第34話 男爵の娘・6

 貴族とはなんなのか、今まで悪魔に憑りつかれていて考えていなかった。

 もしかするとジェームズ・ライザーの罪かもしれない。

 彼は元々平民だったから、貴族らしくない。

 その後に色々と学ぶことになったが、娘には知って欲しくなかった。


「嫌‼痛い‼やめて下さい‼」


 だから彼女は、男たちに好きなように転がされる。

 やる気のない三年を過ごしたけれど、母と兄の言いつけを守って、髪の毛だけは気を使っていた。


 その髪の毛が乱暴に引っ張られる。

 そして、知らない人に一度だって触られたことのない双丘を弄られる。


「十分実ってんじゃねぇか。いいねぇ、張りが合って。まだまだ若いってことだよなぁ」

「痛い痛い‼離してください‼」


 胸を弄られる。そして突き飛ばされ、カチャカチャと金属音が聞こえる。


「んじゃ、お先…、って‼痛ぇな‼」

「バーカ。マツス。情緒ってもんがねぇだろ。前戯って詠唱が出来てねぇだろ。アレだって…」


 身動きが出来ない中、下腹部に激痛が走る。

 どうやら股の間に指を差し込まれたらしい。


「おやぁ?こいつは驚いた。久しぶりの初物だなぁ」

「いたい‼指を抜いてください‼」

「マジ?処女かよ。う…、やべ。こんな上物なのにかよ。…なぁ、ゲージ。これ、俺たちだけで囲わねぇ?兄貴たちにバレねぇようにしねぇ?」

「あぁ、そうだな。ボロボロになった後じゃ、初物もクソもねぇしな。見つからねぇように、納屋に連れてこうぜ」


 ニースの顔から血の気が失せる。

 ここは貴族街。ラマカデ大王広場だって遠くない。

 そも、貴族街は王族の兵隊が…


 いや、それは三年前の話。悪魔が死んだ今、警らなんてしていない。

 

「助けてください。この事は誰にも言いません。衛兵にも…」

「あ?なんで衛兵が出てくんだよ」

「なぁ、嬢ちゃん、よかったなぁ。俺達は優しいぜ?ようやく大人の女になれるぜ」


 実は今まで、ニースにこういう経験はなかった。

 こんな狂った世界でも経験していなかった。

 彼女は王都で、王の権威の下で生きていた。

 王が生きている間は、目立った行動は出来なかった。

 いつかバーベラ侯爵に、大した王ではないと言われていたが、それでも最強の魔力を持っていた。

 だから、堂々とは出来ない。何かあれば、嬉々として貴族を粛正する王だったから。


 そういう意味では、弱い者にとってラマツフ王は良王だったかもしれない。


「なぁ、ゲージ。淫夢魔法かけといた方がいいんじゃね?」

「がはははは。おまぇ、もしかして一度食いちぎられそうになったの、トラウマになってんのか?馬鹿がよぉ。こういうのは抵抗されるのが良いんじゃねぇか」


 パーン‼


「痛…い。うう…止めて…ください。お願いします…誰にも」

「誰とか関係ねぇんだよ‼」

「助けて‼う…」


 イグナー伯爵の息子ゲージとサリダリ子爵の息子マツスは、今まで感じたことのない興奮を覚えていた。

 初物なんて、父親が持っていくに決まっている。

 とびきりの美人だってそれは同じ。


「助けなんて来ねぇよ。お前、平民か?」

「平民ならとっくに食われるんじゃね?処女なんてあり得ねぇ。コイツ、男爵家か子爵家の女だろ」


 ニースは目を剥いた。そして如何に父が偉大だったか、こんな形で分かってしまう。

 平民からの男爵位だったからかもしれないけど、ライザー領でこんなことは行われない。

 そんな人間は誰一人いなかった。


「やめ…」

「もう辛抱ならねぇ。こっちの初は頂くぜ‼」


 うぇぇえええ…


 話が通じない。これが今まで資料で眺めていた強姦殺人の被害者の気持ち。

 なんて、口に汚物が入った状態で考えることは出来ない。

 ただ、ただ恐怖。

 もう一人も気持ちが悪い。執拗に股間を舐めてくる。


「う……て……」

「いてぇなぁ!途中で喋んじゃねぇよ!」


 ニースの左耳に痛みが走る。


 キーン…


 鼓膜に傷がついたのか、ひどい耳鳴りがする。


 違う!私は母様の家に行くつもりだったのに……、平和な世の中になったんだよって、教えに行くところだったのに‼


 悪魔…悪魔はまだ…こんなに…


「もういいって。俺が先に貰っちゃうからな!」

「テメェ、俺の方が爵位上だろ?」

「魔力は同じくらいじゃんかよー」


 痛い!髪を引っ張らないで!手を引っ張らないで!足を引っ張らないで!

 ほんとに噛みちぎって…


 パン‼キーーーーーン…


「…っつっ…だ……‼」


 可哀そうな少女は、思い切りぶたれたことで、意識が飛びそうになる。

 そして、ここで思い出す。


 あれ…、私…、…これ知ってる。 報告書で読んだ


 今の状況が、何回も熟読した報告書の内容にそっくりだった。

 当時の報告書にあったこと。全国各地で起きていたこと。

 強姦殺人の現場を、偶然目撃した貴族の話が沢山あった。


 模倣犯は確実にいた。こいつらも‼

 

 だから、ニースは思い切りのけ反って、最も醜い猿轡を抜き取って、思い切り泣き叫んだ。


「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!助けてぇぇぇぇええええええ!おかあさぁぁぁあん‼たすけてぇええ‼」


 パン‼


「るっせぇ‼でも、いいぞ。もっと暴れろよ。もっと抵抗しろよ」


 でも、顔を引っ叩かれて、腹部を蹴られて。


 神様‼神様神様神様神様神様神様神様神様神様神様神様神様神様神様神様‼

 私は敬虔に生きてきました。どうか、どうか…


 ボフッ‼


「いやぁぁああ」


 そして……


「いいねぇ。その顔。マツス、我慢の限界だぁ。これは爵位順だからな‼‼極上の処女だ。思い切り泣き叫べよ‼」


 犯される。嬲られる。初めてを奪われる。

 どうしてこんなことに…、とせめて目を瞑って現実から逃げる。

 そして、彼女にとっての初めての瞬間が訪れる。


 そう、初めての瞬間が訪れる。


「あ?てめぇ、濡れすぎだぜ。 それに全然抵抗感がねぇじゃねぇか」


 イグナー伯爵の息子ゲージのリビドーはマックス。

 だが、あまりにもヌルヌルしていて抵抗感を全く感じない。

 それほどにガバガバ。入ってる感覚がないくらい。


「女ぁ‼テメェ、カマトトぶりやがってよぉ‼クソビッチかよ‼レイププレイ大好き女かよ‼」


 だから、怒り心頭だった。

 そして男が、怒っている男をなじる。


「そりゃ、そうだろ。お前の1cmにも満たないナニじゃ、子作りなんて出来ねぇよ」


 カッチーン、と音がする。


「はぁぁぁあああ?あんだと、マツス。俺のジャンボソードは……。って、おい。マツス?」


 ニースは変わらず絶望していて、目を瞑っていた。

 だが、何かがおかしい。下腹部に痛みを感じない。

 十八で処女。敬虔な少女だが、耳だけは年を取っている。


「へぇ、こいつがマツスか。サリダリ子爵の息子。えっと次男だったか。それじゃ、お前は誰だ?っていうか、そんなに腰を振るなよ。俺、その動きは嫌いなんだ。気持ち悪いから」

「な…、何言って…んだ…よ」

「っていうか、子爵程度の魔力だと切れるんだな。なるほど、いい勉強になった。全魔力が集中してる場所。なのに、その程度か。いや、まだ全魔力が集中していなかったのかも?ふむ。一応、回復魔法も乗っけた。多分、死にはしない。」

「て、てめぇ…。さっきから何を言って…」


 知らない声が聞こえた。三人目が現れて、話し合いをしている。

 絶望で現実逃避していたニースは、耳鳴りのせいで良く聞こえていない。

 ただ、耳鳴りで聞こえなくとも、感触は伝わる。

 自分の尊厳に汚らしい何かが押し入ろうとした。

 だけど、その後はヌルヌルした何かが入口のずっと手前を、ぺちゃぺちゃと叩いているだけ。


 そして突然、生ぬるい雨が降り始めた。


 え?雨…


 少女は目を開けてみた。


「ひ…」


 彼女が最後に見た光景は、にやついた男二人が自分を犯そうとしていたところ。

 だから、目を瞑った。何故か、雨が降ってきた。

 だから、目を開けて、声にならない悲鳴を上げた。


 雨じゃなかった…


 紋章部分に穴が空いていて、そこから生ぬるい液体が噴き出して、赤いシャワーを降らしていた。

 それに目を閉じる前には居なかった誰かがいる。

 三人目の男の声の主。でも…


 人間……なの?それとも…、神…様?…いや、死神?


「あなた…は…」


 機械で出来た体、人間には見えない。敢えて言うなら黒い髪の男。

 本来、腕があるべき場所から細身の剣を生やした何か。

 細身の剣には、まだ動いている心臓が突き刺さっている。

 あれが穴に入っていたのだろう。


「お、お前が誰だよ!っていうか、お前。剣にナニを…」


 バン‼

 ここでニースは突き飛ばされた。

 そして、突き飛ばした男が叫ぶ。


「俺のがぁぁぁぁあああ!俺のが、なくなってるぅうううう‼俺のが…、テメェ!それを返せ‼それは俺だ‼俺のを返せ‼」


 細身の剣は二本。つまり右腕も左腕も剣。

 もう片方の剣には、悍ましくグロテスクで、汚らわしいモノが突き刺さっていた。


「返すに決まってるだろ。その紋章。お前はイグナー伯爵の嫡男か?運が良かったな。これは返してやる」

「あ、当たり前…」

「お前の首と交換だけど」


 ドサ…


 灰色の髪に褐色の肌の頭が地面に激突した。


 最初から置かれていただけ?と思ってしまうくらいポロっと頭がもげた。

 そして、落ちた頭の構成要素である口が、「は…」とだけ言って、そのまま動かなくなった。


 状況を簡単に説明すると、機械人間は左腕相当部の剣の先にあった『伯爵息子ムスコ』を彼の口の中に返し、そのまま首を刈り取った。


 起きていることはグロテスクだけど、無駄のない動きに見とれてしまうニース。

 いや、ここまで来るとグロテスクではない。

 拍手したくなる手品のようだった。


「凄い…」


 そして機械人間はその返り血を浴びながら、ぼそっと早口で何かを呟いた。

 でも、早口すぎて何を言ったか、ニースには分からなかった。

 だから少女は聞き返した。


「えっと、何?そんなことより…」

「いいから!早く、服を着てくれ!そして、俺の前から消えてくれ!」


 そして、物凄い剣幕で機械はそう言った。

 それはそれでキョトンとしてしまう。


 これが少女の人生で初めての経験。


 そう簡単には経験できない、稀有な出来事だった。


「あの……、私……」


 まだ、さっきまでの恐怖でちゃんと声が出ない。

 多分、助けてくれた。機械の人。

 一切、目を合わせずに、というより長くてボサボサな黒い髪のせいで目が見えないけれど、そもそも顔を背けている。

 そんな奇怪な機械の彼はスッと剣の先を扉に向けた。


「そこ、浴室だ。んで、あっちに服があった。こっちの家には誰もいなかったから、さっさと体を洗って出ていけ。10分だけ護衛として待ってやるから」


 そこで漸く、ニースは恐怖心が霧散した。

 恐怖がなくなった瞬間に、涙が溢れて来る。


「ふぇぇぇぇぇ、怖かった……怖かったよぉぉぉぉ」


 だが。奇怪な彼にそんな弱さは通じない。


「うるさい、泣くな‼10分しか待たないって言ってるだろ!そして俺の視界に入って来るな!喋るなら、せめて服を着てからにしろ!お前の体は刺激が強すぎる‼」


 だから、また怒鳴られた。

 恐怖と安堵がごちゃ混ぜになって、涙が止まる。

 しかも、冷静になってみると、この奇怪な機械は恐ろしい力を持っている。

 脅されたので、流石に言うことを聞かないといけない。

 そして今は血まみれであり、裸である。


「そ…、そうよね。体、洗ってくるね」


 彼女は彼の言われた通り、浴室に入って血を洗い流す。

 彼の言われた部屋に行く。本当に服のある部屋だった。

 その途中で彼の様子をちょっとだけ覗いてみた。

 すると彼は、あからさまにそっぽを向いた。


「こっちを見るな。さっさと服を着ろ!」


 また、怒られたから、今度こそ服を探す。

 彼の言う通り、貴族街のボルシェ邸のこっちの建物には誰もいなかったらしい。

 そして誰のか分からない服を着ていたところで、少女はやっと起きた出来事を言葉に出来た。。


「私、あのひとに助けられたんだ…」


 強姦されるところを、彼は助けてくれた。

 ならば、お礼をしなければ。


 ニースは侍女の部屋と思しき場所から、彼が立っていた家の扉のところへ急ぐ。

 すると最初に目に止まったのは首のない二つの遺体。

 この二人の襲われたのだ。こいつらこそが悪魔。

 奇怪な機械の人を死神呼ばわりしたのが申し訳ない。


 そんな黒髪の機械が言う。


「二度と上流貴族の家には近づくなよ。んで、俺にも近づくな。」

「え…。はい…」


 彼女の兄は男爵位を持っていて、王都の治安を守っている。

 そして、彼の行為は殺人だ。でも、助けてもらった。

 だから彼女は、殺人に関して何も言えない。

 でも、お礼は言える。言うべきだ。ここまでしてもらって、お礼一つ言えないなんて、ジェームズ・ライザーの娘失格だ。


「あ、あの…、せめてお名前を…」


 ただ、やっぱり。

 彼は背中を向けたまま。

 でも、少しだけ立ち止まってくれた。


 そこで二秒、三秒、…十秒たったあと、彼は言った。


「オ…」

「お?」

「オナキン。オナキン・グラスウォーク。でも、覚えなくていい…」


 彼はそのままさっさと家を出ていて、話を聞く素振りもない。


 いや、ちょっとは待ってよ!


 と、彼女も家を出て彼の背を追うのだが……


「あれ?…機械の人…どこに行ったの?」


 ニースが大通りに出た時には、彼の姿はどこにもなかった。

 振り返って、ボルシェ侯の家を遠目に見るが、そこにもいない。

 ただ、妙な落書きがされていた。


 『オナキン参上』


 先ほど、奇怪機械人間が言った名前が、さっきの二人の血で書かれていた。

 シリアルキラーが、劇場型殺人で自らをアピールするのは良くある話。


「 オナキンなんて貴族、聞いたことがない。グラスウォーク家だって。…助けてもらったのに、どこの誰かも分からないなんて」


 凄惨な殺人の後に、こんなのおかしいとは思っている。

 でも、ニースの頬は赤く染まっていた。

 だから、必死に思い出す。

 正面は向いてくれない。けど、横顔なら…。


 え…


 そういえば、あの人…


「首に真一文字に傷が…あった」


 そしてニースは走り出した。

 母親の元へではなく、下級貴族と庶民が暮らす住宅街、今までと変わらぬ我が家へと。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る