第4話

3限目の数学の後は歴史だった。


授業5分前、木製の机に教科書とノートを並べ、一人でわくわくする。


この一場面だけ見ると、まるで私が優等生であるかのように錯覚するような人が出てくると思うので一応言っておく。数学の時間は爆睡だった。


どんな授業をするのだろう。


暇を持て余して、教科書をパラパラとめくる。


去年、ここに入学したと同時に歴史の授業がはじまった。


人類の誕生、古代、中世、近世、近代…。


歴史の過程を教室で、見てきた。


教えてくれているのはアウラ―先生。30代半ばの男性教師。


ちょっと変人っぽくもある彼は、ここまで個性的な手腕で授業を展開してきた。


しかし、今日はどうだろう。


はたと考えてしまう。


いつも国の教育ガイドラインをぶっ飛ばして変わったことばかり言う教師だ。


その「変わったこと」の方が真実に近いのではと思うことも多々あるのだが。


しかし、今回の授業内容…現体制への移行に関する歴史は一歩間違えれば、自身が国に反逆的だとして見なされかねない。


そこを踏まえた上で、どうやって彼なりの見解を貫き、生徒に伝えるのか…。


テアは周りを見渡した。


立ってお喋りに興じている生徒がほとんど。あとは自席で問題集でも解いてる優等生か。


(誰か、いないかな。おんなじこと考えてる人…)


今日の授業は楽しみで、少し、怖かった。




「じゃあ始めようか」


数分後。歴史教師は教壇に立ち、教科書をめくった。


いつもの始め方。


テアはそっと彼の顔を覗いた。


「今日は結構最近の話だね。そうそう、16年前だから…ちょうど君たちが生まれたくらい?だよね。で、何があったかというとね…ー」




「…先生!」


チャイムが鳴った。授業が終わる。


思わず立ち上がって駆け出した。


周辺の席の子たちがぎょっとしたような目つきで振り返る。


それも、構わなかった。


後ろの席から教壇に移動するのには時間がかかった。


50分の授業を終えた歴史教師は既に廊下に出て背を向けて歩いている。


「アウラ―先生!」


呼びかけて、振り返った。


授業後に彼を追いかけて行って質問をするのは初めてではない。


彼もどこか納得した顔をしていた。


ああ、ヒュッターか、みたいな自然な顔。


「何だい、質問か」


いつも通り首を傾げた彼に胸の内を全て話そうとした。


しかし上手い言葉は出てこない。


幾秒か逡巡したのち、テアは一番適当であると思われる質問を投げかけた。


「今日の授業、…なんで教科書読み上げるだけだったんですか」


風が吹く。五月の風が。


風が二人の隙間を埋め、彼は目を微かに見開いた。


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