第5話 無知ゆえに分からない

 ボイルは魔法という言葉は知っている。

 概念も一応教えてもらった。


 自然界の魔素をマナに練り上げ、人体に作用を及ぼしたり、化学反応を促したりする奇跡の総称。


 孤児院ではそこまでしか教わらなかった。

 使える者と使えない者がいるとか、いないとか?

 庶民レベルでは実際に手を動かした方が早いとか、その程度の知識。

 養い手に奉公することが義務付けられている孤児だから、魔法の教育は受けない。

 噛むための牙を磨いてはならない。それがダンデリオン孤児院の教えだった。


 痛みが消えたのは、回復魔法を使って貰ったから?

 裸のお姉さんが、俺に…


 魔法を使わないで治療をするのが一般的だと教わっている。

 孤児院では魔法を使わないお医者さんに診てもらった。


「ううう…」と呻く。猿轡に手枷。足枷がないだけマシと思うべきか。

 仕方ない、と。ボイルは心を落ち着かせるために、あの時の出来事に限定して自分なりに分析をしてみた。

 麻袋のせいで、殆どが想像だけど。


 王を殺したという濡れ衣を着せられた。

 王を殺したのだから大悪人だ。ギロチンなんて生ぬるいくらいだ。

 そして、自分の番が回ってきた時、トラブルが起きてギロチン台が壊れた。


 えっと、その前にみんなが石を投げてた。院長先生の頭が入った桶が壊れてしまうくらいの、本気の投石だったんだ。

 そういえば…、舞台を照らす為に火が焚かれてたかも。

 なんでだろ。油の匂いがしてたような…。露店も出てたみたいだし?その匂い?


 とにかく、舞台が壊れる前に火がついた。

 火が燃え広がらないように兵士たちが周囲のものを壊したのだろうか。

 舞台の支えが壊れて、床が抜け落ちて、固定されていたギロチンが倒れて

 気がつけば、体の自由が戻っていて、そこから逃げ出して……


「んー」


 良く助かったものだ。大怪我はしていた筈だ。ここに突き落とされたし…

 そして、あの女の人に…、って駄目だ。思い出しちゃう。まだ、地獄に堕ちてないんだから…、これ以上は考えない。でも…


 ——王殺しを匿う理由なんて思い浮かばない。


 ボイル少年は、王様がどうして国民に愛されていたを知っている。

 ラマカデ大王の血統だから、勿論それもある。

 だけど、それだけではアレだけの平民層に慕われない。


 若き王、ラマツフ王は『貴族制の撤廃』を国民に約束していたのだ。


 善王ラマツフ、賢王ラマツフ、優王ラマツフ、庶民王ラマツフと、庶民では呼ばれていた。

 孤児院でもソレは同じだった。

 平民達はついに首輪が外される日が来るのだと、彼を救世主の到来の如く称えていた。

 御伽噺に出てくる英雄と同じ。もしかしたらラマカデ大王以上に称えていた。

 だから、その王殺しが自分でなければ、ボイルも石を投げる側に回っていただろう。


 いつかそんな日が来るって…、アリスとも話していた。そしてそんな世界が訪れたらって話も…


 城下町は全国各地から商人がモノを持ち込んで、大きなショッピング街が形成している。

 それが広場付近に集まっている。

 商人の多くは平民で、商人もラマツフ王に協力する気満々だっただろう。


 で、ルシアンと呼ばれたメガネの青年と綺麗な女の人も、ここに住んでいたということは商人かもしれない。

 ラマツフ王の為にと、俺を捕まえたのかもしれない。


 死刑ではなく、私刑をする為?もしくは…


 暗闇の中で一人で考える、何度も考える。

 あの扉は建て付けが悪いせいで、開きにくかったのではなく、外部と完全に遮蔽するためにあんな作りになっていた。

 空気穴くらいはあるのだろうが、そこから漏れ出る光が見当たらない。


『懸賞金狙いで匿っている』のかな?


 世間知らずの14歳のボイルでは、これくらいが限界だった。

 ということは、空気穴から外に出るのは不可能。

 きっとこの牢屋からは出られない。

 最低限の食事と排泄物の処理。そして、いつか来る死刑を待つだけの日々。

 それならいっそ、あの時に死ねば良かったとさえ思える。


 ロビンソン先生の苦痛は、きっと一瞬で終わった筈だ。

 あの人だって、何が何だか分からないって感じだったけど…


 真っ暗な中、熟考したが結局何も分からない。そんな時、ギィィィィと例の音がした。


「やぁ、大悪党さん。お待たせしました。今からもっと快適な部屋に移動するよ。こんな真っ暗で何もない部屋に閉じ込めて悪かったね」


     □■□


 重そうな扉が音を立てて開き、爽やかな笑顔がひょっこりと顔を見せる。

 そして彼は続けてこんなことを言う。


「まだ怒ってる?さっきも言ったけど、 一応、僕は君を助けた英雄さんだよ?」


 助けた?私刑にする為に?それとも身代金か、懸賞金を貰うために?

 今頃、死刑執行人たちは全国から集まった人々に責められているだろう。

 王殺しを逃がしたとあっては、極刑も考えられるのだから、たっぷりとお金を頂戴出来ることだろう。


 そんな思いを込めた半眼。

 そして、ルシアンという青年は見事にボイルの口ほどにモノを言うかもしれない目を見極めていた。


「ボクはそんなことしないって。因みに、あの王について、多分君は誤解をしているよ。庶民の味方の王、貴族制撤廃、全員平等を掲げる王。確かに素晴らしい言葉だよね。…で、君はそれがどういうことか、ちゃんと考えたことあるのかな?」

「ふーふー、ふーふーふー」

「そかそか。考えたことないか。それはそうだよ。あそこに集まっている人間、君に石を投げた人間、君を罵倒した人間は、みーんな考えてないんだから」


 ボイルの目が二度、大きく剥かれた。

 そんなこと考えたことない、と確かに言った。

 けれど、我が耳でソレを聞き取れやしなかった。

 そして、彼の話す内容にもう一度目を剥いた。


「それを望んでいるのって、今がうまく行ってない人だけじゃなくて?平民の全てが本当にそれを望んでいるの?」

「ふふふっふ…」

「そかそか。でも、今は君に信頼してもらう方が大事かもね。先ずは環境、こんな埃っぽいところに閉じ込めてちゃいけないね。ちゃんとした部屋へ案内するよ。あと、この服を着ると良い。あ…。でも、偉い人を待たせるのも良くないかな。って、一人じゃ無理か」


 そう言って、独房でも何でもない普通の部屋へ連れて行かれた。

 手枷が嵌められているから、一人では服を着ることもままならない。

 しかし、ルシアンという男は器用にも、両手が繋がった少年の服を着替えさせた。

 突然の環境の変化に、ボイルの心が揺れ動く。


 王様の言っていることは正しくないってこと?


 衣食住のうち、衣服と住処を見せられた。

 たったそれだけで少しだけ信用してしまう。


「手枷、ごめんね。ボクたちもまだ怖いんだ。君がボクたちの話を聞いてくれるかも分からないしね。もしも君が逃げ出したら、ボクたちも君と同じ断頭台なんだしね」


 彼の言っていることを、少年はいとも容易く理解した。

 何度も何度も落とされる金属の板の擦過音をこの青年も聞いているのだ。

 見つかれば、首が飛ぶ。彼らのやっていることは危険すぎる。


「うー。うーうー」

「分かってるよ。そのことも後で話すから。はい。横で結べば…完成。どこからどう見ても囚人には…、うーん。流石に猿轡と手枷があるから…」


 着させられた服は、孤児院育ちの少年にも分かるほどに上質だった。

 しかも異様にボタンが多い。そのお陰で手枷のままで着ることが出来たのだけれど。


 この人、お金持ちなの…かな。それとも…


 ボイル少年が混乱して足を止めると、メガネの青年は彼の背中側に周り、よいせよいせと少年を歩かせる。


「んんん‼んん‼」


 だが、少年は踏ん張った。

 どうみても歩かされている方向がおかしい。

 このままでは壁に激突する。だが、自分より明らかに年上の青年の力は強く、壁に押し付けられる…と思った。

 だが、突然壁が真っ暗な空間に変わった。

 少年が目を剥いていると、後ろから眼鏡の彼の声が聞こえた。


「ちょっと薄暗いけど、このまままっすぐ進んで。ボクを信用してくれるのなら、先に歩くけど。まだ出会ったばかりだしね」


 あんなことがあり、いつの間にか極悪人になり、殺されかけ、助けられ、そしてコレ。

 もう考えるのを止めたくなる。頭がついてこないけれど、きっと隠し通路。 

 真っ暗な道を進むのはとても不安だけど、適切なタイミングで後ろから声を掛けられる。

 その度に少しずつ、安心感が増していくのを感じる。

 すると、結局はここに着きあたる。


 …猿轡さえなければ


「うー。うー、うー」


 ちゃんと話が出来ればもっと信用できるのに。もっと色々聞きたいのに。

 だから、手や指そして唸り声で必死に猿轡をとって欲しいとアピールをした。

 手枷を外せと言っているわけじゃない。せめて言葉を──


 でも…


 彼はこう言った。信じられないこと言った。


「うん。うん。そうだよね。…でも…ね。君が眠っている時に外そうとしたんだ。だけど…、ゴメン。ダメだった。魔法で固定されているらしくて…。境目を指で触ってごらん」


 ボイルは総毛立った。

 手枷があるから丁寧には触れない。

 撫でる程度だけれど、それでも分かる、分かってしまう。

 猿轡を嵌められている、という表現は間違いだった。

 頑丈に固定されているも同じく間違い。


 何…コレ。上の顎と下の顎と猿轡がくっついてる…。それに…、なんで?頬を貫いてる。痛みはない…けど。

 これが…、魔法?


「うー‼ウー‼ヴーーーー‼」

「…ゴメン、ね。余程話されたくないことがあったってことだよ。だから…、ううん。その話はデーモス様がいるところでしよう…」


 殆ど記憶にないけど、口の周りが物凄く熱かった。それって…、そういうこと?

 話をされたくないって言われても…、俺が話せるのは————だけ。


 そんな気持ちがないまぜになるから、色々と考えてしまう。

 文字は…、多分書ける。

 でも


『いつか、結婚したいね。でも、あれだからね!もしも!もしもだよ!もしも本当にそんなことが実現して、本当に夢が叶うんなら、その時は察しろなんて、カッコつけないで欲しい……かな?やっぱりそれはボイルから、ちゃんと言葉で伝えて欲しい……かな。』


 はにかみながら、精一杯背伸びをしていた少女の面影。

 ボイルの脳裏に、あの少女の笑顔がよぎる。

 孤児はどこで雇われるか分からない。

 身分や立場を考えるとどう考えたって無理だった。

 だから、ラマツフ王の政策を応援していたのに、王殺しの咎人になってしまった。

 

 それらの誤解が冤罪が全部解けたとしても、この猿轡がある限り、声に出して気持ちを伝えられない。


 今のままじゃ…、自分の口で愛を紡げない。


 そこに辿り着く道は今の隠し通路と同じ。全く見えないのだけれど。


「大丈夫大丈夫!デーモス様はボクたちよりも色んなことを知ってる。きっと大丈夫だよ。さ、だから早く行こう」


 ボイルは目を剥いた。

 ここまで何度も登場したデーモス様。彼らの上司に違いないし、大人ってことは色んなことを知ってるってこと。

 

 そして漸く、ボイルは自らの意志で歩き始めた。

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