第28話 東の侯爵が抱える問題・4

 マリアは手袋なんてしていない。

 こんな体験は素手で味わいたい。感染症なんて、彼女の魔力を使えばどうにでもなる。

 そして一つだけの玉が入ったガラス瓶を頬に当てた。


「あーあ。完全に伸びちゃった。もしかして二つとも取られるとでも思ってたのかしら。そんなことしたら、あんたの魔力入りの体液が採取出来ないじゃない。『精巣捻転』なんかで片方だけ摘出する例は普通にあるのに。はぁ……、やっぱり英雄の器じゃないわ。ま、意識のないあんたに言っても無駄だと思うけど、治療代としてコレ?…貰っとくわね。」


 そしてマリアは去り際に、姉妹達の縫合のチェックもしている。


「うーん、へたっぴね。これだと傷痕は残るけど、コイツなら大丈夫でしょ。ち・な・み・にー。片方だけ摘出するとね、もう片方が仕事を張り切るらしいわよ。もしかしたらそれだけで十分かもだけど、アレが本物だったら、それこそ取り放題になるかもよ。」


 と言って、彼女は魔法瓶を大切に鞄にしまい、本当に帰っていった。

 彼女たちが言っていた通り、ボイルの体液は国中で取引されている。

 双子の父親、そしてあの男が言った通り、マーダーライセンスだから誰でも欲しい。


 だって、


『誰だって殺したい奴が一人か二人くらいはいる』


 のが当たり前の世界なんだから。


     □■□


 ボイル青年には約3週間の安静が言い渡されていた。

 だが、彼はその間に意識を取り戻すことはなかった。

 うなされ続けている彼は、排尿も排便もないまま、ずっと眠っていた。

 本来なら死亡の警告、だけどあのマリアが問題ないと言ったからと、双子はそれを放っておいた。


 だから、これはボイル自身の話。


 真っ暗な中、彼はどこかを彷徨っていた。

 彼は自由で、両手両足も健康そのものだった。

 自由に野山を駆け回り、孤児院の弟妹と共に遊び尽くしていた。


 勿論、夢の中。

 それでも楽しくて、幸せな時間だ。


 あの子にまた会いたいな

 まだ早いかもしれないけど……

 プロポーズしなきゃ……


 そう思った夢の中のボイルは、少女を抱きかかえた。

 あの子を抱き抱えながら、他の妹たちも全員呼び寄せた。

 自分でも何がしたいのか、分からない。

 夢を見ている時は、夢の中だから、なんて普通は考えない。


 そして、口が勝手にこう叫ぶ。


「お前たちは今から全員が俺の女だ!俺の子を産め!」


 その声とともに少年は目を覚ました。


 だから、楽しい夢が突然悪夢に変わった夢だった。


 もっと穏やかで、朗らかで、爽やかで、和やかな、健康的な夢を見たかったのに。


 自分自身が台無しにしてしまった。


 意味不明というか、明らかに今まで出会った狂人の悪い影響を受けている。

 ただ、その言葉はすぐに忘れて、手足がない現実を天井鏡で知る。

 絶望である。そして遂に

 

 …俺は、アイツにタマを取られた。


 まるで殺されたような表現。だけど、心情的には殺されている。

 そして、熱い。これは痛みからの熱さではないことは知っている。

 多分、知っている。


 もう一度寝よう。さっきの夢は途中までは良い夢だった気がする。それに夢の中なら、俺は自由だ。

 俺が主役の世界。一生、寝ていよう。


 そして少年の異変に気がついて、部屋に入ってくる誰か。


「今、唸ってなかった? それにソレどうしたの、もしかして朝に立っちゃうやつ!?朝立ち!」

「違うよ、クル。朝勃ち‼私も初めて見たかも!ってことは」

「ラマトフ王の睾丸が本物だったってこと!?」


 は?


 ラマトフ、何度か聞いたことがある王の名前。

 確か150年前の王で、ゾンビーヌ公爵に毒殺された王の名前がそんなだった。

 その名前よりもボイルは、自身の睾丸が持ち去られたことで頭がいっぱいだ。

 咄嗟に触ろうとするも、何せ腕がない。

 だから天井の鏡越しに自分の股間を見つめることになる。

 左右非対称になっている袋と天を衝かんとする、己の突起物が見える。


 でも、俺のタマは抜かれて、それで、コレで、あれで……


 自分の言葉さえ、意味不明になっていく。

 理由は勿論、彼が欲しているのは手でも足でもタマでもなく、


『女』で、その女ならそこにいるからだ。


 どうしようもなく、女が欲しい。

 溜まっているものを出したい。


 待てよ、俺。俺にはアリスがいる‼あの子のことが好きなんだよ。こんな貴族のお嬢様なんて、相手にしたくないんだよ!


 ゾッとした。

 そして記憶が蘇って来る。あの時入れられたのは貴族の睾丸だった?

 言っていた。マリアが言っていた。性器には死んでも魔力が残るって…

 これが狂人しかいない、貴族の感情なのかもしれない。


 とにかく、このままじゃダメだ。早く俺を…、…へ?


 言われるまでもないと、イクとクルが弄り始めた。

 なるほど、ぎこちない。


 って、待て!俺は何を考えている!?


 なるほど。やっぱり、魔力の強い者の方が良いな。


 違う!俺はそんなこと考えていない!


 ただ、懸命な少女の頑張りはそれはそれで新鮮…。


「ううううううううう‼」


 そして、マーダーライセンスは見事に採取された。


「凄い‼」

「こんなに‼」


 まだ、こんなに出る。マジ…?って、アレ?これってどういう…


 今までは考える余裕がなかった筈だ。

 強者が弱者の魔力を抜いていたから、あの時は空っぽになった。

 だから記憶が吹き飛んでいた。


 でも、今は違う。

 寧ろ、頭の中がスッキリとしている。

 冷静に考えてみれば、両方のタマを抜かれる筈がない。

 しかも、ラマトフとかいう奴のタマとも繋がっていない。

 もしも繋がっていたら、それこそラマトフの体液になってしまう。

 そんな間抜けを、あのマリアがする筈がない。


 そして何故か、この先の状況も読める。

 今までこんなところまで考えなかったのに。

 

 そか。俺はもうすぐ殺される。


 びっくりするほど冷静に自分の死の運命を言える。


「うんううーううん」

「へ?え、うん。あと三週間もあれば、キル様の仰られた量に達するかも」

「ですです。今のが続けば、それでおしまいです‼」


 素直に話してくれた二人。

 そうなれば、俺の役目は終了なのだ。

 戦略的体液兵器が全員の手に渡ることで、皆が同条件となる。

 その時点で、マーダーライセンスは効力を失ってしまう。

 誰でも持っているならば、証拠品としては不十分になってしまうから。


 つまり、もうすぐ本当に用済みになる。


 用済みになったら、やっと帰ることが出来るんだ。


 ——あのギロチン台に

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