第22話 最悪の一族・上

 薄暗い部屋、石の天井。それに硬いベッド。

 いや、ベッドというよりも大きく平たい石。

 そこでボイルは目を覚ました。


 以前目覚めた場所とあまりに違う。


 アレ…。遂に死んだ?地獄…に落ちたのか。


 常人がワイバーンに連れ去られ、薄い酸素の中を猛スピードで飛ばされたのだ。

 極度の低酸素と低体温、吐き気を通り越して、意識が飛んでしまうほどに三半規管を揺らされていた。

 そして気がつけば、強烈な痛み。

 そこで一瞬だけ意識を取り戻したけれど、今度は激しい出血ですぐに意識を失っていた。


 そして、今はなぜかその痛みが消えたまま薄暗い部屋にいる。


 いや、生きてる?…目を覚さなければ良かった。


 マイナス思考な考えを消してはならない。

 王直属部隊が持つ、罪人収容施設であって欲しいと心から願うことにした。

 あの教誨師の顔が見たい。そしてすぐにでもギロチンを落として欲しい。

 でも、あそことは違う場所。流石に二回も投獄されたのだから、違うと分かる。


 しかも、どうあっても生かそうとしているらしい。


 鼻に違和感、喉にも違和感がある。

 違和感どころか痛みがあるし、何度も吐きそうになるが、これはどうにもならないらしい。


「……」


 鼻にチューブが刺さっている。これがそのまま胃まで繋がっている?

 だから、うめき声も封じられている。


 ここまであからさまな栄養補給は今ままで経験したことがない。

 こうしておけば、水分も食料も直接消化器官に送ることができる。

 つまり、ここでも猿轡は外してもらえない。

 いや、今まで誰一人として、この猿轡を外そうと考えた者はいなかった。

 そして、この優しくないチューブのせいで身動きが取れない。

 抜けないよう、勝手に抜かないように丁寧に体が固定されている。


「気がついたみたいね」


 また、知らない女の声がする。

 でも、なぜかホッとする。

 今までの状況を鑑みて、こいつは間違いなくあっち側の人間だと分かるから。

 フュイやカイではないと分かるから。


「はぁ。なんで私がこんなことをしないといけないのかしら?」


 そんなこと言われても。


「あのドケチなサマンサ・ロドリゲスだから、偽物を送り付けられた可能性もある……ですって。」


 サマンサ・ロドリゲス、あのサイコパス妊婦の名前が早速登場した。

 送りつけたという表現、偽物という言い方。

 やはり、ここは王都ではない。

 少年が描いた理想の死の形ではない。

 王都に送り付けられてギロチンで死ぬだ。何故、そうならない。

 だって、教誨師が悪魔の所業を喧伝できないではないか。


「侍女に任せてもいいんだけど、嘘をつかれたら不味いの。分かるでしょ?最初はあたしがやるべきだって。あんたも将来のお姫様に奉仕してもらった方がいいでしょ?」


 何をする気、そんな考えも失せるほどに、この光景に既視感がある。

 どうして目の前で服を脱ぎ出すのか、ルーシアよりも若い少女が知らない男の前でやって良い行動ではない。


 でも、本人じゃないってなれば捨てられる?殺人の道具にならない?

 これ以上、貴族による人殺しの手助けはごめんだ。だから例え何をされても。


「さぁ、どうかしら。本当は猿轡がない方がいいんだけど、私の綺麗でしょ?」


 まだ大人の階段を登ったばかりの少女。

 彼女の女の部分が目の前にある。

 その特有の匂いに勝手に下腹部に血を送り込む。

 だが、今回ばかりは猿轡に感謝である。

 歯を食いしばって、歯を顎を関節を捻じ曲げていく。

 歯は拷問にも使われるという。そしてこの猿轡は歯とも融合していると、死んでしまったカイが言っていた。

 この痛みで意識を別に持っていく。


「はぁ?」


 少年がそんな意識でいると知らない少女は、少年の男の部分を凝視した。

 そして違和感に気付く。更には頭に血が昇って来る。


「ちょっと、あんた。それでも男なの? それとも、あーた、あたしに魅力がない……って言いたいの⁉」


 そしてボイルの下腹部に激痛が走った。

 気絶するほどの痛みだった。

 木っ端微塵に破裂したのではないかというくらいに痛い。

 いつか、ルーシアに何度も蹴られたけど、その時よりも痛い。

 その気になれば、二つとも潰れていたかもしれない。


 疼痛によるショック死が起きるかもしれない。


 だが、痛みは一回で終わり、彼女はフフフと笑い始めた。


「いや、違うわね。君はまだお子様だから。子供の味覚だからそうなのね。サマンサみたいなおばさんが魅力的に見えるほどに、あーたは子供なの」


 何を言っているのか、痛みを理由に聞かないフリ。

 彼女は言いながら、ボイルのその部分をいじり始める。

 彼女がやろうとしているのは、あの時と同じ。

 王族が証拠として挙げた体液と一致するかを確認しようとしている。

 だから、ボイルはどうにか耐えようとした。


「だからー、そういう問題じゃないんだって。早く大人の階段を登りなよ」


 大人の階段?

 それが人殺しをすることならば、絶対に登りたくない。


 でもその時、彼女の体液が雫となって彼の口元を濡らした。


 熱い⁉


 この感覚、覚えがある。

 意志とは無関係に体が何かを求めるように動き出す。


 そして愚かな少年は、やっと気が付く。

 平民はどんなに足掻いても貴族に勝てない。


 猿轡をしているので助かってはいる?

 そんなわけない。少しでも口に入ったら最後。

 飲み込みたくなる衝動。それは食道を熱くさせ、胃に流れ、さらには腹部、全身、そして下腹部に熱がこもる。


「知ってる?ううん、知っているわけないわよね。貴族と平民の違いは何か。頭部と心臓周り、そして丹田に魔力器官はあるけれど、その部分は貴族と平民に区別はないの。…違うのは性器。そこでマナは膨大な魔力へと変わる。だーかーらー、私の愛液は魔力そのものよ?」


 飲んでも飲まなくても結果は同じ。鼻腔をくすぐられたこともある。

 こいつらは魔力を体液に含ませられる。匂いなんて、防ぎようがないじゃないか。


 ボイルの意志とは無関係に、彼は『お起立』してしまう。

 三回目になれば何をされているのか分かる。

 熱くなった体でそれをされたら……


「うぇぇぇ。突然出さないでよ!ほんと、なんで私が!」


 結局、体液を抜き取られてしまう。

 絶対に勝てない。最初から答えは出ていたのに、無意味に抗っていた。

 もしかして?いや、もしかしなくても自死こそが救いだった。

 それは絶対にダメな事って、孤児院で念入りに教育されていたのだけれど。


「やっぱり思春期のお子様はあそこが本体よねぇ。」


 お前だって同じだろ。しかも貴族のお前に言われたくない! そのさがのせいで、これだけの殺し合いが起きているんじゃないか‼


 そう叫びたかった。

 でも、力が抜ける。そして今、彼女はその答えも言った。

 性器が魔力の根源だから、俺は毎回意識を失っていた。

 もしくは放心状態になっていた。だから、こいつらは性交中に暗殺…


 そこで彼の意識が遠のいていく。

 ただし、やっと今までの全て繋がった。

 もちろん、貴族がどういうものかはまだ知らない。

 それに平民と貴族とでは魔力の差が大きすぎる。


 だが、差が大きすぎるだけで同じなのだ。

 意識が昏倒していたのは、体液と共に魔力も一緒に抜かれていたから。

 魔力が膨大な貴族にも同じことが起きていること。

 あの膨大な魔力が性器周辺に集まるから、簡単に剣が通る。

 フレーベの屋敷、リリアンを切り付けてもかすり傷しか負わせられなかったのは、彼が性行為をしていなかったからだ。

 そんなの、孤児院では誰も教えてくれなかった。


 せいぜいが子供の作り方くらい。子供はなるべくたくさん作る。

 そして国を繁栄させる。貴族様が守ってくれるから、平民はただ働くだけ。

 子供にもそれを教えて、そしてその子供も……


 でも、同じってことは…


     □■□


 深い眠りだけが彼の救済だった。

 眠っていれば、現実から逃げられる。

 できれば意識が完全に吹っ飛ぶくらい眠りたい。

 中途半端に眠ってしまうと、彼らが夢に現れる。

 嘲笑う貴族と睨みつける平民たち。

 そして淫乱な夢を見ると、今までの吐き気がする光景を思い出す。

 だから気を失ったままが良い。


 だが。


「起きろー‼‼」


 その声とともに息ができなくなった。

 マリアという少女は何の躊躇もなく股間を踏みつける。

 彼らの性器に対する固執は理解したが、それでも尋常ならぬ痛みなのでやめてほしい。


「起きた? よしよし。あたしの愛液の効果ね。血色もだいぶ良くなっているじゃない」


 その言葉が目を覚まさせた。いや、目を剥かせた。

 血色が良くなっている?飢えて死ぬことも封じられた?


 半眼で睨みたい気分だが、この女とまともに会話ができるとは思えない。

 勿論、紙もペンも石筆も渡されていないので、最初から会話など出来はしない。


 こんなところからも、フュイたちがまともな人だって気づけたのに

 そしてそれに気付かないくらい、自己中心的な人間だった。

 素直に捕まって殺されていれば、今頃どれだけの人が命を奪われずに済んだだろうか。

 いや、殺される流れではダメ。その前に自死すべきだったのだ。


「全く冴えない顔ね。仕方ない。お姉さんがボイルくんにレクチャーしてあげるわ。そもそも爵位とは何か。貴族というのは大英雄の子孫のこと。これは有名だから知っているわよね。で、この国の貴族法では公爵は王の三親頭以内の貴族を指していた。」


 突然、授業が始まった。

 このマリアという少女はどこかがおかしい。

 ルーシアのように壊れているのとは違う。でも、違う部分が壊れている。


「でも、その基準は大昔の話。ラマトフ時代から爵位そのものが見直されたの。今は単純に血の濃さで爵位が決まる。侯爵、伯爵、子爵、男爵もそうね。ちなみに爵位を継承できるのは一人だけ。だから昔は嫡男以外の子は別の貴族と結婚をしていたのよ」


 ここでも血の濃さの話。

 大英雄が余計なことをしてくれたものだ。


「子爵以下の家系は元々魔力が少ない。だから昔は子爵以下の人間は何人でも子供を作っても問題ないと言われていたの。普通に考えたら貴族と呼べないほどしか魔力を持たない存在だからね。でも、ラマアーマ王以降はそれも禁止された。どうしてだと思う?」


 実は今、何故か馬車に乗せられていている。

 そして、向かい側に美少女サイコパスが座っている。

 話を聞かない素振りを見せただけで、彼女の足が股間に突き刺さるので聞かざるを得ない。

 孤児院時代に歴代の王の名前くらいは学んだ気がする。

 でも、平民の暮らしとは全く関係がない。

 あるとすれば、貴族同士の戦いで平民がときどき徴兵される話くらい。

 それはそれで迷惑な話だが、今までの話を総動員すれば、平民が戦力になることはない。

 単純に事後処理に回されるか、それとも眉目秀麗な男女のみが慰安目的で利用されたかだ。

 敵対勢力下の強姦行為くらいは平然としていただろうから、やはり英雄の血とは厄介極まりない。

 ちなみに向かいにいるマリアだが、ボイルが知らないと分かっているのに質問をしている。


「はい、時間切れー」なんて、言いながら、再び蹴りを入れられるのだから堪らない。


「血の濃さで魔力が変わってくることなんて、昔から分かっていたのよ。だから貴族同士で子供を作るんだしね。だから下位貴族は考えたの。血の濃さで爵位が変わるなら、近親相姦を繰り返せば良いってね。だからロドリゲス家みたいに男にしか興味を示さない男だけが生まれる家系が誕生したりしてる」


 それが理由でフュイは犯されていた。

 全部、全部貴族が悪い。

 そんな彼の気持ちを察したのか、彼女はクスリと笑った。


「私を含めて貴族は性欲の塊なのよ。子を作りたくて仕方がないの。」


 美しい少女には言ってほしくない言葉だ。

 貞操が大切とは一体なんだったのか。

 平民と貴族とでは違う教育がされているのだろう。

 

 どのみち俺には関係のない話。それよりも今からどこへ連れて行かれるんだろう。悪い予感しかしないんだけど。


 そこで再び股間に痛みが走る。


「話聞いている?——つまり爵位とか関係なく、高い魔力を持つ子供が生まれる可能性があるってことよ。だから、あんたがそうなんだっていう噂が流れたの。でも違ってた。ってことは、やっぱり爵位は大切ね。元・公爵家のウチが負ける筈がないわ。」


 何の話をしているのか分からないままに、馬車は馬のいななきと共に止まった。


「パパ、連れてきたわよ。あたしはどうしたらいい?」

「お前は1時間後に彼と一緒に中に入れ。周囲に闇魔法を張っておけよ。」

「了解、パパ。」


 そして馬車の周りだけ暗くなった。

 魔法とは便利なもので、狙った場所のみに結界を張れるのだという。

 つまり、あの日フュイたちとはぐれたのは、自分だけをターゲットにした魔法を使われたからだ。

 さらに言えば、最初から同じ。『お嬢様』も『フレーベ家』も同じように視界を奪っていた。

 今になって、そんな知識を手に入れてしまった。

 死んでしまった無実の平民は生き返らないのに。


「何をしている?って顔をしているわね。決まっているわ。ガーランド領の目の前に鬱陶しく広がるローランド家を皆殺しにしているの。ローランド家はただの伯爵よ。子爵、男爵には偉そうに、目上の者にはヘコヘコしているタイプの人間たち。彼らが子爵と男爵の家との婚姻関係を結んでいることは調べがついていたの。行動を起こすなら王族がゴタゴタしている今しかないでしょ?それにあんたもいるしね!」


 彼女が何の話をしているのか、それを悟ったボイルの顔は青ざめた。

 先に行った彼らがやっているのは暗殺ではない。

 十分な下調べをしてからの正面からの討ち入り、いや虐殺。

 これだけ元公爵と言われたら気付く。

 ガーランド家は血が濃い。

 普通に戦っても余裕で勝てるということだ。


 また、人が死ぬ。


 ボイルは王を含めて過去3度、暗殺の現場にいたことになる。

 でも、その全てが自分より上の魔力を持っている者を殺すための暗殺だ。

 そしてボイルの名はこれほどまでに世間に轟いている。

 間違いなくサマンサも王族に報告しているだろう。


「もっと悪そうな顔をしなさいよ。あーた、それでも男なの?悪魔は性欲の権化の筈よ?」


 マリアという少女は何故か口が軽い。

 彼女のお陰で自分の立ち位置が分かる。


 ボイルは『平民の中に生まれた英雄の血の保有者』と思われているらしい。


 最初からその謳い文句ありきで、人々がお祭り騒ぎをしていたのだ。


「あー、もういいわ。多分、片付いてるから私たちも行きましょ!」


 彼らの仕事が片づけば、後処理は簡単だ。

 マリアはボイルを強引に引っ張って、大きな屋敷へと入っていく。

 すると、いきなり門番だった何かの肉塊が転がっていた。


「うう」


 舌を噛み切ることも出来ない。かと言って、窒息はとっても難しい。


「ぐぅ…」


 そして首輪を引っ張られる。猿轡と首輪で顎周りの筋肉はボロボロだった。

 手足のしびれも感じる。神経もいかれているらしい。

 ただマリアはそんなことは気にしない。引っ張って奥へと連れられる。


 ここで見知った風景。見飽きた風景。

 見事な手際なのか、均等に肉片が転がっている。


 また、赤い部屋、赤い海だ。 


 監視や見張り、門番がどこにいるか、下調べを済ませていたのだろう。

 だから寝屋にも、これほどまでの肉の人形が転がっている。

 貴族特有の乱行パーティが行われていたのだと分かる。

 ただ、始まっていたかは分からない。

 そもそも弱者は強者には勝てないのだから。


「ふん。伯爵なんて恐るるに足らずね。」


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