宇宙崩壊まで、あと半荘
藤原くう
第1話
神はサイコロを振らない――かの有名な物理学者はそういったものだけど、んなことはない。
量子力学的なことが言いたいわけじゃくて、マジでホントに、神様はサイコロを振るのである。
カチッと音がして、今まさにサイコロがころんと転がった。
透明なドームの中で二つの正方形が、ぶつかって、止まった。
四つの顔がドームを覗きこんで、出目を確認する。
「俺が親だな」
「またお前からかよ」
「幸運の女神に愛されているのでね」
「アンタばっかり親っておかしくね?」
「子どもは指くわえてみてろ」
「ふえーん」
そんなやり取りが緑の麻雀卓を飛び交う。
その下では、ガッシャンガッシャン音がしていた。
大いなる力によって、一組の
これが宇宙創造まえの
出来立てほやほやの牌の山は、まったくのランダム。城壁のように整然と並んではいても、完全に混ざっている。
神様は宇宙をつくることで、真なるカオスをつくっていた。
これは、人類が原子核の崩壊から完全な乱数を取りだしたことからも証明されうることだ。
大が小を兼ねるっていうなら、小が大を兼ねたっていい。
ようするに、神様は「かんぺきなまーじゃん」をするためだけに、宇宙をつくりたもうた。
我らが世界は、残りかすのようなものである。
そんな話をキリスト教の
……まあ信じられないのも無理はない。まさかこの世界が、神様の遊びで――しかも徹夜麻雀で!――生みだされたなんて、だれが想像できるだろうか。
でも、事実なのだ。
どんなスクリプトを組んだってできやしない、完璧な乱数で調整された
麻雀は親14枚、子が13枚の牌を手にした状態から始まる。基本的なルールを説明するのは面倒なので割愛するが、手持ちを入れ替えながら役をつくる。それを何度もくりかえして、ポイントの高いやつが勝つゲームだ。
まして、この神様たちはべろんべろんに酔っていた。ルールなんてなく、麻雀漫画のような超能力とイカサマが飛びかっている。あと、ばぶばぶ、という大人の声も。
麻雀は親から始まる。子ども三人にお小遣いをせびられていた神様は、山から牌をとったかと思えば、卓へと叩きつけた。
その牌は
「――
「あのねえ!」
「そんなんチートだ!」
「女神さまのせいにしてるとはったおすわよ」
子の三人が、いっせいに立ち上がる。というのも、天和という役は、最初の自摸で役が完成した際につく最強の役である。
親なら48000点を三人で割った点数がもらえる。16000オールだ。
最初のドローで、決闘に勝利する五枚のカードが完成したようなもの。決闘者なら誰だってぶちぎれる。それを10回もやられているのだから、なおさらだ。
ピリリとした雰囲気を垂れ流し、今にもとびかからんと鼻息荒くしている神々の前で、チート疑惑をかけられている神様は、手牌を明らかにする。確かに役が完成している。
同じ文字が3つ、それが4組あり、残りは2つが一組ある。それを図で示すと――。
東東東南南南西西西北北北白 白
となる。
おわかりいただけただろうか。
ここには、麻雀における役満が3つも隠れている。
四暗刻単騎、字一色、大四喜。
どんだけの試行回数を繰りかえせば、天和と組み合わせられるのかわかったものじゃないレア役満の数々。それがしょっぱなに出ているのだから、幸運の女神に好かれているといっても過言ではなかった。
そんな
「誰が出すかっ。ノーカンだノーカン!」
「話が違うぞ。手を組むって話だったろ」
「ズルしてるやつに払う点棒なんかない」
「お前らは、ばぶちゃんだろーが」
「はい、愛しのおかーさんに電話しましたからねー」
「あっもしかして女神に電話を」
と、早くもへやのむこうでドンドンドン、とノックの音がする。余裕綽々だった親番神様は、あたふたとし始め、意味もないのに麻雀卓の下に隠れた。そんな彼をよそに、ほかの神様は、やってきた幸運の女神さまを出迎えるために扉へと向かっていく……。
今のが、私が現在進行形で見ている光景である。
……こんなのが宇宙の真理だとは、私も信じたくはないのだ。だが、どうやらそうらしいことは、卓上に転がされた
ぐっちゃぐっちゃになった卓上の麻雀牌は宇宙にひろがる星々を、かき混ぜられ続けている牌は、ビッグバン以前の宇宙と一致するのだ。
さて――。
今は、対局が中断している。
では次の局が始まったとき、わたしたちの宇宙はどうなってしまうのだろう?
麻雀をしたことがある人ならば、わかるはずだ。
卓上に開いた穴めがけて、牌を入れる。そうして、再びシャッフルされる、というわけである。
この、秩序だった宇宙もまた、虚無へと落ちていき、ぐちゃぐちゃにかき乱され、ぶつかり合い、こすれ合い、原初の
そうして、神々の麻雀は、宇宙はくりかえす。
宇宙崩壊まで、あと半荘 藤原くう @erevestakiba
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