第2話  VTuber事務所を訪問したけど聞きたいことある?


「名刺の住所でいくと、ここか……」


 数日後、俺は奈良の御所市高天までやってきた。

 今は大阪に住んでいるので、県をまたいでの遠征である。

 近鉄御所駅近くのビルにVTuber事務所『Yaoyoro’s』の借りているテナントがあるようだ。

 エレベーターで目的の階まで上がり、受付まで入る。


「すみません、猿渡敏彦です。天原さんからこちらに来るようにといわれて、電話でご相談させていただいたものです」


 受付の電話から内線につながり、目的を話した。

 まぁまぁしっかりした事務所ではないだろうか?


 ほかのVtuber事務所を見たことがないので、比べることはできないのだが……。


「いらっしゃいませ、こちらの応接室へ……どうぞ」


 出てきたのは天原さんではなく、デキる秘書といった風貌のクールビューティなお姉さんだった。

 名札を見ると【月城】とある。

 応接室に入って、座っていると、天原さんと月城さんがやってきた。


「やぁやぁ、サルヒコくん。来てくれてありがとう!」

「いえ、すぐにこれなくてごめんなさい」


 バイトがあったり、事前に事務所のことなどを調べていたから数日たっている。

 その間も、うずめちゃん改め天野うずめの配信は行われているが、モデルは古いもののままだった。


「挨拶はそこまでで、本題に入りましょう」


 月城さんが俺と天原さんの雑談が始まりそうな空気を潰していく。


「この度は申し訳ございませんでした。代表の天原が許可を取っていて天野うずめへのモデルの変更をしていたと思っていたのですが、そうではなかったようで……」


 ジロリと月城さんが天原さんを睨んだ。


「や、だってさぁ、すっごくデザインかわいかったじゃん! 受けそうじゃん! 奉納の義理も果たしたから権利はこっちだとおもうじゃん!」

 

 ブーブーと天原さんは子供のように口をとがらせて月城さんに反抗している。

 『奉納の義理』という言葉に俺は引っ掛かった。


「ということは、神社に合ったあのデザインをパクったわけですか。事前に許可というか、お話は欲しかったです」


 俺は世間にデザインが認められたことはうれしく思いつつも、事前に連絡がないことが一番にムカついている。


「その件については重ね重ねお詫びいたします。今回は改めて許可をいただきたいのと、それに伴いデザイン料の支払いをさせていただければと思い、呼び出させていただきました」


 月城さんは契約書を俺の目の前にあるテーブルに置いた。

 中身に目を通すと、書式は問題なさそうでデザイン料も相場を調べている感じでは悪くない。


「デザインはしますが、稼働モデルにはできないですよ?」

「ああ、だいじょぶだいじょぶ~。絵さえあれば化身になれるから、無問題だよ~」

「化身になる?」


 俺は天原さんの言葉に頭の上ではてなが踊りだした。

 

「代表! 余計な事いわないでください。ややこしくなるんで」

「えー、つーちゃんさぁ、もうここまできたらサルヒコくん巻き込んじゃおうよ~」

 

 あきれてため息をつく月城さんに対して、天原さんはぐでーとソファーに力なく座りはじめる。

 もう飽きているのか、集中力が持続しないタイプなんだなと俺は思った。


「巻き込むとか、変なことばかりいってるんですが大丈夫なんですか?」

「すみません、この代表はこんなんですけど……困ったことに一番えらいんですよ」

 

 月城さんは苦笑を浮かべる。

 先ほどまでの冷たい印象はなりを潜めて、親しみやすさが浮かんできていた。


「サルヒコくんさぁ……真面目な話をするとね、私はアマテラスなんだよ」

「はぁ?」

「ちなみに月城ことつーちゃんはツクヨミなの」

「はぁ……」

「なんで、つーちゃんの方は納得した感じなのかなー。かなー」

 

 ぶーぶーと再び天原さんは口を尖らせてテーブルに突っ伏している。

 俺はその話を聞いたとき、DMを送ったらすぐに天原さんが来たことを思い出していた。


「……ということは、天野うずめさんって」

「そ、アメノウズメその人(?)ってことよ。だから奉納された絵馬に描かれた絵を自分の姿としてできたわけ」

「そこまで話さなくても……申し訳ありませんが、他言無用でお願いします」

 

 天原さんが得意げに語っているのを月城さんが両手で頭を抱えながら、釘を刺してくる。

 俺がアメノウズメを祭る佐地神社に奉納したから、その力を得ることができたというのだ。

 そんなことがあるはずないと思いながらも、目の前の二人が嘘をついているようには思えない。

 長い付き合いではないものの、ここまでのやり取りから信じられるような気がした。

 特に天原さんは嘘がつけそうなタイプじゃない自信がある。


「こちらとしては、使ってもらえたのはうれしいですし、デザイン料ももらえるなら今回の件は水に流してもいいと思っています」

「やったー。直に話すのが一番だね」

「代表はもうちょっと、人間社会の常識を理解してください」

「私は引きこもって、君臨すれども統治せずでいきたいのー」

 

 俺の言葉に天原さんも月城さんも納得してくれたようだ。


「では、俺はこれで……」

「いえ、もうお話を聞いてください」


 要件も終わって、帰ろうとした俺を月城さんが引き留める。


「何でしょうか? 面倒事は避けたいんですが……」


 月城さんの目は迷うように揺れてから、意を決したように俺の目を見つめ返してきた。


「今後も天野うずめの新衣装をはじめ、所属しているVtuberのモデルデザインを頼めないでしょうか?」


 その申し出は俺が本来夢見ていたVtuberのママになる目標を最短でかなえられる依頼である。

 だけども、俺はこの時すぐに返すことはできなかった。


 

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