第7話

 ゲンさんと水谷さんがいなくなったユーレイアパートは、とてもしずかになった。

 あたしはアカリちゃんにあうために、学校の帰りはいつもアパートによるけれど、もう毎日のお清めの仕事はアカリちゃんのへやだけで、仕事もすくない。

 ハルト君がアパートにくる回数も少しずつへっていった。

 それもまた、あたしにはさみしいこと。

「ハルト君にだっておうちでの修行があるから、しかたないんだけど――」

 おばあちゃんとお兄ちゃんはいままでとかわらずにふるまっていた。

 二人だってさみしいはずだけど、きっとおばあちゃんたちはこうして何人も見おくってきたんだもんね。

 あたしも、もっとつよくならなきゃ!

 アカリちゃんはいつもとかわらないようにふるまっている。

 だけど、それでもやっぱりふとしたときによこがおがさみしそうに見える。

『わたしはずっと成仏なんてしないもーん! ねぇねぇアヤナ、また駅チカとかあそびにいこうよー!』

 アカリちゃんのさそいにうなずいていいのか、あたしにはわからない。

 お兄ちゃんはまえに、あたしがアカリちゃんとあそぶこともアカリちゃんへのくようになるといっていたけれど、今はそんなじしんはなくて。

 それに二人で駅チカにいったら、水谷さんといっしょに行ったときのことをおもいだす。

 アカリちゃんといるのがつまんないわけじゃない。

 だけど――。

 みんながいたから、たのしかったんだ。

 アパートにくるたびに、あたしはむねがズキズキするほどかんじた。

 そしてきっと――だれよりもアカリちゃんがさみしさをかんじているだろう。

『アーヤーナーっ! かくれんぼしよ!』

 いつもいじょうに明るくふるまっているアカリちゃん。

 きっとアパートの中にどうしようもないさみしさをかんじているはず。

 だって、みんなが成仏したいま、アカリちゃんはよるはここでひとりきりになる。

 それはどうかんがえたってつらいもん。

 あたしはアカリちゃんに、できるだけいつもどおりせっした。

 その『いつも』がもうもどってこないことをかんじながら――。

「あまりつらそうなかおをするなよ、アヤナ。アカリちゃんがしんぱいするぞ」

 だけど、お兄ちゃんにはそんなことを言われてしまったり。

 がんばろう!

 あかるくげんきに、アカリちゃんといっしょにすごす。

 あたしはそうきめて、管理人室で「よし!」とこえをあげた。


 それから何日かして――。

 ハルト君もひさしぶりにいっしょにアパートにやってきた日のこと。

 管理人室にはいり道具をもって、あたしはへやのお清めに向かった。

「あれー、今日はアカリちゃんこないのかな?」

 さいきんは、あたしがアパートにくるとすぐにアカリちゃんがやってきたのに。

 なぜか、今日はアカリちゃんのすがたはない。

 202号室、アカリちゃんのへや。

 お清めするへやもここだけなので、あたしはすぐにアカリちゃんのとこへむかった。

 コンコンとノックをするが、アカリちゃんのへんじはない。

「アカリちゃん、お清めのじかんだよ。入るよー!」

 そう言ってから、ドアをあけて中にはいる。

 へやのおくで、アカリちゃんがグッタリしていた。

「アカリちゃん!? どうしたの、しっかりして!」

『あっ……。アヤナ……。』

「あっ!? これ……!」

『アヤナ……。わたし、さみしくて。さみしいさみしいっておもいつづけていたら、これ……。黒いけむりが、ちょっとずつ……。』

 グッタリとたおれていたアカリちゃんのゆびのさきから、ほんのすこしだけ黒いけむりが出ていた。

 ネクさんを悪いユーレイにしてしまった、あのけむり。

 いったい、どうしたら――。

 そうだ、ハルト君なら!

「アカリちゃん待ってて! ハルト君よんでくる!」

 あたしはいそいで管理人室にもどり、ハルト君をつれてきた。

 ハルト君は小さなお札をとりだして、そっとアカリちゃんのゆびのそばにおく。

「きよめたまえ――」

『うっ……!』

 アカリちゃんのくるしそうなこえとともに、黒いけむりがお札にすいこまれていった。

「よし、これでひとまずはだいじょうぶだろう」

『ハルト君、ありがと。すこしラクになった。やっぱりここの人たちってすごいね。』

「よかったぁ……。お清め、いつもよりしっかりやっておくね!」

『ありがとう、アヤナ。』

 お清めをすませて管理人室にもどると、おばあちゃんとハルト君がお話していた。

「ハルト君、さっきはどうもありがとう!」

「とりあえずはけむりは取ったが……これでもんだいがかいけつしたわけではないぞ」

「えっ?」

 首をかしげるあたしに、おばあちゃんが言った。

「ハルト君が今出ていたけむりはとってくれたけどね。もんだいなのは、黒いけむりを出すようになってしまったアカリちゃんそのものなのよ」

「どういうこと、おばあちゃん?」

「アカリちゃんは今のままだと、また黒いけむりを出してしまうとおもうわ。そう、ネク君のようにね。もう、アカリちゃんはこの世にいる時間があまりないのかもしれない」

 そんな――!

 あたしはショックで、なにも言えないまま立ちつくしてしまう。

 どうすればいいんだろう。どうすれば、アカリちゃんをすくえるだろう。

「おばあちゃん、あたらしいユーレイさんをつれてくることはできないの? そうすれば、アカリちゃんはよるもひとりじゃない、さみしくないよ!」

 だけど、おばあちゃんは首を左右にふった。

「アヤナ、これはそういうもんだいではないのよ。それに、一度ユーレイをアパートにおむかえしたら、みんなが成仏するまであたらしいユーレイはおむかえしないの」

「どうして!?」

「ユーレイの出す『気』がまじってしまうからね。いちどおむかえしたユーレイがみんな成仏したら、アパートぜんぶを大清めというぎしきでキレイにして、それからあたらしいユーレイさんをおむかえするのよ」

 そんな、それじゃあ……。

「それじゃあ、アカリちゃんはもうアパートにずっとひとりでいるしかないの?」

「そのじかんさえ、もうなくなろうとしているんだヤマギシ。たつのおばあさんが言っただろ、アカリは黒いけむりを出してしまう体になった。もうじかんがないんだ」

 ハルト君が、けわしいかおで言った。

 じかんがない。アカリちゃんは、まだあたしと同い年なのに。

 あたしにできることはもう何もないのだろうか。

「アヤナ、あなたはしっかりお手伝いしてくれたわ。そんなかおしないで」

 おばあちゃんがあたしの頭をなでる。

 そうだ、あたしはユーレイアパートの管理人のお手伝いなんだ。

 さいごまで、ユーレイアパートのお仕事をこなして、アカリちゃんと向かい合わなきゃ!

 あたしはもういちど、202号室に向かった。

「アカリちゃん、入るよ。ちょっとじかんたったけど、ぐあいはどう?」

『アヤナ……。うん、さっきよりはすこしラク。だいじょうぶ。』

 力なくわらうアカリちゃんのへやの人形に、あたしがそっとブレスレットをかけた。

『あ、それ……。』

「うん! アカリちゃんのためにつくったブレスレット」

 アカリちゃんがゆっくり人形のまえまでやってくる。

 人形にかけられたブレスレットをじっと見て、にこりとほほえんだ。

『ありがとう、アヤナ。とってもキレイで、とってもカワイイ!』

「ゲンさんにも、水谷さんにもあげたから、みんなでおそろいだよ! こんど、お兄ちゃんやハルト君、おばあちゃんのぶんもつくるの、みんなおそろい、みんないっしょ!」

 あたしのことばに、アカリちゃんがわらった。

『そっかぁ、みんないっしょなら、きっとさみしくないね。』

「うん、もしもさみしくなったときは、ブレスレットを見てみんなのことおもってね!」

 あたしのことばに、アカリちゃんがうなずいた。

 そのまま、二人でことばをかわすことなくすごす。

 あたしは、なにを話していいかわからなかった。

 だってなにかたのしかった話しても、それはみんながいたころのおもいでだもん。

 どうしても、いなくなったひとたちのことをおもいだしてしまう。

 それはアカリちゃんもいっしょみたいで、なにも話さない。

 あたしたちはじっと人形のブレスレットをみつめてすごしていた。

『わたし、もういちど学校にいきたいな。』

 すこしのあいだつづいたしずかなじかんのあと、アカリちゃんが言った。

「学校に?」

『うん、こないだはけっきょくハルト君のこともあってバタバタしちゃったしさ。』

「そうだね。あのときハルト君とはじめてあって――ドタバタしちゃったもんね」

 アカリちゃんを悪いユーレイとかんちがいしたハルト君とであって。

 そのあとはせっとくするのにひっしで、アカリちゃんはあのときとちゅうまでしか学校生活をたのしめていないもんね。

「うん、いいね。明日、いっしょにがっこうにいこ!」


 次の日、あたしはアパートによってアカリちゃんにとりついてもらい学校にいった。

『わー、ひさしぶりの学校だー!』

「なにかあったらいつでもオレをよべ」

 そう言ってくれたハルト君がたのもしかった。

 はじめてアカリちゃんを学校につれてきてから、ずいぶんとじかんがたった。

 ハルト君との出あいも今ではなつかしい。

 それだけのきかんをユーレイアパートで、みんなとすごしてきたってことかぁ。

「行きたいところがあったら言ってね、ただしじゅぎょう中いがいで」

『うん、それじゃあお昼休みに、屋上に行きたい!』

「屋上かぁ」

 屋上は立ち入りきんしになっているけど、アカリちゃんが行きたいならなんとかしたい。

 お昼休み、あたしはハルト君にそうだんしてみることにした。

「たしか、屋上のドアはカギがかかってたけど、高いいちにまどがあったはずだ」

 行ってみよう、というハルト君のさそいで三人で屋上へつづくフロアに向かう。

 どうせ屋上には出られないので、あたりに人のけはいはない。

 ホントなら、あたしも屋上にはもちろん入れないけど――今日は悪い子になっちゃお!

 ちょっと高いいちにある窓のカギをはずし、なんとか手をのばす。

 だけど、あとちょっとがとどかないよー!

「うーん……ごめんアカリちゃん! 行きたいけどいけないかも~~!」

 ひっしに手をのばしていると、ひょいとハルト君がせなかをささえてくれた。

「ヤマギシ、オレがおしてやるからそのあいだに窓をのぼれ、いいか?」

「わ、わかった! ありがとうハルト君!」

 今日、スカートじゃなくてよかった――

 なんて考えつつ、あたしはハルト君にささえられてなんとか窓に手をかけた。

『すごーい! がんばれアヤナ!』

 よいしょよいしょとのぼりきって、おりるときはおもいきってジャンプ!

 ちょっとこわいけど、これもアカリちゃんのため。

 あたしはくろうして屋上まで出た。すぐに窓をこえたハルト君もやってくる。

 三人で屋上を見わたした。

 広々としたばしょには何もおかれていない。

 コンクリートむきだしのじめんがあるだけである。

 だけど、やわらかな日ざしの中で屋上のかぜにふかれるのはとっても気持ちいい!

「かぜが気持ちいいねー、きてよかった!」

『屋上からのながめもいいなぁ。』

「アカリはいつだってうきあがることができるだろう?」

 ハルト君のことばに『まぁね。』とわらったアカリちゃんがフェンスに手をのばす。

『でもあたし、生きていたときもよく屋上に出てたの。だからなつかしくて。』

「アカリちゃん、屋上が大好きなんだね。きてみたら、すごくよくわかるかも」

『うん、大好き。またこれてよかった!』

 校庭であそんでいるみんなの声。

 いつもより少しだけちかくに見える空と雲たち。

 あたしたちだけがここにいるっていう、とってもとくべつな気もち。

「あたしも、屋上大好きになっちゃったかも!」

 屋上のじめんにすわって空をみあげていたら、あたしはしぜんとえがおになっていた。

「たしかに、こうやってきてみると屋上っていうのはとくべつなばしょだな」

 かぜにかみをゆらすハルト君も、きもちよさそうに言った。

 かぜの音に耳をすませて、空の青さを目にうつるけしきいっぱいにかんじて。

 えがおのアカリちゃんとハルト君がいて。すっごくゼイタクなじかん。

 ――キーンコーンカーンコーン――。

 とつぜんのチャイムの音に、あたしとハルト君はとびあがった。

 いっけない! 屋上がステキすぎて、じかんをわすれてゆっくりしちゃってた!

「や、ヤバイ! ヤマギシ、いそいでもどるぞ、ほら! まど!」

「う、うん! いそがなきゃね!」

『二人ともあわてちゃって、ちょっとウケる~!』

 わらうアカリちゃんをよそに、あたしたちは大アワテ。

 ハルト君にまどの向こうにグイグイ押しやられ、屋上を出たら教室へいっちょくせん!

 なんとか先生がくるまえにもどれたけど――。

「つかれる昼休みになったな、ヤマギシ」

 ハルト君のことばに、息をきらせたあたしは「ホントにね」とかえした。

「でも、とってもたのしかった! アカリちゃんのおかげで良いたいけんできちゃった!」

「まぁな、たしかにアレはいいとこだった。ありがとな」

『ふっふーん。かんしゃしてね~、なんて。こちらこそ、つれていってくれてありがと!』

 教室のドアがひらき先生がやってくる。

 こうして、あたしたち三人のだいじなお昼休みがおわりをつげたのであった。


「学校はおわったけど……アカリちゃん、どこか行きたいところある?」

 ほうかご、教室のすみで掃除当番のお掃除をながめながらアカリちゃんに聞いた。

 アカリちゃんは『うーん。』とうなってくうちゅうをいっかいてんする。

『もうだいじょうぶ。一番行きたかったばしょには行けたし、学校も一日ゆっくり見れたしまんぞく!』

「それならアパートにかえるか。ヤマギシ、今日はオレもアパートに行くぞ」

 ハルト君が言った。

 昨日アカリちゃんから黒いけむりが出たことを気にしてくれているのかもしれない。

「ありがとうハルト君。今日もおねがいね」

『よし、じゃあアパートにかえろっか!』

 三人でアパートにもどるとおばあちゃんがえがおでむかえてくれた。

 アカリちゃんのへやに行き、あたしにとりついていたアカリちゃんをへやにくくる。

 そのさぎょうがおわると、あたしはそのままへやのお清めをはじめた。

『いつもありがとうね、アヤナ。』

「気にしないで、これもユーレイアパートのお手伝いのうちだから!」

『ユーレイアパート……。ほんとイイとこだよね。』

 アカリちゃんがじぶんをくくりつけている人形をなでるようにして言った。

『何年もユーレイのまま迷っていたわたしを、たつのおばあちゃんが見つけてくれた。そして、このアパートにつれてきてくれた――こんなステキなばしょに。』

「アカリちゃんは、しんじゃってから何年もたつんだね。はじめて知った」

『うん。家族にもずっと会ってないな。今ごろ、どうしているかなぁ?』

 あたしは思い立って、アカリちゃんにていあんしてみた。

「またあたしにとりついて、アカリちゃんの家族に会いに行ってみる?」

 アカリちゃんにとっておもわぬていあんだったのか、アカリちゃんは目を丸くしてからすこしかんがえて首を左右にふった。

『ううん、せっかくだけど、やめておく。』

「どうして? 家の人に、会いたくない?」

『会いたいよ、おとうさんやおかあさんに会いたい。でも――おとうさんとおかあさんが今、あたしのことなんて忘れて楽しそうにしていても……あたしのことわすれないで苦しそうにしていても……。どっちでも、つらいだけだから。』

「あ……」

 アカリちゃんのおとうさんとおかあさん。

 アカリちゃんとおわかれして、とってもかなしいはずだ。

 それから何年かたって、今どうしているか――。

 もうたちなおって楽しく生きているのか、まだアカリちゃんをおもってかなしいまま生きているのか。

 たしかに、どっちでもアカリちゃんにとっては苦しいよね。

 おぼえていてほしいし、でも元気でいてほしいし……。

『ユーレイアパートがあって、ホントによかった。わたし、ここがなかったらおとうさんとおかあさんからはなれられなくて、自分の家のじばく霊になっちゃってたかもしれないもん。』

 そっか。ユーレイアパートには、そんないみもあるんだ。

「ごめんね、アカリちゃん。あたしむしんけいなこと――」

『ううん、わたしのこと心配してくれたんじゃない。そのきもちうれしいよ!』

 元気にそう言うアカリちゃん。

 ユーレイアパートのそんざいは、かんがえきれないほど大きいんだ。

 あたしも、もっともっとしっかりしなくっちゃ!

 アカリちゃんがいつもえがおでいられるような、しっかり者にならなくちゃ!

『そういえばね、家族のことはアパートのおかげでがまんできたけど、わたしここに来てもあきらめられない、どうしてもなりたかったものがあるんだよね。』

「ユーレイアパートでもできない、アカリちゃんのなりたいもの?」

 アカリちゃんが、ひとさしゆびをすっと上に立てて言った。

『中学生になること!』

 そのことばをきいて、あたしのむねの中がギュっとした。

 そうか、小学六年生のまましんじゃったアカリちゃんは――。

 ユーレイのまま何年生きても、小学生のままなんだ。

「中学生か、どんなのだろうね」

『アヤナはあと一年生きたら中学生になるんだね、いいなぁ。』

「なんだか、きんちょうしちゃう」

『あこがれるなぁ、制服とか、部活動とか。ステキな先パイがいてドキドキしちゃったり、できることも小学生よりずっと多くって、いつもワクワクしてそう!』

「きちんと上手に中学生できるかな、不安でいっぱいかも」

 あたしはあと一年で、当たりまえのように中学生になる。

 何年たっても小学生のままの、アカリちゃんから見たらまぶしいそんざいかもしれない。

 もうすぐ中学生。

 かんがえてもみなかったけど、生きるっていうことは大人になるっていうことなんだ。

『できるよー、アヤナならステキな中学生になれる。ほしょうする!』

「ありがとう、アカリちゃん!」

 会話がとぎれ、あたしはお清めのさぎょうにもどる。

 アカリちゃんは人形にふれたまま、じっと何かをかんがえているようだった。

 そのよこがおはとってもしんけんで、あたしは声をかけるのをためらってしまう。

 そしてへやのお清めがほとんどおわりかけたとき、アカリちゃんがポツリと言った。

『わたしも、中学生になろうかな。』

「えっ?」

 アカリちゃんのつぶやきを、あたしはおもわずききかえしてしまう。

 アカリちゃんが『中学生になる。』とはどういういみだろう。

『無明さんが言っていたよね、人は成仏して生まれかわるって。もちろん、わたしがまた人間に生まれてくるかなんてわかんないけど――。』

 ことばをきったアカリちゃんが、いちどうなずいて言った。

『でもわたし、中学生になりたい。』

「それって……」

 言いかけたあたしにむかってニッコリわらったアカリちゃんが言った。

『わたしも、もう成仏しようかなって。』


 あたしはおばあちゃんやお兄ちゃん、ハルト君をよんでアカリちゃんのへやにもどった。

 へやのおくには、成仏することをきめたアカリちゃんがいる。

『無明さんがいて、ネク君がいて、ゲンさんがいて水谷さんがいて。みんながいたころには、わたし成仏なんてまったくかんがえなかったけど……。今は、成仏することをかんがえているの。』

 あたしたちをまえにして、ちょっとはずかしそうにしながらアカリちゃんが言う。

『べつにね、さみしいからとか一人になっちゃったからとか、そういうワケじゃないよ。だってわたしには今ここにいるみんながいるもん!』

「アカリちゃん――」

 アカリちゃんと目が合う。

 アカリちゃんはにっこりわらった。

『でもわたし、中学生になるってきめたの! 成仏してきっともう一回人間に生まれて、それでこんどは中学生になって、大人になるまで生きるんだ。』

 目にうっすらとなみだをうかべたアカリちゃん。

『そうきめたの。だから、みんなとは一回ここでさようならするね!』

 そのなみだをふりきるように、ハッキリした声で言いきった。

「また人間に生まれかわったアカリちゃんが、ここにあそびにくるのをまっているわ。だから、わたしが元気なうちにまたここにやってきてね」

 おばあちゃんがほほえみながら言う。

「アカリちゃんならきっとよい中学生に、りっぱな大人になれるよ。たのしみだ」

 ケイスケお兄ちゃんもやさしいかおをして言った。

「さいしょはメチャクチャな出会い方だったけど、たのしかった。アカリが生まれかわるつもりならさよならじゃなくて、また会おうってことばを言えるな。またな」

 ハルト君がえがおで伝える。

 あたしは目の前のけしきがかすんでしまって、目をこすってようやくじぶんが泣いていることに気づいた。

 アカリちゃんをえがおでおくりたい――。

 そうおもうのに、あたしの両目からなみだが次から次へと止まることなくあふれる。

「アカリちゃん……。あたし、まってるから……!」

『ありがとう、アヤナ。あなたがきてくれて、わたしとってもうれしかった。ともだちができた。学校にもいけた。大好きな屋上にも入れた。ホントに、ありがとう!』

「アカリちゃ……!」

 ことばがつまってしまって、うまく出てこない。

 そんなあたしのほうに手をのばして、アカリちゃんが言う。

『アヤナは先に、中学生になっていてね。それで、わたしが生まれかわって中学生になるときは、カッコイイ大人になって、いろいろ教えてね。』

「うん、うん! ぜったいステキな大人になる、生まれかわったアカリちゃんに会う!」

 あたしも手をのばす。

 なんとか気もちをことばにして、口から出した。

 アカリちゃんがもういちどにっこりわらった。

 そして、その体がゆっくりと光につつまれていく。

『成仏ってふしぎ。そのときになれば、しぜんとやりかたがわかっちゃうんだもん。』

 光がつよくなる。

 かすむしかいの先で、アカリちゃんのすがたが見えにくくなった。

『アヤナ、みんな――さようなら、ううん。またね、また会おうね!』

 かぜがふく。

 へやの中に、空がひろがった。

 あたしとアカリちゃんとハルト君で見上げた、屋上の空だ。

 そこにいろんな花や光の玉がまじりあって、とってもきれい。

『また――いっしょにあそぼうね――。』

 あの空がアカリちゃんをはこんでくれるなら、なんにもしんぱいないよね。

 あたしは両手をひろげて、空におねがいをした。

「アカリちゃんを、もういちど人間に生まれかわらせてくれますように!」

 へやの中のはずなのに、空はどこまでもひろがっていく。

 そしてそのまんなかに、光につつまれて天にのぼってゆくアカリちゃん。

 なんて、きれいな成仏だろう。

 アカリちゃん、どうか、どうか――。

 ずっとまっているから――またあたしに会いにきてね。

 ずっと……まっているから……。

 アカリちゃんをはこんでいった空がきえ、ゆっくりとけしきがもとにもどっていく。

 アカリちゃんがいなくなったへやで、あたしは空までとどくように上を向いて言った。

「また会おうね、アカリちゃん! あたし、ずっとずっとまってるからね!」

 このこえが、このおもいがとどきますように。

 ユーレイアパートのさいごの住人が、成仏してたびだっていった。

 けっしてきえない、宝石のようなキレイなおもいでをのこして。 

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