第3話 落ちなかったギロチン
ガタガタガタ…、ガシャン‼
幼少期の穏やかな暮らしを映写していた走馬灯の火が消えるほどの轟音。
あぁ、俺も院長先生と同じで首を落とされ…。あれ?まだ、首は…
何が起きたのか分からなかった。
今までのような金属が擦れる音はなく、単に大きな音がした。
それに併せて、大地震が起きたような激しい揺れが起きた。
地震?こんな時に…。って、こんなに揺れたら斬首刃が勝手に落ちて死んでしまう…。元々、その予定だったみたいだけど。
それにしても、なんか熱い気が?あ、そか。アリスとの思い出だった。こんな時に思い出すなんて…
甘酸っぱい13歳の頃の思い出。とは言え、今の自分にこの走馬灯に浸る資格があるのだろうか。
一つ。とっても大きなことがあった。そんな自分に彼女との大切な時間を思い出す資格があるのか?
額から汗が垂れる。背中からも汗。この場合は冷や汗?
あれ?冷えてない。これって物理的に暑い。…じゃなくて熱い‼
民衆の目が、転がる頭とは別の何かに目を奪われている。
その場にへたり込む者が現れて、遠くから駆けつける者も現れた。
駆けつけた群衆も、悪魔として殺される予定の少年を見ていない。
ここにいるのはそもそも野次馬たち。彼らがそれぞれ別の反応を見せている。
ボイルの体は未だに固定されているから、ただ熱いとしか思わなかった。
もしかしたら斬首ではなく、火刑に変わったのかも。動けないが故に混乱。
そんな中の誰かが、少年に明確な答えをくれた。
「火だ!舞台が燃えてるぞ‼」
その誰か知らない男の隣の女も、状況説明を付け足してくれた。
「不味いわよ。これ、崩れるんじゃない⁉」
そしてその隣の初老男性は叫んだ。
「ここは危険だ。みんな離れろ‼」
その声で野次馬達は大混乱。巻き込まれまいと人を押しのけて逃げる者まで。
え?崩れる?俺も逃げないと…って動けないんだった。誰か助けて‼俺はここから動けないんだ‼
とは言え、猿轡のせいで助けを呼ぶことも出来ない。断頭台に固定されている、死刑囚を助けようって善人、いや奇人はいないらしい。
だが、ここでボイルの体に大きな衝撃が走った。
「ううううううう‼」
背後では何度も破裂音がして、火傷しそうな程の熱気が背後を襲う。
その後、地震が起きた時のように大地が大きく揺れた。
「うううううう‼」
うー、うー唸ることしかできない中、床が抜けた。
多くの人に見てもらうために設置された舞台。
複数人分の断頭台が並べられているのだから、頑丈には作られていただろう。
だけど、多くは木製で火には弱かったらしい。
支えを失った何かは、断頭台の重みに耐えられなくなって、轟音を立てながら崩れ落ちていく。
「⁉」
これを幸運と呼ばずになんと言うのか。
上部に設置されているだろう巨大な刃が落ちてこない。
それどころか、固定されたまま倒れたことで、断頭台自体がバキッと音を立ててへし折れた。
体が動く…。これってチャンスってこと?
足を固定していた床材も、体を固定していた断頭台もバラバラになったことで、手足と首は自由を取り戻していた。
ついでに猿轡も壊れてくれたら良かったけど、その時は俺の頭が潰れる時だし。
周りからは「火を消せ!」やら「土台が崩れた!」やら「逃げろ」やら「兵士は何をやっている」やら、色んな声が聞こえてくる。
明らかにトラブルが起きたと感じさせる動揺が、前からも後ろからも。
王殺しの首が飛ぶ様子を今か今かと待っていた群衆だが、自分の身の安全とセットだから楽しめるというもの。
巨大な見世物台が火を纏いながら、王都の広場で破裂して炎が飛んでいるのだから、野次馬なんてしている場合じゃない。
…どうしよう?
自由になった自分の両手、両足が思考を止めて走馬灯に寄っていた脳髄の指令を待っている。
さっきまで足枷で碌に動かせなかった足が、『今すぐ逃げろ!』と訴えている。
逃げる?でも、誠実に生きろって…
身に覚えはないけれど、王殺しとして処刑される予定だった。
何が誠実か分からない。分からない時に親身になってくれた孤児院長の首は何処に行ったのかも分からない。
そんな中、ボイルを突き動かしたのはこの言葉だった。
「ボイルが逃げるぞ! 早く捕まえろ!」
後ろからの声。逃げていないのに逃げると言われた。早く捕まえろと言われた。
それが背中を押す。
逃げなきゃ、と反射的に考え、そして逃げた。
□■□
ゴメンなさい…、ウィリアム先生
今は、首と胴が分かれてしまったが、生前はとてもお世話になった尊敬できる大人。
彼は隣で言った。死ぬ前に言った。
——全部こいつが悪いんじゃろ!恩を仇で返しおって、地獄の底で待っている
知らない!そんなの知らない!俺が王を殺した? なんで? 何のために⁉
王殺しなんて身に覚えがない。
覚えがあるのは絶対に誰にも言いたくないこと、とっても恥ずかしいことだけだ。
その後、いつの間にか捕まって、その時に猿轡を嵌められて。
両腕、両足を縛られて牢獄に入れられた。
そして次の日には死刑が決まった。
死刑が決まった日に、自分とその関係者らのギロチンによる公開処刑が行われる。
その予定だった。
俺がやったのは、——いや、してもらったのは──、その……、あの……
「ううううううう‼」
孤児院のことを思い出し、あの出来事を思い出さないようにし、ひたすらに少年は走った。
人が少ない方へ走った。人がいない場所を探した。
裸足で走った。服と呼んでよいか分からないボロボロの服。
孤児院生活でも、着たことがないような擦り切れた布切れ。
ずっと麻袋を被っていたし、何もしなくても視界の下側を占有する、馬鹿でかい猿轡のせいで殆ど見えなかったけど、あれは間違いなくギロチンだった。
アレのせいで俺は首を…。いや、そんなことより、ここからどうすれば?
逃げのびる為に走る。でも、どう考えても逃げきれない。
あの孤児院で生まれ育ったボイルにとって、大人たちは従うべき存在だ。
勝つとか負けるとか、そんな次元じゃない。神様のような存在だった。
自分が何処に居るのかも分からない。
買い物で来たことはあるけど、買い物に行く程度の道しか知らない。
でも…、なんかおかしくない?
捕まえろと言われたから、ビビって逃げ出した。
その時は倫理観が吹き飛んで、単なる死の恐怖で、動物的な感覚で体が動いた。
そして、思ったよりも捕まらない。いや、追ってきていないようにも思える。
「奥さん、危ねぇって‼」
「あっちにジュンが行ったんです‼私の子供なんです‼」
「兵隊共、何してる⁉俺の屋台が燃えるだろうがっ‼」
「エリザベス様がわざわざお越しになられたのですよ‼責任者は誰ですか‼」
ボイルの脳内は漸く事態の理解が始まっていた。
王殺しを仕組んだ狼藉どもを公開処刑する為に、沢山の人達を呼び寄せた。
そんな中、理由は分からないが突貫工事で作られた舞台が大破した。
捕まって次の日にはギロチン刑だったんだから、間違いなく突貫工事。
それは流石にボイルにも理解できた。
もしかしたら逃げられるかも
この大混乱に陥った群衆のおかげで、兵隊は思うように動けない。
炎天下で行われた処刑大会が、文字通り炎天下になってしまって、大火事が起きている。
この街の住民や兵士のみならず、他領からも集まっているのだ。
行商人さえも仕事を忘れて、この瞬間だけはここに集まっていた。
大混乱するのも当然だ。
拡大する火の手に逃げ出す人も続出し、捕まえようとする兵隊とは逆方向に進んでいる。
加えて、まだ成長期の途中のボイルの小柄な体。
あれ…、抜けられた…?
ものの見事に兵隊を含む、人達の群れを抜け出た少年。だが、ここで終わりではなかった。
うわ、兵隊さんだ!
この小さな世界、小さな国について知らないことが多いボイルでも、王殺しがとんでもないことだと分かる。
王都は厳戒態勢が布かれているに決まっている。
人ごみを抜け出しても、その先にも兵士はいる。
しかも見つかったら最後。最も鬱陶しい大きな猿轡が俺がボイルだと主張している。
「アイツだ‼みんな、追うぞ」
という言葉が聞こえた時には、路地裏へ飛び込んでいた。
でも、そこにも兵士がいるから、もっと裏へ。裏へ裏へ裏へ裏へ
路地裏の更に細い道の、そのまた細い道を通って走り続ける。
…ここ、何処?随分薄暗いけど、ここも王都ウェヌスなの?
完全に道に迷った。
その時
「君!こっち!」
突然、男の声がした。
声の方向を見ると、メガネの青年が自分を見ている。
そして、何故か扉を開けて手招きまでしている。
おかしいとは思った。兵士には見えないし、匿う理由が分からない。
「急いで!」
どういうこと?…でも、今は信じるしか…
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