第10話 醜悪で下劣なお屋敷・上

 金髪の青年リリアンは王殺しキングスレイヤーが着ていた外套を入れたカバンを置き、ワイシャツのボタンを一つずつ外していく。

 外の静寂とは違い、ここは鬱陶しいほどに騒がしい。

 ……いや、吐き気がする雑音の間違いか。

 目の前から発する粘発音は発酵していて、聞くだけで耳が腐るんじゃないかと思えてしまう。


 青年が彼らとこの場で会うのは数年ぶりだ。

 散々、彼ら、そして彼女に弄ばれた。

 でも、最初は自分から、自分の意志で行った。

 それは妹ルーシアを守るためだった。

 彼女には指一本触れられたくない。

 こんな腐った世界で穢れるのは自分だけで良い。


「お久しぶりです。フランツ伯父様、スレイン伯父様、ズマイネ伯母様。」


 いや、挨拶なんか無用だろう。

 彼らは今、解禁された性の喜びに勤しんでいる。

 特にこのフレーべ公爵家の連中は狂ってしまっている。

 なぜ、斯様なまでに近親相姦を繰り返すのか。


 いや、ボクにもその血が混じってるんだっけ。だから…


 最愛の妹を、同じように見ている自分に吐き気がする。

 でも、ルーシアは特別だ。彼女なら誰しもが狂ってしまう。

 想像通り、あのボイル少年も同じように狂っていたのだし。


 ルーシアを愛してしまうのは仕方ない。ボクはこいつらとは違う‼


「おう、久しいな。でも、おまぇ。ちょっと成長しすぎじゃねぇか?体が硬そうだぞ?昔の方が俺は好みだねぇ。」


 こんなヤツに好きなようにされたのは、父親が三男だったからだ。

 前王が決めた意味不明な取り決めのせいだ。


 ——三男以降は貴族に在らず。


 当時の王は自らの三人目の子を生贄にすることで、それを他の貴族に徹底させた。

 だから、父親のモーデスは本来死んでいる筈だ。

 見つかればフレーベ公爵家もどうなることか。でも、追及は出来ない。

 彼らが罰せられるというのは胸がすくこと。だけど、その前のこっちが処刑される。


 ボクたちは彼らによって生かされている。


 それに気付いた時には先回りされた。

 平民としてなら、生かしても良いと前王に約束させたらしい。

 そして、悔しいことに所有物となった。


「あらぁ、私は好みよ。いらっしゃい、リリアン。」


 醜く腐った肉の塊がしゃべっている。

 どうすれば、そうなれるのか。


 ——あの時までは我慢してきた。


 愛する妹を守る為なら、この体がどんなに嬲られようと構わなかった。

 穴が裂け、血が出るまで後ろから突かれても。それでも止めず、内臓が傷つこうとも。

 この女の快楽の為に入れたくもない穴に入れることになっても。


「モーデス、娘はまだかぁ! ルーシアはそろそろ良い女になってんじゃねぇか? 試し腹は兄貴にされちまったけどよぉ。…で、なんだっけか?ルーシアを好きにして良いから、西部地域を自分たちに解放しろだと?偉くなったもんだなぁ、モーデス」


 醜い豚が喋る。豚なのに地位と名誉と爵位を持っている。狂った世界。

 舌打ちしたくなる。前の豚にも後ろに控える情けない男にも。


「本来、お前の意見は聞かなくて良いのだがなぁ。だけどぉ、ルーシアを抱けるなら、聞いてやらんこともないなぁ。だから、早く連れてこい!」


 いや、弱い自分も矮小で醜い肉塊だ。

 この一族がやってきたことは、確かに理に適っている。

 でも、それとこれとは話が別なんだ。

 ルーシアは、愛するルーシアは——


「お待たせしました、兄上。我が娘、ルーシアの登場です。メインディッシュは最後に出されるのです。そしてルーシアには世界一の価値があります。」


 父の隣には下着を脱いで、薄い布の巻衣のみの妹が立っている。

 その作り笑顔も、今日だからこそ出来るのだろう。

 そして柔らかさを兼ね備えたビスクドールは、ゆっくりとお辞儀をしてこう言った。


「お待たせいたしました、伯父様。ですが…、私にも準備というものがございま——」


 だが言葉を言い切る前に、彼女は伯父にベッドに引き摺り込まれていた。

 その行為につい手が出そうになる。

 ルーシアは身も心もズタズタなのだ。

 何度も妊娠させられ、何度も堕胎させられた。何度堕胎薬を飲む妹の姿を見たことか…


 この豚どものせいでルーシアは‼


 でも、まだ早い。


 情けなく、あまりにも悔しい話だ。

 ボクは、ルーシアが豚共に貫かれるのを待たなければならない。


 でなければ、千載一遇いや、億載一遇、兆載一遇の機会を逃してしまう。

 勿論、今までだってチャンスはあった。

 でも、そのチャンスを活かせなかったのが、連座制という縛りだ。

 数世代前の王が公爵家という親族も含めて、罰を犯せば皆殺しと決めた。


 一番狂っているのは王家で間違いない。アイツらは容易く家族を、我が子を殺める。

 容易く、その死体を城門に吊らせる。一番最初に法を遵守するから、従わざるを得なかった。


「おいおい。独り占めはよくねぇぜ。平民女にゃ飽きたんだ」

「リリアン、早くぅ。私も早く、貴族のソレで貫かれたいわ」


 伯母ももう一人の伯父も、父が先に用意した少年と少女を貪っていた。

 けれど平民では刺激が足りない。ただ、アピタイザーの代わりにはなったらしい。

 そして、メインディッシュが運ばれてきたのだ。


 けれど、ボクは伯母に直ぐに抱かれる訳にはいかない。


「伯母様。せめて彼がいくまで待ってあげてください。その平民が可愛そうです。平民だって、射精するのは気持ちが良いものです」

「仕方ないわね。早くしなさい。そのつまらないものをちょん切られたくなければね」


 すると平民の少年は顔を青くして、激しく腰を動かした。

 脅されて、萎縮してしまわないか心配になるが、その辺りの対策はしている。

 名も知らぬ平民男にも、あの薬を飲ませているのだ。


 そして、今まさに。


 おどろおどろしい蛇、いやミミズのような汚物が可憐で美しい妹を貫いた。

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