第3話「不幸になってほしくない!」
令嬢たちの恋占いをあらかた終えた私のもとに、先程メモをくれた使用人がやってきた。
私は彼女の後について、屋敷の奥へと進んだ。
父の商売柄、高価な物には慣れているはずだった。
だけど格の違いを見せつけられてしまった。
国一番の名家エステリアード公爵家ともなると、廊下に配置されている絵や花瓶だけでもかなりの価値がある。
下手すると花瓶一つで小さな屋敷くらい買えそうだ。
壊さないように、何にも手を触れないように、注意しながら歩くこと数分。
一際大きな扉の前で使用人が止まり、ドアノックを四回した。
どうやらこの部屋にエステリアード公爵令嬢がいるらしい。
使用人がドアを開けると、宮殿を彷彿とさせる豪華な部屋が広がり、その中心にあるソファーにエステリアード公爵令嬢が座っていた。
彼女の纏っている綺羅びやかなドレスとは対照的に、彼女の表情は暗かった。
私が部屋に入ると、使用人が扉を閉めた。
「エステリアード公爵令嬢、本日はお招きに預かりありがとうございます」
私は精一杯お上品に見えるようにカーテシーをした。
「始めましてモンフォート伯爵令嬢。
ベアトリス・エステリアードですわ」
彼女はカーテシーのお手本のような、上品な挨拶をした。
「このような所にお呼び立てして申し訳ありません。
私あなたに大変興味がありましたの」
「それは光栄です」
エステリアード公爵令嬢にソファーにかけるように言われたので、お言葉に甘え椅子に腰掛けた。
「あなた恋占いができるんですってね?」
予想はしていたけど、やはりその話か。
王家に匹敵するほどの力を持つと言われるエステリアード公爵家の令嬢が、伯爵家の令嬢を個別に呼び出す理由は他に考えられない。
「ええ、まぁ嗜む程度に」
未来予知ができるなんて他人に知られたら物騒だから、占いということにしてる。
「私とタデウス・ガラティア侯爵令息の噂はご存知?」
「はい、小耳に挟んだ程度には。
近々、ご婚約なさると伺いました」
「そう、やはり知っているのね。
今日、誕生会の締めに彼との婚約を発表する予定なの」
「それはおめでとうございます」
そんな大事な話を、初対面の私にして良かったのかな?
「私はタデウス様を信じています。
でも婚約の発表となると少し不安で……だからこうしてあなたをこっそりと呼び出したの」
いわゆるマリッジブルーというやつですね。
公爵令嬢ともなると、そう簡単に婚約を破棄できない。
彼女達にとって婚約=結婚だ。
気休めでもいいから、安心できる材料がほしいと言うわけですね。
「タデウス様は、見目麗しく、学問も優秀ですわ。
それに彼は大人で、いつもそつ無くエスコートしてくださいます。
それが……かえって不安で。
私のような子供で彼の相手が勤まるのかと……」
相手が完璧すぎても、不安になることもあるんですね。
エステリアード公爵令嬢も私と同じ歳の令嬢なのだと、少し安心した。
「お役に立ちたいのは山々ですが、私の占いも完璧ではありません。
気休め程度にしか……」
「気休めでもいいわ!
私と彼との相性を占って!」
気休めでもいいから、相手を信じる確証が欲しいのかな?
気持ちはわかります。
「わかりました。
私に出来ることなら、お力をお貸ししましょう」
「ありがとうございます!」
「では早速ですが、エステリアード公爵令嬢、私の手にご自身の手を重ねてください」
「こうかしら?」
私が右手を差し出すと、彼女は私の手の上に左手をそっと置いた。
「はい、それで大丈夫です」
エステリアード公爵令嬢とガラティア侯爵令息のラブラブな未来が見えますように……!
私は彼女の手に自分の左手を重ね、気持ちを集中させた。
『ダデウス様、いけませんわ! こんなところをエステリアード公爵令嬢に見られたら……!』
『見られても構わない!
オリビア、俺は君を愛してる!』
「………………」
未来視した世界に、愕然として私は言葉を発する事ができなかった。
薄く開いた扉の前にエステリアード公爵令嬢が立っていた。
隙間から見えた部屋の中では、緑の髪の美青年とピンクの髪の女が抱き合っていた。
緑の髪の男には見覚えがある、タデウス・ガラティア侯爵令息。
ピンクの髪の女には見覚えはないが、黒いワンピースドレスに、白いエプロン姿だったので、おそらくメイドだろう。
とんでもないものを見てしまった……!
「どうかしたのかしら?」
公爵令嬢が怪訝そうな顔で尋ねてきた。
彼女の顔には不安が色濃く出ていた。
相手は公爵令嬢、憶測で物はいえない。
もしかしたらたまたま劇の練習をしていただけかもしれない。
もう一度、未来を見る必要がある!
「すみません!
今日はちょっと調子が悪いようです。
両手を乗せていただけますか?」
ことは公爵家と侯爵家の縁組だ。
適当な事を言って破断にはできない!
「ええ、構わないわ」
エステリアード公爵令嬢が、右手を私の手に乗せた。
私は彼女の両手を握り、もう一度未来を見ることにした。
『私、あなたがメイドのオリビアと浮気しているのを知っていますのよ!』
『浮気の一つや二つぐらいなんだ!
それぐらい目を瞑れないのか!?』
『浮気しておいてなんですのその態度は!
婚約破棄ですわ!』
『婚約破棄だぁ?
できるもんならやってみろ!
婚約者がメイドと浮気したから婚約を破棄しますって、世間に好評できるのか?
プライドの塊のようなお前に、そんなことできないよな?』
『くっ……!』
「………………」
覗いた未来が酷すぎて、私は絶句した。
こんなのエステリアード公爵令嬢になんて伝えればいいの?
ガラティア侯爵令息は今まで見たどの男よりクズだった。
ガラティア侯爵令息って、エステリアード公爵家に婿入りするんだよね?
婿入りするのにこの態度……ある意味大物だわ。
「どうしましたの?
もしかして悪い結果が出ましたの?」
私が額に汗を浮かべ何も話さないので、公爵令嬢は心配になったようだ。
「すみません。
エステリアード公爵令嬢、今一度。
今一度だけお手を握らせてください」
「ええ、それは構わないわ」
もしかしたらもっと先の未来では、ガラティア侯爵令息も反省してるかもされない。
雨降って地固まるパターンもあるかもしれない。
私は淡い期待を込めて、公爵令嬢の手を握った。
『オリビアに子供ができた!
君の娘として育ててほしい!』
『なぜ私が愛人の子を育てなくてはいけませんの!
その子はエステリアード公爵家の血を一滴も引いていませんわ!』
『煩い!
女は黙って男の言う事を聞いていればいいんだ!』
『暴力は止めて!』
ガラティア侯爵令息がエステリアード公爵令嬢に暴力を振るったところで、私は彼女からパッと手を離した。
ガラティア侯爵令息は結婚しても、何も変わらなかった。
いや、結婚する前より酷くなっていた。
ことはエステリアード公爵家とガラティア侯爵家の縁組に繋がる重大な話だ。
この両家が繋がれば、強固な派閥が出来上がる。
私の一存で彼女の未来について話したくない。
家に持ち帰って両親の判断を仰ぎたい案件だ。
だけど私が何もしなければ、このあとエステリアード公爵令嬢とガラティア侯爵令息の婚約発表がされてしまう。
婚約を発表してしまったら、婚約を破棄するのは容易なことではない。
家の為にエステリアード公爵令嬢に不幸になってほしくない。
彼女の不安そうな瞳を見ていれば分かる。
彼女も婚約や結婚に希望を抱く、私と同い年の女の子なんだって!
「先程から真剣に思い悩んでいるご様子ですが、何が見えましたの?
もしかして悪い結果ですの?」
エステリアード公爵令嬢が心配そうな顔で尋ねてきた。
「エステリアード公爵令嬢、心して聞いてください!
実は……」
私は未来視で知ったことを、占いと誤魔化して公爵令嬢に伝えた。
結果を聞いた公爵令嬢は愕然としていた。
「私は少し恋占いが得意な女の子です。
私の言葉にはなんの信ぴょう性も裏付けもありません。
ただもし私の言葉を少しでも信じる気持ちがあるのなら、ガラティア侯爵令息の身辺調査をしてください。
特に彼の女性関係を中心に洗い直してください。
彼との婚約発表は、それからでも遅くないと思います」
エステリアード公爵令嬢は何も話さなかった。
彼女の体は小刻みに震えていて、彼女が動揺しているのが伝わってきた。
エステリアード公爵令嬢は使用人に、公爵夫人を呼ぶように伝えていた。
これ以上私に出来ることはありそうにない。
「私はこれで失礼します」
私は淑女のお辞儀をして部屋を出た。
私はきっかけを与えたに過ぎない。
あとはエステリアード公爵令嬢と公爵家がどう決断をするかだ。
どうか、彼女の心を傷つけるような判断をしませんように……。
私にはエステリアード公爵令嬢の幸せを祈ることしかできなかった。
その日、エステリアード公爵令嬢は体調不良を理由にパーティーに戻ることはなかった。
私は遅くまでパーティーに残っていたが、エステリアード公爵令嬢とガラティア侯爵令息の婚約が発表されることはなかった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
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