第15話 二度目のギロチン

 このアスモデウスという国は、先々代前の王、ラマルマーノの時代から後継者不足の問題を抱えている。


 ただ、それは問題視されていない。


 理由は熾烈な後継者争いの結果が、今の後継者不足に繋がっているからだ。

 国を二分、三分にして百年以上争い続けた歴史、殺戮に殺戮を重ねた歴史の結果が後継者不足なのだ。

 自業自得というよりも、望んで後継者を減らしていったとも解釈できる。

 貴族の大半を失った後継者争いの後に残ったのは、たった一人の王による圧倒的な魔力的支配である。

 疲弊した貴族たちの掌握は簡単であり、諸侯を死に追いやれた。


 ——後の世に伝わる、『ラマトフ王の大粛清』である。


 今後、同じことがないようにラマトフは諸侯を法で縛りあげた。

 アスモデウス王国の外は断崖絶壁の山々。

 だから、領地を増やすことは不可能だ。

 それ故に長子相続性が執られるわけだが、後継者争いの一番の火種は結局別にある。

 『性欲旺盛のラマカデ王の呪い』である。


 だからこそ、爵位を30に絞り、産んで良い子供の人数を制限させた。

 その徹底ぶりは凄まじく、貴族が子を産む時、王族の誰かが出産に立ち会うまでに至った。

 王族の仕事は助産師かと言われるほどに、彼らは出産が近いと聞くや否や、信頼できる人間を送り続けた。

 さらには密告制度や連座制を設けることで諸侯同士の絆さえも挫かせた。

 

 ——だが、王族も所詮、同じ穴の狢である。


 『ラマトフの大粛清』の後、ラマトフの後継者であるラマガーナは、父の政策をさらに押し進めた。

 これこそが後継者不足を決定付けた要因である。

 貴族法のみでは意味がない。当の王族でさえもラマカデ王の呪いが宿っている。

 いずれ後継者争いが勃発するのは明白だった。

 だから王の子さえも、家族さえも法律で雁字搦めにした。


 『王の子は五人までとする』


 ラマガナは六人目の子を、公衆の面前で自ら手にかけることで、諸侯や民に約束した。

 ちなみにアスモデウス王国では、女性が王にはなれない。

 なので、女児はその数には含まれていない。

 そして、彼の後継者も彼の意志を継いで、昨今の王は男児を二人までしか作ることができない。

 王家はそれを諸侯に強いたことで、諸侯との溝が生まれた。

 だが、それさえも圧倒的な魔力の差で抑え込んだ。

 そんな過去を持つ国。


     □■□


 今、王宮はとてもバタバタしている。


 そも、ラマツフに死ぬ予定も、死ぬ予兆もなかったのだ。


 だからボイルが殺したとされるラマツフ王には弟がいるが、彼は小さな小さな土地に閉じ込められていた。

 地位は公爵様だが、彼の顔を見た者はほとんどいない。


 そんな男を王とするべきか、それともラマツフがいつか後継に、と残した4歳の男児を王にすべきか。

 文字通り、国が揺れている。いや、揺れ始めたと言うべきだろう。


 世は、諸侯を巻き込んでの群雄割拠時代を迎えようとしていた。


「まさか、再び悪魔と対峙することになるは……ね。」


 教誨師の男だ。

 こいつはどうやら生きていたらしい。

 あのギロチンの刑を担当していた兵士の何人も処刑されたと聞かされた。

 そんな中、彼は罪を免れていた。

 因みに今回のギロチン刑はボイルただ一人のみで執行されるらしい。


「君にこんな話をするべきか分かりませんが、この度は些か盛り上がりにかけますね」


 ボイルは目を剥いた。

 本当に少年に、死刑囚にすべき話ではない。


 ……何言ってんだ、こいつ。だったら静かに殺してくれ。


「ううう、うううう!」


 と思ったところで、結局は唸ることしかできない。

 だから優男はさらに語りを続ける。


「そうですよね。君もつまらない、と。前回はなかなかのキャスティングでしたからね。まず、悪魔を育てたという意味で罰せられた孤児院長。そして君の宦官試験に合格を出してしまった担当官。宮中の宦官長。大衆の皆さんは、君が如何にして王を殺したのかと考察し、そして盛り上がってました。あれは本当に良かった。うんうん。最高ですよね?」


 睨んだところで話を止めるつもりはないらしい。

 しかもペラペラと内情まで話す始末。

 無論、死人に口なし、さらには猿轡。

 彼にとって、ボイルは内情を語っても問題ない人間に違いない。


 こいつ、神職じゃないのか?

 民衆が考察して盛り上がった?

 って、本当になんてことを。俺はウィリアム先生に育てられた悪魔、だから先生は処刑された。

 そして何故か、宦官の試験に合格していた。宦官って…、アレ…だよな。

 そんな処置受けてない。で、試験も受けてない。

 担当官が処刑された。そして宮中で宦官のフリをして王の暗殺をしたから、宦官長が処刑された。

 それって全部俺が犯人だから殺されたってことじゃないか…


「ですが、今回はガッカリですね。君はただ逃げた先で強姦殺人を犯しただけ。勿論、君が殺した人物は大物ですが、君が前回のように、もっと策略を練っていれば良かったのですけれど。——君も思いますよね。極悪人の自分のギロチンショーに前座がいないとはどういうことかと」


 筋書き通りの話が本当ならば、民衆にとってはこの上ない娯楽だっただろう。

 内容は悪そのものだが、誰もが娯楽に飢えている。

 しかも自分たちと同じ平民が王家を翻弄し、貴族の誰もが敵わない王の首をとったのだ。

 これは奇跡としか言いようがない。

 孤児院では賢王と教えられていたラマフツも、リリアンの話を信じれば、彼を賢王だと考えている人間はそこまでいない。

 貴族と平民の間には越えられない壁があり、兵士の反応を見る限り、彼らもそれを知っていた。

 つまり、孤児院で教わらなかっただけ。

 王領にある、王と関係の深い教会が持っていた孤児院だから当たり前かもだけど。


「まぁ、良いでしょう。今度こそ君は歴史的な死を遂げられる。なんでも王族軍は絶対に逃げられないギロチンを用意したと言っていましたよ。」


 なんとも楽しそうに彼は語る。

 1週間くらいしか経っていないから、彼がどんな言葉遣いをしていたかくらい覚えている。

 悪を憎む神の下僕、少なくとも彼の言葉は神の言葉だった。


 ただ、前回はずっと袋を被せられていたから分からなかった。

 この男はこんなにも楽しそうな顔をしていたのだ。

 この男にも悪魔の素質が十分にある。


 赤い部屋…、正直気持ち悪かった。でも、余りに非現実的過ぎた。だから、俺はウィリアム先生の生首の方がずっと怖かった。

 でも、こいつはそれを楽しんでいる…


「ふーん。私に興味でも。ですが、残念です。悪魔に名乗る名前を、私は持ち合わせていません。それよりも、もう少し悪そうな顔をしては頂けませんか?今回は麻袋なしですから。さて、そろそろ舞台が始まりますよ。」


 ボイルだけを殺すための舞台。

 こんな時にちらつく旧ルシアンとリリアの声。


 壇上に立って貰うってのは嘘じゃなかったのか。


 何故か長い階段がある。

 前にも少しだけ段差を上った記憶はあるが、こんな急勾配の上り坂は絶対に登っていない。


 ……何階まである?二階とか三階レベルじゃない。


「フフ……。流石に興奮してしまいます。知っています? これは150年前にラマトフ王殺しの犯人を処刑する為に作ったギロチンなんです。っと、流石に有名過ぎてアナタもご存じですか。今は取り潰されて存在しませんが、ゾンビーヌ公爵の処刑台です。彼の血痕が今もどこかに付着しているのではないでしょうか」


 手枷と足枷で思うように階段を上れないボイルに、観光案内的な意味の分からない気遣いを見せる教誨師。

 先に登っていれば良いのに、一段一段を必死に上がる少年の歩調に彼は併せてくれている。


 誰だよ、ゾンビーヌって‼もう、黙っててくれないかな…


 とは言え、妙な気持ちにさせた。教誨師とは言わば、最後の救いの手。死後の行く先を少しでも良い方向に向かわせる役目。

 それとは違う意味で、ボイルの心を救っている。


「貴族、しかも公爵ともなれば処刑は簡単ではありません。…いえ、それは王殺しを成し遂げた貴方には愚問でしたね。何より、この貴族街に集まる多くの貴族諸侯、さらには民衆に見えるようにしなければならなかったわけです。だからこそ、見てみなさい!これが君の処刑を見たくて集まった群衆。もはや君はゾンビーヌ公爵、いえ、ラマトフ王に肩を並べる存在と言えるでしょう。」


 教誨師が嬉しそうに両手を鷹揚に広げた。


 話を聞いている間に、いつの間にか最後の階段を登り切っていた。

 彼の話が無ければ、死へ向かう階段は恐怖しかなかっただろう。

 そういう意味では救われているのだが、死後の行く先まで救われているかは疑問だ。


「おおおおおおおおお‼」


 そして、大歓声が舞い上がった。

 階段の先は広めのスペースがあり、その端にはギロチンがある。

 首を落とすとそのまま十数m下に落下するようにできているらしい。

 首が落ちていく様を、長い時間楽しめるらしい。

 そして下にはクッション性のある大きめの容器が置かれている。


「ふふふ。素晴らしい作りですね‼」


 どこが…


 今からあのギロチンに体を固定される。

 だから、どこかで見たことのある髭面の兵士が少年の腕をぐいと引っ張る……


 だが、ここで。


「そうだ!」


 名も知れぬ教誨師が…、本来の教誨師とは似ても似つかぬ存在が。

 教誨師とは罪人に罪と後悔を教える存在が。

 そんな男がピッとその兵士を指さしたのだ。


「君、確か王族の兵隊長だったね。位は確か……」

「はっ!男爵位を賜りました、ジェームズ・ライザーです。」


 引っ張る手が止まった。

 今日のボイルは麻袋を最初から被っていないから、男の顔が見える。

 そして、その髭面と名前には覚えがあった。

 フレーべの事件と、彼の顔と名前がセットで頭に入っている。


 そして、嫌な予感。全身から冷たい汗が噴き出る。


「君、子供はいるんですか?」

「はい……。息子と娘が……」


 ボイルが話している訳ではないのに、心臓が飛び跳ねた。

 男爵?…爵位持ちの彼にこの男、やけに偉そうな言動をする。


 待て。何を言おうとしている?


「なら、君はすでに一族の責務を全うしているね。君、今からギロチンで死んでよ。150年ぶりに倉庫から引っ張り出したんだ。ちゃんと動くかどうか、確かめる必要があるよね。大切なイベントなんだよ。ここで何かあってはいけない。同じミスをしてはいけないんだ」


 その言葉にジェームズの顔が歪む。

 少年の心臓も鷲掴みにされ、血の気が引く。


「わ、私が…ですか? たとえ公爵様の嫡子と言えど、貴方に決定権など……」

「決定権はないよ。でも、私は姉と親しくてねぇ。例えば、そうだね。ライザー家の取り潰しを君一人の罪で片付ける、なんて意見はきっと通ると思うよ。」


 ボイルの目の前には『貴族街』の道という道に人がひしめき合っている。


 ——圧巻である。


「うーー‼うーー‼うーー‼うーー‼」

「ほら、大罪人様もそう望んでいる。次はちゃんと殺してくれと、ね」


 そんなこと言ってない‼前の処刑の時の比じゃないくらい盛り上がってる‼

 この全てが自分が死ぬ瞬間を見たいと思っているんだ。十分じゃないか。

 十分…、寒気どころか漏らしそうなくらい怖いって…


 いきなり始まった二人のやり取りに愕然とする。


「それは…、確かに…」


 そして、そこには元ルシアン、元リリア、現リリアン、現ルーシアの後日談も含まれていた。

 彼らがアレだけのリスクを背負って成し得たもの、それは……


「王族は直に誰かを玉座に就かせる。そして君は糾弾されるだろうね。君のせいでフレーべ家はフレーべ公国を名乗り、我が国からの独立を宣言してしまった。あーあ、君のせいで戦争が始まってしまうかもしれないね。あの時、君がもっと早く彼を捕まえていれば……。当然、責任者である君の極刑は免れない。さらに今までの判例を考えれば連座制は適用される。つまり、一族皆殺しは間違いない。男爵であれば…、うん。全員火炙り…だね」

「な…」


 あのモーデスって人、そんなことを…。そこまで考えてた…のか

 リリアンは言っていた。領民が救われると。そういう意味だったんだ。

 俺を壇上に立たせて、国の在り方を問うとは独立するということ。

 領民が救われる件さえ真実。


 …猿轡のことと、俺が立つ場所だけ嘘だったのか。


 俺を逃がしたことで、また冤罪で人が死ぬ。

 俺のせいでまた…、ギロチンで人が死ぬ。


 フレーべ公爵にしてみれば、王直属軍の不始末で嫡男、次男、そして長女を失った。

 当然、その責任は王族にある。

 そして王族は責任を誰かに取らせなければならない。

 見事に生贄になる権利を取得したのが彼だったのだ。


 この公爵の嫡子は何者なのか、ボイルには分からないこと。

 けれど彼の言葉でジェームズが少年を睨んだのは、殺気を込めた眼を向けたのは確かだった。


「貴様さえ逃げなければ、こんなことには……。ほ、本当に家族は救って頂けるのですか?」


 命とはこんなに簡単に失われて良いものなのか、——失われて良いから少年もそこに立っているのだが。 


「姉君のご機嫌取りは得意ですから。さぁ、私の気が変わらないうちに、断頭台へ。」


 そしてジェームズはギロチンの前に立った。


 え、本当に?


「おおおお‼出てきたぞー‼」

「って、誰?悪魔じゃないじゃない‼」


 すると、群衆が一度大きく盛り上がった。

 だがあまりにも悲しい、歓声はすぐにブーイングへと変わった。

 そんな時こそ、自分の出番だと礼服の男もジェームズの隣に立った。


「皆様、ご静粛に。ここは神聖な場ですよ。まず、紹介させてください。この男はジェームズ・ライザー。先日急逝した王より男爵位を賜っていたにも関わらず、あの日悪魔を逃してしまった男です。そのせいで、神の国アスモデウスに再び闇が訪れようとしています。大変、不快とは存じておりますが、先ずはこの哀れな男から救わせて頂きたいのです。」


 ジェームズは自らの意志で、ギロチン台の上に首を預けた。

 男爵位を頂戴する前は平民だったのかもしれない。

 反論する立場ではないのかもしれない。それでも彼は震えながらも自ら首を置いた。


 家族の為に…


「約束を違えるなよ…」

「分かってますって。…はい。これで良いですね」


 公爵家の嫡子と呼ばれた男、礼服の男がサラサラと紙に何かを書き、髭男は大きくため息を吐いた。

 そして、彼の部下たちがカチャカチャと作業を始めた。

 部下たちにとっても青天の霹靂。全員が震えている。


 全員が俺を睨んでいる。


 先日のギロチン台とは違うものだと、ボイルにもなんとなくだが分かる。

 アレは絶対に逃げられない、どこまでもどこまでも固定している。


 頭がくらくらする。

 次にあのギロチンにかかるのは自分なのだ。

 いろんな気持ちがないまぜになり、叫びたい気持ちが湧き上がるが、いまだに猿轡は取れていない。

 はっきり言って、これはこれで拷問だった。


 次は君の番だよ、と言われて、先に死ぬ者を見なければならない。


 前みたいに麻袋が欲しい。恐怖が止まらない。


 これもあの男が仕組んだ計画だったのかもしれないし、そうではないかもしれない。

 階段を登る前、あの男は刑にかかるのは自分だけだと言っていた。

 ただ盛り上げる為、少年の恐怖を掻き立てるために、一人の下級貴族が死ぬ。


「私たちは皆、罪を背負っています。あなたも私も。そして神に許しを乞う為に、私たちは日々、神の教えを聞き、己を研鑽するのです。だが、あなたは過ちを犯しました。あなたは悪魔に手を貸しました。そのせいで迷える民は戦禍に追われるかもしれません。だから、今こそ、自分と向き合うのです。さぁ、神に祈りなさい。心よりの懺悔はあなたを煉獄へと誘うでしょう。さもなくば、悪魔に手を貸した貴方は地獄に行くだけです。さぁ、最後に神に慈悲を乞うのです。」


 自らの意志でギロチンに掛かったジェームズ、彼の体が大きく震え始めた。

 いつかは罪に問われると思っていたのかもしれないが、それが今日だとは思っていなかったのだろう。

 もしくは、王族のゴタゴタで逃げ切れると考えていたかもしれない。

 断頭台は重厚そうで分厚い木の床に固定されている。

 彼の手も足も全てが硬い金属で固定され、大股びらきになっている。

 だから彼の下腹部がみるみる濡れていくのが分かる。

 彼だって死ぬのが怖いのだ。


 だが、ジェームズは雄々しく叫んだ。


「ライツ!ニース!お母さんを頼む!俺がお前たちを守ってみせる!」


 ダン‼‼‼

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