や裕福な商人に絞れば、恋占いでもそのくらいは稼げるよね?
「ハルと二人で庭付き一軒家ぐらしメイド付き……憧れるなぁ。
ねぇ、ハルもそう思わない?」
「ワン!」
ハルが同意したかのように、尻尾をパタパタさせながら吠えた。
可愛い子だ。
新居に引っ越したら、壁紙をハルの足跡の柄にしようかな?
それから画家を呼んでハルの姿絵を描かせて、壁にハルの絵を飾ろう。
ハルとお揃いの柄の食器もほしいな。
私はそんな楽しい想像をしながら公園を散歩していた。
その時、怪しい視線を感じた。
「誰かいるの……?」
恐る恐る振り返るとそこには……。
「モンフォート伯爵令嬢ですよね?」
「えっ?」
私と同い年ぐらいの令嬢がいた。
「あの私、あなたのファンなんです!
友達があなたに占ってもらってすぐに理想の男性と婚約したんです」
「はぁ……?」
まさかこんなところで私の占いのファンの令嬢に出会うとは。
「モンフォート伯爵令嬢は、最近お茶会にもパーティーにも参加されていないようですが、何かあったのですか?」
あなたのような令嬢の未来をただで視ることに疲れたんです……とは言えない。
「ええっ!?
モンフォート伯爵令嬢がいらっしゃるの!?
本物ですか?」
適当な理由を付けて逃げようとしていたとき、別の令嬢に見つかってしまった。
「モンフォート伯爵令嬢にこんなところで会えるなんて光栄です!」
「あの、あまり大きな声で名前を呼ばないで……」
そう注意した時には遅かった。
「モンフォート伯爵令嬢の大ファンなんです!
私の未来の恋人ってどんなひとかしら?
占ってもらっていいですか?」
「私もあなたのファンなんです!
私と婚約者との相性も占ってください!」
「こんなところでモンフォート伯爵令嬢にお会い出来るなんて感激です!」
顔見知りの令嬢とすれ違ったのが運の尽き……。
一人が「モンフォート伯爵令嬢だ!」と叫ぶと、次から次へと令嬢が集まってきた!
今日はこの公園でお茶会かパーティーでも開かれてたの?
なんでこんなに未婚の女性が散歩してるの!?
こんなときに限って護衛も使用人もいない!
「モンフォート伯爵令嬢がよくこの公園を散歩してるって噂、本当だったんですね。
もしかしたらお会い出来るかもしれないと思って、公園を周回してたんです」
有名人?になると同じ公園を何度も利用してはいけないようだ。
未婚の令嬢の恋占いにかける執念凄まじい!
もうやだよ〜〜!
自分の相手も見つかってないのに、他人の伴侶なんか探したくないよ〜〜!
こうなったら三十六計逃げるに如かず!
「申し訳ありません!
私、急用を思い出しましたの!」
私はハルを抱きかかえ逃げ出した!
普段、ハルと庭を駆け回っているので足には自信があるのだ!
お淑やかなご令嬢方では、私の足には追いつけまい!
「モンフォート伯爵令嬢が逃げたわ!」
「追いかけましょう!」
こうして令嬢達との鬼ごっこが始まった。
はぁ……なんてこと、森林公園が私の憩いの地ではなくなってしまった
だけど、令嬢達と追いかけっこしている間はまだマシだった。
私が感じた視線は、彼女達のものだけではなかった。
貴族の令嬢が外を一人で歩くのがどれほど危険かを、私の未来視で得をした人もいれば、損をした人間もいることを、私は知ることになる。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「モンフォート伯爵令嬢は、どちらに行ったのかしら?」
「手分けして探しましょう!」
私はあちこちを走り回り、茂みの中に隠れた。
遠くでは、まだ私を探している令嬢達の声が聞こえる。
今日は徒歩なのに、このあとどうやって帰ろう?
無事に家に帰れたとしても、私が葉っぱや泥がついたドレスを着ているのを見た兄が「そら見たことか」とドヤ顔で言ってきそうで、腹立つ。
今はそんなことより、彼女達をやり過ごす方が先だわ。
「もうしばらくここに隠れていようね、ハル」
ハルに向けて囁くと、彼はコクンと頷いた。
今は吠えてはいけないのがハルなりにわかっているのかな?
その時、石を踏みつける「ジャリッ!」という音がした。
私が反射的に振り返ると、見慣れない男が立っていた。
私のファンの令嬢の誰かに見つかったのかと思ったけど、違ったようだ。
男の顔には生気がなく、無精髭が伸びていたが、彼の目だけは爛々と光っていた。
彼の纏っている服はボロボロだった。
しかし、素材や縫い目から元は上等な衣服だったのではと推測できた。
「モンフォート伯爵令嬢……だな?」
男が低い声で尋ねてきた。
誰……この人?
私に何か用事があるの?
「俺はお前を待っていた……!」
彼は憎しみの籠もった目で私を睨み、低い声で唸った。
この男は危険だ……そう私の直感が告げている。
私はハルをぎゅっと抱きしめ、男から距離を取った。
「ど、どちら様でしょうか?」
私、こんな不審者の知り合いいたかな?
「とぼけるな……!
人の人生をめちゃくちゃにしておいて、そんな言い訳が通じるとでも思っているのか……?」
不審者にギロリと睨まれ、私は背中がゾクリとした。
彼は私を知っている。
そして私を深く恨んでいる。
私はゆっくりと後ずさり、不審者と距離を取る。
しかし私が後退する速度より、不審者が歩いてくる速度の方が早い。
「お前の……!
お前のせいで俺は……!
ベアトリスに逃げられたんだ……!」
ベアトリス?
「もしかして、ベアトリス・エステリアード公爵令嬢のことですか?」
「他に誰がいるって言うんだよ!」
不審者が怨嗟の籠もった目で私を睨みつける。
「ウーー!」
ハルが牙をむき出しにして、不審者を威嚇した。
仔犬のハルでは不審者に勝てない!
なんとかハルだけでも逃さないと……!
エステリアード公爵令嬢に逃げられたということは、彼女と深い関係にあった人物。
そんな人物は、一人しか思い当たらない。
「もしかして、あなは……ガラティア侯爵令息……ですか?」
ガラティア侯爵令息のことは、パーティーで遠目で見ただけだ。
その時の彼は染み一つない上等な衣服を纏い、髪はつやつやサラサラで、お肌はすべすべで、遠目にもわかるくらいきらめいていた。
だけど今目の前にいる彼は、服はボロボロだし、髪はバサバサだし、無精髭を生やしてるし、全くキラキラしてない。
だからすぐに気が付かなかった。
「今の俺は、ガラティア元侯爵令息だけどな……」
「元?」
今の彼は侯爵令息ではない?
「そうさ……!
お前のせいでメイドとの関係がベアトリスにバレて、婚約して貰えなかったのさ!
あんなもんはストレス発散の一環で、浮気ですらないのに!
メイドには金を払ってたし、相手も体だけの関係だと納得していた!
それなのにベアトリスの奴は不潔だと言って俺を振った!
ベアトリスがやらせてくれれば、メイドなんかでストレス発散しなかったのに!
お前のせいで、エステリアード公爵家には慰謝料を請求されるわ、実家から勘当されるわ、散々な目に合ったんだよ!」
ガラティア元侯爵令息が恨みの籠もった声で叫んだ。
一気に話して疲れたのか、彼はぜーぜーと息を吐いている。
エステリアード公爵令嬢と婚約してから彼の浮気がバレていたら、ガラティア侯爵家がエステリアード公爵家に払う慰謝料は、今とは桁違いだったはず。
きっと彼は公爵家への慰謝料を払うために、強制労働所へ送られていただろう。
婚約する前にエステリアード公爵令嬢に振られたから、公爵家に払う慰謝料は少なくすんで、ガラティア元侯爵令息はこうして王都にいられるのだろう。
私にとっては迷惑な話なのだが。
ガラティア元侯爵令息の言ってることは、男にとって都合の良い言い訳にすぎない。
私もエステリアード公爵令嬢も十四歳!
婚約が家同士の結びつきだとわかっていても、恋したいし、相手に理想だって抱いてる!
婚前前からメイドをお金で買ってる男なんて、願い下げだ!
それに未来視で見たガラティア侯爵令息は、メイドとの間にできた子を、エステリアード公爵令嬢との実子にしろと迫っていた。
何がストレス発散よ、お金の関係よ、嘘つき! 愛人との間にできた子を正妻に育てさせようとするガチクズのくせに!
こんな最低男、振られて当然なのだ!
「それはあなたの自業自得、身から出たサビではありませんか?」
「煩い!
ベアトリスは、お前につまらない入れ知恵をされてからおかしくなったんだ!
お前さえいなければ、俺は今も侯爵令息で、ベアトリスの婚約者だったんだ!」
ガラティア元侯爵令息は私が、エステリアード公爵令嬢に、助言したことを知っているようだ。
私がエステリアード公爵令嬢の部屋に案内されるのを、誰かが見ていた?
それとも他の理由でバレたのだろうか? それは分からない。
一つだけわかったことがある。
それは、未来視で救われる人がいる一方、切り捨てられた相手から恨みを買うということだ。
そんな事にも思い至れない私は、まだ子供であまちゃんなのだ。
「俺はお前に復讐する機会をうかがっていた、
そんなとき、お前がこの森林公園によく来ることを知った。
だから俺は、ここでお前が来るのを待っていたんだよ!」
私のファンの子だって、私がこの公園をよく利用しているのを知っていた。
その情報がその子達から、私に恨みを持つ人間に伝わってもなんら不思議はない。
両親が「出かける時は護衛をつけなさい」と言っていたのは、こういう時のためだ。
そんな親をうっとおしく思って、一人でもやっていけると調子に乗って、一人で家を出た私は大馬鹿だ。
「モンフォート伯爵令嬢……死ぬ前のお祈りはすんだか?
俺は優しいから、神様にお祈りする時間ぐらいはくれてやるよ」
ガラティア元侯爵令息が、ズボンのポケットからナイフを取り出した。
彼はギラリと光る刃を私に向けた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
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