14.ペチュニア

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 わたくし、ペチュニア・フォン・ファウフィデルはファウフィデル公爵家の長女として生を受けました。


 5つ歳上の兄がいて、必然私はどこかに嫁ぐことになると、物心つく頃にはそう教え込まれていました。


 アレクセイ殿下、ユリウス殿下とも年齢が近かったのでお二方が適齢になられた際は、どちらかの婚約者に選ばれるよう幼い頃より厳しい教育を受けてきました。


 期待……というようなものは無かったように思います。

 いえ、むしろ義務。

 皇妃になれないなら価値は無い……両親も兄も、私を政略の道具としか見ていなかった……私に向けられる視線、態度、すべてがそのように感じられました。


 母親譲りのこの貌を除けば、私は平凡な女でした。

 学院時代、公爵家の恵まれた環境にあり、人一倍勉学に励んでもせいぜいが上位20名の成績に入るかどうか……。

 それが私の限界でした。

 常に1位を競っていた兄と嫌でも比較され、私への期待は遠ざかって行きました。

 学院を卒業しても未だに皇都の屋敷に居座っているのは、実家に帰りたくなかったからだと思います。


 いつしか、私はあえて愚かな言動をするようになりました。

 どうせ何をしても期待されないのならいっそと、家族への当て付けのように。

 高飛車で、いじわるく、私より成績優秀な下級貴族の息女をお茶会に招いてはいびり倒し。

 家のお金でドレスを山のように買い、1日のうちに何度も着替えては見せびらかして。


 誰かが私のことを孔雀のようだと言いました。

 色とりどりのドレスを着ているからというわけではありません。

 矮小な自分を公爵家の権威で大きく見せた、痩せた哀れな孔雀。

 孔雀令嬢というのは私への蔑称でした。


 それでも、皇子の婚約者に選ばれれば、皇妃になれたなら、皆を見返してやれるとそう思っていました。


 それなのに……


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 ▽ ▽ ▽


「あの宴の日、クロウディア様が婚約者と発表され……私は頭が真っ白になりましたわ」


 顔を伏せ、絞り出すような小声でペチュニアは動機を語り始めた。


「アレクセイ殿下の婚約者になることが、私の存在理由だったのに……選ばれたのは私ではなくて、何処の誰かも分からない女で。わ、私……クロウディア様を排除しないとどうにかなってしまいそうで」


 声を裏返らせ、感情を顕にペチュニアは喉を震わせ叫ぶ。


「ク、クロウディア様が悪いのですわ! お茶会で惨めな姿を見せてくれたなら私の気も治まったはずですのに! それなのに……貴女は……!」

 過呼吸のようになり肩で息をして、ペチュニアは心の内を吐き出していく


「凛としていて、気高くて……今日だってそう! 屈強な騎士にも一歩も引かずそれどころか圧倒して……私はクロウディア様が羨ましかった! 強くてちゃんと自分を持っている貴女が!」


 クロウのことを涙目で睨むようにしてペチュニアはそう言い切った。

 やがてまた顔を俯かせると、ポツポツと事件のあらましを白状した。

 息のかかった貴族の子息にマルタを拐わせ、ヴェルナーとクロウにそれぞれ手紙を届けさせ誘い出したこと。

 クロウのことをマルタ誘拐の下手人やアレクセイ暗殺の為の暗殺者だとヴェルナーを騙し、クロウにけしかけたこと。

 若干、暗殺者のくだりでアレクセイの顔が引き攣ったがそれに気づいたのはクロウだけだった。


「以上ですわ……」

「大体分かった……分かったが」


 アレクセイは口に手を当て思案する。


「まず、ペチュニア嬢だが……マルタ嬢誘拐の指示やヴェルナーを騙したことは罪にはなるだろう。が、家のこともあるし動機も分からんではない……重罪にはならないだろう」


「だが……」とアレクセイは表情を暗くする。


「ヴェルナーよ……剣を抜いたのは不味かったな……お前は直情的に過ぎる」

「はい……面目ありません」

「アレクセイ殿下!? ヴェルナー様をどうなされるおつもりですか!?」


 マルタの悲痛な声が響く。

 彼女もヴェルナーの罪の重さは分かっているのだろう。


 しかし、そこでクロウがあえて明るい声音で割って入った。


「アレクセイ様。もしこのことでヴェルナーを罪に問うようなことがあれば、私は貴方を嫌いになります。えぇ、心底嫌いに」

「な、クロウ!?」

「だいたい! 元を正せば貴方がろくな報せも無く、不意打ちのように私を婚約者としたのが全ての発端ではないですか! それが無ければペチュニア様もこんなことはしなかったはずです」

「あ、いや、それはだな」

「いいから! 丸く収めなさい。ペチュニア様のことも、ヴェルナーのことも罪に問うのは私が許しません」


 指を突き付け詰め寄るクロウにアレクセイはたじたじだ。

 ペチュニアとヴェルナーは目を丸くしてクロウを見つめていた。

 かたや罠にはめ、かたや勘違いで剣を向けたのに罪に問わないというのだから当然ではあるが、    

正体が暗殺者のクロウにとってはその程度は可愛いものだった。

 実害を受けたマルタもヴェルナーが無事なら文句は言うまい。



「も、勿論、私とてこんなことでヴェルナーを失うつもりは無い」

「でしたらどうされるおつもりですか?」


 じっと睨むクロウに「うむ」とアレクセイは一度咳払いをして切り出した。


「無かったことにしよう」

「は?」

「だから、全部無かったことにしよう。ペチュニア嬢の企みも、マルタ嬢の誘拐も、ヴェルナーの狼藉も。……実はここに来ていることは誰にも伝えていなくてな。私は公式にはまだ別の都市にいて、ここにはいないことになっている。つまり私は何も見ていないし聞いてもいない。あとは君達が口をつぐめばいい」

「マルタを拐った貴族の子息達はどうされるのですか?」

「彼らは色々余罪がありそうだからな……それを問わないと言えば黙っているだろう」

「そんないい加減な……」

「だがこれしか無いだろう?」


「ん? どうだ?」とアレクセイはとぼけたような笑みを浮かべている。

 クロウは一度溜め息を吐き「まぁ、いいでしょう」と呆れたような声を漏らした。


「ペチュニア様も、ヴェルナーもマルタもそれで良いですね? 今夜のことは秘密ですよ?」


 唇の前で人差し指を立てると、クロウは「それでいいですね?」と念を押した。





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