第1話

 セミの鳴き声がへやのなかにまで聞こえる、夏休みがせまった7月。

 ケイスケお兄ちゃんとあの日ゆびきりの約束をしてから、6年がたった。

 あたしは小学六年生になっていて、学校はまいにち楽しいけれど、どこかさみしいきもちもあった。どうしても、きになる。

 それは、いつケイスケお兄ちゃんがあたしをよんでくれるかってこと。

「あたし、もう大きくなったのに」

 お兄ちゃんがカゼをひいちゃったり、家族のつごうがわるかったりして、あの日からだいすきなケイスケお兄ちゃんにあえていない。

 それも、とってもさみしかった。

   ピンポーン!

 平日のお昼すぎ、うちのインターフォンがなった。

 インターフォンのがめんを見て、あたしはとびあがった!

 長い髪、すずしげな目、クールなくちもと。

 とにかくカッコイイこのひとは――!

「ケイスケお兄ちゃん!」

 あたしはすぐにげんかんをあけてとびだした。

 そして、背のたかくなったお兄ちゃんにおもいきりジャンプした。

「はははっ、あいかわらず元気だなアヤナ。ひさしぶり、大きくなったな」

「ケイスケお兄ちゃん、ひさしぶり! あたしずっとあいたかったんだよー!」

 お兄ちゃんをぎゅーっとして、しばらくしてからあたしはげんかんにおろされた。

「アヤナ、6年前にあったときの話、おぼえているか?」

「うん、おぼえてる!」

「あれからも、ずっとユーレイはみえるか?」

「うん、こえもきこえる。こわいときもあるし、ふつうの人とおんなじときもある」

 あの日のやくそくのあと、たつのおばあちゃんがユーレイの見えるあたしにユーレイというそんざいはなにかをおしえてくれた。

 おとうさんやおかあさん、ともだちにはみることのできない、ふしぎなそんざい。

 しんじゃった人が、じぶんがしんだんだときづかなかったり、この世界になにかつよいきもちをのこしているとなってしまうそんざい。

 それが、ユーレイ。

「そうか、こえもきこえるのか。やっぱりアヤナにおねがいするべきだな」

 お兄ちゃんはうなずくと、あたしをじっとみていった。

「むかし話したように、これからアヤナにはおばあちゃんやオレを手伝ってほしい」

「やったぁ! あたしずっと二人をお手伝いしたかったの!」

 とびあがってよろこぶあたしをみて、お兄ちゃんはふっとわらった。

「たいへんなことだぞ、よろこんでいられるのもいまのうちだ」

「だいじょうぶだもん! だいすきなお兄ちゃんやおばあちゃんといられるんだから」

 じゃあ、今からだいじょうぶか?

 というお兄ちゃんのことばにうなずいて、あたしは家のテーブルに『おばあちゃんのお手伝いをしてきます』とメモをのこした。


 二人で向かった先は、むかしおじいちゃんが管理していたアパートだった。

「ここで、お兄ちゃんたちのお手伝いをするの?」

 きれいにしてあるけど、ちょっとふるい白いペンキでぬられたアパート。

「そうだ、中にはいろう」

 アパートのなかにはいってすぐ左のへやに『管理人室』とかいてあった。

 かんりにんしつ、だよね?

 そこから、たつのおばあちゃんが声をあげた。

「あらあら、まぁまぁ。やっぱりアヤナはきてくれたのねぇ」

 よいしょ、と声を出しておばあちゃんがイスからたちあがる。管理人室はたたみ3つぶんくらいのひろさがあるようにみえた。

「おばあちゃん!」

 管理人室から出てきたおばあちゃんにおもわずだきつく。

 それから、ちょっと恥ずかしくなった。

 あたしもう、小学六年生なのに。あたしってばついつい甘えちゃう!

 って、ああ! さっきなんてお兄ちゃんにとびついちゃって!

 かおを赤くしているあたしに、おばあちゃんがうなずいて言った。

「とつぜんの話でしんじられないかもしれないけどね。このアパートは、ユーレイだけがすんでいるばしょなの」

「アパートに、ユーレイがすんでいる!?」

「そうよ。だからユーレイをみてこえがきけるあなたにしか、できないお手伝いなの」

 おばあちゃんがほほえむと、お兄ちゃんがいった。

「ユーレイアパートでの手伝いは、いろいろまなぶことが多い。アヤナにとってとてもよいことだとおもって、おれがおばあちゃんにすいせんしたんだ」

 お兄ちゃんにオススメされたのかと思うと、なおさらうれしい!

 でも、ユーレイだけがすむアパート?

 あたりを見まわしても、なんにもない――えっ!?

『へぇ~、この子がケイスケ君の従妹ちゃんなんだ。』

 天井をすり抜けるようにして、女の子がかおをのぞかせていた。そのからだは半分とうめいで、どうみてもこの子はユーレイだった。

 黒いかみをむねあたりまでのばした、はだの白いかわいい子!

「あの子は202号室に住む、アカリちゃんよ。今のアヤナとおない年の子」

『よろしくね、アヤナ!』

 アカリちゃんと呼ばれた子が手をさしだしてくる。

 にぎりかえそうとして、あたしの手はスカっといきすぎてしまう。

「ふむ、アヤナでもなにもなしにユーレイにさわることはできないか」

 それを見ていたお兄ちゃんにしずかにいった。

「じゃあ、ケイスケ。アヤナにへやのひとたちを紹介してきて」

「わかった。行こう、アヤナ。アカリちゃんはあんまりとおくにいかないように」

『はぁい。』

 つまんなそうにへんじをしたアカリちゃんをおいて、お兄ちゃんがあるきだした。

 管理人室のすぐ目のまえにあるかいだんをのぼる。

 かいだんのさきはろうかで、左側はかべ、右側にドアがみっつならんでいた。

 お兄ちゃんといっしょに、いちばんてまえのドアに立つ。

「まずはここ。201号室、水谷(みずたに)さんだ」

「なんだかきんちょうするなぁ、ねぇ、どんな人なの?」

「会えばわかるさ。水谷さん、しつれいします」

 コンコン、とドアをノックするとお兄ちゃんはドアをあけ中に入った。

 カギ、かけてないのかな――?

 とおもったけど、かんがえてみればここはユーレイアパートだ。

 みんなカベもドアもすりぬけるんだから、カギなんて意味がない。

 へやは和室の6畳間。まんなかにテーブルがおかれて、そこにお人形がある。

「おや、水谷さんはるすかな。まあいいか、アヤナ、これを見てごらん」

 お兄ちゃんはテーブルのまんなかにおかれている、缶ジュースよりひとまわりおおきなお人形をゆびさした。

 お人形には、じゅずのような黒い石をつなぎ合わせたものがまかれている。

「これが、おばあちゃんのつくった人形とじゅずだ。これをつかって、ユーレイをこのアパートにくくって――つまりゆっくり住んでもらっているんだ」

「どうして、おばあちゃんはそんなことをするの?」

 首をかしげるあたしに、お兄ちゃんがせつめいしてくれた。

「ユーレイには、自分がなんでユーレイになってしまったのかわからない人が多いんだ。事故とかでとつぜんしんでしまったり、急なビョウキとかね。そんな人たちがユーレイになって外をさまよっている。でも、外でいろんな空気にふれすぎるとユーレイはとてもこわい『悪霊』(あくりょう)……悪いユーレイになってしまう。だからおばあちゃんがこのアパートをかしだして、成仏するまでおせわをしているんだ」

「ユーレイが、わるいユーレイにならないように……」

『そういうこと。おばあちゃんにはお世話になってるわ!』

 にゅっとまどの向こうから、黒髪を腰までのばしたきれいなお姉さんが入ってきた。

「どうも、水谷さん。おかえりなさい。アヤナ、あいさつを」

 どうやらこのきれいなお姉さんが水谷さん、らしい。

 あたしはぺこりと頭をさげると、水谷さんに自己紹介をした。

「はじめまして。ケイスケお兄ちゃんの従妹でたつのおばあちゃんの孫の、アヤナです」

『ケイスケ君から話はきいてるわ。ほんとにわたしたちがみえるのね、わたしは水谷都子(みずたに みやこ)。元占い師よ。よろしくっ。』

 そういった水谷さんが、あたしの手首あたりをじっとみた。

『ふしぎな力をかんじるわ。アヤナちゃん、これ、あなたがつくったの?』

 あたしの手首には、自分でハンドメイドしたブレスレットがまかれている。

 それをみて水谷さんがつぶやいた。

 あたしはものを手作りすることが好きで、とくにブレスレットがとくいだ。

 ともだちに作ってあげたりするのも人気で、ちょっとしたじまんのひとつ!

「はい! あたしがつくりました。水谷さんにも……って、つけられませんね」

『そうね、でももしわたしにも作ってもらえたら、そのお人形の首にかけてあげて。』

「はい! わかりました!」

 あいさつをすませてへやを出る。

 ブレスレットか――とお兄ちゃんはつぶやいた。

「アヤナはもしかすると、何かとくべつな力をもったものを手作りできるのかもな」

 お兄ちゃんは小さくうなずいて、そのあとおくのへやを順番にゆびさした。

「となりの202号室は、さっき会ったアカリちゃんのへやだ。そして203号室はユーレイであるみんなをまもり、成仏してもらうための道具をおくあきべやになってる。へやのつくりはどこもいっしょだ。じゃあ、一階に行こうか」

 つぎは101号室。

 ここにはゲンさんというおじさんユーレイがいるらしい。

「ゲンさんはおさけ好きでやさしい、じょうだんの好き人だ。アヤナもすぐになれる」

 ノックをしてへやに入ると、ひやけしたおじさんがすわっていた。

『よう、ケイスケ! その子がお前とたつのばあさんのいってた子か。カワイイ子じゃないか、おれはゲンって言うただのおっさんだ、よろしくな。はっはっは!』

「あ、アヤナです。どうぞよろしくおねがいいたします」

『ぎょうぎ正しいねぇ、よろしくな! でもオレにはもっと気楽に話してくれな。』

 ゲンさんがにこっとわらうと、ちょっとごついかんじのしたゲンさんのふんいきがぱっとやわらいだ。

 よかったぁ、これならあたし、ゲンさんとなかよくできそう!

 今度は102号室、なんだけどへやの前でケイスケお兄ちゃんが足をとめた。

 そしてあたしの耳元で言った。

(いいか、アヤナ。このへやにいる子はすこし悪いユーレイになりかかっている。)

(えええっ!? そうなの!? こわいよお兄ちゃん……。)

(おれやおばあちゃんがなんとかなおそうとしているけれど、ちゅういするんだぞ。)

 お兄ちゃんがそういってから、へやをノックしてなかにはいった。

「ネク君、おじゃまするよ。今日はうちの従妹を紹介しに来たんだ」

『……。』

 ネクとよばれた男の子は、あたしよりもいくつかうえ……高校生くらいにみえた。

 かみがぼさぼさにのびていて、目のしたにもクマができている。

 あたしを見る目も、いままでのアパートの人たちよりもけいかいする感じがあった。

「はじめまして。アヤナです、これからここでお手伝いします、よろしくおねがいします」

 あいさつをしても、ネクさんはじっとこっちをみているんだか、みていないんだか。

 うつろなしせんを向けたまま、ちょっとだけうなずいた。

 ネクさんのまわりは、うっすら黒いけむりみたいなものにつつまれている。

 これが、お兄ちゃんがいっていた悪いユーレイになりかけているってことなのかな。

 お兄ちゃんがじゅずのようなもので、その黒いけむりをへやからふりはらっていく。

「へやはとりあえずこれでよし。ネク君、あとできちんと清めにくるよ、それじゃあ」

「しつれいします!」

 きんちょうしたあたしは、いきおいよくおじぎをしすぎてころびかけてしまう。

 そのすがたを見たとき、ネクさんはほんのすこしだけ、こっちを見てわらった。

『気をつけて、アヤナちゃん。バイバイ。』

 ちいさなこえで、ネクさんが言った。

 ――ぶきようなだけで、ホントはやさしい人なのかもしれない。

 二人であいさつをおえて、お兄ちゃんがドアをしめた。

 あたしはお兄ちゃんの手をつかんで、ぎゅっとにぎった。

 ネクさんはぜんぜんこわくない。

 でも、あのネクさんのそばをただよう黒いけむりは、とてもいやな感じがした。

 お兄ちゃんやおばあちゃんは、ユーレイがああいうものにくっつかれないように、ここでお仕事しているんだ。

 それは、とてもすごいことに思えた。

 お兄ちゃんがとなり、103号室の前で足をとめた。

 またなにかむずかしい人なのだろうか――とあたしはみがまえてしまう。

 しかし、お兄ちゃんは笑顔をうかべていった。

「アヤナ、この103号室の人は今日成仏する予定なんだ。それで今日アヤナをよんだ。アヤナに、成仏するとはどういうことかしっかり見てほしくてな」

「このへやの人が、今日成仏する――」

 成仏とは、いったいなんなのだろう。

 あたしはじっと、103号室のドアをみつめつばをのみこんだ。 

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