第24話 最悪の一族・下

 俺はガーランドの拷問部屋の椅子に括り付けられている。

 最初の時と同じく、首を固定されて、鼻からチューブで栄養分とやらを取らされている。

 まだ、幻痛が残っている。ないはずの右手がずっと痛い。


 あの瓶詰めになってしまった腕と、見えない神経が繋がっているんじゃないかと思うほどに痛い。


「やっと目が覚めたの? 10日も眠ったままなんて、英雄様、悪魔様、魔王様とは思えないわね。」


 この紫の女、マリア。

 こいつが、何を言っているのか分からない。

 片腕を失い、大量に出血をした。

 その前は自分で右太ももを切り付けたけれども。

 食べれば体力がすぐに回復するとでも思っているのだろうか。


「ふー、ふー」

「なにそれ。あーたはただの平民でしょ?このあたし様の顔を拝めるってだけでオーガズム感じなさいよ」


 今までの貴族による大量殺戮。アレらも悪行に違いない。

 だけど、リリアンにしろ、ルーシアにしろ、サマンサにしろ、もしかしたらラマツフ王殺しだって、ある原則に基づいている。


 ──誰だって一人か二人、殺したいと考える。


 ってやつだ。

 だけど、こいつからはソレを感じない。ローランド伯爵家はただ野望のせいで殺された。


「ふー‼」

「はぁ?俺だってマリアとしたいって思ってんだぞ?てめぇ、ムカつくなぁ」


 彼女の兄も一緒のようだ。

 しかも今日は二人もいる。いや、ただの残像?

 それくらいに似ている兄弟だ。

 血液やらなんやら分析したら、同じ人物と判定されるのではなかろうか。


「まだ、殴るなよ、仕事だぞ。今晩、ローランド派に属していた子爵、男爵連中が会合を開くって情報が入ってきた。ここを押さえれば、国の4分の1を自領に出来る。分かったらさっさと首輪を外せ。それくらい自分でとれんだろ。」


 首輪?これ、自分で取れるんだ……。そうだったんだ。

 いつものように固定されているものとばかり…、負け犬と思い込んで…


「おっと、悪い。片手じゃ無理だったわ。マリア、頼むわ。俺たち、先に準備しとくからさ」


 く…、こいつ…。ぐ…、痛い…


 間違いなく、ワザと言った。

 だが、その瞬間激痛が走り、右腕を失った絶望が脳内に侵食する。

 ある筈のものがない。そしてもう戻ってこない。

 単なる切り傷じゃないし、右は利き腕だったんだ。

 もう、絶望しかない。今すぐ気を失って…


「行くわよ。わんこ。」


 だがその絶望という名の気絶も引き剥がされる。

 マリアが鎖を引っ張ると、首の骨が折れるかと思うほどの力で床に投げ出される。

 出来れば、このまま永眠したかった。

 十日間も寝ていたのなら、そのまま死んだ方が良かったのに。

 それをこの鼻チューブが強制的に命を繋ぎ止めていたのか、死なないように回復魔法を使っていたのか。


「さ、今日こそ自分で犯しなさい。私、これ以上あんたのアレを触るの嫌なんだけど?」


 反吐が出る使われ方。

 タダの平民と分かっている癖に、体液だけは欲しているらしい。


「許してください。ボイル様!命は……、命だけは……。このことは誰にも言いません。私のことをメチャクチャに犯してください。そ、そ、そうです!私、あなたの赤子を産みます!だから私を‼」


 死にたくないあまり、自分の体を差し出す女は、ここにいた貴族の令嬢様だ。

 貴族の男にとって垂涎の状況だろう。

 本来プライドの塊の筈の貴族令嬢が平民に頭を下げ、犯せとお願いしている。

 既に彼女は壊れているのだ。

 そんなことをしても殺されるのに。


 畜生道…だ。アリス…、もう俺は…

 だから残った左腕で、自分のアレを握り潰そうとした。

 もう終わり。何も出来ずに誰かが死ぬ。

 これから先は何をやっても傷つけられ、そして回復させられる。

 この瞬間だけが、救いのチャンス。


 これは何十人もの罪のない人間を殺した『罰』で、その罰を自分で課すしかないのだ。

 もう、全てを終わりにしたい。これがなくなれば、全てが終わる。

 これのせいで人が死に、自分がその罪を被ってきた。

 貴族法とやらが、そんなに厳しいのなら、彼らはちゃんと裁きを受けるべきだ。


 だから、アリス。俺はもういい。これで全部が終わらせる。


 使い物にならなくなったものをぶら下げたまま死ぬ。

 この瞬間に行えば、この殺戮の言い逃れが出来ない。


 パッとした思い付きにしては、考えてるだろ?野心だけで人間を殺す家族を道連れに出来るんだ。

 だから…


 だが。痛みが生じたのは本来の予定である下腹部ではなく、その実行役の方だった。


「ぐぅぅぅぅううううう‼」


 失っていたのは自分の性器ではなく、残っていた左腕の方。

 正確に言えば、いつの間にか俺は左手首から先を失っていた。

 そしてその左手は今も名残惜しそうに自分のソレを掴んでいる。


強制欲情チャームボイス。本当、めんどくさい男ね。ま、今日で終わりだし、私が我慢して、奉仕してあげるわ。触りたくないから、あんたの手を使ってだけどね。」


 やっぱりあの時。太ももではなく首を掻ききるべきだった。

 いや、これだけ判断が早いなら、あの時に右腕を切られていたか。


 既に助けを乞うていた女性は死んでおり、ボイルは左腕から血を噴き出しているにも関わらず、取れた左手越しにマリアが弄る。


 最初から絶望しかなかったのだ。


 呆然と自分の体液を眺める少年は、『今日で終わり』という言葉に救いを求めた。


 解放される?殺してくれる…ってこと?


 だが。


上級回復魔法ハイポーション


 彼女の兄による回復魔法。


 何で、左腕の出血を止める⁉放っておいても死ねるのに…


 でも、死ねない。今日で終わりの意味が違うから。


「バーベラ姉妹があんたのことを欲しがっているそうなの。良かったじゃない。まだまだあんたが欲しいって言ってる貴族がいて」

「んん‼」


 嘘……だろ。俺の正体は分かったって言ってたのに?

 この地獄が…、まだ続く…?

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