第8話

 アカリちゃんを見おくって今日で4日目。

 昨日まであたしたちは管理人室で、ユーレイアパートのみんなのことを話していた。

 すぐに大清めっていうぎしきに入るのかとおもったのだけれど、ユーレイアパートの住人をこうして思い出して(おばあちゃんは『しのぶ』と言っていた)かたり合うこともみんなのくようになるんだって。

 あたしにとってこの3日間は、アパートのみんなのなつかしい話が出きたり、しらなかった一面を知れたりしてとってもじゅうじつしたじかんだった。

 そして今日から、いよいよ大清めのぎしきに入る。

「ケイスケ、二階の大清めはあなたにおねがいするわ。アヤナとハルト君は一階でわたしを手伝ってちょうだい。大清めのせつめいもしないとね」

 たつのおばあちゃんの指示で、お兄ちゃんは二階に向かう。

 あたしたちは水やお塩やお札をもって、まずは102号室にきていた。

 ネクさんがいたへやだ。

「ここは悪霊が出ちゃったから、とくにねん入りにやらないとだからね」

「たつのおばあさんの清めのやり方、べんきょうさせていただきます」

 ハルト君はいつだってべんきょうねっしんだ。

 あたしもしっかりおばあちゃんの力になれるようにと、バケツをもつ手に力をこめた。

 大清めは、あたしがおもっていたよりも大そうじみたいなイメージだった。

 清めの道具をつかってていねいにおそうじすることで、悪いものを清めていく。

 ホコリは悪いユーレイのかけらのようなものよ、とおばあちゃんは言っていた。

 それをひとつのこらずキレイに清めるのがあたしたちの今日の仕事、大清めである。

「よいしょ……。こっちのおくのほうも……」

「ヤマギシ、台からおちるなよ。どうしてもとどかないところはオレに言えよ」

 ふみ台の上で手をのばすあたしに、ハルト君が声をかけてくれた。

「ありがとう、ハルト君やさしいね!」

「やさし……いや、清めのこしがあったらもんだいだからな、しかたなくだ」

 なんてプイッとよこを向いちゃうとこは、すなおじゃなくてカワイイ。

 そんなこともありつつ、あたしたちは102号室をてんじょうのすみまでそうじした。

 102号室の大清めがおわると、次は101号室。ゲンさんがいたへやだ。

 ねん入りにおこなった102号室の大清めにくらべると、101号室はひかくてきみじかいじかんで大清めがおわった。

 103号室もおなじように清めていく。

 一階の大清めがおわると、おばあちゃんは首をひねった。

「ケイスケはずいぶんじかんがかかっているわね。アヤナ、ちょっとようすを見てきて」

「うん、わかった! お兄ちゃん一人でたいへんだろうし、手伝ってくるよ!」

 そう言って、あたしは元気よく二階に行った。

 201号室にはだれもいなかった。

 とってもキレイになっているから、お清めもおわったのだろう。

 あたしはとなりの202号室へ行く。ドアノブをにぎった。

 ドアをちょっとあけると、そこからほんの少しだけ黒いけむりがこぼれだした。

「えっ、これ……!?」

 もう202号室にはだれもいないはずなのに、どうして――。

 アカリちゃんからわずかに出ていたけむりののこり?

 そんなことあるのかな?

 あたしはいそいでドアをあけるとへやの中に入った。

 すると、部屋のおくにケイスケお兄ちゃんがたおれこんでいる!

 そのまわりに、黒いけむりがただよっていた。

「お兄ちゃん!? どうしたの、しっかりして!」

 お兄ちゃんは苦しそうに「うう……」とこえをもらしている。

 大清めのさいちゅうに、黒いけむりがお兄ちゃんをおそったのだろうか?

 へやに入ったあたしはお兄ちゃんから黒いけむりをとおざけるべく、ブレスレットをつけた手でけむりをはらった。

 だけど、どんなにふりはらってもけむりはお兄ちゃんのそばにもどってしまう。

「どうしよう……!? とにかく、おばあちゃんを!」

 一階に戻り、大清めのかたづけをしていたおばあちゃんとハルト君のもとへ走る。

「おばあちゃんたいへんなの! お兄ちゃんがたおれてて、まわりに黒いけむりが!」

「ケイスケのまわりに、黒いけむり!?」

 おばあちゃんはかおいろをかえて、管理人室からおおきなじゅずをとりだして二階にむかった。あたしとハルト君もそれにつづく。

202号室に入ると、おばあちゃんはたおれたお兄ちゃんのそばでじゅずを手になにかをつぶやきはじめた。

「オン・アロリキヤ・ソワカ――。はぁっ!」

 おばあちゃんがねんじると、黒いけむりがお兄ちゃんのからだの中にきえていく!

「お、おばあちゃん! けむりがお兄ちゃんの中に入っちゃってるよ!?」

「アヤナ……このけむりはね。ケイスケが出しているものなのよ」

 おばあちゃんが、とてもつらそうなこえで言った。

 お兄ちゃんが黒いけむりを出している――?

「お兄ちゃんがけむりを出すって、どういうこと!? だってあれは悪いユーレイになりかけてるユーレイが出すものでしょ!?」

「まさか、ケイスケさんは――!?」

 ハルト君がお札をとりだして、すぅっとお兄ちゃんのからだにさわった。

「そんなバカな……!?」

 ハルト君がもっていたお札のお兄ちゃんにふれたばしょが、かすかに黒くなっている。

 これっていったいなんなの!?

「ねぇ、こたえておばあちゃん! どういうことなの、どうしてお兄ちゃんが!」

 あたしはことばをなくしているおばあちゃんをゆするようにして言った。

 おばあちゃんがあたしの両方のかたを両手でにぎって、しぼりだすように言う。

「ケイスケはね、ユーレイなのよ」

 ――お兄ちゃんが、ユーレイ?

 おばあちゃんが言っていることのいみがわからず、あたしはお兄ちゃんを見た。

 ケイスケお兄ちゃんが、ユーレイ? そんなわけない!

 だってお兄ちゃんにはさわることもできる。

 ふつうにここにいる。

 それにいっしょにたくさんのユーレイを見おくってきたもん!

 そのお兄ちゃんが――ユーレイなワケがない。

「お兄ちゃんがユーレイって……おばあちゃん、何を言うの、ワケわかんないよ!」

「ケイスケは数年前にとあるユーレイにまつわるじこにあって、亡くなっているのよ」

 あたしの手をぎゅっとにぎって、おばあちゃんが話し出す。

「ケイスケはずっとまえからユーレイアパートを手伝ってくれていた。だけどあるとき、悪いユーレイにおそわれて――それで……」

「そんなっ、お兄ちゃんほど力がつよい人でも!?」

「いろいろあって、ケイスケは本当の力を出せないままおそわれたの。あのときわたしは、ケイスケの体からいのちがぬけていくのをかんじたわ。そしてね――」

 おばあちゃんのほほから、つっとなみだがこぼれた。

「しんでいくケイスケを見すてることができなかったわたしは、ケイスケのいのちをユーレイというかたちでこの世に、このアパートにくくったのよ。それが、203号室よ。あそこは、道具おきばなんかじゃない。ホントは、ケイスケをくくったへやなの」

「そんな、それじゃあケイスケお兄ちゃんもユーレイアパートのじゅうにんなの――!?」

 お兄ちゃんがユーレイだったなんて――。

「だけどおばあちゃん、お兄ちゃんはふつうにものにもさわれるし、いつもお清めだってしていた。ユーレイにそんなことできるの!?」

「ケイスケはとくべつな、とっても力がつよいユーレイなのよ、だからそういうこともできたの」

 なっとくできないあたしに、ハルト君が話してくれた。

「力のつよいユーレイは、ものをうごかすことも人にふれることもできる。だからこそ、悪霊――悪いユーレイは人にきがいをくわえることが出きるんだ」

 そういえば――お兄ちゃんといっしょに駅前のカフェに行ったとき。

 お兄ちゃんは、出されたアイスコーヒーにまったく手をつけなかった。

 あれはただのまなかったんじゃなくて、ユーレイだからコーヒーをのめなかったの!?

 それに、お兄ちゃんはいつもアパートに先にきていた。

 あたしの6歳上のお兄ちゃんは、今高校三年生のはず。

 学校もあるはずなのに、いつもあたしより先にいた。

 かんがえてみたらそれはおかしなことだったんだ。

「ケイスケも、アヤナにはいつか話すつもりだったと思うけど、こんな形になるとはね」

 あたしはハッとして、おばあちゃんのかおを見た。

「お兄ちゃん、黒いけむりが出てるって……これからどうなっちゃうの!?」

「ひとまずけむりはわたしがおさえたけど、このままではいられないかもね」

「おばあちゃん、それってどういうこと!?」

 おばあちゃんが、かなしいかおをしてうつむいた。

「ケイスケはもう、この世にいるげんかいなのかもしれないわね」

「そんな――!」

 あたしが立ちつくしていると、へやのおくでお兄ちゃんがわずかにうごいた。

「うっ……アヤナ? それに、おばあちゃんにハルト君……。オレは……?」

「お兄ちゃん!」

 あたしはお兄ちゃんのそばにかけよって、ひざをついてお兄ちゃんのかおを見る。

「お兄ちゃん、体はどこかくるしくない? だいじょうぶ!?」

「アヤナ、なにをそんなに……あっ、オレ……!」

 お兄ちゃんが、自分のひたいに手をもっていく。

 そのゆびさきから、ほんのちょっとの黒いけむりがこぼれた。

 それを見て、お兄ちゃんはぜんぶわかったかのようにおおきくいきをはいた。

「おばあちゃん、オレのたましいはもう……」

 おばあちゃんとハルト君もお兄ちゃんのそばにすわる。

 おばあちゃんがお兄ちゃんの手をにぎっていった。

「おむかえがちかいのかもしれない。でも、それはだれにもわからないことよ。あきらめちゃダメよ、ケイスケ」

「アヤナにもハルト君にも、オレのホントのことをしられちゃったんだね」

「たつのおばあさんから今さっき、ききました。おどろいています」

 ハルト君のことばに、お兄ちゃんはかなしそうにわらった。

「ははっ、ユーレイアパートの管理人がユーレイなんて、わらっちゃうよな……」

 ゆびさきから出る黒いけむりがふえた。

 お兄ちゃんがかなしそうなかおをするほど、けむりはお兄ちゃんの体からあふれだす。

「お兄ちゃん、しっかりして!」

「ケイスケ、気もちをつよくもつのよ!」

「アヤナ、おばあちゃん……。だけど、オレ、からだを、いじ、できないんだ」

 お兄ちゃんの体からあふれるけむりのりょうがふえていく。

 おばあちゃんがおきょうのようなことばでけむりをけしても、次から次へとけむりが出てきた。

「オン・アロリキヤ・ソワカ! ケイスケ、あきらめちゃダメ!」

「手伝います! きよめたまえ――はぁ!」

 お兄ちゃんからあふれるけむりを、おばあちゃんとハルト君がおさえこむ。

「めいわくを、かけたくないんだ……。おばあちゃん」

「お兄ちゃん、やだ! しっかりして!」

「アヤナ……。お前がりっぱなアパートの管理人になるのを、見たかったな……」

 黒いけむりがすこしずつふえていく。

 それをおばあちゃんとハルト君がいっしょうけんめいおさえこんでいた。

 こんなときに――あたしは何もできないの?

 あたしのブレスレットはけむりをおいはらうことはできても、お兄ちゃんをすくえない。

 せっかく、お兄ちゃんにわたすためのブレスレットもつくっておいたのに――。

「お兄ちゃん、ヤダよ! あたしぜったいイヤ!」

「ごめ、んな……。でも、もう……いし、き……が……」

 お兄ちゃんは目をとじ、つらそうにいきをしている。

 どうしよう、なんとかしなきゃ!

 でもどうやって――。こんなときどうすればいいの?

『まよけでつかわれるパワーストーンなんだけど――。』

『すごい力がある。』

「あっ……!」

 あたしの頭の中に、水谷さんのことばがよみがえった。

 みんなと見に行った、力のある石。

 あの中に、とくにすごい力をもった石があった!

 あの石を、お兄ちゃん用のブレスレットにくみこめば、もしかしたら――!

「ハルト君! あの石をつかえば!」

「あれかっ! あれならたしかに――アヤナ、あの石をブレスレットにするんだ!」

 まよけでつかわれている石なら、きっとお兄ちゃんの黒いけむりもはらってくれる。

 ハルト君のことばにうなずくと、あたしはいそいで管理人室から道具バコをとりだした、

 お兄ちゃんたちがいるへやにもどり、つくえのうえに道具をひろげる。

 お兄ちゃんの体からは、どんどん黒いけむりがながれ出している。

「アヤナ、おねがいね! あなたの力をしんじてるわ」

「オレたちがケイスケさんのけむりをおさえているあいだに、たのむぞ!」

「うん! ぜったいまにあわせる! お兄ちゃん、まってて!」

 お兄ちゃんにあげるつもりだったブレスレット。

 いちどバラして、まんなかにあの石をくみこんでいく。

 石にふれる。やっぱり、とってもつよい力をかんじる。

 どうかお願い。石よ、その力でお兄ちゃんをすくって!

「けむりがまたふえてきた。くそっ、まもりたまえ! きよめたまえ!」

 ハルト君もおばあちゃんもぜんりょくだ。いそがなきゃ。

 気もちがあせる。

 石をつなぐことだけに集中しかけた頭に、ふたたび声がよぎる。

『いちばんたいせつなのは、アヤナちゃんの気もちがブレスレットのなかに入ることよ。』

 そうだ、そうだよね水谷さん。

 気もちをこめなきゃ。ただ作るだけじゃダメ。

 お兄ちゃん、お兄ちゃん、お兄ちゃん。

 ずっとあこがれていた、ケイスケお兄ちゃん。

 あたし、アパートのお手伝いも言われたことしかできなくて。

 まだまだ管理人なんて言えないくらい子どもで、できることも少ないけど――。

 今のあたしにできること、せいいっぱいするよ。

 お兄ちゃんのために、このブレスレット作りをせいこうさせるんだ。

 水谷さん、アカリちゃん、ゲンさん、無明さん、ネクさん。

 どうか見守っていて。どうかあたしに力をかして。

 お兄ちゃんのために――。

「ア、ヤナ……」

 ブレスレットをつないでいくあたしの耳に、お兄ちゃんのこえがとどく。

 ぜったいに、たすけてみせる。

 あたしは気もちをとぎれさせることなく、ブレスレットを作りあげた。

「ハルト君、できた!」

「よし、ケイスケさんのうでにブレスレットをまけ、ここだ! きよめたまえ!」

 ハルト君がお札でお兄ちゃんのうでのけむりをきれいにけしてくれた。

 あたしはブレスレットをもって、ケイスケお兄ちゃんのうでにふれる。

 どうかおねがい、これで――!

 お兄ちゃんのために作ったブレスレットを、そのうでにとおした。

 石から、あついこどうをかんじる。

 お兄ちゃんのまわりにただよっていた黒いけむりが、うでにつけたブレスレットにすいこまれてきえる。

 おばあちゃんが、お祈りしていた手を下げた。

 ハルト君も、お札をはなしてようすを見る。

 まっさおだったお兄ちゃんのかおが、ゆっくりはだいろにもどっていく。

 おおきくいきをはいたお兄ちゃんのまわりから、黒いけむりは出てこない。

「やった、のか――」

「ケイスケ!」

「ケイスケお兄ちゃん!」

 おばあちゃんとあたしのよびかけに、お兄ちゃんがゆっくり目をひらいた。

「ふしぎだ……。さっきまで、体から力が、命がぬけ出ていくようだったのに」

 お兄ちゃんが、右手にまかれたブレスレットをさする。

「これをまかれてから、体に力がもどってきたんだ。頭の中にまでせまってきていた黒いものがすっきりときえて、アヤナのかおもよく見える」

 お兄ちゃんの体から、黒いけむりがとまった!

 よかった、これできっとお兄ちゃんはもうだいじょうぶ!

 お兄ちゃんが、ゆっくりと上体をおこした。

「アヤナ、ありがとう。このブレスレットのおかげで、オレはまだここに、ユーレイアパートにいることができそうだ」

 ケイスケお兄ちゃんが、しずかにわらった。

 あたしはおもわずお兄ちゃんにとびついた!

 ああ、ホントによかった!

「お兄ちゃん! よかったよぉ~~!」

「ふふっ、さっきまでしっかりしていたのに、すっかり甘えんぼうのアヤナにもどって」

 おばあちゃんがおかしそうにわらった。

「ケイスケ、よくがまんしてくれたね。アヤナもよくやったわ。ハルト君、ありがとう」

「おばあちゃんとアヤナのこえ、ずっときこえていたからね。それにハルト君も、悪いユーレイになりかけていたオレをはらおうとせず、すくってくれた。ありがとう」

 ハルト君が「よかったです」と言ってお兄ちゃんのかたに手をおいた。

「ケイスケさんをはらったりしたら、ヤマギシに合わせるかおがありませんよ」

「ははは、それもそうだな。たのもしい弟ができたみたいでうれしいよ」

 いつのまにかふたりもすっかりなかよくなっちゃって。

 あたしはそれがすごくうれしい!

 だけど、ホントにホントによかった――。

 お兄ちゃんがぶじでいてくれて。

「お兄ちゃん、ぶじだったよ。みんな、ありがとう」

 あたしは空に向けて、みんなに向けて――しずかにお礼を言った。 

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