第2話

「しつれいします」

 お兄ちゃんが103号室に入っていく。

 あたしもそのあとにつづいて「しつれいします」とへやに入った。

 そこには、やさしそうなかおをしたおぼうさんみたいな人がいた。

「無明(むみょう)さん、つれてきました」

『やあ、はじめまして。君がケイスケ君の従妹のアヤナちゃんだね。話はきいている。わたしはおぼうさんをしている、いや、していた無明です、よろしく。』

「はい、よろしくおねがいいたします」

 今日、成仏されるんですよね――?

 なんていいだせなくてあたしはあたまを下げた。

『アヤナちゃん、君のお従兄さんとおばあちゃんは、とてもすばらしいことをしているんだよ。迷ってしまったユーレイをここにあんないしてまもってくれて、そして話を聞きわれわれを成仏にみちびいてくれる。まこと、わたしがまなんだほとけのおしえのようだ。』

 無明さんが、しずかな声でそういった。

 おぼうさんにほめられるなんて、やっぱり二人はすごいことをしているんだ。

 あたしも二人のお手伝いをがんばらなくちゃ!

『とつぜん、いのちをなくして行くばしょをうしなったユーレイをうけいれる仕事はけっしてラクではないだろう。アヤナちゃんも、どうかがんばってください。』

「はい、ありがとうございます! あたしぜんりょくでがんばります!」

 あたしがおおきくうなずくのをみると、無明さんがお兄ちゃんをみていった。

『ケイスケ君、では、そろそろわたしは成仏しよう。それをもって、アヤナちゃんにも成仏のなんたるかがつたわるお手伝いをできるといいのだが。』

「おこころづかいくださいまして、ありがとうございました」

『君たちにできる、ほんのささいなおれいだよ。では、みんなをあつめてください。』

 無明さんがのことばに、お兄ちゃんとへやを出た。

 お兄ちゃんは一階のネクさんとゲンさんに。

 あたしは二階の水谷さんとアカリちゃんに、これから無明さんが成仏するということを伝えにいった。

 みんなマジメなかおをして無明さんのへやまで向かう。

 ただ、ネクさんだけがこなかった。

『みなさん、みなさんをこうしておよびたてしたのはさいごに仏教のおしえをとくためと、成仏する先人としてのならいをしめすためでございます。』

 無明さんのことばにみんながうなずく。

 おばあちゃんやお兄ちゃんも正座していた。

 あたしもお兄ちゃんのよこにちょこんと正座する。

『わたしが成仏してこの世をさるまえに、さいごに仏教のおしえをひとつ。

 四十九日という言葉があります。文字通り、その人が亡くなってから49日後の法事をさします。では、どうして49日なのかといいますと、仏教では人が亡くなると亡くなったあとの場所で7日ごとに、極楽浄土へ行けるかのさいばんがおこなわれ、そのさいごのはんけつの日が49日目となるためです。

 そしてわたしは、極楽浄土はこの世にあると思っています。つまり、輪廻転生(りんねてんせい)、生まれ変わる時間です。なにがいいたいかといいますと、成仏がおわりではないのです。成仏は、むしろあたらしい命のはじまりなのです。』

 成仏は、終わりじゃない。

 あたらしい命のはじまり――!

 あたしはこれから、ユーレイさんたちをお世話する。

 そして、かれらのあたらしい命のはじまりまでをサポートしていくんだ!

 自分がただ、だいすきなお兄ちゃんたちのお手伝いができるというだけじゃなく、とってもだいじなことにかかわるんだということが心の中にしみこんできた。

「無明さん、最後までわたしたちをみちびいてくださり、ありがとうございます」

『なにをおっしゃいます、たつのさん。すべてはあなたの徳があればこそ。お孫さんたちもほこらしいでしょう。では、あまりながく話してもいさぎよくない。わたしはいまより成仏し、あたらしい命へたびだつとしましょう。』

 ふぅぅ……と無明さんが息をはきだすと、へやのなかにグルグルと風がふいた。

 つよい風にかみをおさえていると、そっとお兄ちゃんが風をよけられるように体を前にだしてくれた。

 お兄ちゃんは、やっぱりやさしい。

 お兄ちゃんのうでのあいだから、無明さんをみる。

 そのからだが少しずつ光かがやいていった。

 いくつもの光の玉がまわりにうかびあがる。

 びっくりしたけど、その光はとてもしんぴてき。

 この世のものではないお札やじゅず、色とりどりのお花がへやの中をかけめぐる。

 パァっとつよい光がさしこんで、無明さんの体がその光につつまれた。

 そしてゆっくりと、光につつまれた無明さんが空へむかっていく。

 ――ああ、そうか。

 あたしが小さいころに空でみた子は、あのとき成仏していたんだ。

 おふだやじゅず、花や光の玉がとってもきれいにへやのなかをみたして――。

 そして無明さんがきえていくとともに、花たちもみえなくなった。

「さようなら、無明さん」

 おばあちゃんの言葉に、みんなが無明さんのいたばしょに頭を下げた。

 あたしもそれをみて頭を下げる。

 ――これが、成仏。

 なんてきれいであたたかくて、きぼうにみちている光。

 無明さんはであったばかりのあたしに、成仏のすばらしさを――。

 そして、おばあちゃんやお兄ちゃんのしごとのたいせつさをつたえてくれた。

 あたしだって、がんばらなくちゃ!

 こうして、あたしのユーレイアパート管理人みならいとしての日々がはじまった。


 あたしのあたらしい日々は、まず学校。これはしょうがないよね。

 それにあたしは学校が好き。

 授業はつまんないけどともだちとのおしゃべりはたのしい。

 学校が終わったらユーレイアパートにいく。

 ユーレイのみんなとあいさつして、へやをお清めして成仏しやすいくうかんを作る。

 なにより、ユーレイのみんなと話すのはたのしい!

 ゲンさんと水谷さんのボケツッコミは親子みたいだ。

 水谷さんはゲンさんがホントのおとうさんそっくりだとわらっていた。

 アカリちゃんとは同い年だからとっても気が合ってすぐなかよくなれた。

 アパートにいる人たちが、成仏についてどう考えているのかもわかった。

『まぼろしの酒が飲めるまで成仏しない!』というのはゲンさん。

『ゲンさんがほっとけないから、ゲンさんを見送ったらかな。』ためいきをつく水谷さん。

『……。』ネクさんは何も言わず、かすかにわらうだけだった。

『なかよしのアヤナとずっといっしょに遊んでる!』元気で明るいアカリちゃん。

 ゲンさんのいうお酒は、おばあちゃんがさがしているみたい。

 水谷さんは落ち着いているし、大丈夫そう。

 ネクさんがしんぱいだから、かれのへやはほかよりいっしょうけんめいお清めする。

 アカリちゃんはあたしもなかよしになって、できればはなれたくないけど――。

 それでも迷ってしまう。だって――。

「アカリちゃんの成仏に、あたしのそんざいはじゃまになったりしないかな?」

 お兄ちゃんにきいてみると、首を左右にふった。

「そんなことはない。アカリちゃんはあそびたいきもちをたくさんのこしたままユーレイになってしまった。だから、アヤナはそのきもちにこたえてやれ、それもくようだ」

「そっかぁ、こたえていいんだね。それならあたしもうれしいな!」

 夕方ごろまでおしごとしたりみんなでしゃべったり。

 たまにおばあちゃんが手伝ってくれてるからっておこずかいをくれたり。

 お兄ちゃんがあいた時間に学校のべんきょうをおしえてくれたり。

 アカリちゃんとかくれんぼなんて子供っぽいことしちゃったりもする。

 アカリちゃんはユーレイでどこでもいけるから、かくれるのもさがすのも本当に上手!

 こんなふうに、あたしのユーレイアパートの日々はじゅうじつしていた。

 お父さんとお母さんには、おばあちゃんのほうからアパートを手伝ってもらっているからと話をしてもらった。

 お父さんとお母さんにはユーレイがみえないので、それをどういう意味だとおもっているのかは、あたしにはいまいちわからない。

 でも二人は「おばあちゃんをよろしくね!」

 とあたしのアパート通いをおうえんしてくれた。

 ただし、夜までにはちゃんと家に帰るのがルール。


 そんなある日アカリちゃんが、あたしにたのみごとをしてきた。

『わたし、学校に行ってみたい! ねぇ、アヤナについていっちゃダメ?』

 ユーレイアパートの住人は、きほんてきにアパートとそのそばでくらす。

 そこはみんなできれいにしてあり、悪霊――悪いユーレイになりにくいからだ。

 だけど、アカリちゃんの気もちもわかる。

 ずっとアパートとそのまわりだけじゃ、あたしだってたいくつしちゃう。

 きっと、学校にいきたくなるにちがいない。

 だからあたしはある日、学校に行くまえにアパートによった。

 あたしの家と学校とアパートは、それぞれ歩いて5分くらいのきょり。

 朝、ちょっとはやめに家を出て、アカリちゃんをむかえに行った。

 管理人室には、だれもいない。

「アカリちゃん、きたよ!」

 声をあげると、アカリちゃんが天井からとびだしてきた。

『わー! ありがとうアヤナ!』

「うん、いっしょに学校にいこう」

 とりつく、というらしいがアカリちゃんがあたしのせなかにくっつくように手をおいた。

 こうすると、とりついた相手とともにどこまでも行けるらしい。

 あたしたちはたのしくおしゃべりをしながら、学校へと向かった。 

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