第19話 ロドリゲス家の秘密

 ボイルは道に迷っていた。


「ん-?ん-ん。ん?」


 どうしてか、理由が分からない。

 薬師の家族と今の今まで一緒にいたはずだった。


「ん…?」


 そして、この状況はあの時に類似している。

 あの日と同じように、今日はやけに暗い。

 家を出る時間が夕暮れだったから?

 それにしても、他の三人は……


 おかしい。これって似すぎてる。

 あの時は確か、リリアが僕の手を引いて建物の中に連れて行ったんだけど。


 でも、今回は誰も手を引いてはくれない。

 ただ、それは良いことだ。

 あの時のように罪を着せられることはない。


 だからボイルは躊躇なく、あの家から拝借した布切れで口元を覆った。

 近くで見れば気付かれる可能性がある。

 けれど遠くで見れば、布で顔を隠した誰かにしか見えない。

 もしかしたら、病を持っている人間と勘違いされるかもしれないし、極度の恥ずかしがり屋で通せるかもしれない。


 所詮14歳、しかも偏った教育しか受けていない少年。彼にはその程度の発想しか出来ない。


 暗闇なら暗闇で、それに乗じてここを立ち去れば良い。

 確か、真正面に屋敷が見えた筈だ。

 そこを避けて歩けば良い。

 もしもこれが魔法結界だとしても、それを逆に生かせば良い。


 問題は足がフラつくことだ。


 可能性として考えられるのは、あの点滴に何かを混ぜられていたこと。

 だったら、やっぱりあの時の再来だ。

 点滴に薬物が含まれていたのかもしれない。


 でも、もう騙されない。誰かが俺に罪を着せようとしてる。でも、逃げ切ってみせる。俺の痕跡が無かったら、その悪い貴族が咎められるんだ。


 そう思って踏み出した瞬間、彼は猛烈な立ちくらみを覚えてその場で倒れた。


     □■□


「ロイ、大丈夫かなぁ。一人でフラフラ歩いて行っちゃったけど…」

「でも、その方がずっといい。多分、彼の年齢だと領主様のおもちゃにされるから。フュイ、ゴメンね。私が代わってあげたらいいのに…」

「そっちのが嫌だよ。僕はお姉ちゃんを守る為、家を守る為に行くんだから」

「本当に…、済まない。領主様の機嫌を損ねれば、ワシらだけでは済まない。この里は既に領主様がいなければ成り立たないところまで来ておる…」


 庇護下での暮らしは順調に人口を増やしていった。

 それ故に梯子を外されたら、間違いなく飢えて死ぬ家族が出る。

 村八分にされるだけなら良いけれど、最悪殺傷沙汰になりかねない。


 それが分かっているから、フェイは出来るだけの笑顔で言った。


「大丈夫、あと五年くらい我慢できるよ。ケーク君は育ちすぎたから、免除されたらしいし…」


 屋敷に近づくと他の家族に出会す。

 本当ならば立ち止まって、軽くおしゃべりでもしたいところだが、今日だけはダメ。

 領主様を待たせるわけにはいかない。

 そして門番に会釈すると、カイはそこで足を止めた。


「ここから先は女人禁制だ。例え村一番の薬師といえどもな。——大丈夫、今日は機嫌が良さそうだから、あんまり激しくはないさ。毎回、済まないな、カイちゃん。村人の怪我を診てもらって」


 何度目かにもなると、門番とも顔見知りになる。

 カイは戻ってくる家族だけでなく、他の家族の治療も行う。


 ——彼女はそのためにここに来た。


 数年前までは他の家族も女性が連れてきていたが、領主様を怒らせてたせいで、今は村を代表した一名のみが屋敷の前で待機できる。

 そして、村一番の薬師の娘カイが選ばれたという話。


「じゃあ、行ってくるね、お姉ちゃん。」

「ワシもついとる。もしもの時はワシが——」


     □■□


 急激な眠気に襲われたボイルは、なんとも言えない夢心地な気分だった。

 こんなに暖かくて柔らかい枕なんて初めてだ。


 ——そんなどうでも良い夢


 けれど、そんなどうでも良い夢の続きが、目覚めた後にも待っていた。


「君、大丈夫?」


 ボイルは孤児であり、父の逞しさも母の優しさも知らない。

 だから、こんなことをされた記憶は彼にはない。

 目を開けると慈愛に満ちた微笑みがそこにはあった。

 孤児院で出会った綺麗な人とは一味違う美しさの女性。

 後頭部にも優しさを感じる。

 母の膝枕、……してもらった記憶はないけれど、きっとこんな感じだったのだろう。


「こんなに痩せ細って、お腹が空いて倒れちゃったのね。」


 頭を優しく撫でられる。ブラウンの髪色をした聖母のような女性。


「お口にこんなのをつけられているから、そんなに痩せているのね。本当…、可哀想…」


 今までと何が違うか、彼女からは母の香りがするのだ。

 それに額に当たる彼女の弾力のある胸が心地良い。


 ここで少年はあの大きな胸に埋まりたいという欲が出てしまう。

 少し頭を上げるだけでその欲が満たされる。

 ミルクのような甘い匂いも、なんとも香しい。


「あらあら、そんなにお腹が空いているの? それじゃあ、仕方ないわね。上の歯と下の歯の間に隙間があって良かった。君の右手をこうやって……。ほら、隙間を塞いだらちゃんと吸えるでしょ?そしてこっちの手はここ」


 優しそうな聖母のような彼女。

 その大きな胸が猿轡の隙間から奥歯に押し付けられる。

 そんなことをしたら痛いだろうに、なんて考えられなかった。

 ボイルの左手は彼女の空いている右胸に押しつけられ、灰色の脳細胞は活動を止めた。


 お母さん…


「そう。そうやって舌で刺激を…」


 口の中に甘い匂いが溢れてくる。

 美味しいのか、甘いのか、分からない。

 夢の中だから?


 でも、確かに喉に食道に胃に暖かな液体が流れて来る。

 だから彼は必死に嚥下をした。

 そしてもっと欲しいと思ってしまう。


「うふふ、いっぱい飲んで元気・・になってね。ほら、ここも……」


 ボイルの両肩が跳ね上がる。

 でも、大丈夫。お母さんがなんとかしてくれる。

 それはとっても気持ちよく、心も落ち着いて、本当に赤ちゃんになったみたい。

 顔なんて覚えていないけど、きっと俺のお母さんなんだ…


 そして、全身の力も抜けていく。


「うふふふ。それじゃあ、ゆっくりお休み……」


     □■□


 ゲイリー・ロドリゲスの別荘には巨大な寝室が設けられている。

 そして、今日は特別な日である。

 だから、彼の弟も参加しているし、彼の優秀な兵士も参加している。


 妻のサマンサは伯爵家の長女である。

 そして飛ぶ鳥を落とす勢いのゲイリー・ロドリゲスの嫡男イゲルの妻として、意気揚々とこの地にやってきた。

 そこで彼女はロドリゲス家の後継者問題に直面した。


 呆れてしまう後継者問題に。


 どうして、金のなる木を持っている貴族がそんな問題を抱えているのか

 もしかしたら、薬物が関係しているのか。

 単に王に忠実すぎるあまり、子供を作らないようにしているのか。


 あらゆることを想定して乗り込んだ。

 でも、一つの可能性を失念してもいた。 


 ロドリゲス家が秘密主義なのは有名である。

 それは当然の話で、薬の製法、薬草の産地、もしかしたら他にも如何わしい薬を作っていて、それがバレては困るからだ。


 それが諸侯連中の噂話だった。


「兄上。俺にもそのちびっこいの早く回せよ」


 淫らな粘液の音、肌と肌がぶつかる音が聞こえる。

 今日はゲイリーの家族みんなが参加をする大行事である。


「ボーキの秘薬……、よいぞよいぞ! サマンサのやつめ。しばらく姿を現さないと思ったら、このような秘薬を作っていたとはな。あいつの思惑は理解しているが、こればかりは仕方がない」


 なんて話を義父がしているかもしれない。

 事実、何度もその手の薬は作り続けた。

 でも、その全部が失敗した。


「ロドリゲス家は何をどう拗らせたのかしらね……」


 彼女は少し膨らみかけたお腹を摩りながら、音を立てずに巨大な寝室へと歩いていく。

 護衛をしている兵士は、すでに闇魔法やら睡眠魔法やら淫夢魔法で、護衛の役目を忘れている。

 けれど、領主様が気付くことはない。


「私を一度も抱いてくださらないとは、思ってもみなかったですわ」


 これはアスモデウス王国では考えられない現象だった。

 まさか、女に関心を示さない男がいるだなんて。

 だけど、彼女は家族からの期待を背負っている。


 ここであの気持ちの悪い男と子を成せば、一気に侯爵家の仲間入りだ。

 侯爵家になれば、庶子扱いの目こぼしがある。

 例え我が子が庶民になっても、家系図さえ残しておけば、いつか貴族に戻れるかもしれない。

 だのに、ロドリゲス侯はその価値を無意味にしている。

 それに加えて、

 精力剤、媚薬、避妊薬、堕胎薬は、既に黄金の二倍以上の価値を持つ。

 今やロドリゲス侯爵家の財力は三つの公爵家をも圧倒する。

 勿論、三つあった公爵家の一つは独立してしまったけれど。

 

「あの風習、いえ法律の弊害かしら…」


 サマンサも英雄の血を引く者だ。性欲は常人のそれではない。

 魔力も身体能力も化け物じみている。

 でも、それはロドリゲス家も同じ——いや、それ以上の筈だ。

 ほとんどの家は英雄の血を求めて、近しい人間との性交渉を行う。

 だから、こんな狂った侯爵家が生まれたのかもしれない。


 一人ではなく、二人の男子の二人とも、父親さえも男色家。

 母親が早世したというのも、色々と勘ぐってしまうところだ。


「これはアスモデウス王国の為ですの…」


 彼女は息を潜めて、寝室を覗き込んだ。

 今は薄いクリーム色の美少年を嬲っているらしい。

 声変わりもしていないから、まだまだ子供だ。

 彼女の夫はその少年に夢中になっている。

 少年の内臓が損傷することも、彼にはどうでも良いのだろう。

 既に何人も少年が死んでいる事は知っている。


 サマンサにしてみれば、なんと勿体ないことを、と思う事態だ。

 女にだって性欲はある。若い男は素直にこちらに渡せばよいのだ。


 全部、あのゲイリーが。いや、ロドリゲスの血が悪い。

 女を見ると気分が萎える。アレも萎えてしまう。

 だから、女人禁制にしている。平民の女を目障りだと殺したこともある。

 この家は異常者の集まり、女に害があるタイプの男色家集団だ。

 特に少年期の男が大好物で、今もソレに貪り付いている。


 夫のイゲルはあの綺麗な顔をした少年にご執心らしい。


 今、気付かれるわけにはいかない。

 夫であるイゲルは自分を見てくれない。女らしすぎるからと見ることさえ嫌っている。

 だから、お腹に別の男の子がいることに気がついていない。


 イラつく…


 バレたら『姦通罪』として一族郎党、皆殺しにされるのだ。

 あの人の子供が欲しかったという訳ではない、どうしてもヤりたかった。

 そして堕胎させるかどうか迷っていた時、彼はとても良い話を教えてくれた。


 今ならば、殺したい人間を殺しても罪には問われないのだという。


 人間生きていれば、一人や二人、殺したい人間に出会う。


 だけど法律がある。だが、今は合法的に人を殺すことが出来る。しかも貴族を、だ。

 そして彼は隙を作ってくれた。

 ワイバーンを使役する時間稼ぎをしてくれた。


「おい、そこの!薬師のジジイ。筋肉を収縮させる薬、持ってんだろ?」

「は……、はい。ですが……」

「ですがも何もないんだよ。俺たちがその気になれば、お前たちはただ餓死するのみだ」

「いえ、それはそうですが。薬師として…」

「選択権はない。これ以上口応えはするな。おっと、指で塗るんじゃあ萎える。お前のベロを使って、このかわいいかわいい天使たちの愛の穴に塗り込むんだ。」

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