心生

秋のやすこ

心生

現実をわかったように語っている人間を見ると、自分の人生とはいったい何なのだろうかと考える時がある。昔から答えのないものを考えるのが好きだったが、偏った人間の意見ばかり聴いているとそんな人間の考えに似通った考えばかりが脳から溢れ出す。心で生きることをやめてしまった。


幼少期は虫が好きだった。学校が終わればすぐに虫取り網を持って近所の公園に走って行った。母親からは暗くなる頃には帰ってきなさいよと言われていたが夕方になると自然と帰っていた。昼間では青く澄んでいた空も、白く照らしてくれていた太陽も赤く染まってなんだか自分だけ空から怒られているような気分だったからだ。それだからオレンジ色は嫌いだ、夕方も嫌いだった。

今は空が怒っているとかくだらない考えはしていないが、オレンジ色は今でも嫌いだ。


中学に上がりもすれば私にも色がつき、様々なものに手を出した。恋愛とかいう行動はよくしていたと思う、交際というのがどんなことかも知らずに別れては出会い、出会っては別れることを数十回繰り返していた。出会いと別れの時期にその出会いと別れを経験しすぎてしまった。人並みの思考や行動はその時点からできなくなっていたのだろうか。

理想の恋人ではあった、気分で別れるところ以外は。色々な人間が気になり、すぐに別の懐に入り込んだ。


進学してしばらく、中学のように友人が増えにくくなっていた。昔なら私の周りには自然と人が集まってきていたが、それが通用しなかった。

自分から話しかけることが困難になっていた。3年間、色がついていた自分の生活は灰になっていった気がした。その頃から、昔の友人に変わったと言われるようになった。


多感な時期の私に、今の世の中は情報が多すぎる。幼少期はただ一つのものに集中できていた、無我夢中に生きていられることができていたはずだった。


成長するにつれて私の脳内に余計な情報が流れ込んでくる、心はまだいるだろうか。情報を脳に溜めれば溜めるほどに今まで聞こえていた声が遠く、小さくなっていく気がした。

先日好きだったアーティストのファンクラブを退会した、必死に働いて貯めた金が無駄になっていると感じたからだ。そもそも友人に勧められて聞いていたもので、きっかけは大したものではない。それなのによく5年間も聴き続けていたものだ。

周りに流されていたわけではない、これまで決めてきた行動の全てが自分の意思だった。


衝動に任せて生きてきたツケが今、回ってきている。

情報が脳に入らず、目視でしか観測できない煌めきを追いながら生きていた時代は実際には灰であったのかもしれない。


幸せに生きることは簡単だが、意味をもった幸せをつかめるのは自分のような人間ではない。

世間を動かす人間は意味をもった幸せをつかんで生きている。世間はそのような人間を評価する。


私は生きている。生物学的な意味では。

しかしもう何も考えられない、生きても生きても途方もなく遠い場所にある答えに手が届かないでいる。先にある答えに辿り着くまで、生でも死でもなくただ存在しているだけのものが脳なのだ。


私の心はもういない。





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

心生 秋のやすこ @yasuko88

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ