第13話 処刑場への凱旋

 ボイルはあっさりと見捨てられた。


「悪魔め…」「悪魔が…」「気色悪い…」

 

 モーデスたちにボイルを救う意志はない。

 彼らはすでに目的を達成している。

 現場確認をさせたのは、自分達が被害者だったという記録を残させたかったからだ。

 しかも殺人の瞬間ではないにしろ、現行犯逮捕。疑いの余地はない。

 ボイルは強姦魔であり殺人鬼である。

 そしてこの世界で最も血が濃いとされる王を殺した男なのだ。


 徹頭徹尾…、騙されていた


 余りにも圧倒的な悪魔の完成。

 そこにモーデス、リリアン、ルーシアの思惑が介在される余地はない。

 少年は問答無用で兵隊に連れられて、フレーべ家を後にした。


 ……なんて情けない俺。


 五日ぶりにあの独房へ戻されるのだろう。

 屋敷の外は人間で溢れかえっていて、移送する馬車も歩く方が早いくらいだった。

 ルシアンを騙っていたリリアンの言葉通り、屋敷に行った後は大衆に囲まれた。


「お前たち‼道を空けろ‼公務執行妨害罪で逮捕するぞ」


 ギロチン刑の失敗。その後、死刑囚が逃げたのは野次馬が多かったから。

 兵士たちも理解しているから、今度は民衆を徹底的に追いやった。

 そして見事に城下町への凱旋を果たす。


 王殺し、そしてフレーベ公爵の嫡男、次男、長女殺し。さらには平民の若い男女も数名殺した。

 前代未聞の大悪党が、こんなにも弱々しく、オドオドとしている。


 それが民衆にどう映っているのか。


 日々、抑圧されていて抵抗できないのが今の世界。

 ボイルは真の意味で貴族と平民の違いを理解した。

 そんな貴族たちが暮らす貴族街で働く平民の目には、貴族制の廃止を訴えたラマツフ王は、どのように映っていたのだろうか。


「ふーふ、ふふふふふふ…、ふふふふふ」

「黙れ‼気持ち悪いやつ‼」


 アリス、この世界はとても歪で醜悪な世界だ、と言ったら気持ち悪いと言われた。

 睨む気力もないから、ガサガサの木の椅子でぐったりと首をもたげた。

 兵隊が人払いをしている為、遠くに居る群衆の話は耳に届いてこない。

 魔力が高い貴族連中ならば、あのヒソヒソ話も聞き取れるのだろうか。

 考えることは山ほどあるが、それを考える必要があるかは疑わしい。

 どうせ裁きを受けて、間も無く殺される。


「どうしてですか‼」


 正義感の強い者、それが若い兵士ならば尚更だろう。

 王直轄地の兵士は言ってみれば王族軍。

 王の軍隊からまんまと逃げ出し、更なる被害をもたらした大厄災ボイル。

 彼の存在は、正義感が強ければ強いほど受け入れられない。


「どうしてこいつを殺しちゃいけないんですか!」


 貴族殺しも悪だが、婦女暴行殺人を犯している。

 こんな奴に生きる資格はない。

 絶対に殺した方が良い。

 誰が考えてもその通りで、ボイルも同じことを思う。


 ただ、実はそうならない事情がある。


 きちんと裁きを受け、そして受刑させる。

 例え、死罪とわかっていても、全ての者に裁きを受ける権利がある、


 ——なんて常識的なものではない。


「あぁ? おまぇ、新入りだろ。おーい、こいつから目を離すなよ。ひょっとしたらひょっとするかもしれねぇぞ」


 こんな感じに正義の味方ボーイは跳ね除けられる。

 その理由があった。


「確かに、俺は新入りです。でも、国を思う気持ちに早いも遅いもありません!殺してはならぬと仰られるのなら、どうかご説明を!」


 と、新入りスベル君は上司ブラウンに更なる説明を求めた。

 新入りスベル君の考えは誠に素晴らしい。平民よりだ。きっと平民なのだろう。

 けれど、それはこの国においてはズレている。


 勿論、ボイルも知らなかったこと。それが近くには兵士しかいないから聞こえてくる。


「ギロチンの意味、分かってねぇなぁ。そもそも普通は平民が処罰受けても、ギロチンにはならんだろ。それが分かんないのは問題だぜ。」

「た、確かに。平民なら火炙りとか……ですよね。ギロチンは苦痛を少なくするための処刑台と聞きます。だったら、あいつにはもっともっと苦痛を与えるべきってことですよね。酷い拷問をして、死んだ方がマシと思わせてから殺しましょう!」


 新人には考えさせるというのがブラウンの教育方針なのか、彼は黙って首を横に振った。

 なのでスベルくんは考えた。

 どうして、彼はギロチンにかけられるのか。

 ギロチンでなければならないのか。


「そうか……。逃げられたのは俺たちのせい。やはり……王族直属部隊のメンツは守られねばなりません。同じ方法で問題ないと皆に示すことが王道ですよね。ということは……、例えば見えない場所を……。そうだ、手や足の筋を切るくらい……。でもそれだと歩けなくて面倒……。やっと俺にも分かりました!アイツは強姦魔だ。アレを切ってしまえば、かなり大人しくなるかもしれません」


 スベルくんは見事に辿り着いた。

 ちょっとだけ正義から脱線しかけているが、彼に殺された無垢な少年少女を思えばそれくらいやりたくもなる。

 被害者からすれば間違っていない。被害者の家族の心境にも寄り添っている。

 もしも逃げてしまった場合の被害も抑えられるかもしれない。

 完璧に近い答えかもしれない。


 ──それでもやはりズレている。


 しかも、完璧に近い間違いなのだ。

 だから、流石にブラウンも彼にネタバラシをするしかなかった。


「バカか、お前。商品価値がなくなるだろ。しかも一番高ぇ部位をよりにもよって……。仕方ねぇから教えてやる。最近の貴族様は大変慎ましく生活していらっしゃる。前の王ラマビョッチの頃には反対派との揉め事なんてしょっちゅうだった。んで、その殆どが粛清されちまった。お前の正義感ってのは随分と貴族寄りなんだな」


 スベルくんは首を傾げた。歴史のお勉強はしているが、何の関係があるのか。

 文章も繋がっていないし、意味が分からない。

 そして最後の言葉は、流石に受け入れ難い。


「違います。貴族寄りとか関係ありません。これは正義の問題です!」


 だが、ズレている。

 実は平民としてもズレている。人間的にズレているのだ。


「正義を翳すのは素晴らしいことだ。はぁ…、とにかくだ。絶対に傷つけるなよ。俺たちは俺たちで自分の生活の為に生きてるってことを忘れるなよ。なぁ、お前ら、アイツを今ここで殺したいか?」


 すると大部分、しかも年配組が息をそろえるように首を横に振った。

 この状況にスベルくんの思考は本当に停止してしまった。

 彼はギロチン刑を初めて見た。キンキンの新人だ。

 それでも、ちゃんと講習も行っているし、何よりギロチンは公開処刑の手法で間違いない筈。

 それに貴族とか貴族じゃないとか関係なく、悪いものは悪い。


「俺は一般論を述べただけです。アイツは人を殺したんです。しかも何人も。あの男がただ死ぬだけ?どう考えても割に合わないですよ!殺された平民にも家族がいるんですよ‼」


 彼の心情は分かる。

 何がなんでも、罪人に苦痛を与えたいらしい。

 でも、これは正義の問題でもないのだ。


「お前が言っているのは一般常識だ。貴族様の常識じゃねぇ。それで俺たちはその貴族様に雇われてんだよ。んで、罪人はある意味で食い物、…いや、もしかしたらそのまんまかもしれねぇ。傷もんだと高値で売れねぇだろ?動物だって魚だって、野菜だってよ。採れたてが一番だろ?そういうのに拘る連中なんだよ、貴族様ってのはよぉ」


 スベル君は目を剥いたが、これが答えだった。

 罪人の体を売り捌くという発想が、過去に一度もギロチン刑を見ていない彼にはなかっただけだ。

 数日前の他の受刑者達も、誰かが売って誰かが買っていた。

 それを知らなかっただけ。


「そんな…。罪人の体に値打ちがある…と?」


 真っ直ぐ男、スベルくんはそれでも食い下がった。

 生きる価値もない男に、価値があるなんて意味が分からなかった。


「そういう世界なんだよ。実際に取引してくれんのはジェームズ・ライザー様だ。だから俺にも想像はつかねぇよ。王殺しの罪人の体の末端価格なんて桁違いだろうなぁ。間違いなく、お前が生涯稼ぐ給金よりも遥かに高いぞ。」


 目を剥いたばかりなのに、さらに目を剥く。

 側から見れば、彼の目玉がこぼれ落ちないか心配なほど眼球をひん剥いた。


「そんなバカな!俺の生涯よりもあんな奴の命の方が高いなんて!」


 だが、果たしてそうだろうか。

 現に他の先輩方は目を剥くどころか、半眼。


「仮にお前がアイツを殺したとして…、お前は間違いなく火炙りだろうよ。んで、俺たちもその責任を取らされて火炙りだ。だから黙って言うこと聞いてりゃいいんだよ。そんで多めのボーナスで美味い酒が飲める。息子と娘に美味しいものが食べさせられる」

「な…。俺は火炙りで、アイツはギロチン?どうしてそんな理屈が…。いえ、ギロチンと火炙りは置いておいても、どうして殺されるんですか‼死刑囚を殺しただけです‼」


 スベル君の中では何度もボイルは死んでいるらしい。

 既に死んだ人間として考えていた。

 だが、そうではないのだ。

 価値に正義も悪もない。少なくとも、価値をつける人間にとっては。


「お前の死体よりアイツの死体の方が遥かに価値がある。お前、今から追いつけるか?王を殺して公爵様の子供まで殺したボイルより有名になれんのか?とんでもねぇことになってるだろうよ。そういや、の英雄様の体も、魔法か何かで保存されててな。未だに裏で取引されてるっつー話だぞ。まぁ、五百年も前の英雄様だから、偽物ばかりだって、以前ジェームズ様が仰ってたがなぁ。ほれ、スベル。アイツと同じことがお前にできるか?」


 そこで漸く純粋な正義の味方、スベルくんも肩を落とした。

 これがこの国『アスモデウス』の考え方だ。

 そしてボイルを簡単に殺せない理由である。


「既に王不在という屁理屈を抜きにしても、俺には絶対に出来ません…」


 彼らはその罪人の死体がどのような扱われ方をされるのか知らない。

 だが、英雄の血を引く彼らがそう望むのだから、言う通りにした方が良い。

 どう足掻いても勝てないのだ。


「ま、お前の気持ちは受け取ったぜ。ちゃんとジェームズ様に伝えておく」

「だな。俺たちの分け前が減っちまう」


 そして、この同僚の言葉がスベル君の心にとどめを刺した。


「え…?あ、いや…。どうでしたっけ。俺は一般論を述べただけだったような…。そうかぁ…、ボーナスが貰えるのかぁ。俺、親孝行のためにも妹のためにも頑張って、彼を傷つけないようにします!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る