第5話「運命の出会いは突然に!?」


「モンフォート伯爵令嬢、お久しぶりです」


またまた、背後から声をかけられた。


「覚えていませんか?

 お見合いの席で会ったナイロ・グランモアです」


今日はやけに過去のお見合い相手に遭遇する日だな。


「お久しぶりですわ。

 グランモア男爵令息。

 あなたのことはもちろん覚えておりましてよ」


私は愛想笑いを浮かべてカーテシーをした。


グランモア男爵令息は確か……。


「お義兄様だぁれ? この方?」


……シスコンだったな。


グランモア男爵令息の腕には、青白い顔の美少女が貼り付いていた。


彼女は唇を尖らせこちらを睨んでいる。


「以前話しただろ?

 俺のかつてのお見合い相手のモンフォート伯爵令嬢だよ。

 モンフォート伯爵令嬢、彼女は義妹のマリアンナです」


「ご機嫌よう。

 グランモア男爵令嬢。

 フィオナ・モンフォートと申します」


私がカーテシーをする間、グランモア男爵令嬢はずっとこちらを睨んでいた。


「あなたがお義兄様を振ったモンフォート伯爵令嬢ね!

 今更お義兄様の良さに気づいて、言い寄ろうとしもそうはいかないんだらから!」


こちらが挨拶をしたら、挨拶をして返すのが礼儀なのだが、グランモア男爵令嬢はその礼儀を持ち合わせていないようだった。


よかった、グランモア男爵令息と婚約しなくて!


こんなのが義妹になったのではたまらない。


「すみません。

 義妹は病弱で外に出る機会が少なく世間知らずなんです。

 マリアンナ!

 モンフォート伯爵令嬢に謝りなさい」


「つーん、知らないもん。

 私関係ないもん」


そう言ってグランモア男爵令嬢は唇を尖らせ、そっぽを向いた。


グランモア男爵令嬢は、私より二、三歳年上に見える。


その年で、こんな子供っぽい態度をしていて大丈夫かな?


この人は、こんな感じで社交界でやっていけるのかな?


他人の私が心配になってしまうくらい、グランモア男爵令嬢の所作は酷かった。


「私は気にしていませんから。

 それよりご兄弟仲が宜しいのですね」


グランモア男爵令嬢のような人には何を言っても無駄になりそうだ。


適当に愛想笑いで済ませて、さっさとこの場を離れたい。


私に「仲が良い」と言われて、グランモア男爵令息が顔を赤らめた。


「今まで……マリアンナのことは大切な義理の妹だと思ってました。

 モンフォート伯爵令嬢とお見合いした後、『妹さんを大切にしてあげてください。もっと妹さんと一緒にいる時間を作ってあげてください』と言われて気づいたんです。

 俺は世界で一番マリアンナが愛しいと、誰にも渡したくないと……!」


「私は最初にあった時からお義兄様のことが大好きよ!」


「そうでしたか」


グランモア男爵令嬢がグランモア男爵令息に抱きついてイチャイチャし始めた。


私はもう帰っていいかな?


「今、マリアンナと結婚できるように両親を説得している最中です。

 結婚するとなると世継ぎも必要です。

 ですがマリアンナは病弱なので出産に耐えられるか心配で。

 だから彼女の体力作りも兼ねて、こうして毎日二人で森林公園を散歩してるんです」


「もうすぐ、お義兄様のことを『旦那様』って呼べるのよ!

 モンフォート伯爵令嬢、羨ましいでしょう?

 でもお義兄様は私のものよ!

 誰にもあげないんだから!」


グランモア男爵令嬢は私に向かってあっかんべーをした。


年上の令嬢からあっかんべーされる日が来るとは思わなかったわ。


そんなこと淑女教育を受けていたら、十歳の子供でもやらないわよ。


グランモア男爵令嬢は体力作りの訓練より、マナーのレッスンを受けた方が良さそうね。


まぁ、私には関係ないけど。


「お二人のお話を伺っていたいのですが、私用事がありますので。

 グランモア男爵令息、グランモア男爵令嬢、ご機嫌よう」


「ご機嫌よう」


私は愛想笑いを浮かべ、グランモア男爵令息とグランモア男爵令嬢を見送った。


グランモア男爵令嬢に一瞬触れたとき、結婚してもアホなままのグランモア男爵令嬢と、彼女にそっくりな礼儀知らずな娘と、仕事に追われるグランモア男爵令息の疲れ果てた姿が見えた。


「お二人でせいぜい上手くやってくださいな」


あの二人がくっつけば、グランモア男爵令息の婚約者がマリアンナ様ににいびられることはない。グランモア男爵令息に婚約破棄されて、傷物になる令嬢も出なくて済む。


グランモア男爵家の未来がどうなろうと、私の知ったことではない。


そこまでは責任をとれないし、私には関係のないことだ。


グランモア男爵令嬢を病弱だからと甘やかした家族が悪いのだ。


それにしても……今日はやたらとカップルに遭遇する日だったなぁ。


気分転換に森林公園に来たのに、カップルに当てられて、逆に落ち込んでひまった。


これだけ沢山の人の縁を結んできたんだから、私にもそろそろ良縁が舞い込んできても良いと思う。


私だけを愛してくれる決して裏切らない男性を、私は今でも探している。




◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇






「疲れました。

 屋敷に帰りましょう」


私は後ろを歩いている護衛に声をかけた。


「もうよろしいですか?

 お嬢様」


「ええ、ここにいても知り合いに会って、恋人同士の仲睦まじい姿を見せつけられるだけですから」


とは言え家に帰ったら帰ったで、父と母、兄と婚約者のイチャイチャを見せつけられるんだけど。


家にいるとき、気を紛らわせられるものがほしいわ。


集中して取り組めるもの。ラブラブ夫婦やカップルが気にならなくなるもの。


刺繍? 読書? ダンスのレッスン? お菓子作り? 押し花作り? うーんどれもピンと来ないな。


せめてペットでもいればな……。


お風呂に入れてあげて、毎日ブラッシングして、お揃いのお洋服を着て、オートクチュールの首輪を付けて、一緒にお散歩して、毎晩一緒に寝るの……想像しただけで幸せな気分になれるわ。


家に帰ったら、お父様にペットを飼えるか聞いてみよう!


「……きぅ………」


その時、下の方でかすかな音がした。


「どうされましたお嬢様?」


「しっ、静かに」


私は自分の口に人差し指を当て「しー!」の合図をした。


「きゅぅ……ん」


声は茂みの方から聞こえた。


私はかがんで茂みの中を覗いてみた。


「ワンコだわ」


そこには黒い家の仔犬が横たわっていた。


仔犬は全身をぷるぷると震わせていた。


目が合った瞬間、体に稲妻が走った。


やだ! 可愛い! この子がほしい!


「おいで、怖くないよ」


私がそう呼びかけると、仔犬はヨタヨタと歩きながらこちらに近づいてきた。


「そうそう、いい子ね」


人間の言葉がわかるのかな?


それとも犬には、善人がわかるのかしら?


とにかく賢い子だわ!


ますますほしくなった!


「やだ、全身ずぶ濡れじゃない!」


仔犬を抱っこすると、毛が湿っていた。


今日は雨は降ってない。川か池に落ちて濡れてしまったのだろう。


「お嬢様、お召し物が汚れます!」


「構わないわ!

 それより急いで馬車に戻るわよ!

 この子を屋敷に連れ帰ってお風呂に入れなくちゃ!」


その後、獣医にも来てもらおう。


どこか怪我してたり、病気にかかっていたら大変だ。


「お嬢様、その犬を連れて帰るのですか!?」


「あらあなたはこの子を見捨てる気なの?

 そんな薄情なこと私にはできないわ!

 だって茂みの中にいるこの子と目が合った瞬間、心臓を撃ち抜かれてしまったんだもの!

 絶対に家に連れて帰るわ!

 私が飼うのよ!」


ペットが欲しいと思ったときに、偶然仔犬と遭遇するなんて運命を感じちゃう!


私は何やら言いたげな顔をしている護衛を無視し、仔犬を抱えて馬車に向かって走った。


一秒でも早くこの子をお風呂にいれてあげないと!


護衛が私の後に付いて走ってくる。


馬車に乗り込み御者に全速力で家に帰るように伝えた。


馬車の客席で仔犬を撫でていたとき、不意に未来が見えた。


綺麗に洗われた仔犬には綺麗な首輪がついていて、仔犬が私の顔をペロりと舐めているシーンが見えた。


やはりこの子は家で飼う運命なんだわ!


そう言えば、恋愛以外の未来が見えるのは初めてかも?


顔をペロペロするのは仔犬の求愛行動だったのかな?


私の運命の相手はこの仔犬?


まあそんなことはどうでもいいわ。


今はこの子をお風呂に入れて、ご飯を食べさせるのが先だわ!


そうそう、名前もつけないとね。






これが本当に運命の相手との出会いであることを、この時の私は知らなかった。




 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


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