第25話 東の侯爵が抱える問題・1

 バーベラ姉妹が彼を欲しがっている。

 だから彼は移送用の荷馬車に揺られている。


「結局、サマンサが一番得してる気がするのよねぇ。あーたもそう思うでしょ」


 また売られる。

 もしかしたら裏で取引が行われているのかもしれない。


 ──眉目秀麗の男女カップル、金髪のカップルだ。一人は眼鏡に指をかけ、もう一人は真っ白な帽子が飛ばされないように片手でソレを支えている。

 ──リリアン、ルーシア。なんで、そんな目で俺を見てるんだ?そんなに無様な僕の死に様を見たいのか?いや、見たいんだろうな。


 アレはそういった取引だったんじゃないか?

 あそこに現れたペガサスは関係者とかなんとか言っていた。

 例えば、現体制を望む人間が王宮に居て、俺ではない偽物を用意するかもしれなかった、とか?

 だから、顔を知る二人が確認して、その後にペガサスが動いたとか?


 在り得る、ってかそれしか考えられない。

 と、考えていたら激痛が走る。場所はもう言わないけど。


「ちょっとー、返事しなさいよ」


 猿轡で返事は出来ない。返事する気もないけど。

 両腕を失ったから自死はほぼ無理。やろうとしても絶対に止められて、もっと酷いことになる。


「ま、いいわ。次は東。本当に人気者ね。ちょっと妬けちゃうわ」


 アスモデウス王国の南側のほとんどを占領したガーランド家から国の東部にあるバーベラ領へと移されている。

 少年は王の領地の孤児院で生まれた。

 そして王族はアスモデウス王国の中央からやや北に位置しており、北のほとんどが王の領地と言われている。

 その一部を含む国の北東部がフレーべ公国として独立した。

 その後、少年ボイルは国の最西端の山岳地帯に連れて行かれた。

 で、今は国の最南端の山岳地帯。


「ふー…ふふ」

「嘘じゃないわよ。本当に妬けちゃうわ」

 

 ガーランドが南側を掌握したので、今は山岳地帯から少し北にいて東の山へ向かっている。

 俺は貴族に掻き回されて、文字通り国を、世界を一周することになる。 

 王国の東側はごちゃごちゃしていた、という孤児院時代に教えてもらった気がする。

 バーベラ侯爵を中心とした、弱小貴族が共存している地域で、この国で最も抗争が激しいと噂される地域だ。


 そこに行った先輩から、手紙がこなかったからしっかり覚えている。

 抗争が激しい理由も今なら分かる。近い爵位の者同士は対立するらしい。

 そして、


 ——中心となるべきバーベラ家が『ある問題』を抱えていたのだ。



     □■□


 緑の髪の双子姉妹。

 イクとクル、——彼女たちはとても困っていたのだ。

 北に出現したフレーべ公国、南に広がったガーランド公国。

 力がなければ併合されてしまう地理的にフリな場所。


「イククルー。それじゃあねー。あたしの気持ちも入ってるから、大切にしてねー」


 その強者の一人が手を振る。その紫髪変態サディスティック娘より年上の二人が頭を下げる。


 そして、顔をあげた二人は俺を睨んでいる。


 実は彼女達の家、バーベラ家はラマツフ王の政策を支持していたのだ。

 バーベラ家には男児がいない、一人もいない。

 だから、このままでは侯爵家が取り潰しになってしまう。

 ならば、みんな消えちゃえと思っていたのに、この『悪魔』のせいで全て水の泡になった。


「君のせいで本当に迷惑なの。」

「君のせいで私達立場ないの。」


 地下の独房で瓜二つの顔の二人の少女が文句を言っている。

 そして、彼女の後ろにいる初老の夫婦が領主様、侯爵様なのだろう。


「はぁ……。君にはがっかりしたよ。てっきり世直しをしてくれる義賊かと思っていたのだがね。今では、『悪魔ボイル』もただの貴族連中のおもちゃという話。ならば王殺しなどしなければ……、いや、それさえも貴族連中の仕業だろうがな。」


 一見、物分かりが良さそうな好々爺っぽい男。

 優しそうな顔ときちんと整えられた緑色の髪。


 ——ただ、ここはどう考えても客人をもてなす部屋ではない。


 それにマリアがくくりつけた首輪が取れていない。

 魔力的な力で固定されているから外せないって話。猿轡と似たようなもの。

 首輪の方がマシと考える負け犬の自分もいる。

 鎖の先が壁の鉄柵に繋がっているので動けない。


 ってことで、良い貴族であるはずがない。


「やれやれ、話を全く理解できていない君に説明する必要があるのか。君の価値はすでにどん底に落ちてしまっている。あぁ、面倒臭い。」


 短期間にかなりの人数の貴族を見てきたが、そのほとんど全てが自己中心的である。

 ただ一人、貴族らしくないと思えたのは、彼のせいで殺されたジェームズ・ライザーという男だけ。

 ただ彼は男爵位と言っていた。

 マリアの言葉を借りれば、彼の魔力は平民のソレと変わらない。

 ではやはり、魔力が自己中心的に変えているのか。

 根源が生殖器であり、性欲こそが力だから、それはあながち間違っていない。


「めんどくさいやつ!」

「無能の極みのやつ!」


 その言葉に疑問符が頭に浮かぶ。


「うー‼うーうー‼」


 だったら、さっさと殺したらいいじゃん。俺だって好きで生き続けているじゃないんだよ。最初はどこかで逃げ切れるんじゃないかって思ったけど。


 心の声が聞こえた筈もないのに、緑の髪の少女は怒った顔でツカツカと近づく。

 今のボイルは手首から先のない左腕と二の腕から下がない右腕。


 ドン‼


「う…」


 腹を殴られた。でも、どうでも良い。

 今や壊れた心を持つ、血と体液の袋詰めだ。

 失った両手の痛みに比べたら、腹を殴られた痛みなんて掻き消える。


「全く、面倒臭い。だが、ここで大いに世のため人のために、精を尽くしてくれ。だから、今の世の現状を教えておこう。まず、あの方が動かなくても、あの王はいつか死んでいた。ほとんどの貴族にとって疎ましい存在だったからね。僅か程の血が濃いというだけの目の上のたんこぶ、それがラマツフという男だ。だから君という人間が存在しなくても、似たような誰かが同じ目に遭っていただろうね」


 何、こいつら。

 俺じゃない別の誰かだって良かったって話?

 それで誰かを生贄に差し出すか、なんて俺には出来ないけど。


 少年の半眼を気にも留めず、バーベラ侯は話を続ける。


「侯爵以上の誰かが仕組んだものだったのだろう。そして伯爵以下の者は協力せざる得なかっただろう。後継者問題は本当に切実な悩みだったからね。勿論、子爵、男爵も悩んでいただろうが、彼らは雲隠れできるほどに魔力が弱い。それでも血を受け継がぬ者よりは一応強いがね。」


 このおじさん、本当に丁寧に説明してくれた。

 あの王様は貴族の根絶やしを狙っていたのだから、殺されて当然だと今ならば分かる。

 貴族と繋がっている平民は知っていただろうし、もしかしたらほとんどの人間が知っていたのかもしれない。

 孤児院で教えられなかっただけ。


 最初にあの礼服の男の言っていた通り、俺は地獄に落とされたんだ。


「そして、あの方がどのようにして、この国で最も強い魔力を持つ王を殺せたのか、容易に察することができる。あれは寧ろ、宮中のババ抜き大会と言って良い。あの方がババを自らお引きになった。」


 それって、……お嬢様と俺が呼んでいたあの方?

 いやいや、ババを引いたのは俺じゃないか!


「得体の知れぬ孤児を選ぶことで、『突然変異』を演出したのだろうから、最初は皆、戦々恐々としていたよ。ただ侯爵以上の者であれば、すぐに気付けた。なにせ、皆、同じ方法を考えていたからね。」


 まるで、『お嬢様』を英雄のように語る。どうでもいい。僕に話して何になる。何が世のため人のためだ。そのせいでどれだけ犠牲になった?俺の両腕はどうなった⁉


 そんな反抗的な顔が、双子姉妹には気に食わなかったらしい。


「曲がりなりにも英雄様がそんな顔をするな!」

「私たちの身にもなれ!英雄様!」


 つまり、『お嬢様』は英雄というババをこの世に顕現させた。

 そして今も少年の懐にはババのカードが収まっている。

 その『英雄様』の脇腹に、双子姉妹は持っていた松明を押し付けた。


 ——ジュゥゥゥ


 という音と、香ばしい香り。できれば他のお肉でやってもらいたかった。

 熱いではなく、激痛が走る。

 肋間神経がこのままでは不味いと大脳に訴えている。

 でも、長々と押し付けられたソレは、即座に近くの細胞が焼死させ、痛みの信号は脳天まで直撃した。


 だが、すぐに冷や水を浴びせられ、気絶には至れない。

 英雄様にこんな扱いが許されるのが、貴族の特権なのだろう。


「すでに伯爵家も気付き始めている。だから極めて重要なのだよ。暗殺現場、殺人現場での決定的な証拠は君の魔力を含む体液だ。あの方が…、王族がその方法を取ったのだ。だから、あの方が仕切っているうちは間違いなく、それ以上踏み込んでは来ない。つまり、君の体液は期間限定の『マーダーライセンス』と同義だ。王族は今、あの方とグレイシール侯の力で中央と北を固めている。西側は勢いを取り戻しつつあるロドリゲス侯爵家とボルシャ侯爵家が同盟を結んだと聞く。元々、血の濃さで考えれば、侯爵以上は誰でも王を名乗ることが出来るのだ。諸侯がこのような動きに出てもおかしくはない。」


 30の貴族がいるとリリアンは言っていた。

 そしてフレーぜは独立。ガーランドも独立を宣言するという話だった。

 で、今度は何のために利用されるのか。

 地獄にいる悪魔たちは、地獄に落ちたボイルに何をさせたいのか。


「二つの独立が成立してしまえば、アスモデウス王国に残る貴族は15人程になってしまう。そして私にはどうしても為さねばならないことがあるのだよ。」


 実は彼、バーベラ侯爵のみ態度が違う。

 かなり深刻、かなり誠実。

 ならば、娘二人は嬉々として火を当ててくるの止めて欲しい。

 けれど、この二人からもサイコパスさが滲み出ている。

 血が濃くなりすぎて、奇人が生まれやすい環境にあるのだろうか。


「私の家、バーベラ家は元々男児が産まれにくかった。だから他の諸侯に舐められ続けていた。そして更に私は愚かにも嵌められたのだよ。諸侯同盟の盟主を決める会議において、このような仕打ちを受けてしまったのだよ。」


 彼はわざわざボイルの前に来て、するするっとベルトを緩めた。


 ————!


 う…、俺が言うのもおかしいけど、そこまでやるのか…


 使い物にならないほどぐちゃぐちゃになった、彼の尊厳がそこにぶら下がっていた。


「見たまえ。私にはもう子作りはできない。男児が生まれる前にしてやられたのだ。そして、この仕打ちを王に訴えたのだが、ラマツフはただ笑ていたよ。そして、生きているのだから問題ないとの言い放ったのだ。勿論、あの王が考えていることは分かっていた。だが、せめてあの不届き者たちに制裁をしてやりたかった。貴族を減らすチャンスだろう?なのにあいつは動かなかったんだ!」


 これはマリアの話を聞いたボイルの憶測だが、貴族はソレを切り離されたら死ぬ。

 それが平民にあてはまるかは分らないが、ソレが彼らの力の源である。

 だから、敢えてぐちゃぐちゃにしただけで終わらせた。

 もしくは抵抗したからそうなのかもしれない。

 そして、王が気にしないことも計算に入れていた。

 新たな貴族法が出来れば、何も考えずとも貴族は消滅する。


 彼の尊厳は王に笑い飛ばされた。


 なんという愚王…。殺されて当たり前…じゃないか


「だから私としては王に生きて貰いたかった。でも、予想通り、あの能無しは殺された。次期国王のいつ決まるかも分からぬ状態だ。王妃達とグレイシール侯で今後の方針、後継者を誰にするかを話し合っているらしいが、もしもラマツフと違う政策を採用したらどうなる?私はただの大切なものを失い損だ。だから、私はこの命を賭してでも、復讐を成し遂げたい。それが娘たちの幸福に繋がると……私は信じている。」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る