第23話 最悪の一族・中

 ガーランド家は英雄の突然変異などあり得ないと、ボイルを見て結論を出していた。

 例外と言われた存在が嘘だったのだから、例外は存在しないということ。

 だから呆気ないほど簡単にローランド一族は滅亡した。

 王による子作り制限がここに来て、効果を発揮する。

 言ってみれば、ローランド夫妻の息子は男二人だけ。

 娘がいたとしても、男が二人生まれてしまえば、その後の子作りは憚れる。

 これらは全て貴族を滅するための法律と言える。


 ラマツフ王亡き今も、着実に貴族を追い込んでいる。

 ゾンビーヌ公爵が見つけ出した薬師の存在も大きい。

 その技術を用いて、避妊薬、堕胎薬を国中にばら撒いたロドリゲス侯爵家も良い仕事をしている。

 強い者が行動を起こせば、簡単に貴族の数を減らすことができるのだ。


 もう、グロいとさえ思えない。これも俺の罪になるのか。それにしてもどうしてこんなことになる?

 束になれば…


「束になっても勝てないのよ。だから、アンタの存在が際立った」


 マリアが見透かしたように話、ボイルは両肩を浮かせた。

 そう。王様が殺されたこと。しかも平民に殺されたというのは本来在り得ないことだった。

 近親相姦の繰り返しでも差を埋められないのに、平民風情に突然変異が生まれる筈がない。

 だけど、可能性がないわけじゃない。


「無駄だから考えるの止めたら?ボイル、出番よ。ほら、綺麗どころは生かしておいたの。さっさとやっちゃいなさい。どの道、罪を被るんなら気持ち良いことしたいでしょ?」


 現実逃避の為に考えずにはいられなかった。


 王都から遠い場所とはいえ、ここまで露骨なやり方をするかと思ってしまう。

 そもそも肉の量が多すぎる。

 やはり、乱交パーティは開かれていた。


 その下調べをするために、あの独房に入れられていたのか、それとも俺の受け取りが決まる前から下調べをしていたのか。


「ささ、悪魔様、こちらが御供物です!」


 マリアがいやらしい手つきで、裸の女性を弄る。

 マリア先生のご指導の下、性行為を強要されている。


「あんたも良かったわね。彼が噂の猿轡の悪魔よ」

「あの王殺しの悪魔……、あなた達は悪魔の差金だったの?お願い!言う通りにするから殺さないで!ちゃんと気持ちよく動くから!」


 脅迫されている裸婦もそんなことを言い始めた。

 だが、悪魔は動かない。


 やっぱり平民にもラマカデ王の血は流れている。

 でも、俺はそっちにはいかない。

 そんなことできるわけないじゃないか。

 ダメだ。マリアのあの顔を見ちゃだめだ。誘惑魔法をかけられる。


「それはダメ。見ちゃったからには死んでもらわなきゃね。でも、最後くらい気持ちよく死にたいでしょ? ほら、短剣。これがアンタの持ちネタでしょ?」


 何の変哲もない短剣が用いられるのは、魔力の依存が少ないからだ。

 単純に物理で切るための剣。

 今までの犯行は王都周辺だった。

 でもサマンサの時から違う。

 魔法の痕跡はある程度の時間で検出されなくなるのかもしれない。

 だから今は短剣による裂傷、そして体液が判断基準になっている。


「やめて!私、お腹に子供がいるの!無理やり連れてこられただけなの!」


 彼女の言っていることは本当だろう。

 それに絶対に犯罪に加担したくない。


 でも、マリアの魔力は強く、ボイルの精神はだんだんと性欲発散の方向に傾いていく。


 ──いいのいいの。また、お団子を一緒に食べてくれたら


 そんな時、久しぶりにあの子の顔が浮かんだ。

 凛とした彼女の顔と無邪気な笑顔。


 この気持ちは神にも勝る、敬虔さを思い出させてくれるもの


 そうだ。あの子に好きだと伝える。だから犯罪者を犯したら絶対にダメだ。もしも男女が交わる瞬間が来るのなら、あの子じゃないと嫌だ。


 アリスへの気持ちが、彼の理性を無理やり引っ張り出した。

 そして彼は受け取った短剣を勢いよく、自分の太ももに突き刺した。

 どこに動脈があってどこに静脈があるかなんて関係ない。


 最初からこうすれば良かったんだ。

 死を覚悟してしまったら、アリスの存在が消える。

 だから、死ぬわけにはいかない。

 だったら血を抜けばいい。

 血圧が下がれば、この『お起立』したソレも勢いを失ってくれる。


「はぁ……、やっぱあんた、英雄の血は引いてないわ。興醒めね。」


 その声とともに、赤い鮮血がボイルに降り注いだ。

 彼女はもう一本短剣を持っていて、裸婦の喉をいとも容易く掻き切った。

 そして、素早く左手で治癒魔法を発動。

 ボイルの出血を止めて、右手で男をき始める。


「ねぇねぇ、知ってる? どうして貴族の死体が高値で取引をされるか。どうしてナニが一番高値で取引されるか。——それはねぇ。ソコには死んでも魔力が宿っているからなのよ。女のって大抵取り出しにくいじゃん?でも、男のはちょん切ればいいだけ、 袋を破けばいいだけじゃん。」


 治癒魔法を発動、魔力が注入されてボイルは動けない。

 また、いつもと同じ。聞きたくない話を耳元で聞かされる。


「あと、女のは出回らないの。貴族は男の出生には厳しくても、女の出生は歓迎しているから殺されないし、閉経後は魔力がそこに集まらなくなるしね。でも、男は生まれすぎたら、殺されるか去勢されるでしょ?程よく出回るから、上級貴族にとって男のナニは取引材料に相応しいの。ちーなーみーにー。それを磨り潰して食べるとどうなるか。…って、臆病者。その程度で萎えないでよ」


 萎えるに決まっている。

 唾棄すべき話。吐き気のする話。

 そんな話をするから、思い当ってしまった。

 何度も経験している。チューブから流し込んでおきながら、なんとも白々しい。

 生殖が関係するのなら、サマンサの母乳もマリアのあの液も同じ意味だ。


 抗えない…のは…血を受け継いでいる…から?


 英雄は色を好む。

 そして英雄の子孫もまた色のことばかりを考えている。

 彼女もその一人。

 手捌き、口捌きも見事なもので、誰かの睾丸の磨り潰しで勢力増強されたボイルは、簡単に欲望液を吐き出してしまう。


 その場には紫の髪色の青年が二名、壮年の男性と女性が一名ずつ。

 そしてマリアとボイルがいる。


 ボイルのしつけ役であるマリアを除く皆が作業をしている。

 だんだんと過激になっていく、肉の塊の芸術作品アート

 シリアルキラー、悪魔、人類の敵『ボイル』は、ここまでグロテスクな芸術センスを持ち合わせているらしい。


「ケント兄はこの領地の平定をしたって感じにするんだっけ。」

「あぁ。助けに向かったが間に合わなかった、という感じにな。王族としても貴族が減る事は望ましい筈だ。それにそもそも、あの方が考えたやり口なのだろう?だったら何も言われないだろう。んで伯爵位を貰えたら、ガーランドはもっと反映できるな」


 ボイルの前で平然と自分達のやり口を正当化してみせた。

 彼がおそらくは次男で、ガーランド家の次期当主はもう一人の方だろう。

 だが、マリアはこう続けた。


「じゃあ、バルク兄のためにももう一つ領地が欲しいね。」


 もう一人の紫頭の青年が、ポカリとマリアの頭を叩く。


「マリア、陣取り合戦じゃないんだぞ。これは正当な王位継承争いだ。そもそもローランドの地はガーランドの直轄地にする予定だろ。遊びじゃないんだからな。」

「えー。でもママも領地欲しいでしょー?パパもー」


 紫の髪。

 全員が同じような髪に同じような顔。

 当たり前なのかもしれないが、ほとんどコピー人間にしか見えない。

 もちろん、年齢の差と男女の差くらいは分かるのだが。


「それはそうよ。英雄王の血には逆らえないしね。女が爵位をとってもいいじゃない。私も領主になって、もっと子供を産みたいわ」

「だな。どんどん爵位を集めていくぞ。もっと子孫を残したいしな」


 全く、意味が分からない。

 言っていることは分かるのだが、戦いたくないと言う人間が誰一人いない。

 しかも、爵位を集めるとか言ってる。今までで一番野心的な家族だった。


「王都のある中央と直轄地である北は、今は後継を誰にするかで、騒がしくなっている筈だ。そして北東で独立宣言をしたフレーべは着実に近隣の諸侯を取り込んでいる。そして現状、最も力を持っているのはサマンサ・ロドリゲスだが、彼女は自ら戦う選択を取らないだろう。最後まで日和見を決め込むと私は踏んでいる。」


 シリアルキラーが描いた血と肉のアートの前で、この一家は平然と次の作戦を立てている。

 ちなみにボイルはまだ呆けているが、仕方ない。

 これが魔力が抜かれている状態なのだ。


「では、ケント。後のことは任せたぞ。私たちは一度領地に戻らせてもらう。」

「マリア、そこどけ。俺がこいつを運んでやる。ふにゃ○ん魔王様のご帰還だ。」


 遂には魔王様。

 ローランド家は一夜にして根絶やしにされたのだから、魔王の仕業が丁度良い。


 だが、その犯人役のボイルは何の役にも立たなかった。

 だから城に戻った後、ボイルは拷問部屋に連れて行かれた。


「お前、本当にヘタレだな。本当にその中に玉は入ってんのかよ!」


 バルクが何度も何度もボイルを殴りつける。

 勿論、彼なりの手加減はしているが、濃い血の一族の一撃はリリアンとルーシアのものとは全然違う。

 本当に英雄王とは何者なのかと疑うほどに違う。

 だからこそ、ボイルには救いがあった。

 彼の手加減した拳の数発で既にボイルは気を失っている。

 だから、悪い夢を見続けているだけ。


 悪夢。

 悪夢だけ。

 悪夢だらけ。

 悪夢しか存在しない。


 でも、現実に起きていることに比べれば、悪夢の方が遥かにマシだった。


「ボイル、いいもの見せてあげるから起きなさい!」


 凍えるような冷たい水を頭からかけられたら、流石の平民ボイルも目が覚める。

 そしてそこには予定調和のように、マリアの姿があった。

 薄暗い中でも彼女の周りだけ明るい。

 それは彼女が蝋燭を持っているから。

 もしかして火炙り?なんて、悍ましい光景が浮かんだが、彼女は壁に向かって歩いていった。


「ほら、これが噂の保存の魔法瓶。どう? 彼、生きているみたいでしょう?」


 今までだって何度も鳥肌を立てた。

 でも、立毛筋はもっと仕事ができたらしい。

 今まで以上の鳥肌、いやここまで来ると蕁麻疹か。

 毛細血管が破裂するほどの衝撃がボイルを襲っていた。


「うう…うううう…」


 彼女が照らした瓶、そこには今にも喋りかけてきそうな男の頭が入っている。

 いや、見覚えしかない。あれはウィリアム先生だ。

 だから最後まで隣を睨みつけている顔をしているのだろう。


 ただ、残酷な光景に慣れてしまったボイルが、液体漬けの先生の頭で、ここまで怯える訳が無い。

 理由はその数だった。

 ここの部屋は四方の棚に同じような瓶がずらりと並んでいる。


「これでも少ない方よ。中央には死体蒐集キチガイがいるからね。んで、そろそろ君もこのコレクションの一つにしようかな……と、思っているのよねぇ」


 その言葉は普通に考えれば悍ましいものだ。


 でも今のボイルにとって、とても甘美な響きだった。

 今にして思えば、ロビンソン先生が羨ましい。

 あの時の彼は憎悪に燃えていたが、彼と同じ道を辿っていれば、無実の平民が殺されることは無かった。

 だから、とても不思議な気持ちだった。

 あのウィリアム先生の恨めしい顔が逆に恨めしく思える。

 この罪悪感から解き放ってくれるなら、死さえも救いかもしれない。


「ま、今までだったら、そうは行かなかったんだけどね。だって、君の体には英雄王の血が流れているかもって考える貴族が多かったから」


 マリアはつまらなさそうな顔。

 だが、悍ましいことをしている。

 簡易型のギロチン台を部屋の隅から引っ張り出している。

 そして、その様子を見ながら、バルクが吐き捨てるように文句を言う。


「それが結局ただの庶民だったってことだよ。もう、薄々気付いてんだろ、どの貴族もよぉ」

「まぁね。あんたが殺したって言われているラマツフ王…」


 簡易ギロチン台には何も触れない。

 彼女が話すのは、もっと違うこと。もっと政治的なことだった。


「アレはとんでもない政策を取ろうとしていた。平民のあんたたちは馬鹿だから、賢王なんて呼んでいたけどね。あの王は確かに貴族の中で一番ラマカデ大王の血を引いていたかもしれない。でも、あんたと同じ臆病者だった。だから子供のできない貴族や男児に恵まれない貴族の後ろ盾を得て、強引に法案を通そうとしていたのよ。」


 そういえば、リリアンもそんなことを言っていた。

 なんて考えるべき?首切り台を持ってこられているのに?


 でも、彼女はそこに触れない。

 そして、ボイルが考えていたことよりも、ずっと愚かな王の話を続ける。


「貴族制撤廃なんて、ラブアンドピースな代物じゃないのよ。貴族法は王が変わるたびに文言が追加され、今では生んで良い男児は二人のみになっている。これは説明したから知っているわよね。で、そこから先、あの愚王は『来年以降、貴族は男児を産むことを禁ず』という文言を付け足そうとしていたの。はい、準備完了。んじゃあ、行くわよー」


 平民の目で見れば賢王。

 だって平民は貴族法なんて知らない。

 けれど貴族にとっては?

 元々、子供の出生制限なんて馬鹿げているし、そもそも男の子を産んではいけない?

 確かに、今は男にしか爵位は認められていない。

 そして男を産んではいけないとなれば、全ての家が断然する。

 それが彼の言う貴族制撤廃の正体だったらしい。


 そんな話をしている中で、彼女は全く触れなかったギロチンの刃を落とした。

 そしてほとんど抵抗なく、刃が目の前を通り過ぎる。


「がーーー‼」


 俺は目を剥いた。

 猿轡をしていても、それくらいの声が出るほどの衝撃だった。


 だって、彼女はその器具についての話をしていない。

 殺されたラマツフに対する愚痴を話していただけ。


「悪さをした右腕はもう要らないわよね」


 そして何の前触れもなく、ボイルは右腕を失っていた。

 でもそれで済むはずがない。


「ぐぅぅぅ‼うううう‼」


 間髪をおかずに猛烈な痛みがやってきた。

 そして夥しい出血に部屋が血で染まる。


「ほんと、楽でいいわね。猿轡のお陰であんまり煩くない。でも、ちょっとだけ消化不良かもぉ」


 突然の痛みと出血に意識が眩む。

 あれは首を落とすためのギロチンでは無かった。


 最初から彼女たちにボイルを殺す意志はない。

 どうして二人でやってきたのか、その理由がようやく分かった。


上級回復魔法ハイポーション。悪いけど、手は戻んないんだよな。ま、臆病なお前には右手なんか要らないだろ。」


 一人はギロチン役、そしてもう一人は回復魔法役だった。

 傷を塞いだとしても、失った血液は戻ってこない。

 そして右腕はマリアに拾われて、液体の中にぽちゃりと付けられている。

 ロビンソン先生が横目で睨んでいるところに俺の右腕が置かれた。


 肩から下、右腕の殆どを持って行かれた。

 それが折り曲がって大きな便の中で窮屈そうにしている。


「大丈夫よ。右腕なんかなくても、あんたは精液さえ出せばいいんだから。ちゃーんと栄養補給しなさいよ。これで死んだらただじゃ置かないからね!」

「傷は塞がってるんだ。今流し込んでる最高級の貴族エキスを飲めば、あっという間に血の気ビンビンになるぜ。んじゃあな、俺たちを救った英雄さん!」


 目を剥くのが遅れてしまうほどに呆気ない。

 右腕が無くなったんだ、痛くない筈がない。


「んんんんんんんん‼んんんんんんんん‼」


 痛いよぉぉぉぉぉ右手を返してよぉぉぉ


 これが死体の価値が失ったって意味…。あいつら、イカれている!スナック感覚で僕の右腕を切り落としやがった! 何が治療しただよ!今もずっと痛いんだよ!


 そして俺は遅れてきた痛みで意識を失った。


 死者が睨みつける部屋の中で、


 絶え間なく続く痛みを伴う悪夢を見ながら。

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