第6話

『アヤナはさいきんブレスレット作りばっかりしてるなぁ。』

 やってきたゲンさんが、アパートの管理人室でさぎょうしていたあたしにいった。

「うん! このブレスレットたちで、みんなのやくに立てるかもって思うとうれしくて、ブレスレットを作る手がとまらなくなっちゃうの!」

『そうかそうか、でもな。ムリはするなよ。それにたまにはオジサンとお話してくれ。』

 ゲンさんがおどけるようにしていった。

 ゲンさんは前からよく、管理人室にかおをだしてはみんなに話しかけている。

 ああ見えてさみしがりやなのよ、と水谷さんはわらっていたが、たしかにそうかも。

 でも、あたしはしっている。

 ネクさんが悪いユーレイになったとき、ゲンさんはたおれたあたしやかけつけた水谷さんを守るようなばしょにたっていたこと。

 ネクさんがあんなふうになって、心からかなしんでいること。

 ゲンさんは、なんだかんだ言ってぶきようでやさしいオジサンだって。

『じゃあオレは部屋に戻るから、いつでも遊びにきてくれよアヤナ!』

 ひとしきりムダ話をしたゲンさんが管理人室を出ていく。

 あたしはえがおでゲンさんを見おくってさぎょうにもどる。

 すると、少し暗いかおをしたお兄ちゃんが管理人室にやってきた。

 手には、つつみにおおわれたほそながい何かをもっている。

「お兄ちゃん、おかえり! ……どうしたの、なにかあったの?」

 お兄ちゃんのひょうじょうを見て、あたしは不安になる。

 お兄ちゃんが、管理人室のイスにすわると小さなこえで言った。

「ゲンさんが成仏するって言ったときのじょうけん、おぼえているか?」

「えっと……まぼろしのお酒が手に入らないとイヤだって」

 あたしのことばにうなずくと、お兄ちゃんが言った。

「今日、たつのおばあちゃんが見つけたんだ、そのまぼろしのお酒を」

「えっ!?」

「ずっと前からさがしていたんだけどな、なかよしの酒屋さんが手に入れてくれたって」

「じゃあ、ゲンさんは……」

 お酒を手に入れて、成仏するのだろうか――。

 成仏するのは、ユーレイアパートとして、のぞむべきものであった。

 だけど、とつぜんやってきたゲンさんとのおわかれのよかんにあたしはとまどう。

「お兄ちゃん、それどうするの? すぐにゲンさんにわたすの?」

 お兄ちゃんにきくと、お兄ちゃんはお酒がはいっているとおもわれるつつみをあたしにさしだした。

「アヤナ、お前がゲンさんにこれをわたすんだ」

「えっ!? あたしが!?」

「アヤナはいままでだれかを成仏にみちびいたことはないだろう、これもけいけんだ」

 あたしはふるえる手でつつみをうけとった。

 お酒のはいったつつみはグッとおもくて、りょうてでしっかりとかかえる。

 これが、ゲンさんとのおわかれのお酒――。

 すぐにもっていくべきか。

 でも、もっとゲンさんといっしょにすごしたい。

 あたしはお酒をもったまま、立ちつくしてしまう。

「むずかしいことだとはおもう。でも、アヤナはネク君をみているな。ゲンさんがあんなふうになってしまわないように、手おくれになるまえにお酒をとどけるんだ」

「あたしが、ゲンさんを成仏させるきっかけをつくるんだね……」

 ユーレイアパートではお手伝いしていれば、これも仕事のうち。

 それもとってもたいせつな仕事。

 わかっているけど、きもちがおもくなる。

 お酒をぎゅっとだきしめた。

 ゲンさんと、おわかれしたくない。

 だけど、ぜったいにゲンさんを悪いユーレイにしたくない。

 お酒のつつみを見つめたまま、あたしはしばらく動けなかった。

 でも、まえにすすまなきゃ。

 あたしだって、ユーレイアパートの管理人手伝いなんだ。


 空がこいオレンジ色につつまれはじめたころ、あたしはお酒のつつみをかかえてゲンさんのへやに向かった。

 大きくしんこきゅうをしてから、ゲンさんのへやをノックする。

『おう、だれだい? 入んな!』

 元気のいいゲンさんのへんじがきこえ、あたしはドアをあけた。

『なんだ、アヤナだったのか。まだ家にはかえらないのか?』

「うん、ちょっと……」

『どうした、元気ねぇなぁ。とにかくあがれ、こっちこい、ホレ。』

 ゲンさんがへやにあるざぶとんをゆびさしてあたしをよんだ。

 あたしはクツをぬいで、ゲンさんのへやに入った。

『なんだぁ、そのつつみは。まさかアヤナがオレに酒のさしいれをもってきてくれたのか?』

「ゲンさん、これね……」

 あたしはいちどおおきくいきをはくと、おもいきってつつみをはがした。

「これ、たつのおばあちゃんがみつけたの。ゲンさんがいっていた、まぼろしのお酒」

『えっ、アレを……みつけたのか……。』

 ことばをうしなったゲンさん。

 よくみえるようにつつみをとって、お酒をゲンさんのめのまえにおく。

 ゲンさんはおどろいたかおでじっとお酒をみて、こえにならないこえをあげた。

 そしてなんどもうえからしたまでお酒のビンを見たあと、さみしそうにわらった。

『そうか、この酒をみつけてくれたか。そうか……。』

「お兄ちゃんにきいたけど、おばあちゃんがずっとさがしてたって」

『そうかぁ、たつののばあさんがなぁ……。』

 あたしはお酒のビンに、お兄ちゃんから渡されたお札をはった。

 おばあちゃんが作ったもので、これでユーレイもお札をはられたものにさわれるらしい。

 おなじくコップのひとつにもお札をはって、もういちどゲンさんのまえにすわる。

「ゲンさん、これでお酒のめるよ。さがしていたお酒、のめるんだよ」

 こえがふるえてしまわないように、おなかにちからを入れて言った。

 ゲンさんはなんかいかうなずくと『ありがとうなぁ。』とつぶやいた。

『オレはさ、ほんとは成仏なんてしたくなかったよ。』

「ゲンさん……」

『ここで、ユーレイアパートであつまったユーレイやばあさんやケイスケ、アヤナたちとかぞくごっこをしていたかった。ずっといっしょにいたかった。みんなでなかよくさ。』

 ゲンさんのことばに、むねがあつくなる。

 ゲンさんの言ったことは、まさにあたしがかんがえていたことそのものだ。

「あたしも、ずっとそうおもってるよゲンさん」

『それでも、この酒をもってきたんだな、アヤナは。』

「それは――」

 言いかけたあたしを手でせいして、ゲンさんははじめてみせるようなマジメなかおをしてうなずいた。

『ネクのことだろ? オレもショックだった。あれをみて、いろいろかんがえたよ。』

 そうか。ゲンさんもおなじなんだ。

 このままみんなでいることをのぞんでも、それはかなわないこと。

 ずっとかんがえていたんだ――。

『あのできごとはきもちもへこんだし、ネクのやつがかわいそうでならなかった。そして、ずっとここにいれば、成仏をしなければ、オレたちもいつか――。』

 ゲンさんが、さわれるようになったお酒のビンにそっとふれた。

『ああ、酒ビンのさわりごこちもひさしぶりだ。そうか、そうかぁ。』

「ゲンさん、あたしゲンさんとおわかれしたくない」

 あたしはひざのうえにのっけた手を、ぎゅっとにぎりしめた。

「だけどそれいじょうに、ゲンさんに悪いユーレイになってほしくない」

 ゲンさんにも、水谷さんにも、アカリちゃんにも。

 ずっといてほしい。

 だけど、けっして悪いユーレイになってほしくない。

 つらいけど、この二つのおもいはけっして両立できるものではないんだ。

『それで、アヤナがこれをオレにもってきたか。……ありがとうな。』

 ゲンさんが、ゆっくりとお酒のフタをあけた。

 ビンをかたむけ、コップにお酒をいれる。

 そして、ゆっくりとそれをのみほした。

『うまい……。』

 ほうっ、といきをはいたゲンさんが、あたしのかおを見てわらった。

『アヤナがこのうまさをりかいできるのは、ずっとさきだな。』

「もう、そうやって子供あつかいしてー!」

 あたしが言いかえすと、ゲンさんがえがおで言った。

『オレはな、成仏なんかしたくなかった。どんなかたちになってもこの世にいたかった。』

「ゲンさん……」

『だから、たつののばあさんにもムリをいったのさ。めったに手に入らない酒をおねがいしてよ。どうせ手に入るわけないって、どっかで思っていた。』

 ゲンさんが、もういっぱいお酒をついだ。

『でもばあさんはこの酒を見つけてくれた。オレのためにな。』

 もう一口、お酒をのむ。

『アヤナのばあさんはたいしたもんだよ、オレみたいなユーレイのためにさ。』

「おばあちゃんは、ユーレイみんなに成仏してほしいっておもっているから」

 うんうんとうなずいて、ゲンさんがわらった。

『そうだなぁ、オレの負けだな。ばあさんの気持ちに、負けたんだ。』

 コップについだお酒をのみながら『負けたんだ。』ともういちどしみじみと言う。

 少しずつ、ビンのなかのお酒がへっていく。

 ゲンさんはまよいをふりはらうように、なんどもコップにお酒をそそいでのんだ。

『ばあさんが見つけてくれたからには、オレもやくそくをまもらないとなぁ。』

 ゲンさんがコップにお酒をつぐと、ビンがからっぽになる。

 いつのまにかお酒はさいごの一杯になっていた。

「ゲンさん、これ! 男の人でもつけやすいように作ったの!」

 あたしは、ゲンさんにむかってブレスレットをさしだした。

 水谷さんたちと買いものにいってから、アパートのみんなのぶんをつくっていたから。

 ゲンさんには、茶色の石がちゅうしんで、大人の男の人でもつけられそうなやつ。

『ねっしんに作っているとおもったら、オレのぶんもあったのか。ありがとよ。そいつの首にかけてやってくれ。』

 そういって、ゲンさんがじぶんのへやにおかれた人形をゆびさした。

 あたしは人形に、ネックレスみたいにブレスレットをかける。

『ありがとよ、よくにあってる。きっとオレが成仏したあと天国でつけてもにあう。』

 ニッとわらったゲンさんが、さいごの一杯をのみほした。

 そしてふうぅっ、と大きく息をはいた。

『成仏ってのはふしぎなもんだ。オレはな、成仏のしかたなんてぜんぜんわからなかった。だがな、今ならわかる気がするんだよ。そのときがきたってさ。そう、今なら。』

「今って……、まってゲンさん! すぐにみんなをよぶから!」

 あたしのことばに、ゲンさんは首を左右にふった。

『ひつようない。アヤナが見ててくれりゃあそれでいいさ。ばあさんたちによろしくな。』

「でも!」

『オレはな、こう見えてさみしがりなんだ。みんなにあったら、成仏すると決めた心がゆらいでしまうかもしれない。だからこそ、今なのさ。』

 ゲンさんのかおはマジメで、ジョウダンをいっているかんじじゃない。

 あたしは、とつぜんのことにとまどった。

 ゲンさんが成仏するかもしれないとはおもっていたけど……。

 それは明日とか、みんながあつまったときだと思っていたから。

「ゲンさん、今からいっちゃうの!?」

『ああ、今オレはよばれているんだ。わかるんだよ、オレにはわかる。』

 ゲンさんがぐっとうでをくみ下を向き、なんどもしんこきゅうをくりかえす。

 ふいに、かおをあげたゲンさんがわらった。

『じゃあな、アヤナ!』

 ぱぁっ、とつよい光がゲンさんをつつむ。

「ゲンさん!」

 いくつもの光のつぶがあたりをまった。

 色とりどりのお酒のビンがグルグルとへやの中をおどる。

 花札につかわれるカードがなんまいも雨のようにふって、光のたばとなる。

『これがオレの成仏か……。わるくない。』

 無明さんのときとはまったくちがう。

 成仏は、成仏するひとそれぞれにカタチがちがうのかもしれない。

 ただ、やさしい光とやわらかなかぜだけは無明さんのときと同じだった。

 ふわりと、光にみちびかれるようにゲンさんのからだがういた。

「ゲンさん! いかな……、ううん! すてきな成仏をしてね!」

 いかないでと言いかけた口をおさえ、あたしはお見おくりのことばをさけぶ。

 そっと、ふれられないはずのゲンさんの手があたしの頭をなでた気がした。

『じゃあな、アヤナ。ありがとよ。』

 光のおくにすすんでいくゲンさんの姿がみえなくなる。

 ゆっくりと、光につつまれていたへやが夕ぐれのオレンジ色にもどっていく。

「ゲンさん……」

 ふとゲンさんをくくっていた人形をみると、首にかけたブレスレットがなくなっている。

「あれ? どうして……」

『きっと、持って行ったのよ。またきゅうに成仏したのね、ゲンさんは。』

 すっと水谷さんがてんじょうからおりてくる。

 そっか、ゲンさんのへやの上は水谷さんだもんね。

 ゲンさん、ちゃんとなかよしの水谷さんにあいさつしていったのかも。

「水谷さん、ゲンさん成仏しちゃったよ。でもブレスレットを持って行ったって?」

『成仏していくゲンさんを見たわ。そのうでにね、ブレスレットがついてたの。茶色の石があしらってあって、大人っぽいやつ。』

「それ、あたしがゲンさんに作ったやつ!」

 成仏していくゲンさんが、あたしのブレスレットを持って行ってくれたなんて。

『石の力とアヤナちゃんの力が合わさって、こんなことがおきたのね。きっと成仏した先でもなにかの力になっているんじゃないかしら。成仏するときにもっていけるものをつくれるなんて、さすがよアヤナちゃん。』

「成仏のおともができるなんて……。なにか、ゲンさんの力になれているといいな!」

 あたしはゲンさんをくくっていた人形をなでた。

 ゲンさん、ありがとう――。さようなら。


『ねぇ、わたしにもブレスレット作ってよアヤナちゃん!』

 ゲンさんを見おくったへやで、水谷さんがきゅうにそう言った。

 あたしとしては、だいかんげい。

 水谷さんやアカリちゃんのぶんは、すでにつくってあるのだから。

「じつは、水谷さんやアカリちゃんのぶんはもう作ってあるの! あとで人形にかけにいくね」

『そっか、わたしのブレスレット作ってくれたんだ。どんなのかな、たのしみ!』

 そう言って水谷さんがにっこりとほほえんだ。

 そして、てんじょうを見上げていった。

『ゲンさんを見おくれてよかった、ずっと成仏しないってごうじょうな人だったから。これも、アヤナちゃんとケイスケ君とたつのおばあさんのおかげね。』

 見おくれてよかった。

 たしかにそのとおりだ。

 でもなにか、水谷さんのことばはぜんぶおわったかのような言い方だった。

 そこで、あたしはおもいだす。みんなの成仏についてのかんがえを――。

 ゲンさんは『まぼろしの酒がのめること。』

 そして水谷さんは『ゲンさんを見おくったらかな。』と言っていた。

 ゲンさんが成仏した今、水谷さんはどうするのだろう。

 あたしはふくざつな気もちで、水谷さんを見つめた。

 水谷さんは目が合うと、しずかにほほえむだけ。

 あたしは言いようのない不安をおぼえたけど、なにもことばにできない。

『さぁ、アヤナちゃん。今日はもうかえりなさい、夜になっちゃうわよ。』

「う、うん……。それじゃあ水谷さん、明日ブレスレットもっておへやいくね!」

『うん、楽しみにしているからね!』

 えがおで手をふる水谷さんとわかれ、管理人室によっておうちにかえる。

 夜のごはんをすませておフロに入り、へやのベッドにねっころがった。

 しぜんと、あたまの中はアパートのことでいっぱいになっていく。

 ユーレイアパートの住人も、のこるは水谷さんとアカリちゃん。

 せっかくなかよくなれたのに――。

 あたしの心の中に、二人とわかれたくない気もちがまちがいなくある。

 でも、今日のゲンさんが成仏したときのみたされたかおをおもだしたりもする。

 成仏させることが、あたしたちのもくてき。

 ユーレイアパートの管理人は――。

 あたしがおもっていたよりずっとつらい仕事かもしれない。

 その日、あたしはなかなかねむることができなかった。


 つぎの朝、学校でもあたしのきもちはくもったままだった。

 無明さん、ネクさん、ゲンさん――。

 多くの人を見おくってきたけれど、こんどは水谷さんまで……。

 成仏は、よろこばしいこと。たいせつなこと。

 わかっている、つもりだったのにな。

「それでも、やっぱりさみしいよ」

 あたしのつぶやきに、ちかくの席のハルト君がふりかえった。

「どうした、ヤマギシ? なんか元気ないな」

「ハルト君、きのうね。ゲンさんが成仏したんだ」

 あたしのことばに、ハルト君がおどろく。

「あのゲンさんが? なんか、とくべつな酒が手に入るまではいるんじゃなかったのか?」

「そのお酒をおばあちゃんが見つけて……その日のうちに」

「そうか。あのオッサンがいないとアパートもさみしくなるな」

 あたしはくちびるをかみしめて、ハルト君に水谷さんのことをつたえる。

「あのね、ハルト君。あたしはみんなの成仏のじょうけんをきいているんだけど。そのとき水谷さんはね、ゲンさんを見おくったら成仏しようかなって言っていたの」

 ハルト君が、みをのりだして言った。

「なんだって? それじゃあ、水谷さんもちかいうちに?」

「うん、たぶん。きのうもなんだか見おくれてよかったってスッキリしたかんじだった」

「水谷さんも成仏したら、のこりはアカリだけか」

 ふぅ、といきをはいたハルト君が口をきゅっとかみしめる。

「つらいな。ユーレイアパートはユーレイを成仏させるためのばしょだ。だけど、みんながいなくなっていくのはさみしい。そうか、ゲンさんはもういないのか」

 チャイムがなってハルト君は「きもちをしっかりな」と言ってまえを向いた。

 あたしはみんなのことであたまがいっぱいで、ぜんぜん先生の話は耳に入らなかった。

 そしてほうかご。

 あたしとハルト君はつれたってユーレイアパートへ向かった。

 管理人室には、おばあちゃんもお兄ちゃんも、水谷さんもアカリちゃんもいた。

「ただいま。……みんなそろってるなんて、めずらしいんだね」

「おかえりアヤナ、それにハルト君も。今、ゲンさんのことを話していたんだ」

『それと、わたしのこともね。』

 ケイスケお兄ちゃんのことばに、水谷さんがつづけた。

「水谷さんの……こと?」

 よかんのようなものがあって、あたしはことばにつまってしまう。

『ええ。ゲンさんを見おくったし、わたしもそろそろ成仏しようかなってね。』

『水谷さん! やっぱりいやだよ、わたしさみしい! ゲンさんもいなくなったのに!』

 水谷さんのことばに、アカリちゃんが首をふった。

 やっぱり水谷さんはゲンさんを見おくった今、成仏のときだとかんじているみたい。

『ごめんね、アカリちゃん。……ハルト君、あなたがはじめてみる成仏になるわね。』

「……さみしいけれど、成仏をまなばせていただきます」

 ハルト君がきんちょうしたかおであたまを下げた。

 とまどいをかくせないあたしに、おばあちゃんもお兄ちゃんもうなずいてみせる。

 そう、これはしかたのない……ううん、ほんらいあるべきこと。

 あたしだって、みんなの成仏をうけいれなきゃ。

「水谷さんに作ったブレスレット、へやの人形にかけなきゃ」

『ええ。それをたのしみにしていたんだから! おねがいね。』

 明るいふんいきで水谷さんが言ってわらった。

 みんなで201号室――水谷さんのへやにいく。

『ホントに、行っちゃうんだ……。』

 アカリちゃんのさみしそうなつぶやき。

 へやに入ると、あたしはカバンの中からアクセサリーケースをとりだした。

 そして、水谷さんのためにつくった白と青がメインのブレスレットをそっとへやの人形の首にかける。

『きれいなブレスレット。ありがとう、アヤナちゃん。』

 水谷さんがしずかにわらって、へやのおくに行くとみんなのほうをふりかえる。

『それじゃあ、わたしもそろそろたびだちます。……成仏します。たつのおばあさん、ケイスケ君、ながいあいだおせわになりました。アヤナちゃん、ハルト君、これからもアパートのおしごとがんばってね――いままでありがとう。』

「水谷さんのよき成仏をねがっていますよ」

 たつのおばあちゃんがそういって、正座をした。

「水谷さんの成仏、みとどけさせていただきます」

 お兄ちゃんがいって、正座する。

 ハルト君もそれにつづきたたみにすわった。

 あたしもみんなのよこで正座する。

 泣いてしまいそうなのを、ぐっとガマンした。

 ふうぅっ、と大きく息をはきだす水谷さん。

 そのからだがゆっくりとかがやきをはなちはじめる。

『さようなら、みんな。』

 水谷さんがゆっくりと全員をみまわした。

 目が合う。

 水谷さんがそっとほほえんでくれた。

 あたしは、さみしいから行かないで、ということばをのみこんだ。

 光がつよくなり、かぜがへやの中をゆっくりとふきぬける。

 まわりに、光かがやく水しょう玉やさまざまなカードがうかびあがる。

 タロットカードというものだろうか。

 光がさらにつよくなる。

 その光を水しょう玉がはねかえし、光のゲートができる。

 水谷さんがそれをのぼっていくように空へとのぼりはじめた。

「これが……成仏するということ……」

 ハルト君が目のまえのけしきにおどろきをかくせず、こえをもらした。

 えがおをうかべた水谷さんが空にのぼっていき、見えなくなる。

 かぜがふきやむころ、水谷さんがいたばしょには何もなくなっていた。

『水谷さん、行っちゃった……。』

 アカリちゃんがさみしそうに言った。

「よい成仏でした。きっと次の命もさちおおいことでしょう」

 おばあちゃんが正座したまますっと頭を下げ、水谷さんのらいせをいのる。

 あたしも両手を合わせて、水谷さんをおもった。

 お兄ちゃんもさみしそうに、水谷さんがいたばしょをじっと見ていた。

「本当に、きちょうなことを学ばせていただきました。ありがとうございます」

 そう言って、ハルト君もいのりをささげている。

 水谷さんのへやの人形につけていたブレスレットは、やはり消えていた。

「アヤナにこんな力があるなんてねぇ、水谷さんも成仏にもっていけるものがあって、きっとさみしくなかったわね」

 人形を見て、おばあちゃんが言った。お兄ちゃんがうなずく。

 あたしのブレスレットは、水谷さんが成仏したさきでなにか力になれているのかな。

「キレイなブレスレットだった、水谷さんによくにあっていたよ」

 ハルト君がかおをあげて言う。

 ゲンさんも、水谷さんも行ってしまった。

 ユーレイアパートは、今までにないくらいさみしくなってしまった。

 それが、あるべきすがたなのかもしれない。

 だけどあたしにはそれがさみしくてたまらなかった。

『……。』

 のこされたアカリちゃんは、くちびるをかみしめたまま。

 たつのおばあちゃんが、ゆっくりと立ちあがった。

「ケイスケ、アヤナ。わたしたちはかなしんでいるだけじゃダメよ。さあ、このへやにもいつかあたらしいだれかをおむかえできるように、お清めをしましょう」

 いつかまた、このへやに水谷さんじゃないだれかがくらす。

 ユーレイアパートとは、そういうことなんだ。

 でも、あたしはここに水谷さんがいたこと、ぜったいぜったいわすれない。

 ケイスケお兄ちゃんにうながされ、あたしはお清めの道具をとりに管理人室にむかった。

 ハルト君は管理人室でもってきたノートにメモをとりはじめる。

 みんなのきおくの中に、水谷さんというステキな人がのこる。

 それもまた、成仏するということの一つのメッセージなのかもしれないとおもった。 

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