第18話 優しそうにみえる家族
「うう…」
「どういたしまして!」
コミュニケーションが取れているかは分からない。
この日は、少年が何度か点滴を替えに来ただけで終わった。
その時の彼の独り言を要約すると、
この地域は元々、どこの領地にも属していなかったらしい。
山こそが神であり、清らかな水を与えてくれる存在だったらしい。
神は痩せた大地に栄養たっぷりの野菜を与えるではなく、あらゆる効能のある草や花を齎したという。
そして彼らは薬師として、近隣の村や街を訪れ、物々交換で食料を分けて貰うという生活をしていた。
どうして先祖がここに根を張ったのかは、次の日に彼の祖父ゾーフが教えてくれた。
500年以上前に戦禍を逃れるために山を登ったのだという。
因みに岩山に囲まれた地がアーズデウスという世界と言ったけれど、山の向こうは語られていない。
そも、ここは山頂ではない。もしかしたらワイバーンなら越えられるかもしれない。
でも、人間には踏破不可能な断崖絶壁がある。
そのギリギリまで行って、仕方なく定住したのが今のイワン族らしい。
「今のお前さんのような状態だったのだろうよ。こんな痩せた大地で懸命に暮らしておった。ワシの曽祖父が子供だった頃、この地にゾンビーヌ公爵様が訪れた。そしてこの地をゾンビーヌ公爵様が平定された。当時は食糧不足だったから、公爵様が財産を分譲してくれたことに喜んだ筈だ。それにそれ以降、この地に内地の食料が届くようになった。ただ、150年以上の歳月がこんな結果をもたらすとはな……」
そこまで話をした彼は独り言に満足したのか、そのまま立ち去ろうとした。
流石にそれは堪らないと、ボイルは必死に石筆で文字を書いた。
『こんな結果って?』
と、急いで書いて、こんこんこん!と石板を叩く。
「ん? 内地から来たのなら、当然知っているだろう。領民は領主の所有物だ。ゾンビーヌ公爵様はいつのまにか来られなくなり、その代わりにロドリゲス侯爵様がワシらの主人となった。ワシらはゾンビーヌ様の時から、この地から出てはいけないと言われている。ワシが若い頃までであれば、それも良かったのだがな。領民には領主を選べない。お前も平民の出だろうし、そんな如何わしい魔法までかけられたのだ。…逃げ出したお前さんの気持ちはよく分かる。だが、ここも同じようなものだよ」
あれ? この人、魔法にも詳しい? でも、貴族を恨んでいるような……。ってことは俺のことを恨んでいるのかも。貴族撤廃宣言をした王を殺したことになっているんだし。
っていうか、ゾンビーヌって
そこからさらに一週間、ボイルは点滴生活を送った。
この地にしか生えない薬草と製薬の術を、その侯爵様が欲しがっているらしい。
フュイとカイ、それに祖父のゾーフが「薬は毒にもなる」と何度も言っていた。
貴族様はこの地の薬を色んなことに利用していたのだろう。
例えば、王殺しとか。
あのギロチンはゾンビーヌ公爵を殺す為と礼服の男が言っていた。
もしもギロチンにゾンビーヌ公爵の血が残っていたら、間接的に里帰りを果たしたことになるのだろう。
だが、つまりはそういうことだ。
ゾンビーヌ公爵がこの地を手に入れたのは王を殺すためだった。
そして今日は噂のロドリゲス侯爵様が来られる日らしい。
因みに、日が経つごとに三人の顔色が悪くなっていることには気が付いていた。
ロドリゲス侯爵に何かがあるのは間違いない。
そして侯爵ならばボイルという顔と名前を知っているに決まっている。
っていうか、猿轡の人間なんて特徴的過ぎる。
「ロイくんはここにいて。僕たちは侯爵様とお話をしてくるから……」
この言葉にボイルは立ちくらみを覚えた。
侯爵様とお話をする? ——つまりは自分のことを話される。
いや、元々そういう手筈だったのかもしれない。
一週間監禁されていたようなものだ。
ルシアンとリリアの時と同じ一週間だ。
彼らもボイルのために色々と、一週間動いてくれた。
何もかもが同じ。
『待って。俺も行く!』
咄嗟に思いついたのはその言葉だ。
彼らに主導権を握らせてはいけない。
——だから、今回も同じ。
いや、嘘をつかれたのはもっと前からか。そもそもワイバーンのあたりから色々おかしい。知らない人をなぜ助け、なぜ手当をし、なぜ栄養補給までさせた?
黒に限りなく近い灰色、だから彼らの言う通りにしてはダメ、無能極まりない選択。
今のところ、彼らは人間離れした力は見せていない。
それに魔法も使っていない。
もしかしたら、どこかに隙があるかも。
ボイルはそう考えるしかなかった。もう騙されたくない。裏切られたくないのだ。
「え、えと。ロイくん。私もやめといた方がいいと思うわよ。えっと……、特にロイくんはその……、危ないから……」
カイのこの言葉が決定的だった。
やっぱり三人は自分がボイルだと知っている。
どうすれば彼らに気付かれずに、この家を去れるのか。
そして少年は無い知識を捏ねくり回して、こんな結論を出した。
『僕は君たちにお礼がしたい。でも、今はお金を持ってない。だから家に帰ってお金を持ってきたい』
無能の極みな言葉、けれど……
「金を持っているようには見えんが、そこまで頭が回るようになったんなら、大丈夫だろ。フュイ、カイ。ロイくんを街道近くに案内しよう。」
すると、苦しそうな表情で子供は言った。
「分かった…。でも、絶対に僕と一緒にいちゃダメだからね。お姉さんとお爺ちゃんと一緒にいること!」
「そう…ね。…私たちが生きるためだもの。ごめんね。」
背筋がざわつく。
この感じはあの時と同じだった。
なんとか歩けるまでには回復したものの、まだフラフラとしている。
怪我はちゃんと治っているので、彼らが常人ではないことも分かっている。
それなりの修行をした何か、もしくはあの家など本来存在していないかも。
そんな無知蒙昧な考察をしながら、ボイルは彼らと共に歩き始めた。
□■□
ロドリゲス領は僻地にあれど、かなりの財力を持っている。
ワイバ岩山をそのまま貰い受けたことが、その大きな理由だった。
ゾンビーヌ公爵家が密かに育てていた薬師集団。
勿論、貴族にとって回復薬に大きな意味はない。
ただ、殺しとなると別の価値が生まれる。
今までのことを思い返せば分かる。
貴族は殺し方に強いこだわりを持っているし、自分の家族にも強い愛情を注いでいる。
そして連座制。
魔力の高い人間は身体能力も高い。
そして集団で、もしくはもっと強い魔力で殺そうとした場合、必ず魔力の痕跡が残る。
だからこそ、魔力に頼らない内側からの殺しには意味があるのだろう。
というところまではボイルも理解している。
だが、それだけではなかった。
この国の貴族は皆、異常なほど性欲が強い。
英雄王の血がそうさせていると分かっていても、やりたくなる衝動を抑えきれない。
それは年老いた者でも同じなのだ。
だから精力をみなぎらせる薬も飛ぶように売れる。
更に、もう一つ
各地からの要望で『堕胎薬』を大量に作らせている。
王族が決めた貴族をこれ以上増やさぬためのルール。
『男児は二人までという悪法』
侯爵家以上は地位を平民に落として生き永らえさせることができる。
だが、伯爵以下は男児が生まれれば、その場で殺すか、宦官にするか、カストラート(去勢した歌手)にするかくらいの選択肢しか残されていない。
ただ、我が子に手を下せる者は少ない。
だったら生まれる前にと考えるのだ。
男児を二人産んだ後は避妊薬か堕胎薬を常に使用する。
これが今のボイルには辿り着けない、この国の現状である。
つまりロドリゲス侯爵家は、貴族法のお陰で岩の山を金の山に変えることが出来た。
それにも拘わらず、ロドリゲス侯爵家は御家存続の危機を迎えている。
その理由とは──
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